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実家暮らし
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本来なら春の始まりから初夏にかけてを王都で過ごし、それ以外は広大な領土に構える屋敷で過ごす。どの貴族もそうだ。
しかしアークライト家とジョナサン家は、今回は年中を王都の屋敷で過ごした。
アリアに万が一があった際、すぐに馴染みの医者にかかれるようにだ。
会社経営をしているケイムは、従来ならば田舎と王都の屋敷を頻繁に行き来しているのだが、今年は例外だ。
そして、間もなく社交シーズンが巡ってくる。
アークライト邸周辺も、引越しの馬車の蹄の音が一日中響くようになり、俄かに慌ただしくなってきていた。
およそ半年近くぶりに帰る実家は、すでにアリアの帰宅が想定されていたかのようで、何の驚きもなく迎え入れられた。
その上、始終レイモンドが付いて回って、とうとう御手洗の前まで来られたときには、堪らずアリアは声を引っ繰り返した。
「どこまで付いて回る気? 」
「これが僕に与えられた仕事だから」
「これじゃあまるで、鎖に繋がれた動物だわ」
「義兄上に、お姉様の監視を任されているからね」
「こんな体で脱走なんてしないわよ」
「そう油断させておいて、突拍子のないことをするのが、お姉様だから」
「馬鹿にしないで」
レイモンドは今年で九歳の誕生日を迎える。
あと二年ほどでパブリックスクールに入学し、寄宿生活を送るのが貴族の習わしだ。十八で卒業したら、社交界にデビューして一人前となる。
まだ声変わりもしていない少年が、立派な紳士になるまで、瞬く間だろう。
アリアは、生意気そうだけど人前では上手く立ち回り、社交界の華だとか持て囃されるレイモンドを想像すると、いつも父の姿が被って、つい溜め息が出てしまう。
イザベラと再婚前は、父の女癖は目に余った。
そんなところまで似てしまわないようにと祈るばかりだ。
御手洗から用意された部屋に戻って来たときも、レイモンドは当然のように付いて入った。
アリアはうんざりと弟を一瞥する。
「本当に、ケイムったら何があったのかしら」
ここまで厳重に管理されるとなると、彼の身に何が起こっているのだろうか不安になってくる。
「さあね」
知っているくせに、レイモンドは知らないふりを通す。
レイモンドは窓辺に立つなり、じっと外を眺めていた。
アリアは弟に問い詰めるのは諦め、荷解きを始めた。
長居するつもりはないので、トランク一つで充分。
「お父様とお母様は? 見当たらないけど」
てっきり両親が大騒ぎで迎えてくれるかと思っていたのに。
どうやら朝っぱらから二人揃って外出しているらしい。
「ああ。あの二人は警察と打ち合わせに……と、何でもないよ」
レイモンドはカーテンを引く。
「警察? 今、警察って言ったわね? 」
アリアの眉がぴくりと動いた。
「言わない」
「何だか大層なことになってるんじゃないの? 」
レイモンドはすたすたと妙に早足になり、意味なさそうに部屋中を歩き回す。
「レイモンド。もし赤ちゃんに何かあれば、あんたの責任だからね」
「何で僕の責任だよ」
「私の不安が大きければ、悪影響だわ」
「そうならないために、お姉様はうちに避難したんだろ」
「避難て何よ」
「だから、その」
ピタリと足を止めたレイモンド。緋色の目は明らかな動揺により泳いでいる。
「白状しなさい」
アリアは腰に手を当てて、前のめりでレイモンドに詰め寄る。
アリアによって影の落ちたレイモンドは、頬に一筋の汗を垂らした。
しかしアークライト家とジョナサン家は、今回は年中を王都の屋敷で過ごした。
アリアに万が一があった際、すぐに馴染みの医者にかかれるようにだ。
会社経営をしているケイムは、従来ならば田舎と王都の屋敷を頻繁に行き来しているのだが、今年は例外だ。
そして、間もなく社交シーズンが巡ってくる。
アークライト邸周辺も、引越しの馬車の蹄の音が一日中響くようになり、俄かに慌ただしくなってきていた。
およそ半年近くぶりに帰る実家は、すでにアリアの帰宅が想定されていたかのようで、何の驚きもなく迎え入れられた。
その上、始終レイモンドが付いて回って、とうとう御手洗の前まで来られたときには、堪らずアリアは声を引っ繰り返した。
「どこまで付いて回る気? 」
「これが僕に与えられた仕事だから」
「これじゃあまるで、鎖に繋がれた動物だわ」
「義兄上に、お姉様の監視を任されているからね」
「こんな体で脱走なんてしないわよ」
「そう油断させておいて、突拍子のないことをするのが、お姉様だから」
「馬鹿にしないで」
レイモンドは今年で九歳の誕生日を迎える。
あと二年ほどでパブリックスクールに入学し、寄宿生活を送るのが貴族の習わしだ。十八で卒業したら、社交界にデビューして一人前となる。
まだ声変わりもしていない少年が、立派な紳士になるまで、瞬く間だろう。
アリアは、生意気そうだけど人前では上手く立ち回り、社交界の華だとか持て囃されるレイモンドを想像すると、いつも父の姿が被って、つい溜め息が出てしまう。
イザベラと再婚前は、父の女癖は目に余った。
そんなところまで似てしまわないようにと祈るばかりだ。
御手洗から用意された部屋に戻って来たときも、レイモンドは当然のように付いて入った。
アリアはうんざりと弟を一瞥する。
「本当に、ケイムったら何があったのかしら」
ここまで厳重に管理されるとなると、彼の身に何が起こっているのだろうか不安になってくる。
「さあね」
知っているくせに、レイモンドは知らないふりを通す。
レイモンドは窓辺に立つなり、じっと外を眺めていた。
アリアは弟に問い詰めるのは諦め、荷解きを始めた。
長居するつもりはないので、トランク一つで充分。
「お父様とお母様は? 見当たらないけど」
てっきり両親が大騒ぎで迎えてくれるかと思っていたのに。
どうやら朝っぱらから二人揃って外出しているらしい。
「ああ。あの二人は警察と打ち合わせに……と、何でもないよ」
レイモンドはカーテンを引く。
「警察? 今、警察って言ったわね? 」
アリアの眉がぴくりと動いた。
「言わない」
「何だか大層なことになってるんじゃないの? 」
レイモンドはすたすたと妙に早足になり、意味なさそうに部屋中を歩き回す。
「レイモンド。もし赤ちゃんに何かあれば、あんたの責任だからね」
「何で僕の責任だよ」
「私の不安が大きければ、悪影響だわ」
「そうならないために、お姉様はうちに避難したんだろ」
「避難て何よ」
「だから、その」
ピタリと足を止めたレイモンド。緋色の目は明らかな動揺により泳いでいる。
「白状しなさい」
アリアは腰に手を当てて、前のめりでレイモンドに詰め寄る。
アリアによって影の落ちたレイモンドは、頬に一筋の汗を垂らした。
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