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紙一重の会話

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「よお、箱入り娘」
 ニヤニヤ笑いながら、ジョナサンが右手を軽く挙げた。
 ムスッと唇を尖らせ、アリアは玄関の柱の影に隠れた。
「何だ何だ。またご機嫌斜めか? 」
 三人掛けの花柄の布張りソファにどかっと座ると、ケイムは傍のイザベラにステッキを渡しながら尋ねた。
 じいっ、とアリアはケイムの瞳と同じ色をしたステッキの宝石飾りを睨みつける。
「お昼にお友達が遊びに来てくれていたんです」
「で、どうして機嫌が悪くなるんだ? 」
「皆んな、夜会で素敵な殿方を見つけたようで」
「で? 」
「アリアにはまだ恋人が出来ないのだと、揶揄われたらいしわ」
 ちょっと愚痴ったことを、わざわざ詳細に母はケイムに説明している。
「へえ。そうか」
 ニタニタとケイムは頬を歪ませるなり、柱の影からチラチラ覗く深緑のドレスに視線を流した。
「ち、違うわ! バカにされて悔しいわけじゃないわ! 」
 秘密を我慢出来ない余裕のない子供だと思われたくなくて、アリアは柱の影から叫ぶ。
 アリアが隠れているのは、ケイムとのあれこれが急に恥ずかしくなってしまったからだ。ごく一般的な描写だと思っていたのに、何だか自分が特殊な性癖の持ち主みたいな言い方を友人らにされて。正確には、アリアではなく「作家のミス・アリスン・プティング」の性癖だが。
 どんな顔をケイムに晒せば良いものか。
 などと悶々てしていた矢先に、久々にケイムがアークライト邸に泊まりに来た。
「アリア。ジョナサン卿はお忙しい合間を縫ってお見えになったのよ」
 ケイムはこのところ仕事が立て込み、金曜日の夜の訪れは久々だった。
「奥さん。大袈裟ですよ」
 彼が訪れたのは、セディの件で未だに屋敷に閉じ籠るアリアを心配してのこと。父は必要以上に警戒して、気分転換の買い物など以ての外と、許可してくれない。
「出版社の業績、随分と伸びてらっしゃるのね。この間の広告誌、どこで聞いても評判だわ」
「おや、奥さん。あれをお読みに? 」
 ケイムは聞き逃さず、人の悪い笑みを浮かべた。
「い、いいいいいえ。わ、わわわ私はそんな」
 品行方正を重んじるアークライト夫人が、よもや官能小説の虜などと知れては困る。母はぶんぶんと顔の前でめいいっぱい手を左右に振った。
「あ、あなたのところはお堅い評論や、歴史活劇が主軸ではなかったかしら? だ、だから珍しくて」
「流行に則っているだけですよ。特にこだわりがあるわけじゃない」
「で、でも珍しいわ。官能小説はウェストクリス社が専売かと」
「奥さん。なかなか詳しいな」
 またもやケイムが突っ込む。
「き、聞いた話です! 」
 母は真っ赤になって声をひっくり返した。
 ケイムは反応を楽しんでいる。
「なあに。ウェストクリス社から良い作家を紹介されてね」
 しっかりと意味を込めて、ケイムはアリアに流し目を呉れた。
「なかなか才能のある作家だ」
 なかなか際どい視線だが、母はちっとも気づいていない。
「ミス・アリスン・プティングね? 」
 清廉潔白を重んじるわりに、新進気鋭の作家にまで詳しい母。
「彼女の次回作は確か」
「年の差がテーマだな。親子ほど年の離れた会社経営者と、貴族の箱入り娘の、めくるめく愛の物語」
「まあ。お詳しいのね」
「同業だからな」
 そんな理由ではない。
 アリアは母に気づかれないよう、ひょこっと顔を覗かせると、ケイムに歯を剥く。
「ウェストクリス社は有望な作家を見出したもんだ。なあ、アリア」
 わざとらしくケイムは、柱の影に話しかけてきた。
「し、知らないわ! そんなこと! 」
 カーッとアリアの顔面に血液が集中する。
「嫌いよ! オジサマなんて! もう知らないんだから! 」
 揶揄って楽しんで。いつだって子供扱い。
 ぷりぷり怒りながら、アリアはさっさと部屋に戻った。
 
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