18 / 123
願いはひとつ
しおりを挟む
ケイムはいつもは垂れ下がった目をまん丸にさせ、ポカンと口を開けて、呼吸すら忘れてしまったようだ。
口説いていた女が別人だったこと。
それが友人の娘であるアリアだったこと。
そもそも、何故、アリアがここにいるのか。
湧き上がる疑問に脳が対処していないらしい。
髪型を変えていようと、どうして好きな女性と、ほぼ毎日見ているアリアを間違えるのだろうか。
そんなんだから、すぐに振られるのよ。
アリアは叫びたい気持ちをググッと喉の奥に押し留め、ケイムを睨みつけた。
「アリア。何でここに? ミス・ラーナは? 」
「知らないわよ」
「俺はミス・レイチェルから伝言を受けて」
「私だって、ミス・レイチェルが素敵な男性を紹介してくれるって言うから」
「お、俺もだ。『あなたの望むお相手が待ってるわよ』って」
別にミス・ラーナが待っているなんて、一言も発していないではないか。舞い上がって、勘違いで突っ走ってきたということか。
「悪かったわね。望んだお相手じゃなくて」
明らかにがっかりしているケイムに、アリアはふんとそっぽ向いた。
「いや。待て待て待て」
はた、と彼は気づく。
まん丸の目玉が、今度は三角に変化した。
「男を紹介してもらうって、何だ? 」
やはり、聞き逃さなかったか。アリアはこっそり舌打ちする。
「言葉通りよ」
「見ず知らずの男に犯されるってことだぞ」
「下品な言い方をするなら、そうね」
「このバカ! 」
またもや、教師さながら叱り飛ばす。
勘違いとは言え、同じ人物相手にあっさりと扱い方を変えるケイムには、うんざりだ。
「俺が来たから良かったものの! もし、とんでもないやつが来たら! 」
「ミス・レイチェルは、とびっきりの男性って言ってたわ」
そこまで言って、思い当たる。
アリアにとって、この上なくとびっきりの男性が現れた。
ミス・レイチェルの茶目っけたっぷりの笑顔が過る。
これが最後のチャンス。
デビューしたら、もうケイムに関わることは出来ない。
アリアは唾を飲み下す。
喉仏に詰まって、なかなか息が吸えず、口内がべたつく。
だけど、今、言わないと。
「ケイムおじさま」
アリアは、昔、ケイムに甘えるとき特有の呼び方を使った。
「私を大人にして」
化粧で色気が倍増した流し目を呉れる。
いつもとは違う、大人の顔。化粧一つで、アリアは子供から大人へと変化した。正確には、無知だった彼女が、ある程度の知識をつけたことにも関わっているが。
アリアの変わりように、ケイムは明らかに動揺している。
後退りし、無理矢理笑顔を作ろうとして失敗した。
「ア、アリア? 」
「ケイムおじさまに、大人にしてもらいたいの」
ここで怯んでは、進展はない。
そう判断したアリアは、とにかく押しまくる。
ケイムは途方に暮れたように眉尻を下げた。
「な、何で俺だよ」
「好きだからよ」
きっぱりと言い切る。
躊躇いはなかった。
言葉にしても、しなくとも、いづれは終わってしまう関係なら、わだかまりは残したくない。
「昔から、ずっと好き」
一度口にしてしまえば、もう怖いものなんてない。
「笑うと目尻の下がる顔も、酔っ払ってる姿も、葉巻の匂いも、時々叱りつけるその低くてガラガラした声も、大きな手も、栗色の髪も、ラピスラズリみたいな瞳も、全部好きよ」
好きなところを捲し立てる。
まさか、娘同然に接していたアリアが、そのような気持ちを秘めていたとは。
戸惑いを隠せないケイムは、しきりに目を泳がせて、返す言葉を懸命に捻り出している。
「か、勘違いしてるんだよ。お前は家族愛と履き違えているんだ」
「家族愛なんて。お父様やレイモンドに抱かれたいなんて、考えたこともないわ」
「ま、まあ。そうだろうが。だが」
「私はオジサマしか嫌」
「アリア、冷静になれ」
「私は冷静よ」
アリアは思い切ってケイムの胸板に飛び込む。
不意打ちを食らって、ケイムはニ、三歩下がった。
「お願い。デビューしたら、もうこんなお願い出来ないの」
鍛え抜かれた筋肉は硬く締まっている。その理由が、高級娼婦に好く思われたいなんてのが癪ではあるが、腰に手を回して抱きつく感触はしっくりくる。
まるで、アリアのために用意されたかのように。
「これが最後なの」
左胸に耳をつけると、規則的な拍動が、やけに速くなっている。
アリアは耳を澄ましてしばし聞き入った。
鼓動はますます速くなる。
「……わかった」
頭二つ分くらい上から、深い溜め息が下りてきた。
口説いていた女が別人だったこと。
それが友人の娘であるアリアだったこと。
そもそも、何故、アリアがここにいるのか。
湧き上がる疑問に脳が対処していないらしい。
髪型を変えていようと、どうして好きな女性と、ほぼ毎日見ているアリアを間違えるのだろうか。
そんなんだから、すぐに振られるのよ。
アリアは叫びたい気持ちをググッと喉の奥に押し留め、ケイムを睨みつけた。
「アリア。何でここに? ミス・ラーナは? 」
「知らないわよ」
「俺はミス・レイチェルから伝言を受けて」
「私だって、ミス・レイチェルが素敵な男性を紹介してくれるって言うから」
「お、俺もだ。『あなたの望むお相手が待ってるわよ』って」
別にミス・ラーナが待っているなんて、一言も発していないではないか。舞い上がって、勘違いで突っ走ってきたということか。
「悪かったわね。望んだお相手じゃなくて」
明らかにがっかりしているケイムに、アリアはふんとそっぽ向いた。
「いや。待て待て待て」
はた、と彼は気づく。
まん丸の目玉が、今度は三角に変化した。
「男を紹介してもらうって、何だ? 」
やはり、聞き逃さなかったか。アリアはこっそり舌打ちする。
「言葉通りよ」
「見ず知らずの男に犯されるってことだぞ」
「下品な言い方をするなら、そうね」
「このバカ! 」
またもや、教師さながら叱り飛ばす。
勘違いとは言え、同じ人物相手にあっさりと扱い方を変えるケイムには、うんざりだ。
「俺が来たから良かったものの! もし、とんでもないやつが来たら! 」
「ミス・レイチェルは、とびっきりの男性って言ってたわ」
そこまで言って、思い当たる。
アリアにとって、この上なくとびっきりの男性が現れた。
ミス・レイチェルの茶目っけたっぷりの笑顔が過る。
これが最後のチャンス。
デビューしたら、もうケイムに関わることは出来ない。
アリアは唾を飲み下す。
喉仏に詰まって、なかなか息が吸えず、口内がべたつく。
だけど、今、言わないと。
「ケイムおじさま」
アリアは、昔、ケイムに甘えるとき特有の呼び方を使った。
「私を大人にして」
化粧で色気が倍増した流し目を呉れる。
いつもとは違う、大人の顔。化粧一つで、アリアは子供から大人へと変化した。正確には、無知だった彼女が、ある程度の知識をつけたことにも関わっているが。
アリアの変わりように、ケイムは明らかに動揺している。
後退りし、無理矢理笑顔を作ろうとして失敗した。
「ア、アリア? 」
「ケイムおじさまに、大人にしてもらいたいの」
ここで怯んでは、進展はない。
そう判断したアリアは、とにかく押しまくる。
ケイムは途方に暮れたように眉尻を下げた。
「な、何で俺だよ」
「好きだからよ」
きっぱりと言い切る。
躊躇いはなかった。
言葉にしても、しなくとも、いづれは終わってしまう関係なら、わだかまりは残したくない。
「昔から、ずっと好き」
一度口にしてしまえば、もう怖いものなんてない。
「笑うと目尻の下がる顔も、酔っ払ってる姿も、葉巻の匂いも、時々叱りつけるその低くてガラガラした声も、大きな手も、栗色の髪も、ラピスラズリみたいな瞳も、全部好きよ」
好きなところを捲し立てる。
まさか、娘同然に接していたアリアが、そのような気持ちを秘めていたとは。
戸惑いを隠せないケイムは、しきりに目を泳がせて、返す言葉を懸命に捻り出している。
「か、勘違いしてるんだよ。お前は家族愛と履き違えているんだ」
「家族愛なんて。お父様やレイモンドに抱かれたいなんて、考えたこともないわ」
「ま、まあ。そうだろうが。だが」
「私はオジサマしか嫌」
「アリア、冷静になれ」
「私は冷静よ」
アリアは思い切ってケイムの胸板に飛び込む。
不意打ちを食らって、ケイムはニ、三歩下がった。
「お願い。デビューしたら、もうこんなお願い出来ないの」
鍛え抜かれた筋肉は硬く締まっている。その理由が、高級娼婦に好く思われたいなんてのが癪ではあるが、腰に手を回して抱きつく感触はしっくりくる。
まるで、アリアのために用意されたかのように。
「これが最後なの」
左胸に耳をつけると、規則的な拍動が、やけに速くなっている。
アリアは耳を澄ましてしばし聞き入った。
鼓動はますます速くなる。
「……わかった」
頭二つ分くらい上から、深い溜め息が下りてきた。
1
お気に入りに追加
72
あなたにおすすめの小説

思い出してしまったのです
月樹《つき》
恋愛
同じ姉妹なのに、私だけ愛されない。
妹のルルだけが特別なのはどうして?
婚約者のレオナルド王子も、どうして妹ばかり可愛がるの?
でもある時、鏡を見て思い出してしまったのです。
愛されないのは当然です。
だって私は…。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。

エリート警察官の溺愛は甘く切ない
日下奈緒
恋愛
親が警察官の紗良は、30歳にもなって独身なんてと親に責められる。
両親の勧めで、警察官とお見合いする事になったのだが、それは跡継ぎを産んで欲しいという、政略結婚で⁉
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
とまどいの花嫁は、夫から逃げられない
椎名さえら
恋愛
エラは、親が決めた婚約者からずっと冷淡に扱われ
初夜、夫は愛人の家へと行った。
戦争が起こり、夫は戦地へと赴いた。
「無事に戻ってきたら、お前とは離婚する」
と言い置いて。
やっと戦争が終わった後、エラのもとへ戻ってきた夫に
彼女は強い違和感を感じる。
夫はすっかり改心し、エラとは離婚しないと言い張り
突然彼女を溺愛し始めたからだ
______________________
✴︎舞台のイメージはイギリス近代(ゆるゆる設定)
✴︎誤字脱字は優しくスルーしていただけると幸いです
✴︎なろうさんにも投稿しています
私の勝手なBGMは、懐かしすぎるけど鬼束ちひろ『月光』←名曲すぎ

一途な皇帝は心を閉ざした令嬢を望む
浅海 景
恋愛
幼い頃からの婚約者であった王太子より婚約解消を告げられたシャーロット。傷心の最中に心無い言葉を聞き、信じていたものが全て偽りだったと思い込み、絶望のあまり心を閉ざしてしまう。そんな中、帝国から皇帝との縁談がもたらされ、侯爵令嬢としての責任を果たすべく承諾する。
「もう誰も信じない。私はただ責務を果たすだけ」
一方、皇帝はシャーロットを愛していると告げると、言葉通りに溺愛してきてシャーロットの心を揺らす。
傷つくことに怯えて心を閉ざす令嬢と一途に想い続ける青年皇帝の物語
私に告白してきたはずの先輩が、私の友人とキスをしてました。黙って退散して食事をしていたら、ハイスペックなイケメン彼氏ができちゃったのですが。
石河 翠
恋愛
飲み会の最中に席を立った主人公。化粧室に向かった彼女は、自分に告白してきた先輩と自分の友人がキスをしている現場を目撃する。
自分への告白は、何だったのか。あまりの出来事に衝撃を受けた彼女は、そのまま行きつけの喫茶店に退散する。
そこでやけ食いをする予定が、美味しいものに満足してご機嫌に。ちょっとしてネタとして先ほどのできごとを話したところ、ずっと片想いをしていた相手に押し倒されて……。
好きなひとは高嶺の花だからと諦めつつそばにいたい主人公と、アピールし過ぎているせいで冗談だと思われている愛が重たいヒーローの恋物語。
この作品は、小説家になろう及びエブリスタでも投稿しております。
扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる