72 / 123
淡々と
しおりを挟む
ふと、ルミナスは立ち上がるなり、壁に備えつけられたサイドボードからブランデーとグラス二つを取り出した。
「飲むだろう」
「ああ」
それは、昔から二人が和解をする際のフレーズ。
幼馴染みの二人は決まって酒を酌み交わし、争いの終焉を図っていた。
ルミナスはまずケイムのグラスに注ぐ。
「アリアが俺の子を宿してたなんて。全然知らなかった」
ぽつりとケイムは呟く。
もしミス・レイチェルが勘を働かせていなければ、何も知らないままアリアを手放していたところだ。生まれた子供の顔も知らずに、二度とアリアに会うこともなく。
「もしや、余程嫌われているのではないのか? まさか、お前、無理矢理アリアを犯したのではなかろうな? 」
「ああ? 」
いらっとケイムの声が低くなる。
ルミナスも口にしたものの、そうでないとわかっている。アリアのケイムへの眼差しは一目瞭然だ。
「お前こそ、アリアを親戚の爺さんちに押し付けようとしただろうが」
「するわけないだろう。しばらく母が預かり、説得してうちに戻すつもりだった」
「何だよ。嘘かよ」
「当たり前だ。誰が大事な娘を一人きりで遠くへ放り出すか。アリアがあんまり頑固で聞かないから、仕方なく話を作ったのだ」
妙だとは思っていた。幾ら産むときかないからと言っても、あれほど溺愛する娘を簡単に遠くへ追いやるはずがないと。
「何でそう親子揃って頑固なんだ」
呆れてテーブルに肘をつくケイム。
不意に、ピリッと空気が強張った。
ルミナスの表情筋が失われている。
「私とアリアは、実は親子ではない」
「聞いてるよ」
ケイムが即答した。
たちまちルミナスの切れ長の目が大きく開く。
「アリアからか? 」
「ああ。爺さんの子供だってな」
「アリアはそこまでお前に話したのか? 」
ルミナスは声を上擦らせながら、自分のグラスにブランデーを注いだ。
ケイムはグラスを揺すりながら、煌めく琥珀をぼんやり眺める。
「あいつは家族の絆ってのに縛られてる」
「何だと? 」
ルミナスが眉をひそめる。
「家族が何より大事なんだよ」
心ここにあらずとケイムは呟いた。
「家族は大切に決まっているだろう? 」
「アリアが考えてるのは、そんなちっぽけなもんじゃねえよ」
言うなりブランデーを口に含む。
「あいつは、この世に生まれることが出来たのは、お前の人生を犠牲にしたからだと考えてるんだ」
「大袈裟な」
「だけど事実だろ。爺さんの愛人のミレディを戸籍上の妻にしてまで、アリアを産ませたんだからな」
「生まれてくる赤ん坊は、私の妹であるからな。血の繋がりのある妹を救って当然だ」
それの何が問題だ、当たり前だと言わんばかりに、ルミナスは頷く。
「だからアリアはそれに縛られてんだよ」
ルミナスにとって当たり前のことだとしても、アリアには重い枷となる。
「あいつはお前を裏切れないと、俺のプロポーズを断ったんだ」
最初こそ喜び、うっとりと薬指を翳していたが、ルミナスを説得しなければと口にした途端、空気が冷えた。
「俺達の友情に亀裂を入らせないようにとな」
「もう手遅れだ」
ルミナスの目が据わる。
「お前はもう友人ではない」
彼は断言する。
それは、二十年以上に及ぶ友情関係の終焉を宣言したものだった。
「そうだな」
これほどあっさりと友情が断ち切られたことに、ケイムは寂しく薄ら笑いするしかない。
「お前は娘婿だろう」
ルミナスは目線にグラスを掲げた。
それは、新たな関係の構築だった。
彼はケイムをアークライト家に迎え入れたのだ。
ケイムは驚き過ぎて言葉を失う。
「それにアリアは赤ん坊が出来ると、あっさり私達よりもそっちを選んだんだ」
家族の絆が大事なら、一人で産んで育てるなんて言い出さない。
「お前との子供を選んだんだよ」
アリアは母になり、子供を守る強さを得た。
最早、ルミナスの手のひらに包まれて庇護される幼い天使ではない。
地に足をつけて歩く、立派な女性だ。
「娘を奪われた父の恨みは、これからたっぷりと晴らさせてもらうからな。覚悟しておけ」
ルミナスの目はぎらぎらと光っている。
いかにも戦闘の直前と言うべきの。
「やられっ放しになるつもりはねえよ」
ケイムはだん、とグラスをテーブルに叩きつけると、立ち上がった。
「飲むだろう」
「ああ」
それは、昔から二人が和解をする際のフレーズ。
幼馴染みの二人は決まって酒を酌み交わし、争いの終焉を図っていた。
ルミナスはまずケイムのグラスに注ぐ。
「アリアが俺の子を宿してたなんて。全然知らなかった」
ぽつりとケイムは呟く。
もしミス・レイチェルが勘を働かせていなければ、何も知らないままアリアを手放していたところだ。生まれた子供の顔も知らずに、二度とアリアに会うこともなく。
「もしや、余程嫌われているのではないのか? まさか、お前、無理矢理アリアを犯したのではなかろうな? 」
「ああ? 」
いらっとケイムの声が低くなる。
ルミナスも口にしたものの、そうでないとわかっている。アリアのケイムへの眼差しは一目瞭然だ。
「お前こそ、アリアを親戚の爺さんちに押し付けようとしただろうが」
「するわけないだろう。しばらく母が預かり、説得してうちに戻すつもりだった」
「何だよ。嘘かよ」
「当たり前だ。誰が大事な娘を一人きりで遠くへ放り出すか。アリアがあんまり頑固で聞かないから、仕方なく話を作ったのだ」
妙だとは思っていた。幾ら産むときかないからと言っても、あれほど溺愛する娘を簡単に遠くへ追いやるはずがないと。
「何でそう親子揃って頑固なんだ」
呆れてテーブルに肘をつくケイム。
不意に、ピリッと空気が強張った。
ルミナスの表情筋が失われている。
「私とアリアは、実は親子ではない」
「聞いてるよ」
ケイムが即答した。
たちまちルミナスの切れ長の目が大きく開く。
「アリアからか? 」
「ああ。爺さんの子供だってな」
「アリアはそこまでお前に話したのか? 」
ルミナスは声を上擦らせながら、自分のグラスにブランデーを注いだ。
ケイムはグラスを揺すりながら、煌めく琥珀をぼんやり眺める。
「あいつは家族の絆ってのに縛られてる」
「何だと? 」
ルミナスが眉をひそめる。
「家族が何より大事なんだよ」
心ここにあらずとケイムは呟いた。
「家族は大切に決まっているだろう? 」
「アリアが考えてるのは、そんなちっぽけなもんじゃねえよ」
言うなりブランデーを口に含む。
「あいつは、この世に生まれることが出来たのは、お前の人生を犠牲にしたからだと考えてるんだ」
「大袈裟な」
「だけど事実だろ。爺さんの愛人のミレディを戸籍上の妻にしてまで、アリアを産ませたんだからな」
「生まれてくる赤ん坊は、私の妹であるからな。血の繋がりのある妹を救って当然だ」
それの何が問題だ、当たり前だと言わんばかりに、ルミナスは頷く。
「だからアリアはそれに縛られてんだよ」
ルミナスにとって当たり前のことだとしても、アリアには重い枷となる。
「あいつはお前を裏切れないと、俺のプロポーズを断ったんだ」
最初こそ喜び、うっとりと薬指を翳していたが、ルミナスを説得しなければと口にした途端、空気が冷えた。
「俺達の友情に亀裂を入らせないようにとな」
「もう手遅れだ」
ルミナスの目が据わる。
「お前はもう友人ではない」
彼は断言する。
それは、二十年以上に及ぶ友情関係の終焉を宣言したものだった。
「そうだな」
これほどあっさりと友情が断ち切られたことに、ケイムは寂しく薄ら笑いするしかない。
「お前は娘婿だろう」
ルミナスは目線にグラスを掲げた。
それは、新たな関係の構築だった。
彼はケイムをアークライト家に迎え入れたのだ。
ケイムは驚き過ぎて言葉を失う。
「それにアリアは赤ん坊が出来ると、あっさり私達よりもそっちを選んだんだ」
家族の絆が大事なら、一人で産んで育てるなんて言い出さない。
「お前との子供を選んだんだよ」
アリアは母になり、子供を守る強さを得た。
最早、ルミナスの手のひらに包まれて庇護される幼い天使ではない。
地に足をつけて歩く、立派な女性だ。
「娘を奪われた父の恨みは、これからたっぷりと晴らさせてもらうからな。覚悟しておけ」
ルミナスの目はぎらぎらと光っている。
いかにも戦闘の直前と言うべきの。
「やられっ放しになるつもりはねえよ」
ケイムはだん、とグラスをテーブルに叩きつけると、立ち上がった。
2
お気に入りに追加
72
あなたにおすすめの小説
月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~
真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される
奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。
けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。
そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。
2人の出会いを描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630
2人の誓約の儀を描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」
https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041
今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。
そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。
だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。
そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。
黒の神官と夜のお世話役
苺野 あん
恋愛
辺境の神殿で雑用係として慎ましく暮らしていたアンジェリアは、王都からやって来る上級神官の夜のお世話役に任命されてしまう。それも黒の神官という異名を持ち、様々な悪い噂に包まれた恐ろしい相手だ。ところが実際に現れたのは、アンジェリアの想像とは違っていて……。※完結しました
【R18】深層のご令嬢は、婚約破棄して愛しのお兄様に花弁を散らされる
奏音 美都
恋愛
バトワール財閥の令嬢であるクリスティーナは血の繋がらない兄、ウィンストンを密かに慕っていた。だが、貴族院議員であり、ノルウェールズ侯爵家の三男であるコンラッドとの婚姻話が持ち上がり、バトワール財閥、ひいては会社の経営に携わる兄のために、お見合いを受ける覚悟をする。
だが、今目の前では兄のウィンストンに迫られていた。
「ノルウェールズ侯爵の御曹司とのお見合いが決まったって聞いたんだが、本当なのか?」」
どう尋ねる兄の真意は……
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる