上 下
9 / 18

王弟の暗殺計画

しおりを挟む
「金が目的なら、王都の私の別邸まで来い。好きなだけくれてやる」
 シリウスは注意深く剣を構えたまま淡々と述べた。
「俺たちゃ、金だけじゃねえんだよ」
 三人の中で一際体格の良い男がハッと鼻を鳴らした。彼が三人の中で主格となっているのだろう。
「悪いが王弟殿下、俺達が欲しいのは、あんたの命なんだ」
 確かにシリウスを王弟と呼んだ。
 山賊がたまたま居合わせた貴族の身包みを剥がそうなどといった目的ではない。
 明らかに王弟の命を狙っての蛮行だ。
「誰の差し金だ? 」
 シリウスが今日、遠乗りすることは、一部の王宮にいる者しか知らない。即ち、身近な人間が仕掛けたのだ。
「それは言えねえな」
 男はニタニタ笑うと、ナイフの刃先をシリウスの顎先へと向けた。
 互いに距離を保ち、相手の出方を待つ。
 むやみやたらに仕掛ければ隙をつかれ、あっという間に血潮が吹く。
 護衛の敗因はそれだ。
 シリウスは相手の一見すると荒々しい雰囲気に隠された隙のない動きをすぐさま読み取り、警戒心を張る。
「殿下! 」
 アイリーン堪らずに彼を呼ぶ。
「大丈夫だ」
 彼女には目も呉れず、シリウスは敵を睨みつけた。
「なかなか、良い動きじゃねえか」
 男はシリウスとの距離を測りながら、ニヤニヤと笑う。
「だがな、俺達は今は山賊だかな。傭兵崩れ。実戦では負けはしねえよ」
 やはり、単に金に釣られた山賊ではない。男らは死闘を潜り抜けてきた威勢があった。
「あんたみたいに、城の庭で優雅に剣を振るってるんじゃねえんだよ」
 経験が桁違いだ。
 幾らシリウスが剣術を身につけたところで、命を賭けたゆえの抜け目のなさや醜さは備わってはいない。
「血生臭い中を歯を食い縛って生き延びたからな」
 越えがたい壁がある。
「くっ! 」
 シリウスもそのことは自覚しており、悔しさに奥歯を噛み締めた。
「殿下! 後ろ! 」
 アイリーンが悲鳴を上げた。
 ハッとシリウスが真後ろを向く。
 実戦には卑怯も何もない。命あってこそ。殺るか、殺られるか。騎士道精神など、愚行に他ならない。
 残り二人に背後を取られたシリウスは、まさに袋の鼠だ。
「何だ、女もいるのか」
 男らはアイリーンに気づいた。
 その顔が下品に歪む。彼らが何を考えているのかは明白だった。
「やめろ! アイリーンに手を出すな! 」
 シリウスは憤怒する。
 彼の背後を取っていた二人は、ずんずんとアイリーンに近寄るなり、そのほっそりした手首を掴んだ。
 生臭い息がアイリーンの顔面に吹きかかる。背けた顎を掴まれ、無理に向きを直された。今度は鼻先すれすれを息が掠める。
「なかなか上玉じゃねえか」
「俺達がたっぷり味見してから、娼館に売り渡してやるか」
 恐怖でアイリーンは動くことすら出来ない。螺子の壊れたゼンマイのように、ガタガタガタガタと体が小刻みに揺れるばかり。
 男らはそれすら楽しみ、下卑た笑い声をあげる。
「やめろ! 」
 シリウスの気が削がれた。
 主格の男は見逃さない。
 すぐさま刃先がシリウスの喉元に目掛けた。
「い、いや! 」
 アイリーンはしゃがみ込むなり、地面の砂を両手で引っ掴んだ。
 元々砂礫地になっている場所であるから、細かい砂の粒子が豊富にある。
「ぐおっ! 」
 アイリーンは怯むことなく男らの眼球めがけて砂を撒き散らした。
「め、目潰しか! 生意気な! 」
 まともに砂を食らって、男らはひっくり返り、のたうち回る。相手が貧弱な女だと侮っていたがゆえ、突然の反撃は大きなダメージとなる。
「殿下! こちらへ! 」
 易々と隙が生まれた。
 突拍子のないことに、敵の主格の男も狼狽え、余地を与えてしまう。
 シリウスは手を差し伸べてきたアイリーンを掴み、握り返すと、身を翻し共に逃げ出した。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】王子妃になりたくないと願ったら純潔を散らされました

ユユ
恋愛
毎夜天使が私を犯す。 それは王家から婚約の打診があったときから 始まった。 体の弱い父を領地で支えながら暮らす母。 2人は私の異変に気付くこともない。 こんなこと誰にも言えない。 彼の支配から逃れなくてはならないのに 侯爵家のキングは私を放さない。 * 作り話です

不妊妻の孤独な寝室

ユユ
恋愛
分かっている。 跡継ぎは重要な問題。 子を産めなければ離縁を受け入れるか 妾を迎えるしかない。 お互い義務だと分かっているのに 夫婦の寝室は使われることはなくなった。 * 不妊夫婦のお話です。作り話ですが  不妊系の話が苦手な方は他のお話を  選択してください。 * 22000文字未満 * 完結保証

愛すべきマリア

志波 連
恋愛
幼い頃に婚約し、定期的な交流は続けていたものの、互いにこの結婚の意味をよく理解していたため、つかず離れずの穏やかな関係を築いていた。 学園を卒業し、第一王子妃教育も終えたマリアが留学から戻った兄と一緒に参加した夜会で、令嬢たちに囲まれた。 家柄も美貌も優秀さも全て揃っているマリアに嫉妬したレイラに指示された女たちは、彼女に嫌味の礫を投げつける。 早めに帰ろうという兄が呼んでいると知らせを受けたマリアが発見されたのは、王族の居住区に近い階段の下だった。 頭から血を流し、意識を失っている状態のマリアはすぐさま医務室に運ばれるが、意識が戻ることは無かった。 その日から十日、やっと目を覚ましたマリアは精神年齢が大幅に退行し、言葉遣いも仕草も全て三歳児と同レベルになっていたのだ。 体は16歳で心は3歳となってしまったマリアのためにと、兄が婚約の辞退を申し出た。 しかし、初めから結婚に重きを置いていなかった皇太子が「面倒だからこのまま結婚する」と言いだし、予定通りマリアは婚姻式に臨むことになった。 他サイトでも掲載しています。 表紙は写真ACより転載しました。

公爵様、契約通り、跡継ぎを身籠りました!-もう契約は満了ですわよ・・・ね?ちょっと待って、どうして契約が終わらないんでしょうかぁぁ?!-

猫まんじゅう
恋愛
 そう、没落寸前の実家を助けて頂く代わりに、跡継ぎを産む事を条件にした契約結婚だったのです。  無事跡継ぎを妊娠したフィリス。夫であるバルモント公爵との契約達成は出産までの約9か月となった。  筈だったのです······が? ◆◇◆  「この結婚は契約結婚だ。貴女の実家の財の工面はする。代わりに、貴女には私の跡継ぎを産んでもらおう」  拝啓、公爵様。財政に悩んでいた私の家を助ける代わりに、跡継ぎを産むという一時的な契約結婚でございましたよね・・・?ええ、跡継ぎは産みました。なぜ、まだ契約が完了しないんでしょうか?  「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいませええ!この契約!あと・・・、一体あと、何人子供を産めば契約が満了になるのですッ!!?」  溺愛と、悪阻(ツワリ)ルートは二人がお互いに想いを通じ合わせても終わらない? ◆◇◆ 安心保障のR15設定。 描写の直接的な表現はありませんが、”匂わせ”も気になる吐き悪阻体質の方はご注意ください。 ゆるゆる設定のコメディ要素あり。 つわりに付随する嘔吐表現などが多く含まれます。 ※妊娠に関する内容を含みます。 【2023/07/15/9:00〜07/17/15:00, HOTランキング1位ありがとうございます!】 こちらは小説家になろうでも完結掲載しております(詳細はあとがきにて、)

初めての相手が陛下で良かった

ウサギテイマーTK
恋愛
第二王子から婚約破棄された侯爵令嬢アリミアは、王子の新しい婚約者付の女官として出仕することを命令される。新しい婚約者はアリミアの義妹。それどころか、第二王子と義妹の初夜を見届けるお役をも仰せつかる。それはアリミアをはめる罠でもあった。媚薬を盛られたアリミアは、熱くなった体を持て余す。そんなアリミアを助けたのは、彼女の初恋の相手、現国王であった。アリミアは陛下に懇願する。自分を抱いて欲しいと。 ※ダラダラエッチシーンが続きます。苦手な方は無理なさらずに。

【R18】さよなら、婚約者様

mokumoku
恋愛
婚約者ディオス様は私といるのが嫌な様子。いつもしかめっ面をしています。 ある時気付いてしまったの…私ってもしかして嫌われてる!? それなのに会いに行ったりして…私ってなんてキモいのでしょう…! もう自分から会いに行くのはやめよう…! そんなこんなで悩んでいたら職場の先輩にディオス様が美しい女性兵士と恋人同士なのでは?と笑われちゃった! なんだ!私は隠れ蓑なのね! このなんだか身に覚えも、釣り合いも取れていない婚約は隠れ蓑に使われてるからだったんだ!と盛大に勘違いした主人公ハルヴァとディオスのすれ違いラブコメディです。 ハッピーエンド♡

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

慰み者の姫は新皇帝に溺愛される

苺野 あん
恋愛
小国の王女フォセットは、貢物として帝国の皇帝に差し出された。 皇帝は齢六十の老人で、十八歳になったばかりのフォセットは慰み者として弄ばれるはずだった。 ところが呼ばれた寝室にいたのは若き新皇帝で、フォセットは花嫁として迎えられることになる。 早速、二人の初夜が始まった。

処理中です...