【完結】恋愛小説家アリアの大好きな彼

晴 菜葉

文字の大きさ
上 下
66 / 123

火急の用件

しおりを挟む
 ミス・レイチェルはぴくりと耳を尖らせる。
 床板を踏み抜くのではないかと心配になるくらいの派手に駆けつけてくる足音が、だんだん近づいてきたからだ。
 間もなく扉が開くはず。
 予想通り、蹴破る勢いでドアが開いた。
「アリアに何があった! 」
 ハアハアと荒く肩を上下させ、額にびっしりと汗を吹き出したまま拭いもせず、ケイムが部屋に飛び込んで来た。
「アリアの一大事って何だよ! 」
 タイを引き抜きながら、ずんずんと大股でミス・レイチェルの机に近寄る。
 いつもは斜めに整えてある髪が今は汗でぐっしょりと濡れて、それを鬱陶しそうに掻き上げるケイムを、ミス・レイチェルは表情筋を殺して眺めた。
「あなた、ウェストクリス社の敷居は跨がない主義じゃなかった? 」
「うるせえ! 今はそれどころじゃねえだろ! 」
「あんまり大声を出さないで。従業員がびっくりしてるじゃない」
 半開きのドアの隙間が、従業員の顔で埋まっている。
 ミス・レイチェルはニッコリと作り笑いすると、しずしずとドアの前まで移動した。
「何でもないの。ちょっと、仕事に関する話をするだけだから。安心して」
 それでも、彼らは不安を隠し切れていない。
 界隈では、二人の犬猿さは知れ渡っている。
「ジョナサン卿は、この上ない紳士で有名でしょ」
 早口で言い終えると、ミス・レイチェルはドアを閉めて、鍵まで掛けた。
 再び執務椅子に腰を下ろす。
 ケイムは勧められもしていないうちから、どかっとソファに尻を沈めた。偉そうに脚を組むなり、葉巻に火をつける。
「お茶を用意するわ」
「んなもん、いらん」
「確か今は子爵未亡人のエレーナ様と逢引き中でしょ」
「どこからそんな話を聞きつけてくるんだ」
「今はベッドの中にいるはずよね? 」
「下世話な想像はやめろ」
「そこらへんに子種を撒き散らしてるくせに」
「アリア以外に勃たねえよ、もう」
「あらあら。また振られるわね」
「うるせえな」
 ケイムが逢引きデートばかりで、ベッドを共にしないことは、すでに一部で話に上がっている。それを純情と取るか、はたまた腰抜けと取るか。今のところは、ケイムのお相手は後者ばかりのようだ。
「それより。アリアがどうしたって? 」
 秘書を通じて届いた手紙に、ケイムは約束事をほっぽり出してライバル社まで駆けつけた。火急のため、敷居を跨ぐことも厭わず。
「これよ」 
 ミス・レイチェルは手を伸ばして紙の束を差し出す。
 葉巻を咥えながら、ケイムは引っ手繰った。
 癖のある丸っこい字が並んでいる。小説だ。主人公は貴族の娘。彼女が恋するのは、年上の会社経営者。どこかで聞いた関係だ。
 しかも、かなり濃厚な性描写だ。見覚えのある状況、台詞。何の捻りもない、そのまんまのシーンが羅列している。
「なかなか激しいセックスしてるじゃないの」
「放っとけ」
 茶化され、まだ半分以上残っているものの、イライラと灰皿に吸い殻を押し付ける。
「で、アリアの原稿がどうしたんだ? 」
 自分達のデリケートな部分を晒され、改めて見ると淫猥過ぎる。していることは、一般的だ。あくまで自分は変態ではない。それは力を込めて断言する。
 つまるところ、アリアの文章力がそう魅せているのだ。それが、彼女の才能というやつだ。ミス・アリスン・プティングが官能小説家で群を抜いているのも頷けるくらいだ。
「五枚目を読んでみて」
 言われるがまま、読みかけの文章をすっ飛ばして捲る。
 と、ケイムが硬直した。
「これは……」
 そこに書かれていた文章に、言葉を失う。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

踏み台令嬢はへこたれない

IchikoMiyagi
恋愛
「婚約破棄してくれ!」  公爵令嬢のメルティアーラは婚約者からの何度目かの申し出を受けていたーー。  春、学院に入学しいつしかついたあだ名は踏み台令嬢。……幸せを運んでいますのに、その名付けはあんまりでは……。  そう思いつつも学院生活を満喫していたら、噂を聞きつけた第三王子がチラチラこっちを見ている。しかもうっかり婚約者になってしまったわ……?!?  これは無自覚に他人の踏み台になって引っ張り上げる主人公が、たまにしょげては踏ん張りながらやっぱり周りを幸せにしたりやっと自分も幸せになったりするかもしれない物語。 「わたくし、甘い砂を吐くのには慣れておりますの」  ーー踏み台令嬢は今日も誰かを幸せにする。  なろうでも投稿しています。

身代わり婚~暴君と呼ばれる辺境伯に拒絶された仮初の花嫁

結城芙由奈@2/28コミカライズ発売
恋愛
【決してご迷惑はお掛けしません。どうか私をここに置いて頂けませんか?】 妾腹の娘として厄介者扱いを受けていたアリアドネは姉の身代わりとして暴君として名高い辺境伯に嫁がされる。結婚すれば幸せになれるかもしれないと淡い期待を抱いていたのも束の間。望まぬ花嫁を押し付けられたとして夫となるべく辺境伯に初対面で冷たい言葉を投げつけらた。さらに城から追い出されそうになるものの、ある人物に救われて下働きとして置いてもらえる事になるのだった―。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

甘すぎるドクターへ。どうか手加減して下さい。

海咲雪
恋愛
その日、新幹線の隣の席に疲れて寝ている男性がいた。 ただそれだけのはずだったのに……その日、私の世界に甘さが加わった。 「案外、本当に君以外いないかも」 「いいの? こんな可愛いことされたら、本当にもう逃してあげられないけど」 「もう奏葉の許可なしに近づいたりしない。だから……近づく前に奏葉に聞くから、ちゃんと許可を出してね」 そのドクターの甘さは手加減を知らない。 【登場人物】 末永 奏葉[すえなが かなは]・・・25歳。普通の会社員。気を遣い過ぎてしまう性格。   恩田 時哉[おんだ ときや]・・・27歳。医者。奏葉をからかう時もあるのに、甘すぎる? 田代 有我[たしろ ゆうが]・・・25歳。奏葉の同期。テキトーな性格だが、奏葉の変化には鋭い? 【作者に医療知識はありません。恋愛小説として楽しんで頂ければ幸いです!】

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

根暗令嬢の華麗なる転身

しろねこ。
恋愛
「来なきゃよかったな」 ミューズは茶会が嫌いだった。 茶会デビューを果たしたものの、人から不細工と言われたショックから笑顔になれず、しまいには根暗令嬢と陰で呼ばれるようになった。 公爵家の次女に産まれ、キレイな母と実直な父、優しい姉に囲まれ幸せに暮らしていた。 何不自由なく、暮らしていた。 家族からも愛されて育った。 それを壊したのは悪意ある言葉。 「あんな不細工な令嬢見たことない」 それなのに今回の茶会だけは断れなかった。 父から絶対に参加してほしいという言われた茶会は特別で、第一王子と第二王子が来るものだ。 婚約者選びのものとして。 国王直々の声掛けに娘思いの父も断れず… 応援して頂けると嬉しいです(*´ω`*) ハピエン大好き、完全自己満、ご都合主義の作者による作品です。 同名主人公にてアナザーワールド的に別な作品も書いています。 立場や環境が違えども、幸せになって欲しいという思いで作品を書いています。 一部リンクしてるところもあり、他作品を見て頂ければよりキャラへの理解が深まって楽しいかと思います。 描写的なものに不安があるため、お気をつけ下さい。 ゆるりとお楽しみください。 こちら小説家になろうさん、カクヨムさんにも投稿させてもらっています。

廃妃の再婚

束原ミヤコ
恋愛
伯爵家の令嬢としてうまれたフィアナは、母を亡くしてからというもの 父にも第二夫人にも、そして腹違いの妹にも邪険に扱われていた。 ある日フィアナは、川で倒れている青年を助ける。 それから四年後、フィアナの元に国王から結婚の申し込みがくる。 身分差を気にしながらも断ることができず、フィアナは王妃となった。 あの時助けた青年は、国王になっていたのである。 「君を永遠に愛する」と約束をした国王カトル・エスタニアは 結婚してすぐに辺境にて部族の反乱が起こり、平定戦に向かう。 帰還したカトルは、族長の娘であり『精霊の愛し子』と呼ばれている美しい女性イルサナを連れていた。 カトルはイルサナを寵愛しはじめる。 王城にて居場所を失ったフィアナは、聖騎士ユリシアスに下賜されることになる。 ユリシアスは先の戦いで怪我を負い、顔の半分を包帯で覆っている寡黙な男だった。 引け目を感じながらフィアナはユリシアスと過ごすことになる。 ユリシアスと過ごすうち、フィアナは彼と惹かれ合っていく。 だがユリシアスは何かを隠しているようだ。 それはカトルの抱える、真実だった──。

処理中です...