71 / 123
男の矜持
しおりを挟む
「絶対に認めないからな」
ルミナスが牙を剥く。
ケイムを睨む目つきは、二十年以上もの付き合いのある友人に向けてのものではない。
娘を攫おうとする犯罪者とまで考えているのだろう。
「別に今更、お前の許可なんか求めてねえよ」
ケイムは憮然と言い返した。
「選択肢は一つだろうが」
アリアを気の合わない婆さんの家へ追い出し、さほど親しくもない遠縁の爺さんのオシメを換え、赤ん坊の世話を一人きりでこなす。
アリアの苦労は目に見えている。
ケイムなら、アリアを大切にする。不自由はさせない。勿論、腹の子もだ。
「お前に嫁がせるくらいなら、アリアを未婚のままアークライトで面倒を見た方がマシだ」
「あいつの気持ちは無視かよ」
ケイムは左手の薬指をちらつかせた。
アリアと同じデザインの金の指輪が嵌められていた。どうみても、結婚指輪だ。
「親の承諾もなしに、よくもそんなものを」
「お前だって、イザベラ夫人とのことは事後報告だろうがよ。アリアから聞いてるぞ」
「お前なんかと一緒にするな」
ルミナスは冷たく言い放つ。
「イザベラとは、結婚してから子供を授かったのだ」
「結婚前から、散々やることやってただろ」
ケイムは軽蔑した。どの口がそれを言うか。長年の付き合いは、何でも筒抜けだ。
「とにかく、アリアは渡さない」
ルミナスは宣言する。
「今は気が昂っているんだ。冷静になれば、何故お前なんかと、きっと後悔する」
「散々な言われようだな」
ケイムはいらいらとこめかみに筋を浮かせた。
「そもそも、あいつが俺に抱いてくれって迫って来たんだよ」
「子供に誘惑されて、本気で犯すやつがあるか」
「アリアは子供じゃねえよ」
確かに、おしべだのめしべだのとほざいていた頃は、子供でしかなかった。
だが、アリアは急激に大人になった。
「まあ、俺が女にしたんだがな」
ケイムは挑発する。
「よくも、アリアを」
カッとルミナスの瞳孔が開く。ケイムの喉笛を掴んだ。
ケイムもルミナスの胸倉を掴み、締め上げる。
二人同時に床に縺れるように倒れ、取っ組み合いのまま、ごろごろと床を転がり回す。
椅子が引っ繰り返り、テーブルクロスがずれ、まだ引き上げていない皿がガチャガチャと派手に擦れたが、お構いなしに、何度も何度も回転した。
さながら、場末の飲み屋の酔っ払いの喧嘩だ。
とてもじゃないが、貴族のお上品さは皆無。
昔から似た者同士で、女の好みやら、遊び方やら、頭の出来やら、何でも互角。若い頃に度々あった競争はいつも引き分け。
それは年を重ねた今でも変わらない。
上になるたびにどちらかが拳を繰り出し、どちらかが体を捻って避ける。喉笛をめがけ、鼻面を狙い、鳩尾に拳を入れようと。
テーブルの脚を蹴飛ばすごとに、互いに骨が軋むほどのパンチを食らっていた。
「何故、アリアだったんだ」
息を切らしながらルミナスが尋ねる。
「お前なら、相手など選びたい放題だろう」
一旦、敵から離れると、よろめきながら立ち上がった。殴られた際の鼻血はすっかり乾いている。
「惚れちまったんだから、しょうがねえだろ。理由なんか後づけでしかねえよ」
同じようにケイムも倒れた椅子を支えに立ち上がる。口端が切れて滲んだ血を手の甲で拭った。
「本気か? 」
「ああ」
それきり、二人は口を噤む。
ルミナスは髪を掻き上げると、倒れた椅子を直して、どかっと座り込んだ。
真向かいに、同じようにケイムが座り、脚を組む。
両者、一言も発しない。
ひたすら睨み合う。
それはまさに、獣同士のギラつきだった。
ルミナスが牙を剥く。
ケイムを睨む目つきは、二十年以上もの付き合いのある友人に向けてのものではない。
娘を攫おうとする犯罪者とまで考えているのだろう。
「別に今更、お前の許可なんか求めてねえよ」
ケイムは憮然と言い返した。
「選択肢は一つだろうが」
アリアを気の合わない婆さんの家へ追い出し、さほど親しくもない遠縁の爺さんのオシメを換え、赤ん坊の世話を一人きりでこなす。
アリアの苦労は目に見えている。
ケイムなら、アリアを大切にする。不自由はさせない。勿論、腹の子もだ。
「お前に嫁がせるくらいなら、アリアを未婚のままアークライトで面倒を見た方がマシだ」
「あいつの気持ちは無視かよ」
ケイムは左手の薬指をちらつかせた。
アリアと同じデザインの金の指輪が嵌められていた。どうみても、結婚指輪だ。
「親の承諾もなしに、よくもそんなものを」
「お前だって、イザベラ夫人とのことは事後報告だろうがよ。アリアから聞いてるぞ」
「お前なんかと一緒にするな」
ルミナスは冷たく言い放つ。
「イザベラとは、結婚してから子供を授かったのだ」
「結婚前から、散々やることやってただろ」
ケイムは軽蔑した。どの口がそれを言うか。長年の付き合いは、何でも筒抜けだ。
「とにかく、アリアは渡さない」
ルミナスは宣言する。
「今は気が昂っているんだ。冷静になれば、何故お前なんかと、きっと後悔する」
「散々な言われようだな」
ケイムはいらいらとこめかみに筋を浮かせた。
「そもそも、あいつが俺に抱いてくれって迫って来たんだよ」
「子供に誘惑されて、本気で犯すやつがあるか」
「アリアは子供じゃねえよ」
確かに、おしべだのめしべだのとほざいていた頃は、子供でしかなかった。
だが、アリアは急激に大人になった。
「まあ、俺が女にしたんだがな」
ケイムは挑発する。
「よくも、アリアを」
カッとルミナスの瞳孔が開く。ケイムの喉笛を掴んだ。
ケイムもルミナスの胸倉を掴み、締め上げる。
二人同時に床に縺れるように倒れ、取っ組み合いのまま、ごろごろと床を転がり回す。
椅子が引っ繰り返り、テーブルクロスがずれ、まだ引き上げていない皿がガチャガチャと派手に擦れたが、お構いなしに、何度も何度も回転した。
さながら、場末の飲み屋の酔っ払いの喧嘩だ。
とてもじゃないが、貴族のお上品さは皆無。
昔から似た者同士で、女の好みやら、遊び方やら、頭の出来やら、何でも互角。若い頃に度々あった競争はいつも引き分け。
それは年を重ねた今でも変わらない。
上になるたびにどちらかが拳を繰り出し、どちらかが体を捻って避ける。喉笛をめがけ、鼻面を狙い、鳩尾に拳を入れようと。
テーブルの脚を蹴飛ばすごとに、互いに骨が軋むほどのパンチを食らっていた。
「何故、アリアだったんだ」
息を切らしながらルミナスが尋ねる。
「お前なら、相手など選びたい放題だろう」
一旦、敵から離れると、よろめきながら立ち上がった。殴られた際の鼻血はすっかり乾いている。
「惚れちまったんだから、しょうがねえだろ。理由なんか後づけでしかねえよ」
同じようにケイムも倒れた椅子を支えに立ち上がる。口端が切れて滲んだ血を手の甲で拭った。
「本気か? 」
「ああ」
それきり、二人は口を噤む。
ルミナスは髪を掻き上げると、倒れた椅子を直して、どかっと座り込んだ。
真向かいに、同じようにケイムが座り、脚を組む。
両者、一言も発しない。
ひたすら睨み合う。
それはまさに、獣同士のギラつきだった。
1
お気に入りに追加
72
あなたにおすすめの小説
月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~
真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される
奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。
けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。
そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。
2人の出会いを描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630
2人の誓約の儀を描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」
https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041
今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。
そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。
だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。
そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。
黒の神官と夜のお世話役
苺野 あん
恋愛
辺境の神殿で雑用係として慎ましく暮らしていたアンジェリアは、王都からやって来る上級神官の夜のお世話役に任命されてしまう。それも黒の神官という異名を持ち、様々な悪い噂に包まれた恐ろしい相手だ。ところが実際に現れたのは、アンジェリアの想像とは違っていて……。※完結しました
私のドレスを奪った異母妹に、もう大事なものは奪わせない
文野多咲
恋愛
優月(ゆづき)が自宅屋敷に帰ると、異母妹が優月のウェディングドレスを試着していた。その日縫い上がったばかりで、優月もまだ袖を通していなかった。
使用人たちが「まるで、異母妹のためにあつらえたドレスのよう」と褒め称えており、優月の婚約者まで「異母妹の方が似合う」と褒めている。
優月が異母妹に「どうして勝手に着たの?」と訊けば「ちょっと着てみただけよ」と言う。
婚約者は「異母妹なんだから、ちょっとくらいいじゃないか」と言う。
「ちょっとじゃないわ。私はドレスを盗られたも同じよ!」と言えば、父の後妻は「悪気があったわけじゃないのに、心が狭い」と優月の頬をぶった。
優月は父親に婚約解消を願い出た。婚約者は父親が決めた相手で、優月にはもう彼を信頼できない。
父親に事情を説明すると、「大げさだなあ」と取り合わず、「優月は異母妹に嫉妬しているだけだ、婚約者には異母妹を褒めないように言っておく」と言われる。
嫉妬じゃないのに、どうしてわかってくれないの?
優月は父親をも信頼できなくなる。
婚約者は優月を手に入れるために、優月を襲おうとした。絶体絶命の優月の前に現れたのは、叔父だった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる