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火急の用件
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ミス・レイチェルはぴくりと耳を尖らせる。
床板を踏み抜くのではないかと心配になるくらいの派手に駆けつけてくる足音が、だんだん近づいてきたからだ。
間もなく扉が開くはず。
予想通り、蹴破る勢いでドアが開いた。
「アリアに何があった! 」
ハアハアと荒く肩を上下させ、額にびっしりと汗を吹き出したまま拭いもせず、ケイムが部屋に飛び込んで来た。
「アリアの一大事って何だよ! 」
タイを引き抜きながら、ずんずんと大股でミス・レイチェルの机に近寄る。
いつもは斜めに整えてある髪が今は汗でぐっしょりと濡れて、それを鬱陶しそうに掻き上げるケイムを、ミス・レイチェルは表情筋を殺して眺めた。
「あなた、ウェストクリス社の敷居は跨がない主義じゃなかった? 」
「うるせえ! 今はそれどころじゃねえだろ! 」
「あんまり大声を出さないで。従業員がびっくりしてるじゃない」
半開きのドアの隙間が、従業員の顔で埋まっている。
ミス・レイチェルはニッコリと作り笑いすると、しずしずとドアの前まで移動した。
「何でもないの。ちょっと、仕事に関する話をするだけだから。安心して」
それでも、彼らは不安を隠し切れていない。
界隈では、二人の犬猿さは知れ渡っている。
「ジョナサン卿は、この上ない紳士で有名でしょ」
早口で言い終えると、ミス・レイチェルはドアを閉めて、鍵まで掛けた。
再び執務椅子に腰を下ろす。
ケイムは勧められもしていないうちから、どかっとソファに尻を沈めた。偉そうに脚を組むなり、葉巻に火をつける。
「お茶を用意するわ」
「んなもん、いらん」
「確か今は子爵未亡人のエレーナ様と逢引き中でしょ」
「どこからそんな話を聞きつけてくるんだ」
「今はベッドの中にいるはずよね? 」
「下世話な想像はやめろ」
「そこらへんに子種を撒き散らしてるくせに」
「アリア以外に勃たねえよ、もう」
「あらあら。また振られるわね」
「うるせえな」
ケイムが逢引きばかりで、ベッドを共にしないことは、すでに一部で話に上がっている。それを純情と取るか、はたまた腰抜けと取るか。今のところは、ケイムのお相手は後者ばかりのようだ。
「それより。アリアがどうしたって? 」
秘書を通じて届いた手紙に、ケイムは約束事をほっぽり出してライバル社まで駆けつけた。火急のため、敷居を跨ぐことも厭わず。
「これよ」
ミス・レイチェルは手を伸ばして紙の束を差し出す。
葉巻を咥えながら、ケイムは引っ手繰った。
癖のある丸っこい字が並んでいる。小説だ。主人公は貴族の娘。彼女が恋するのは、年上の会社経営者。どこかで聞いた関係だ。
しかも、かなり濃厚な性描写だ。見覚えのある状況、台詞。何の捻りもない、そのまんまのシーンが羅列している。
「なかなか激しいセックスしてるじゃないの」
「放っとけ」
茶化され、まだ半分以上残っているものの、イライラと灰皿に吸い殻を押し付ける。
「で、アリアの原稿がどうしたんだ? 」
自分達のデリケートな部分を晒され、改めて見ると淫猥過ぎる。していることは、一般的だ。あくまで自分は変態ではない。それは力を込めて断言する。
つまるところ、アリアの文章力がそう魅せているのだ。それが、彼女の才能というやつだ。ミス・アリスン・プティングが官能小説家で群を抜いているのも頷けるくらいだ。
「五枚目を読んでみて」
言われるがまま、読みかけの文章をすっ飛ばして捲る。
と、ケイムが硬直した。
「これは……」
そこに書かれていた文章に、言葉を失う。
床板を踏み抜くのではないかと心配になるくらいの派手に駆けつけてくる足音が、だんだん近づいてきたからだ。
間もなく扉が開くはず。
予想通り、蹴破る勢いでドアが開いた。
「アリアに何があった! 」
ハアハアと荒く肩を上下させ、額にびっしりと汗を吹き出したまま拭いもせず、ケイムが部屋に飛び込んで来た。
「アリアの一大事って何だよ! 」
タイを引き抜きながら、ずんずんと大股でミス・レイチェルの机に近寄る。
いつもは斜めに整えてある髪が今は汗でぐっしょりと濡れて、それを鬱陶しそうに掻き上げるケイムを、ミス・レイチェルは表情筋を殺して眺めた。
「あなた、ウェストクリス社の敷居は跨がない主義じゃなかった? 」
「うるせえ! 今はそれどころじゃねえだろ! 」
「あんまり大声を出さないで。従業員がびっくりしてるじゃない」
半開きのドアの隙間が、従業員の顔で埋まっている。
ミス・レイチェルはニッコリと作り笑いすると、しずしずとドアの前まで移動した。
「何でもないの。ちょっと、仕事に関する話をするだけだから。安心して」
それでも、彼らは不安を隠し切れていない。
界隈では、二人の犬猿さは知れ渡っている。
「ジョナサン卿は、この上ない紳士で有名でしょ」
早口で言い終えると、ミス・レイチェルはドアを閉めて、鍵まで掛けた。
再び執務椅子に腰を下ろす。
ケイムは勧められもしていないうちから、どかっとソファに尻を沈めた。偉そうに脚を組むなり、葉巻に火をつける。
「お茶を用意するわ」
「んなもん、いらん」
「確か今は子爵未亡人のエレーナ様と逢引き中でしょ」
「どこからそんな話を聞きつけてくるんだ」
「今はベッドの中にいるはずよね? 」
「下世話な想像はやめろ」
「そこらへんに子種を撒き散らしてるくせに」
「アリア以外に勃たねえよ、もう」
「あらあら。また振られるわね」
「うるせえな」
ケイムが逢引きばかりで、ベッドを共にしないことは、すでに一部で話に上がっている。それを純情と取るか、はたまた腰抜けと取るか。今のところは、ケイムのお相手は後者ばかりのようだ。
「それより。アリアがどうしたって? 」
秘書を通じて届いた手紙に、ケイムは約束事をほっぽり出してライバル社まで駆けつけた。火急のため、敷居を跨ぐことも厭わず。
「これよ」
ミス・レイチェルは手を伸ばして紙の束を差し出す。
葉巻を咥えながら、ケイムは引っ手繰った。
癖のある丸っこい字が並んでいる。小説だ。主人公は貴族の娘。彼女が恋するのは、年上の会社経営者。どこかで聞いた関係だ。
しかも、かなり濃厚な性描写だ。見覚えのある状況、台詞。何の捻りもない、そのまんまのシーンが羅列している。
「なかなか激しいセックスしてるじゃないの」
「放っとけ」
茶化され、まだ半分以上残っているものの、イライラと灰皿に吸い殻を押し付ける。
「で、アリアの原稿がどうしたんだ? 」
自分達のデリケートな部分を晒され、改めて見ると淫猥過ぎる。していることは、一般的だ。あくまで自分は変態ではない。それは力を込めて断言する。
つまるところ、アリアの文章力がそう魅せているのだ。それが、彼女の才能というやつだ。ミス・アリスン・プティングが官能小説家で群を抜いているのも頷けるくらいだ。
「五枚目を読んでみて」
言われるがまま、読みかけの文章をすっ飛ばして捲る。
と、ケイムが硬直した。
「これは……」
そこに書かれていた文章に、言葉を失う。
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