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神様はいる

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「駄目だわ。二階にはいないわ」
 アリアの声は絶望感でだんだん小さくなった。
「一階も外回りも見なくちゃ」
 身を翻し、二階の最後の部屋から飛び出そうとしたアリアの肩を、物凄い力が引いた。
「その必要はない」
 父は無表情で首を横に振る。
「どうして! 」
 ルミナスはアリアの方を向かず、割れたガラス窓を睨みつけていた。
「くそっ! 駄目か! 」
 ルミナスは舌打ちし、アリアの肩から手を離すなり、どんと壁を拳で殴りつけた。頑丈な壁はびくともしない。
「どこにいるんだ、ジョナサン! 」
 悔し紛れに、またもや壁を殴りつける。
 分厚い壁は、音は出すものの振動さえ伝えない。
 エイブル邸の壁は防音が施されているのか、分厚い。
「ああ! ケイム! 」
 アリアはその場に座り込むなり、顔を両手で覆った。
 父のことだから、屋敷内はどうにかして調べ尽くしたのだろう。どういう手段かはわからないが。
 ケイムがこの場にいないことを把握しているのだ。
 この屋敷で間違いはないと踏んでいたのに。
 彼はどこへ消えてしまったのだろう。
 きっと、どこかで孤独に救出を待っているというのに。
「神様……お願い……ケイムに会わせて……」
 アリアは熱心な教徒ではない。
 だが、願わずにはいられない。
 最早、頼るのは神様だけ。
 アリアは祈った。
 必死に祈った。
 ケイムに会わせてほしい。


 神様はアリアの必死に願う様を哀れに思ったのだろうか。
 不意に鼻先を、覚えのある匂いが掠める。
 アリアは弾かれたように顔を上げた。
 アリアが大好きな彼の匂い。
 間違えるはずがない。
「お父様! 」
「何だ」
「こちらへ来て」
 アリアは立ち上がるなり、父を壁に埋め込まれた書棚まで引っ張った。
 書棚には、あらゆる書物が雑多に詰め込まれている。
 経済小説に、官能小説、童話、評論、人物史、歴史書。あらゆる種類の本がジャンル分けもされず、サイズもお構いなしに、立てたり横にしたりと、とにかく詰め込めるだけ詰め込まれている。
 本は高級品だ。それなのに、なんてぞんざいな扱われ方だろう。 
 丁寧に揃えられた動物の剥製達とは随分な扱いの違いだ。 
 そんな雑多な本棚から、確かにケイムの匂いがするのだ。
「どこかから、葉巻の匂いが」
 本棚に近づけば、ますます匂いがきつくなる、
「ああ。確かにジョナサンがいつも吸っている銘柄だな」
 ルミナスは鼻をひくつかせた。
「だんだん匂いがきつくなってるわ」
「そうか? 」
「私はいつもあの人の匂いを嗅いでるから、わかるわ」
「何だと」
「ちょっと。こんなときに嫉妬なんてやめて」
「そ、そうだな」
 夫婦だから互いの匂いがわかる距離にいるのは当然のことであるし、仲が良いのに越したことはないが、やはり娘に近づく男は気に入らない。たとえそれが二十年来の親友であろうと。
 たちまち表情を曇らせる父に、アリアは白い目を向けた。
 


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