黄昏に縋るは妖異の闇夜

影臣

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 酒呑童子編

 閑話 文月の半生

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──牡丹に蝶──

私は菊月と言う神に仕える巫女の一族が一人。

名を菊月早苗きくづきさなえと申します。

今まで日記なぞ、つけたこと御座いませんが、あの方との出会いを忘れぬように今ここにしたためておきとう御座います。初めての日記でありますし、いくばくか月日が過ぎてから筆をとりましたので少し記憶が曖昧な箇所も御座いますが、そこは御了承くだされ。

まずは自己紹介から始めましょう。

私達の家系は代々巫女として生き、それぞれ神より授かりし力をその身に宿していました。

 あるものは神の姿を視る目を。
 あるものは神の声を聞く耳を。
 あるものは神の言葉を代弁する口を。

神より力を与えられた巫女達は、なかなか人の世に干渉する事が出来ない神の代わりに人々を悪しきものから守る結界をその身を削りながら張り続けました。そのため巫女は短命の一族と言われる一方、唯一神降ろしが出来る穢れなき一族とも言われ敬われていました。

そんな一族からある時、力無き者が産まれました。それが私です。私は神の姿を、声を、感じることすら出来ませんでした。

一族からは神に見棄てられし巫女、心の穢れた娘と囃し立てられ、穢れは祓うべきだと言われました。随分と肩身の狭い想いをしながら生きて参りました。
 
──萩に猪──

 ある日、突如結界が解かれました。
 先代の巫女様が倒れられたからです。
 先代様は七つの時よりお役目を任されてました。

悪しきものが入らぬようにと、人々を守る結界をその身を削りながら張り続けてきました。

 しかし形あるものは摩耗します。
 私達は所詮、替えのきく消耗品。

先代様は二十三と短きその生涯に幕を閉じました。

 しかし結界は解かれたまま。

放っておけば、剥き出しとなった村の方に悪しきものが入ってしまいます。

 すぐに次の巫女選抜の儀が開かれました。
 これは誇りあるお役目。
 しかし誰もが恐れるお役目。
 命を削り、死にに行くお役目。
 白羽の矢は私へと向かいました。

勿論、私は御断りしました。御偉い方だろうが知ったことありません、バシッと言ってやりました。力がないと口酸っぱく言われ続けた娘に大切なお役目を任せていいのかと。しかし穢れた娘を疎んでいた両親は、力を持つかわいい姉様方が短命で生涯終える事を良しとは思っておりませんでした。

斯くして説得は意味をなさず、穢れた子と一族に言われた私は、力を持つ姉の代わりに結界を張るようお役目を任されました。この時、誰もが娘は大人しく結界を張る生け贄となると思っていた事でしょう。しかし私は諦めておりませんでした。

穢れと言われ長らく、社に閉じ込められてきました。恥と言われ、人々の目にさらされることなく育ちました。そんな私に見知らぬ人々の役にたてと言われましても、実感がわきませんでした。見た事もない神の為に尽くせと言われても、一度も助けてくれなかった神など知りません!

 自分の人生、人生で決めとう御座います!
 しかし未熟ゆえ知識が足りません。
 力を貸してくれる方が必要と存じます。
 神がダメなら鬼神です!

自分の神社の宝蔵に鬼の首が納められている事は知っておりました。人に騙され討たれた憐れな鬼。その首を探しだし、神に供えるようにと持たされた御神酒を鬼の首に捧げれば、御神酒の力を得て永い眠りから目覚めた鬼神様。

酒呑童子を見て──私、一目で恋に落ちてしまいました。まだはっきりと意識が覚醒していない事をいいことに、私は彼と駆け落ちを行いました。


──ススキに月──

追っ手を撒きながら過ごす日々、本当に楽しい一時でした。その頃からでしょうか──鬼神様は時間の感覚の違いに、気付き始めているようでした。私の前では以前のように優しい顔で微笑み、ふとした瞬間にポツリと溢す御名前。

 花枝はなえだ様。

 鬼神様のお心には別の方がいる。
 薄々気付いておりました。

永い時を生きてきた御方ですもの、過去に心通わせた方もいることでしょう。

それでも構いません。それでも私、鬼神様の御気持ちを振り向かせて見せます。いくら時間がかかっても焦らず、ゆっくりと。


──菊に盃──

ある星月夜、鬼神様はなかなか寝付けぬ私に物語を聞かせてくださいました。

父親に試練を突破しなければ跡取りとして認めないと一人の青年が家を出された。その試練は人の子と仲良くすること。何があっても人の子を殺めぬ事。何故、父親が突然そのようなことを口にしたのか理由が分かりませんでした。青年は一人、幾日も山の中をさ迷いました。人里は遥か遠く、すぐにはたどり着かなかった。時には木の実を口にし喉を潤し、猪や鹿を仕留め腹を満たした。やっとの思いで人里に辿り着いた青年でしたが、どうやって人々と関わるべきか分からずにいました。茂みに身を隠し、考え事をしていた青年を見つけたのは人里から出てきた人の子でした。突然声をかけられた青年は驚きましたが、おそるおそる人々の前に姿を表しました。しかし、人々は青年の姿を見た途端、悲鳴をあげると鎌や鍬を手に襲い掛かってきました。それでも青年が人々に反撃することはありませんでした。父親との約束があったからです。深い傷を負いながら命辛々逃げてきた青年でしたが、力尽きて倒れてしまいます。そんな青年を見つけたのはこれまた人の子でした。ですが二番目に出会った人の子は、決して青年に危害を加えようとはしませんでした。自分の家に連れ帰り、傷の手当てを施し、弱った青年が口にできるようお粥を用意するなど手厚く看病を行いました。人の子の優しさに触れた青年は次第にその者自身に惹かれていきました。それはその者も同じだったようで、二人が結ばれるのにさほど時間はかかりませんでした。心を通い合わせた二人は貧しいながらも幸せに暮らしておりました。

ですが話はここで終わりません。青年を襲った人の子は諦めていなかったようで、逃げた青年を見つけ出すと二人の仲を引き裂きました。牢に押し込めると人の子達は青年を痛め付けました。化け物と罵られ、棒で叩かれても青年は抵抗しませんでした。妹背となった人の子と約束を交わしたから。父親との約束があったから。

戻ってこない息子の帰りを心配した父親が部下に様子を見に行かせると、青年は牢の中でぐったりとしていました。部下達は人の子の目を盗み隙を見て死にかけた青年を救い出しました。このままでは試練の続行は不可能だと判断し部下は青年を連れ帰ろうとしましたが、青年は首を横に振りました。まだ続けられる、それにやり残したことがあるから帰れないと。食い下がる部下に青年は妹背宛の言付けを託しました。身を潜めながら約束の時までゆっくりと傷を癒しました。ただ、妹背と会うことだけを心の支えに。約束の季節が廻って来ました。青年は足早にその場へ急ぎました。しかし約束の場所へ辿り着いても、妹背の姿はありません。来るのが早すぎたのだと幾日か待ち続けても、妹背が姿を現すことはありませんでした。

 血が囁くのです。
 所詮は人の子、恐れをなして逃げたのだと。
 端から約束など守るつもりが無かったのだと。

血の声に惑わされた青年は抗うことを止めました。血に呑まれた青年は本能のままに身を委ねます。あれだけ大切にしなければと思っていた人の子を見ても、なんの感情も沸き起こりません。あるのはただ、破壊し尽くしたいと言う衝動だけ。

 それが人の道を外れた者の末路だと。

話終えた鬼神様は私に懺悔なさいました。御前の気持ちは知っていた。気持ちを向けられても絶対に応えてやれないことも。だが、その事は告げずに利用した。気付かない振りをして……。一目会いたい花枝妹背と再会するためにと。

何故、全てを明かしてくれたのか問い掛けました。鬼神様は一言、もう惑わすのも惑わされるのも御免だとおっしゃいました。

思い返せばあの試練は妖怪の血を受け継ぐ我が子の行く末を心配した父親が、子に血の恐ろしさを伝えるために提案したモノだったのではないのかと鬼神様は仰いました。人の道に転ぶか、妖怪の道に転ぶか見定めるために。ですが鬼神様は妹背が約束の場所に来なかった事で妖怪だから見捨てられた、逃げられたのだと解釈し、怒りで我を忘れ血に呑まれてしまった。そして憎しみの感情に引き摺られるように鬼神は女人を拐っては交わり、救いに来た人々を相手にしては皆殺しにしていった。

一時の感情に惑わされた結果、引き起こされた悲劇。

こんな姿生首だけになった今では父親に真意を聞きに行くことすら出来ない、鬼神様は淋しそうにそう呟かれました。鬼神様の御願いを叶えて差し上げたかった。しかし私は鬼神様の父親がどちらにいらっしゃるのか存じ上げません。なんと声をかけて差し上げたら良かったのでしょうか。どうすることもできませんでした。
 

──紅葉に鹿──

御話を伺った時から薄々、気付いておりました。知っていたのです。鬼神様の妹背に何が起きたのかを。社から蔵への移動しか許されなかった私にとって、心の支えとなったのは数々の書物でした。その中に書かれておりました……鬼と交わった愚かな女人の末路が。故人の弔いも御悔やみも書かれずに、面白おかしく書かれていたのは村八分にされたとある村人の物語。いわゆる見せしめと言うものです。

許せませんでした。大勢で、寄って集って一人を中傷する事ばかりに力を注いでいる人々の醜さが。

かないませんでした。鬼神様のお心を乱し、未だ縛り付けて放さないでいる妹背の存在が。

話せませんでした。口にすれば己の内に隠していた醜い感情をぶつけてしまいそうで、怖かったのです。嫌われることが。分かっておりました。私は鬼神様に恋をしているのではないと。ただただ、依存しているだけだと。


──柳にツバメ──

鬼神様に嘘を突き通す……それだけで良かったのに、そうしていれば好いた方の側にいつまでも居られたのに、あの方を偽り続ける事、苛ませ続ける事、私には耐えられなかった。もう何をしても隠せぬのだと理解した私は全てを話しました。

鬼神様には実の子が御二人いるのではないかと。何故二人だと分かるのか?記録が残っていたからと言う理由もありますが、そもそも鬼の子自体が生まれ落ちる確率が低いのです。鬼の中には人間から鬼になる者と人間の女から生まれたとされた者が多いです。しかし人間から生まれる鬼には異常な出生譚がつきものです。あるときは十六ヶ月の間妊娠する場合もあれば、数日から数ヵ月の間とすぐに生まれる場合もある。鬼の子は生まれたときから歯が生え揃っており、すぐにヨチヨチと歩き出す。そして鋭い眼光で後ろを振り向き母の顔を見てニタッと笑う。鬼の子を孕んだ者は大変な難産で弱っていたところにこのような行為を見せられて、ショック死。生きていても耐えられずに精神が崩壊。

生まれることが出来たとしても人々に気持ち悪がられ捨てられるか亡き者とされ殺されるか。生きていられても食肉以外を拒み何も口にせず力尽きて死んでしまうか。それが鬼の子を孕んだ者とその子供の末路です。

そんなわけでこの世にいるのは今のところ二人なのではないかと私は考えます。

一人は鬼神様が血に呑まれ荒れていた頃に孕ませた娘が産み落とした鬼童丸様。鬼神様に捕らわれていた女子供は源達の手で助け出され故郷へと帰されたが、その中の一人の女は精神に異常をきたしていた為に故郷の場所を聞き出すことが出来ず故郷へ帰すことが出来なかった。その場に取り残された女はやがて鬼神様の子供を産みました。子供は生まれながらにして歯が生え揃っており七・八才頃には石を投げて鹿や猪を仕留めて食べていた。やがて子供が成長し、鬼童丸と名乗るようになると父親を騙し討ちのような形で殺されたことから人々を恨み、父親の仇を狙い害をなす妖怪として恐れられていると。

もう一人は鬼神様が人として唯一愛し合った花枝様が産み落とした子供の存在。此方は鬼童丸様とは違い歴史上の書物にも書かれていない存在であるため性別は分かりません。しかし、面白おかしく書かれたあの書物の方にはこのようなことが書かれていました。青年と引き離された後、花枝様は妖怪と関わったことから穢れたとして清めの為、滝に打たされ続けた。そのせいで高い熱を出すも村人は冷たく接し、薬を渡さなかった。その結果花枝様は失明。しかしその頃から徐々にお腹が膨らんでいく様子を見て村人は孕んでいると確信した。それも尋常ではない早さで成長するお腹の膨らみを見て、人ではない何かがいると村人は恐れた。殺めようとしたが祟りを恐れた村人は、山奥に花枝様を置き去りにした。死んだとも殺したとも記載されていないことから、もしかしたら何処かで生きていたのではないのかと。私の憶測を交えたお話を鬼神様に御伝えすれば、鬼神様は一人で考える時間をくれと仰いました。


──桐に鳳凰──

それから私は逃げる事を止め、ある場所へ向かいました。鬼神様が花枝様と始めて出会った場所……約束を交わした場所へ。
 

──松に鶴──

一月かけてようやく辿り着きました。季節がまだ冬のため草花一つ無い、殺風景な場所。そんな状態を目にしても鬼神様の目には喜びが広がっておりました。まるであの頃の風景が見えているかのように。

この場所で眠りたい。鬼神様はそう仰いました。果たせなかった約束を今度こそ果たすために。待ち続けていたいからと。人の子の寿命は短い……さすがにもう生きていないだろうが、妹背の生まれ変わりが約束を思い出して来るかもしれない。もしかしたら御前が口にしたように、妹背から何かを聞かされた子供が訪ねてくるかも知れぬからと。

場所はすぐに決まりました。季節が廻れば咲き誇るであろう花の種が眠る土の近く。私は手が汚れることも厭わず、穴を掘り続けました。ある程度の深さまで掘り、用意した桐の箱へ鬼神様の生首を納めようとした際、鬼神様がそれを止めました。最後に、ここまで文句ひとつ言わず手を貸してくれた御前の顔を目に焼き付けておきたいと。私は涙をグッと堪えながら土で汚れた手を服で拭い、それでもこびりついて落ちなかった土が付いてしまわぬようにと綺麗な手拭いで生首を包み、鬼神様と目線を合わせました。

全てを忘れ人の子としての幸せを生きよ、そう言って鬼神様は最後に一つ約束を下さいました。口付けと共に流されてきた温かなモノ。鬼神様はそれを妖気とおっしゃいました。たった一人の帰り道、悪しき者に惑わされぬようにと。餞別に見定めるための力を授けてくださいました。眠りにつく自分には有り余る力だと。別れを惜しみながらも私は鬼神様の生首を箱へ納めると、元通り土をかけていきました。全てが無かった事になった時、私は始めて声をあげて泣きました。

こうして私が鬼神様と連れ立って歩いた旅路は終わりを迎えたのです。




 やはり、初恋は叶わぬものなのですね。

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