58 / 123
危機一髪
しおりを挟む
そのとき、わざとらしい咳払いがアリアを現実に引き戻す。
ハッと我に返れば、不機嫌な父がまたしてもわざとらしく咳をした。
「いい加減にしたまえ」
ギロリと抱き合う二人を睨みつける。
アリアとケイムは磁石の同極のごとく互いに一気に距離を取った。
「うれしさの余りといっても。くっつき過ぎだ」
腕組みし、交互に睨みつけながら苦言を呈する。彼は二人がよもや恋愛関係になっているなど、夢にも思っていない。
「アリア。お前はもう子供ではないんだよ。少しは自重しなさい」
項垂れたアリアは素直に頷いた。
もう少し父の咳払いが遅ければ、確実にケイムにキスをねだっていた。
危なかった。
「ジョナサンもだ。アリアをいつまでも子供扱いしてくれるな」
「あ、ああ。つい」
ケイムも油断していたのか。いきなり中断された焦りで、こめかみの汗を拭った。
「さあ、帰るぞ。来い」
アリアの唇を堪能出来ず仕舞いの八つ当たりで、セディの胸倉を掴んで引き起こさせる。
「い、いやだあああ! 」
再び捻子の巻かれた人形のごとく、セディが勢いづく。
「黙れ」
「この男と同じ馬車は嫌だあああ! 」
「喧しい。警察を呼ぶぞ」
「嫌だあああ! 」
ジタバタと暴れて仕方がない。
必死に抗い、服が伸びるのもお構いなしに逃げようとする。
「余程、ジョナサンのことが恐怖らしいな」
ルミナスが苦笑いする。
ケイムの肩をぽんと軽く叩くと、セディの腕を引っ張った。
「私がこのガキを連れて帰る。ジョナサン、アリアを頼めるか? 」
「ああ」
どうせケイムの馬車に押し込んだところで、隙を見てセディが逃げ出すのは容易に想像がつく。逃したらいちいち厄介だ。
「アリアの支度が整い次第、追いかける」
「頼む」
アリアはケイムの馬車で帰ることとなった。
かくして、怒涛の如く出来事は去り、後にはシンと静まり返った時間しか残されていない。
一部始終を見守るしかなかった宿屋の主人は、ぼんやりと階段の柵に凭れたままで動かない。彼は、一体何が起きたのか、頭の整理がつかないようだ。
「ケイム……私……」
もじもじとアリアが膝を擦り合わせる。
ケイムの隠された一面に興奮してしまったなんて、最悪だ。などと思いながらも、欲望がズキズキとアリアの下腹を刺激する。
「おい、オヤジ」
ケイムは無表情に宿屋の主人に近づくなり、己の懐の札入れから紙幣を五枚ほど抜き取った。
「これは迷惑料だ。それと、修繕費」
「こ、こんなに? 」
握らされた紙幣の束に、宿屋の主人が目の色を変える。
「まだしばらく部屋を貸してくれ」
ケイムは今しがたアリアが泊まっていた部屋を顎で示す。
「それから、さっきのことと、今からのことは内密に」
赤面するアリアを引き寄せるなり、ギロリと主人を睨みつけた。
「喋ったら、どうなるかわかるな」
凶悪な、何やら切羽詰まった顔。
約束事を破れば、どのような目に遭うか。
強請るなんて、とんでもない。
宿屋の主人は本気で命の危機を感じて、大きく頷いた。
ハッと我に返れば、不機嫌な父がまたしてもわざとらしく咳をした。
「いい加減にしたまえ」
ギロリと抱き合う二人を睨みつける。
アリアとケイムは磁石の同極のごとく互いに一気に距離を取った。
「うれしさの余りといっても。くっつき過ぎだ」
腕組みし、交互に睨みつけながら苦言を呈する。彼は二人がよもや恋愛関係になっているなど、夢にも思っていない。
「アリア。お前はもう子供ではないんだよ。少しは自重しなさい」
項垂れたアリアは素直に頷いた。
もう少し父の咳払いが遅ければ、確実にケイムにキスをねだっていた。
危なかった。
「ジョナサンもだ。アリアをいつまでも子供扱いしてくれるな」
「あ、ああ。つい」
ケイムも油断していたのか。いきなり中断された焦りで、こめかみの汗を拭った。
「さあ、帰るぞ。来い」
アリアの唇を堪能出来ず仕舞いの八つ当たりで、セディの胸倉を掴んで引き起こさせる。
「い、いやだあああ! 」
再び捻子の巻かれた人形のごとく、セディが勢いづく。
「黙れ」
「この男と同じ馬車は嫌だあああ! 」
「喧しい。警察を呼ぶぞ」
「嫌だあああ! 」
ジタバタと暴れて仕方がない。
必死に抗い、服が伸びるのもお構いなしに逃げようとする。
「余程、ジョナサンのことが恐怖らしいな」
ルミナスが苦笑いする。
ケイムの肩をぽんと軽く叩くと、セディの腕を引っ張った。
「私がこのガキを連れて帰る。ジョナサン、アリアを頼めるか? 」
「ああ」
どうせケイムの馬車に押し込んだところで、隙を見てセディが逃げ出すのは容易に想像がつく。逃したらいちいち厄介だ。
「アリアの支度が整い次第、追いかける」
「頼む」
アリアはケイムの馬車で帰ることとなった。
かくして、怒涛の如く出来事は去り、後にはシンと静まり返った時間しか残されていない。
一部始終を見守るしかなかった宿屋の主人は、ぼんやりと階段の柵に凭れたままで動かない。彼は、一体何が起きたのか、頭の整理がつかないようだ。
「ケイム……私……」
もじもじとアリアが膝を擦り合わせる。
ケイムの隠された一面に興奮してしまったなんて、最悪だ。などと思いながらも、欲望がズキズキとアリアの下腹を刺激する。
「おい、オヤジ」
ケイムは無表情に宿屋の主人に近づくなり、己の懐の札入れから紙幣を五枚ほど抜き取った。
「これは迷惑料だ。それと、修繕費」
「こ、こんなに? 」
握らされた紙幣の束に、宿屋の主人が目の色を変える。
「まだしばらく部屋を貸してくれ」
ケイムは今しがたアリアが泊まっていた部屋を顎で示す。
「それから、さっきのことと、今からのことは内密に」
赤面するアリアを引き寄せるなり、ギロリと主人を睨みつけた。
「喋ったら、どうなるかわかるな」
凶悪な、何やら切羽詰まった顔。
約束事を破れば、どのような目に遭うか。
強請るなんて、とんでもない。
宿屋の主人は本気で命の危機を感じて、大きく頷いた。
2
お気に入りに追加
72
あなたにおすすめの小説

甘すぎるドクターへ。どうか手加減して下さい。
海咲雪
恋愛
その日、新幹線の隣の席に疲れて寝ている男性がいた。
ただそれだけのはずだったのに……その日、私の世界に甘さが加わった。
「案外、本当に君以外いないかも」
「いいの? こんな可愛いことされたら、本当にもう逃してあげられないけど」
「もう奏葉の許可なしに近づいたりしない。だから……近づく前に奏葉に聞くから、ちゃんと許可を出してね」
そのドクターの甘さは手加減を知らない。
【登場人物】
末永 奏葉[すえなが かなは]・・・25歳。普通の会社員。気を遣い過ぎてしまう性格。
恩田 時哉[おんだ ときや]・・・27歳。医者。奏葉をからかう時もあるのに、甘すぎる?
田代 有我[たしろ ゆうが]・・・25歳。奏葉の同期。テキトーな性格だが、奏葉の変化には鋭い?
【作者に医療知識はありません。恋愛小説として楽しんで頂ければ幸いです!】
若奥様は緑の手 ~ お世話した花壇が聖域化してました。嫁入り先でめいっぱい役立てます!
古森真朝
恋愛
意地悪な遠縁のおばの邸で暮らすユーフェミアは、ある日いきなり『明後日に輿入れが決まったから荷物をまとめろ』と言い渡される。いろいろ思うところはありつつ、これは邸から出て自立するチャンス!と大急ぎで支度して出立することに。嫁入り道具兼手土産として、唯一の財産でもある裏庭の花壇(四畳サイズ)を『持参』したのだが――実はこのプチ庭園、長年手塩にかけた彼女の魔力によって、神域霊域レベルのレア植物生息地となっていた。
そうとは知らないまま、輿入れ初日にボロボロになって帰ってきた結婚相手・クライヴを救ったのを皮切りに、彼の実家エヴァンス邸、勤め先である王城、さらにお世話になっている賢者様が司る大神殿と、次々に起こる事件を『あ、それならありますよ!』とプチ庭園でしれっと解決していくユーフェミア。果たして嫁ぎ先で平穏を手に入れられるのか。そして根っから世話好きで、何くれとなく構ってくれるクライヴVS自立したい甘えベタの若奥様の勝負の行方は?
*カクヨム様で先行掲載しております
廃妃の再婚
束原ミヤコ
恋愛
伯爵家の令嬢としてうまれたフィアナは、母を亡くしてからというもの
父にも第二夫人にも、そして腹違いの妹にも邪険に扱われていた。
ある日フィアナは、川で倒れている青年を助ける。
それから四年後、フィアナの元に国王から結婚の申し込みがくる。
身分差を気にしながらも断ることができず、フィアナは王妃となった。
あの時助けた青年は、国王になっていたのである。
「君を永遠に愛する」と約束をした国王カトル・エスタニアは
結婚してすぐに辺境にて部族の反乱が起こり、平定戦に向かう。
帰還したカトルは、族長の娘であり『精霊の愛し子』と呼ばれている美しい女性イルサナを連れていた。
カトルはイルサナを寵愛しはじめる。
王城にて居場所を失ったフィアナは、聖騎士ユリシアスに下賜されることになる。
ユリシアスは先の戦いで怪我を負い、顔の半分を包帯で覆っている寡黙な男だった。
引け目を感じながらフィアナはユリシアスと過ごすことになる。
ユリシアスと過ごすうち、フィアナは彼と惹かれ合っていく。
だがユリシアスは何かを隠しているようだ。
それはカトルの抱える、真実だった──。
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
将来を誓い合った王子様は聖女と結ばれるそうです
きぬがやあきら
恋愛
「聖女になれなかったなりそこない。こんなところまで追って来るとはな。そんなに俺を忘れられないなら、一度くらい抱いてやろうか?」
5歳のオリヴィエは、神殿で出会ったアルディアの皇太子、ルーカスと恋に落ちた。アルディア王国では、皇太子が代々聖女を妻に迎える慣わしだ。しかし、13歳の選別式を迎えたオリヴィエは、聖女を落選してしまった。
その上盲目の知恵者オルガノに、若くして命を落とすと予言されたオリヴィエは、せめてルーカスの傍にいたいと、ルーカスが団長を務める聖騎士への道へと足を踏み入れる。しかし、やっとの思いで再開したルーカスは、昔の約束を忘れてしまったのではと錯覚するほど冷たい対応で――?
身代わり婚~暴君と呼ばれる辺境伯に拒絶された仮初の花嫁
結城芙由奈@2/28コミカライズ発売
恋愛
【決してご迷惑はお掛けしません。どうか私をここに置いて頂けませんか?】
妾腹の娘として厄介者扱いを受けていたアリアドネは姉の身代わりとして暴君として名高い辺境伯に嫁がされる。結婚すれば幸せになれるかもしれないと淡い期待を抱いていたのも束の間。望まぬ花嫁を押し付けられたとして夫となるべく辺境伯に初対面で冷たい言葉を投げつけらた。さらに城から追い出されそうになるものの、ある人物に救われて下働きとして置いてもらえる事になるのだった―。

皇太子夫妻の歪んだ結婚
夕鈴
恋愛
皇太子妃リーンは夫の秘密に気付いてしまった。
その秘密はリーンにとって許せないものだった。結婚1日目にして離縁を決意したリーンの夫婦生活の始まりだった。
本編完結してます。
番外編を更新中です。
【完結】この胸が痛むのは
Mimi
恋愛
「アグネス嬢なら」
彼がそう言ったので。
私は縁組をお受けすることにしました。
そのひとは、亡くなった姉の恋人だった方でした。
亡き姉クラリスと婚約間近だった第三王子アシュフォード殿下。
殿下と出会ったのは私が先でしたのに。
幼い私をきっかけに、顔を合わせた姉に殿下は恋をしたのです……
姉が亡くなって7年。
政略婚を拒否したい王弟アシュフォードが
『彼女なら結婚してもいい』と、指名したのが最愛のひとクラリスの妹アグネスだった。
亡くなった恋人と同い年になり、彼女の面影をまとうアグネスに、アシュフォードは……
*****
サイドストーリー
『この胸に抱えたものは』全13話も公開しています。
こちらの結末ネタバレを含んだ内容です。
読了後にお立ち寄りいただけましたら、幸いです
* 他サイトで公開しています。
どうぞよろしくお願い致します。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる