【完結】恋愛小説家アリアの大好きな彼

晴 菜葉

文字の大きさ
上 下
83 / 123

実家暮らし

しおりを挟む
 本来なら春の始まりから初夏にかけてを王都で過ごし、それ以外は広大な領土に構える屋敷で過ごす。どの貴族もそうだ。
 しかしアークライト家とジョナサン家は、今回は年中を王都の屋敷で過ごした。
 アリアに万が一があった際、すぐに馴染みの医者にかかれるようにだ。
 会社経営をしているケイムは、従来ならば田舎と王都の屋敷を頻繁に行き来しているのだが、今年は例外だ。
 そして、間もなく社交シーズンが巡ってくる。
 アークライト邸周辺も、引越しの馬車の蹄の音が一日中響くようになり、俄かに慌ただしくなってきていた。
 およそ半年近くぶりに帰る実家は、すでにアリアの帰宅が想定されていたかのようで、何の驚きもなく迎え入れられた。
 その上、始終レイモンドが付いて回って、とうとう御手洗の前まで来られたときには、堪らずアリアは声を引っ繰り返した。
「どこまで付いて回る気? 」
「これが僕に与えられた仕事だから」
「これじゃあまるで、鎖に繋がれた動物だわ」
義兄あに上に、お姉様の監視を任されているからね」
「こんな体で脱走なんてしないわよ」
「そう油断させておいて、突拍子のないことをするのが、お姉様だから」
「馬鹿にしないで」
 レイモンドは今年で九歳の誕生日を迎える。
 あと二年ほどでパブリックスクールに入学し、寄宿生活を送るのが貴族の習わしだ。十八で卒業したら、社交界にデビューして一人前となる。
 まだ声変わりもしていない少年が、立派な紳士になるまで、瞬く間だろう。
 アリアは、生意気そうだけど人前では上手く立ち回り、社交界の華だとか持て囃されるレイモンドを想像すると、いつも父の姿が被って、つい溜め息が出てしまう。
 イザベラと再婚前は、父の女癖は目に余った。
 そんなところまで似てしまわないようにと祈るばかりだ。
 御手洗から用意された部屋に戻って来たときも、レイモンドは当然のように付いて入った。
 アリアはうんざりと弟を一瞥する。
「本当に、ケイムったら何があったのかしら」
 ここまで厳重に管理されるとなると、彼の身に何が起こっているのだろうか不安になってくる。
「さあね」
 知っているくせに、レイモンドは知らないふりを通す。
 レイモンドは窓辺に立つなり、じっと外を眺めていた。
 アリアは弟に問い詰めるのは諦め、荷解きを始めた。
 長居するつもりはないので、トランク一つで充分。
「お父様とお母様は? 見当たらないけど」
 てっきり両親が大騒ぎで迎えてくれるかと思っていたのに。
 どうやら朝っぱらから二人揃って外出しているらしい。
「ああ。あの二人は警察と打ち合わせに……と、何でもないよ」
 レイモンドはカーテンを引く。
「警察? 今、警察って言ったわね? 」
 アリアの眉がぴくりと動いた。
「言わない」
「何だか大層なことになってるんじゃないの? 」
 レイモンドはすたすたと妙に早足になり、意味なさそうに部屋中を歩き回す。
「レイモンド。もし赤ちゃんに何かあれば、あんたの責任だからね」
「何で僕の責任だよ」
「私の不安が大きければ、悪影響だわ」
「そうならないために、お姉様はうちに避難したんだろ」
「避難て何よ」
「だから、その」
 ピタリと足を止めたレイモンド。緋色の目は明らかな動揺により泳いでいる。
「白状しなさい」
 アリアは腰に手を当てて、前のめりでレイモンドに詰め寄る。
 アリアによって影の落ちたレイモンドは、頬に一筋の汗を垂らした。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

6回目のさようなら

音爽(ネソウ)
恋愛
恋人ごっこのその先は……

思い出してしまったのです

月樹《つき》
恋愛
同じ姉妹なのに、私だけ愛されない。 妹のルルだけが特別なのはどうして? 婚約者のレオナルド王子も、どうして妹ばかり可愛がるの? でもある時、鏡を見て思い出してしまったのです。 愛されないのは当然です。 だって私は…。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

すれ違ってしまった恋

秋風 爽籟
恋愛
別れてから何年も経って大切だと気が付いた… それでも、いつか戻れると思っていた… でも現実は厳しく、すれ違ってばかり…

【完結】お飾りの妻からの挑戦状

おのまとぺ
恋愛
公爵家から王家へと嫁いできたデイジー・シャトワーズ。待ちに待った旦那様との顔合わせ、王太子セオドア・ハミルトンが放った言葉に立ち会った使用人たちの顔は強張った。 「君はお飾りの妻だ。装飾品として慎ましく生きろ」 しかし、当のデイジーは不躾な挨拶を笑顔で受け止める。二人のドタバタ生活は心配する周囲を巻き込んで、やがて誰も予想しなかった展開へ…… ◇表紙はノーコピーライトガール様より拝借しています ◇全18話で完結予定

とまどいの花嫁は、夫から逃げられない

椎名さえら
恋愛
エラは、親が決めた婚約者からずっと冷淡に扱われ 初夜、夫は愛人の家へと行った。 戦争が起こり、夫は戦地へと赴いた。 「無事に戻ってきたら、お前とは離婚する」 と言い置いて。 やっと戦争が終わった後、エラのもとへ戻ってきた夫に 彼女は強い違和感を感じる。 夫はすっかり改心し、エラとは離婚しないと言い張り 突然彼女を溺愛し始めたからだ ______________________ ✴︎舞台のイメージはイギリス近代(ゆるゆる設定) ✴︎誤字脱字は優しくスルーしていただけると幸いです ✴︎なろうさんにも投稿しています 私の勝手なBGMは、懐かしすぎるけど鬼束ちひろ『月光』←名曲すぎ

私に告白してきたはずの先輩が、私の友人とキスをしてました。黙って退散して食事をしていたら、ハイスペックなイケメン彼氏ができちゃったのですが。

石河 翠
恋愛
飲み会の最中に席を立った主人公。化粧室に向かった彼女は、自分に告白してきた先輩と自分の友人がキスをしている現場を目撃する。 自分への告白は、何だったのか。あまりの出来事に衝撃を受けた彼女は、そのまま行きつけの喫茶店に退散する。 そこでやけ食いをする予定が、美味しいものに満足してご機嫌に。ちょっとしてネタとして先ほどのできごとを話したところ、ずっと片想いをしていた相手に押し倒されて……。 好きなひとは高嶺の花だからと諦めつつそばにいたい主人公と、アピールし過ぎているせいで冗談だと思われている愛が重たいヒーローの恋物語。 この作品は、小説家になろう及びエブリスタでも投稿しております。 扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。

五歳の時から、側にいた

田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。 それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。 グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。 前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。

処理中です...