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願いはひとつ
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ケイムはいつもは垂れ下がった目をまん丸にさせ、ポカンと口を開けて、呼吸すら忘れてしまったようだ。
口説いていた女が別人だったこと。
それが友人の娘であるアリアだったこと。
そもそも、何故、アリアがここにいるのか。
湧き上がる疑問に脳が対処していないらしい。
髪型を変えていようと、どうして好きな女性と、ほぼ毎日見ているアリアを間違えるのだろうか。
そんなんだから、すぐに振られるのよ。
アリアは叫びたい気持ちをググッと喉の奥に押し留め、ケイムを睨みつけた。
「アリア。何でここに? ミス・ラーナは? 」
「知らないわよ」
「俺はミス・レイチェルから伝言を受けて」
「私だって、ミス・レイチェルが素敵な男性を紹介してくれるって言うから」
「お、俺もだ。『あなたの望むお相手が待ってるわよ』って」
別にミス・ラーナが待っているなんて、一言も発していないではないか。舞い上がって、勘違いで突っ走ってきたということか。
「悪かったわね。望んだお相手じゃなくて」
明らかにがっかりしているケイムに、アリアはふんとそっぽ向いた。
「いや。待て待て待て」
はた、と彼は気づく。
まん丸の目玉が、今度は三角に変化した。
「男を紹介してもらうって、何だ? 」
やはり、聞き逃さなかったか。アリアはこっそり舌打ちする。
「言葉通りよ」
「見ず知らずの男に犯されるってことだぞ」
「下品な言い方をするなら、そうね」
「このバカ! 」
またもや、教師さながら叱り飛ばす。
勘違いとは言え、同じ人物相手にあっさりと扱い方を変えるケイムには、うんざりだ。
「俺が来たから良かったものの! もし、とんでもないやつが来たら! 」
「ミス・レイチェルは、とびっきりの男性って言ってたわ」
そこまで言って、思い当たる。
アリアにとって、この上なくとびっきりの男性が現れた。
ミス・レイチェルの茶目っけたっぷりの笑顔が過る。
これが最後のチャンス。
デビューしたら、もうケイムに関わることは出来ない。
アリアは唾を飲み下す。
喉仏に詰まって、なかなか息が吸えず、口内がべたつく。
だけど、今、言わないと。
「ケイムおじさま」
アリアは、昔、ケイムに甘えるとき特有の呼び方を使った。
「私を大人にして」
化粧で色気が倍増した流し目を呉れる。
いつもとは違う、大人の顔。化粧一つで、アリアは子供から大人へと変化した。正確には、無知だった彼女が、ある程度の知識をつけたことにも関わっているが。
アリアの変わりように、ケイムは明らかに動揺している。
後退りし、無理矢理笑顔を作ろうとして失敗した。
「ア、アリア? 」
「ケイムおじさまに、大人にしてもらいたいの」
ここで怯んでは、進展はない。
そう判断したアリアは、とにかく押しまくる。
ケイムは途方に暮れたように眉尻を下げた。
「な、何で俺だよ」
「好きだからよ」
きっぱりと言い切る。
躊躇いはなかった。
言葉にしても、しなくとも、いづれは終わってしまう関係なら、わだかまりは残したくない。
「昔から、ずっと好き」
一度口にしてしまえば、もう怖いものなんてない。
「笑うと目尻の下がる顔も、酔っ払ってる姿も、葉巻の匂いも、時々叱りつけるその低くてガラガラした声も、大きな手も、栗色の髪も、ラピスラズリみたいな瞳も、全部好きよ」
好きなところを捲し立てる。
まさか、娘同然に接していたアリアが、そのような気持ちを秘めていたとは。
戸惑いを隠せないケイムは、しきりに目を泳がせて、返す言葉を懸命に捻り出している。
「か、勘違いしてるんだよ。お前は家族愛と履き違えているんだ」
「家族愛なんて。お父様やレイモンドに抱かれたいなんて、考えたこともないわ」
「ま、まあ。そうだろうが。だが」
「私はオジサマしか嫌」
「アリア、冷静になれ」
「私は冷静よ」
アリアは思い切ってケイムの胸板に飛び込む。
不意打ちを食らって、ケイムはニ、三歩下がった。
「お願い。デビューしたら、もうこんなお願い出来ないの」
鍛え抜かれた筋肉は硬く締まっている。その理由が、高級娼婦に好く思われたいなんてのが癪ではあるが、腰に手を回して抱きつく感触はしっくりくる。
まるで、アリアのために用意されたかのように。
「これが最後なの」
左胸に耳をつけると、規則的な拍動が、やけに速くなっている。
アリアは耳を澄ましてしばし聞き入った。
鼓動はますます速くなる。
「……わかった」
頭二つ分くらい上から、深い溜め息が下りてきた。
口説いていた女が別人だったこと。
それが友人の娘であるアリアだったこと。
そもそも、何故、アリアがここにいるのか。
湧き上がる疑問に脳が対処していないらしい。
髪型を変えていようと、どうして好きな女性と、ほぼ毎日見ているアリアを間違えるのだろうか。
そんなんだから、すぐに振られるのよ。
アリアは叫びたい気持ちをググッと喉の奥に押し留め、ケイムを睨みつけた。
「アリア。何でここに? ミス・ラーナは? 」
「知らないわよ」
「俺はミス・レイチェルから伝言を受けて」
「私だって、ミス・レイチェルが素敵な男性を紹介してくれるって言うから」
「お、俺もだ。『あなたの望むお相手が待ってるわよ』って」
別にミス・ラーナが待っているなんて、一言も発していないではないか。舞い上がって、勘違いで突っ走ってきたということか。
「悪かったわね。望んだお相手じゃなくて」
明らかにがっかりしているケイムに、アリアはふんとそっぽ向いた。
「いや。待て待て待て」
はた、と彼は気づく。
まん丸の目玉が、今度は三角に変化した。
「男を紹介してもらうって、何だ? 」
やはり、聞き逃さなかったか。アリアはこっそり舌打ちする。
「言葉通りよ」
「見ず知らずの男に犯されるってことだぞ」
「下品な言い方をするなら、そうね」
「このバカ! 」
またもや、教師さながら叱り飛ばす。
勘違いとは言え、同じ人物相手にあっさりと扱い方を変えるケイムには、うんざりだ。
「俺が来たから良かったものの! もし、とんでもないやつが来たら! 」
「ミス・レイチェルは、とびっきりの男性って言ってたわ」
そこまで言って、思い当たる。
アリアにとって、この上なくとびっきりの男性が現れた。
ミス・レイチェルの茶目っけたっぷりの笑顔が過る。
これが最後のチャンス。
デビューしたら、もうケイムに関わることは出来ない。
アリアは唾を飲み下す。
喉仏に詰まって、なかなか息が吸えず、口内がべたつく。
だけど、今、言わないと。
「ケイムおじさま」
アリアは、昔、ケイムに甘えるとき特有の呼び方を使った。
「私を大人にして」
化粧で色気が倍増した流し目を呉れる。
いつもとは違う、大人の顔。化粧一つで、アリアは子供から大人へと変化した。正確には、無知だった彼女が、ある程度の知識をつけたことにも関わっているが。
アリアの変わりように、ケイムは明らかに動揺している。
後退りし、無理矢理笑顔を作ろうとして失敗した。
「ア、アリア? 」
「ケイムおじさまに、大人にしてもらいたいの」
ここで怯んでは、進展はない。
そう判断したアリアは、とにかく押しまくる。
ケイムは途方に暮れたように眉尻を下げた。
「な、何で俺だよ」
「好きだからよ」
きっぱりと言い切る。
躊躇いはなかった。
言葉にしても、しなくとも、いづれは終わってしまう関係なら、わだかまりは残したくない。
「昔から、ずっと好き」
一度口にしてしまえば、もう怖いものなんてない。
「笑うと目尻の下がる顔も、酔っ払ってる姿も、葉巻の匂いも、時々叱りつけるその低くてガラガラした声も、大きな手も、栗色の髪も、ラピスラズリみたいな瞳も、全部好きよ」
好きなところを捲し立てる。
まさか、娘同然に接していたアリアが、そのような気持ちを秘めていたとは。
戸惑いを隠せないケイムは、しきりに目を泳がせて、返す言葉を懸命に捻り出している。
「か、勘違いしてるんだよ。お前は家族愛と履き違えているんだ」
「家族愛なんて。お父様やレイモンドに抱かれたいなんて、考えたこともないわ」
「ま、まあ。そうだろうが。だが」
「私はオジサマしか嫌」
「アリア、冷静になれ」
「私は冷静よ」
アリアは思い切ってケイムの胸板に飛び込む。
不意打ちを食らって、ケイムはニ、三歩下がった。
「お願い。デビューしたら、もうこんなお願い出来ないの」
鍛え抜かれた筋肉は硬く締まっている。その理由が、高級娼婦に好く思われたいなんてのが癪ではあるが、腰に手を回して抱きつく感触はしっくりくる。
まるで、アリアのために用意されたかのように。
「これが最後なの」
左胸に耳をつけると、規則的な拍動が、やけに速くなっている。
アリアは耳を澄ましてしばし聞き入った。
鼓動はますます速くなる。
「……わかった」
頭二つ分くらい上から、深い溜め息が下りてきた。
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