転生した悪役令嬢は元女忍者でした〜忍びの術を駆使して婚約者を守り、その愛を取り戻します!〜

晴 菜葉

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悪役令嬢は元女忍者1

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「……」
「……」
「……行ったようですわ」
 風が足音を届けなくなった頃、ようやくアイリーンは立ち上がった。
 遅れてばさりとシリウスが這い出る。いつもは一糸乱れぬ清らかな男であるが、今は頭に枯葉を乗せて、頬も泥で擦れている。深緑の設えの良い乗馬服も埃だらけのよれよれで、開襟シャツは妙な具合に皺が入り込んでいた。
 アイリーンは思わずシリウスの、斜めに分けた前髪がバサバサと乱れているのを指で掬ってやりたくなって、ぐっと堪えた。さすがに図々しい。
 しかもシリウスは、アイリーンに良い印象は持っていない。
 脳裏をチラリと、彼の愛人と専ら噂されるレベッカの顔が過った。
「よく、このような隠れ方を思いついたものだな」
 シリウスは膝についた泥を叩いて除けながら、感心したように話しかけてきた。鹿皮の乗馬手袋も、シルクのトップハットも逃げる最中にどこかへ落としてしまった。
「お、おい! 」
 鬱陶しそうになかなか落ちない泥を払っていたシリウスは、突如、悲鳴のような声を出し、ギョッと切れ長の目を丸くさせた。
 いきなりアイリーンがドレスの前ボタンを外していたからだ。
「な、何をする! 地上に出られないからと、ヤケを起こすな! 」
 慌てるシリウスを無視し、前ボタンを全て外し終えると、薄いシュミーズ越しに大きな桃のように丸い膨らみが二つ、ぼろんと露わになった。透けるくらいに薄い素材のため、ピンクの花芯がくっきり映っている。
 戸惑いつつその淡い色に釘付けにされたシリウスは、生唾を呑んだ。
「君が望むなら私は構わないが。それでも唐突過ぎやしないか? 何もこのような土臭くて狭い中で」
「殿下? 何を仰っておりますの? 」
 アイリーンは急に訳のわからないことを言い始めたシリウスに、冷たい口調で問いかけた。
 シリウスは黙りこくってしまった。
 余計なことを発しなくなり、アイリーンはさらにドレスの袖を抜くと、足元に生地を滑らせる。シュミーズ全体が晒された。ズロースを身につけているので大切な部分は守られてはいるものの、乗馬に手慣れたシリウスについて行くため、身動きしやすいようコルセットは敢えて外し、軽装だ。縦長の臍の形まで透けてしまっている。
「お、おい! 正気か!? そ、それほど大胆にならずとも! 私が幾らでも脱」
「殿下。訳の分からないことを喋っていないで、さっさとその服をお脱ぎくださいな」
 アイリーンはシリウスを促す。
「き、君はどれほど豪胆な女なんだ! いや、嫌いではないが! 」
「早く服をお貸しください。長さがあと少しなんですのよ」
「……は? 」
 勝手に盛り上がっていたシリウスは、ハッと動きを止めた。
 どうもアイリーンの行動は、シリウスの思っていたものではないと気づいたからだ。
「な、何をするつもりだ? 」
「ご覧の通りですわ」
 アイリーンは上質な綿ドレスを縦に細長く引き裂いて、その先端を結ぶ。それを何度も繰り返した。
 ようやく全景が見えてきたシリウスは、己の壮大な勘違いに顔を赤らめる。
 乗馬スーツを脱ぐと、力いっぱい布地を引き裂く。
「ふ、服を繋いでロープの代わりにしたのか? 」
「これが、なかなか頑丈ですのよ。殿下、あなたの真下に石がありますでしょう? それをお渡しくださいな」
「こ、これか? 」
 シリウスの意味不明な言動の真意を問いかけている暇はない。いつ、元傭兵崩れが引き返してくるかわからない。
 シリウスは恐る恐る、足元にあった拳よりやや大きめの石を差し出す。
 アイリーンは石を布の即席ロープに巻きつけた。
「殿下。この先端をあの枝に引っ掛けることは出来まして? 」
 井戸の入り口を半ば塞ぐように、枝が垂れ下がっている。
 幾ら忍びの技に長けていようと、女性の力では届かない。その点、鍛え上げたシリウスなら可能性は高い。上腕二頭筋の引き締まった筋肉は、シャツ越しにもよくわかる。
「ロープを枝に巻きつけるのだな。やってみよう」
 難点は穴の中が窮屈なため、身動きがままならないことだ。腕を動かすことが、ままならない。
 案の定、後少しのところで空振りし、石が落下した。
「むっ! 」
「集中なさいまし」
 勢いついて落ちてこないよう慎重に石を引き寄せてから、シリウスは再度、挑戦する。
「くそっ! 」
「あと少しですわ」
 先程よりかは、枝に届いている。器用な性質なため、コツを掴んできたらしい。アイリーンは彼が挫けないよう、大袈裟なくらいに励ました。
 三度目で、枝に石が巻き付いた。
「やったか! 」
「さすが、殿下でございますね」
 アイリーンは紐を引っ張って、枝が折れないか、ロープが切れないかを確かめる。その間、シリウスは必要以上に酷使した腕の肉を揉みながら、呼吸を整えていた。
「君が先に行きたまえ」
「いえ。殿下が」
「君が登り切るのを見届けてからだ」
「いいえ。私は後始末がありますので。遠慮なさらず」
 強いアリーシアの言い方に、シリウスはそれ以上は続けなかった。
 さすがに運動能力の高い方なだけあって、彼はロープを伝ってスルスルと上がっていく。
 彼が井戸から出たところで、アリーシアの番だ。
「大丈夫か? 」
 シリウスが不安そうに覗き込んできた。
「はい」
 例えアリーシアの体であろうと、覚醒した彼女は難なくくなす自信があった。記憶を頼りに、ロープを掴んでスルスルと登っていく。
 シリウスよりも素早い動きに、彼は驚愕と感嘆の混じるような唸りを上げた。
「むっ! まるで小猿だな」
「余計なことは慎みください」
 井戸から出た途端の暴言に、アリーシアは眉を寄せ、睨みつけた。

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