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酒呑童子編
帰郷
しおりを挟む「いいの?」
「いいの。これは気晴らし。それに奥さんナビ苦手なんだから、私がいないと道間違えてこっちに帰ってこれないでしょ?」
「そうだけど……」
「──この話はここでしまい!ほら、パーキング見えてきたよ。トイレ休憩したら、運転交代ね」
車内で母の話をのらりくらりとかわしながら、目指す目的地は母方の祖母の家。家から車を走らせ、峠を越えつつ三時間半の場所にある。夏は山々に囲まれた自然豊かな場所。緑が多く、川や空気も澄んでいる事から毎年蛍が飛び交う程だ。しかし冬は一面銀世界。二階建ての一階部分埋まるほど多くの雪が降り積もる。勿論、道路も埋まるため常に除雪車が行き来している。多くの雪が降り積もれば、スキー場が開放され、雪はオブジェへと姿を変え祭りの催し物にもなる。
それはそれは良い所なのだが、電波の飛びが悪くインターネットも使えない為、携帯もパソコンにも回線が繋がらず、すぐ駄目になってしまう。一言で言ってしまえば田舎だ。
(それでも行く価値はあるんだよなぁ~。小学生の時なんか小川で沢蟹捕ったり、タモもってたっぽにいたイモリやオタマジャクシすくって遊んだし。冬に来たときは雪に飛び込んだり、坂でソリ滑ったり、かまくら掘ったり夢中になったな~)
そんなことを思い返していれば次第に見覚えのある景色が見えてきた。どうやら目的地に着いたようだ。途中土産を買い込むため、寄り道をしたので目的地に付いたのは夕方時であった。
「着いたよ。荷物下ろして」
「力仕事は任せなさい!」
田舎だからなのか防犯意識が薄く、鍵は常に開いているので出入りは自由にできる。玄関の扉を開け放ちそこへ車内に積み込んでいた荷を下ろす。階段を使い二階へ上がると、居間の空いているスペースに荷物を積み重ねた。一通りの作業に区切りをつけて、隣の部屋にある仏間に手を合わせ挨拶を終えれば母親は用件を伝えた。
「お母さんは、今度の同窓会のためにパーマかけてくるからね。その後、お姉ちゃん迎えにいって、二人で買い物してくるから遅くなるよ」
母親は三姉妹の次女であり、母の言うお姉ちゃんとは長女……すなわち私からすれば伯母さんの事を指している。夕方近くまでリハビリの為、デイサービスに行っている。
「おとうは?」
おとう、と呼んでいるのは伯母さんの旦那さんの事だ。しかし自分の父親よりも面倒を見てもらえ、我が子のように可愛がられたことから私は親しみを込めていまだにおとうと呼んでいる。
「会社よ、まだ仕事があるみたい。お婆ちゃんは多分裏の方ね」
どうやら当分の間、一人で過ごす自由時間を与えられたらしい。
「分かった。気ーつけてね」
「良いコにしてらんだょ」
母親を見送れば、手持ちぶさた。何かしようにも、長時間運転した疲れが表れ始めたのか若干体が怠く、何かに取り組む気力すらない。
「……じいちゃんに挨拶しにいくか」
毎年、ばあちゃん家に泊まりに来ると親戚こぞって墓参りにいった。小学生の頃は昼の日差しがででいようが、暑さで貧血を起こそうが参りにいっていた。しかし中学、高校、大学と年を取るにつれて行ったり行かなかったり、まちまちになってしまっていた。
(二年の時は教習所行ってたからそもそも顔出さなかったし、三年の時は進路の事をあれやこれや言われたくなくて行かんかったし)
いい加減顔を出しといた方が良いだろう。仏壇の引き出しから線香とチャッカマンを持ち出すと外へ出た。勿論、裏の畑に顔を出すのも忘れない。
「ばーちゃん、遊びに来たよ」
「ありゃ、ええっ、来たんかい」
「菜っ葉とってんの?」
「いっしょにとらねーかや?」
「……とる」
「みんなとらんで、ながいやつだけな」
久しぶりに会ったばあちゃんとの交流も忘れない。採らないでと菜っ葉の間から覗く毛虫のつぶらな黒い瞳、飛び出してくる蟋蟀や蛙、畑を飛び回る小さな羽虫、それらを無視しながら黙々と菜っ葉を摘み取っていく。悪いな、これは人様も美味しくいただくモノなんだよ。摘んだ菜っ葉は、ばあちゃんが下げていた袋の中に詰め込んだ。
「墓参りしてくるから、ちょっと出てくるね」
「きーつけな」
墓参りの場所は急勾配の坂道の先にある。親戚で来る時は、伯母さんとばあちゃんが杖をつかんと来れないので、転ばんように誰かが支えながら皆で歩んでいった。懐かしいなと思いながら一気に坂を駆け上がれば、視界の片隅に鮮やかな色彩が飛び込んできた。
「ありゃ?」
(誰か来てたんかな)
墓には既に大輪の菊の花と線香が供えてあった。菊の花は生けていったばかりなのか、萎れておらず黄や白が咲き誇っている。線香はまだ半分ほどの長さを残しながらも、白き煙を棚引かせていた。
(ウチは分家だって言ってたし、本家の人でも来たんかな?見たこと無いけど)
その場にしゃがみこむとチャッカマンで線香に火を灯し、線香を決められた場所に立てると手を合わせた。
(じいちゃん、遊びに来たよ。今回は──)
「……御前様」
来た経緯を報告していれば途中、それを遮る声が聞こえてきた。意識を戻し、声の聞こえた方へ顔を上げると、誰かの墓参りに訪れたのか、花束を抱えた着物姿の女性が汐莉の側に立っていた。一方、汐莉はしゃがみこんで墓石に手を合わせている。そしてこの場は、人一人がやっとこさ通れる狭さの道。現状を踏まえて推測するに、人が擦れ違うには道幅はあまりにも狭く……。
「あ、通れませんよね。今退きますから」
そそくさと持参したものを片付ける。幸い、墓の掃除をしに来たわけではない為、バケツなどの大きな荷物はない。小さな荷物ばかりだ、すぐに片付けは済んだ。
「御前様、文月の家の者か?」
「……ん?そうですけども?」
「その割には見覚えがない」
「えーっと、ここ数年顔だしてなかったもので……あの、親類の顔を知ってるって事は、ウチと付き合いがあった方ですか?」
「ちぃと、縁がな」
そう言うと女は墓石に刻まれた文月の刻印と汐莉の顔を見比べた後、うつむき何か考え込む仕草をとるとぶつぶつと何か呟いた。しばらくすれば考えがまとまったのか、スッキリとした顔を上げて見せると汐莉に声をかけてきた。
「花を手向けても?」
「あ、ぜひ!」
花束から百合を一輪抜き出すと、女は墓に手向けた。
(百合が入ってる花束なんて、よっぽど良い花束なんだな)
「縁があれば、また」
そう言うと彼女は奥へ歩いていった。
(奥って、六地蔵があるだけだよなぁ……他にもお墓あったっけか?)
ふと少し疑問に浮かんだが帰ろうと一歩足を踏み出せば、かさりと乾いた音がした。足元に目を向ければ、それはキッチリ折り畳まれた紙切れであった。拾い上げてみればそれは通常の洋紙等の紙質とは異なり、和紙の様な薄さをしていた。こんな薄っぺらい紙切れに書き写されているものは何だと広げてみれば、何かの写しに見えた。見れば四枚の花札の絵柄と共にいくつかの文章が添えられていた。暗号にも見えたそれを、汐莉は意図も簡単に口に出して読んでみせた。
「桜に幕……これ、三月の事だよね」
月日と共に添えられた文字は、誰かの手記のようでもあった。
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