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悪役令嬢は元女忍者2
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さっさと逃げるべきだが、何故かアリーシアは地面に片耳をつけ、目を閉じて固まったきり動こうとしない。
「おい、何をしている? 」
奇怪な行動に、シリウスは体を引いて尋ねた。おそらくアリーシアの気がおかしくなったのかと思っているのだろう。
失敬なシリウスに対して、アリーシアは面倒臭そうに早口で答えた。
「地面を伝う靴音を聞いております。どうやら舞い戻って来たようで」
「な、何! 」
たちまちシリウスが蒼白になる。
「に、逃げるぞ」
「最早、手遅れですわ」
「ど、どうすれば」
「殿下。早く木にお登りあそばせ」
アリーシアは努めて冷静だ。
忍びたるもの、いかなる状況だろうと動揺してはいかぬ。焦りは状況判断を鈍らせる。
シリウスは急いで彼の脇にある一際幹の太い木に登った。
アリーシアが続く。
左右に分かれたがっしりとした枝にそれぞれ身を潜める。
彼は本当に敵が舞い戻ってくることが疑わしいようだったが、大人しくアリーシアに従った。
程なくして、アリーシアの言葉の通り、激しい足音が近づいてきた。かなり焦っているようで、足音が乱れている。
「くそ! やはり見当たらない! 」
真下で男らが地団駄踏んだ。
かなりイラついているのは明らかで、汗びっしょりで衣服の色が濃く変わってしまっている。彼らは一様に顔を真っ赤にさせ、目を血走らせていた。
「獣に食われちまったんじゃないか? 」
誰かが吐き捨てる。
「おいおい。確実に首を持って来いと言う話だ。洒落にならねえぞ」
ぶつぶつ文句を垂れながら、木の下を行ったり来たりを繰り返している。
「一体、あの男らの雇い主は誰だ」
思わずシリウスが呟いてしまった。
「誰だ! 」
ほんの微かな声だったものの、戦場で鍛えられた男の耳は敏感にそれを察知した。
たちまち男の顔つきが変わる。
「どうした? 」
主格の男より経験が浅いのか、その他の男らは気づかない。
「今、男の声がしたぞ」
風が声の元をはぐらかせていたので、どこから聞こえたのかはわからないようだった。
「どこだ! どこから聞こえた! 」
血眼で辺りを窺う。
最早、これまでか。三人に狙いを定め、シリウスは腰に差した剣の柄を握った。
「殿下。お静かに」
アイリーンが目配せし、制する。
ピーピッピッピッピッ。
アイリーンの唇から本物の鳥と見紛う澄んだ鳴き声が響く。
「何だ。鳥じゃないか」
「いや? 確かに男の声が? 」
「たかだか鳥なんかに構っていられるか」
男らは疑わず、もうシリウスの呟きを放置した。
「こうしちゃおれん。追いかけるぞ」
彼らはシリウスらが彼方へ逃げたと疑ってはいない。
どたどたと地響く足音は、やがて遠くに、そしてついに聞こえなくなった。
アイリーンの声真似を雄鳥の求愛と勘違いしたのか、可愛らしい声がピチュピチュとどこかで応えている。
「鳥の鳴き真似など。いつ、身につけた? 」
シリウスは心底驚いたのか、目を丸くしたまま問いかけてきた。
「随分と昔ですわ」
ひらり、とアイリーンは枝から飛び降りる。
いつもの彼女なら、枝から降りることに難儀し、ヒイヒイ言ってシリウスを呆れさせ、それを腹立たしく思いつつ助けを求めてていただろう。
彼女に差し出そうとした手が空振りしたシリウスは、複雑な顔で虚しく手のひらを見つめた。
「おい、何をしている? 」
奇怪な行動に、シリウスは体を引いて尋ねた。おそらくアリーシアの気がおかしくなったのかと思っているのだろう。
失敬なシリウスに対して、アリーシアは面倒臭そうに早口で答えた。
「地面を伝う靴音を聞いております。どうやら舞い戻って来たようで」
「な、何! 」
たちまちシリウスが蒼白になる。
「に、逃げるぞ」
「最早、手遅れですわ」
「ど、どうすれば」
「殿下。早く木にお登りあそばせ」
アリーシアは努めて冷静だ。
忍びたるもの、いかなる状況だろうと動揺してはいかぬ。焦りは状況判断を鈍らせる。
シリウスは急いで彼の脇にある一際幹の太い木に登った。
アリーシアが続く。
左右に分かれたがっしりとした枝にそれぞれ身を潜める。
彼は本当に敵が舞い戻ってくることが疑わしいようだったが、大人しくアリーシアに従った。
程なくして、アリーシアの言葉の通り、激しい足音が近づいてきた。かなり焦っているようで、足音が乱れている。
「くそ! やはり見当たらない! 」
真下で男らが地団駄踏んだ。
かなりイラついているのは明らかで、汗びっしょりで衣服の色が濃く変わってしまっている。彼らは一様に顔を真っ赤にさせ、目を血走らせていた。
「獣に食われちまったんじゃないか? 」
誰かが吐き捨てる。
「おいおい。確実に首を持って来いと言う話だ。洒落にならねえぞ」
ぶつぶつ文句を垂れながら、木の下を行ったり来たりを繰り返している。
「一体、あの男らの雇い主は誰だ」
思わずシリウスが呟いてしまった。
「誰だ! 」
ほんの微かな声だったものの、戦場で鍛えられた男の耳は敏感にそれを察知した。
たちまち男の顔つきが変わる。
「どうした? 」
主格の男より経験が浅いのか、その他の男らは気づかない。
「今、男の声がしたぞ」
風が声の元をはぐらかせていたので、どこから聞こえたのかはわからないようだった。
「どこだ! どこから聞こえた! 」
血眼で辺りを窺う。
最早、これまでか。三人に狙いを定め、シリウスは腰に差した剣の柄を握った。
「殿下。お静かに」
アイリーンが目配せし、制する。
ピーピッピッピッピッ。
アイリーンの唇から本物の鳥と見紛う澄んだ鳴き声が響く。
「何だ。鳥じゃないか」
「いや? 確かに男の声が? 」
「たかだか鳥なんかに構っていられるか」
男らは疑わず、もうシリウスの呟きを放置した。
「こうしちゃおれん。追いかけるぞ」
彼らはシリウスらが彼方へ逃げたと疑ってはいない。
どたどたと地響く足音は、やがて遠くに、そしてついに聞こえなくなった。
アイリーンの声真似を雄鳥の求愛と勘違いしたのか、可愛らしい声がピチュピチュとどこかで応えている。
「鳥の鳴き真似など。いつ、身につけた? 」
シリウスは心底驚いたのか、目を丸くしたまま問いかけてきた。
「随分と昔ですわ」
ひらり、とアイリーンは枝から飛び降りる。
いつもの彼女なら、枝から降りることに難儀し、ヒイヒイ言ってシリウスを呆れさせ、それを腹立たしく思いつつ助けを求めてていただろう。
彼女に差し出そうとした手が空振りしたシリウスは、複雑な顔で虚しく手のひらを見つめた。
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