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淡々と

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 ふと、ルミナスは立ち上がるなり、壁に備えつけられたサイドボードからブランデーとグラス二つを取り出した。
「飲むだろう」
「ああ」
 それは、昔から二人が和解をする際のフレーズ。
 幼馴染みの二人は決まって酒を酌み交わし、争いの終焉を図っていた。
 ルミナスはまずケイムのグラスに注ぐ。
「アリアが俺の子を宿してたなんて。全然知らなかった」
 ぽつりとケイムは呟く。
 もしミス・レイチェルが勘を働かせていなければ、何も知らないままアリアを手放していたところだ。生まれた子供の顔も知らずに、二度とアリアに会うこともなく。
「もしや、余程嫌われているのではないのか? まさか、お前、無理矢理アリアを犯したのではなかろうな? 」
「ああ? 」
 いらっとケイムの声が低くなる。
 ルミナスも口にしたものの、そうでないとわかっている。アリアのケイムへの眼差しは一目瞭然だ。
「お前こそ、アリアを親戚の爺さんちに押し付けようとしただろうが」
「するわけないだろう。しばらく母が預かり、説得してうちに戻すつもりだった」
「何だよ。嘘かよ」
「当たり前だ。誰が大事な娘を一人きりで遠くへ放り出すか。アリアがあんまり頑固で聞かないから、仕方なく話を作ったのだ」
 妙だとは思っていた。幾ら産むときかないからと言っても、あれほど溺愛する娘を簡単に遠くへ追いやるはずがないと。
「何でそう親子揃って頑固なんだ」
 呆れてテーブルに肘をつくケイム。
 不意に、ピリッと空気が強張った。
 ルミナスの表情筋が失われている。
「私とアリアは、実は親子ではない」
「聞いてるよ」
 ケイムが即答した。
 たちまちルミナスの切れ長の目が大きく開く。
「アリアからか? 」
「ああ。爺さんの子供だってな」
「アリアはそこまでお前に話したのか? 」
 ルミナスは声を上擦らせながら、自分のグラスにブランデーを注いだ。
 ケイムはグラスを揺すりながら、煌めく琥珀をぼんやり眺める。
「あいつは家族の絆ってのに縛られてる」
「何だと? 」
 ルミナスが眉をひそめる。
「家族が何より大事なんだよ」
 心ここにあらずとケイムは呟いた。
「家族は大切に決まっているだろう? 」
「アリアが考えてるのは、そんなちっぽけなもんじゃねえよ」
 言うなりブランデーを口に含む。
「あいつは、この世に生まれることが出来たのは、お前の人生を犠牲にしたからだと考えてるんだ」
「大袈裟な」
「だけど事実だろ。爺さんの愛人のミレディを戸籍上の妻にしてまで、アリアを産ませたんだからな」
「生まれてくる赤ん坊は、私の妹であるからな。血の繋がりのある妹を救って当然だ」
 それの何が問題だ、当たり前だと言わんばかりに、ルミナスは頷く。
「だからアリアはそれに縛られてんだよ」
 ルミナスにとって当たり前のことだとしても、アリアには重い枷となる。
「あいつはお前を裏切れないと、俺のプロポーズを断ったんだ」
 最初こそ喜び、うっとりと薬指を翳していたが、ルミナスを説得しなければと口にした途端、空気が冷えた。
「俺達の友情に亀裂を入らせないようにとな」
「もう手遅れだ」
 ルミナスの目が据わる。
「お前はもう友人ではない」
 彼は断言する。
 それは、二十年以上に及ぶ友情関係の終焉を宣言したものだった。
「そうだな」
 これほどあっさりと友情が断ち切られたことに、ケイムは寂しく薄ら笑いするしかない。
「お前は娘婿だろう」
 ルミナスは目線にグラスを掲げた。
 それは、新たな関係の構築だった。
 彼はケイムをアークライト家に迎え入れたのだ。
 ケイムは驚き過ぎて言葉を失う。
「それにアリアは赤ん坊が出来ると、あっさり私達よりもそっちを選んだんだ」
 家族の絆が大事なら、一人で産んで育てるなんて言い出さない。
「お前との子供を選んだんだよ」
 アリアは母になり、子供を守る強さを得た。
 最早、ルミナスの手のひらに包まれて庇護される幼い天使ではない。
 地に足をつけて歩く、立派な女性だ。
「娘を奪われた父の恨みは、これからたっぷりと晴らさせてもらうからな。覚悟しておけ」
 ルミナスの目はぎらぎらと光っている。
 いかにも戦闘の直前と言うべきの。
「やられっ放しになるつもりはねえよ」
 ケイムはだん、とグラスをテーブルに叩きつけると、立ち上がった。



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