【完結】恋愛小説家アリアの大好きな彼

晴 菜葉

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誘拐結婚

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「ねえ、ジョナサン卿」
 それまで黙まりを決め込んでいたレイモンドが、不意に割って入った。
「誘拐結婚はご存じでしょう? 」
 唐突な質問。
 ケイムは壁を殴りつけた拳をポケットに仕舞うなり、肩を上下させて息を整える。
「ああ。俺の若い頃はかなり頻発して、社会問題にまでなったな」
「まだ、それは続いていますよね」
「ああ。まだ田舎の方じゃ起こってるって言ってたな」
 レイモンドに表情がない。
 ハッとケイムは目を開いた。喉仏が動く。
「まさか、アリアが誘拐結婚されたってか? 」
 その台詞に、室内にいる誰しもがケイムに視線を集中させた。
 誘拐結婚とは、その名の通りに女性を攫い、強制的に婚姻を結ばせるやり口だ。攫われた女性は無理矢理犯され、孕まされ、逃げる手段を奪われる。それでも何とか逃げ出そうと試みても、脅され、暴力を振るわれ、時には監禁されたりで、一生夫から逃げられない。
 王都では禁止され、厳しい処罰の対象となっていたが、国王の目が届かない田舎ではまだ当たり前のように横行しているとか。
「僕も、ハッキリ聞いたわけでは」
「知っていることを話せ」
 言いにくそうなレイモンドに、ケイムは厳しく命じた。
「僕のガールフレンドが言っていたのですが。彼女の父に、ラム家の次男が、鍛冶屋結婚についてしつこく聞いていたと」
「鍛冶屋結婚だと! 」
 ケイムが怒鳴った。
 王都から遠く離れた辺境地は国の管轄外であり、婚姻法が適用されず、結婚に反対されたカップルが駆け落ちして結婚することが出来た。村の鍛冶屋が司祭を務めて、二人の証人の元で誓いを立てれば、正式な夫婦となる。
「あいつ、アリアを攫って、駆け落ちしたていで、まさか……! 」
 アリアを脅して誓いを立てられたら、取り返しがつかない。幾ら無効を訴えようと、鍛冶屋結婚による法律で成立してしまう。覆すのは不可能。
「一刻も早くアリアを取り返すぞ! 」
 たちまち憤怒し、ケイムは怒鳴る。
「誘拐結婚だと! ふざけた真似を! 」
 ルミナスが歯軋りした。
「馬を用意しろ」
 ルミナスは家令に命じる。
「外套を用意しろ」
 春先といえど、国を越えれば向こうは気温がぐっと下がり、夜は冷え込む。すぐに追いつけば良いが、辺境地まで早くて三日は掛かるだろう。しかも道は舗装されておらず、かなりの悪路。
「すぐ追いかける」
 ルミナスは直ちに支度に掛かる。
「私も行くわ」
 イザベラは蒼白になりながら彼の背中に抱きついた。
 ルミナスはイザベラを手で制する。
「あ、あなた! 」
「君はレイモンドと屋敷を頼む」
「でも」
「大丈夫。必ず連れ帰るから」
 辺境地など、普段の生活からは縁遠い場所。何が待ち受けているかわからない。
 万が一、ルミナスの身に何かあれば。
 イザベラに押し寄せる不安がわかり、レイモンドは母のスカートにしがみついた。
「お父様。お母様は僕が守ります。どうか、お姉様を頼みます」
 八歳の子供ながら、レイモンドは気丈に振る舞う。
 ケイムはそんな家族の絆など目に入ることなく、ひたすら時計を気にしていた。
 拉致されて、もう一時間半が経つ。
 今からなら、何とか間に合いそうだ。
 彼はアリアを取り返す手段しか考えていない。彼方の記憶から、迷路のような行き先を引っ張り出す。
「アークライト、道は知っているのか? 」
「いや。誰か知る者を探して」
「それじゃあ遅い! 俺が案内してやる! 」
「だが、お前は仕事が」
「ミス・レイチェルとの飯だ。そんなもん、どうってことない。とにかく急ぐぞ」
「あ、ああ」
「愚図愚図して契約でも交わされちゃ、もうどうにも出来ねえ」
 アリアを奪われてたまるか。
 ケイムは口中で呟くと、またもや苛立ちを壁にぶつけた。




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