16 / 123
生意気な弟
しおりを挟む
「お姉様、どこかへ出掛けるの? 」
弟のレイモンドは八歳の子供の割に、目敏い。
真っ赤な髪と瞳をした、父親をそっくりそのまま幼くした将来有望な容姿は、もうどこかの令嬢に目星をつけられているとか。
二つ三つの頃は素っ裸で屋敷中を走り回ってメイドを困らせていたというのに、最近は幼馴染みのガールフレンドが出来たと嘯いて、妙にませている。
「関係ないでしょ。あっちに行って」
レディースメイドに直毛の髪を編み込んでもらいながら、鏡越しに手でシッシッと払う。
「もしかして、デート? 」
「な、何で? 」
「だって、髪型なんか変えて。めかし込んで。いつもは、ひらひらした子供くさいドレスなのに」
「子供に子供くさいって言われる筋合いはないわ」
アリアは、この弟がどうも苦手だ。
誰もが気づかないアリアの初恋に、一人だけ気づいたのも、レイモンドだ。
彼の紅玉のように澄んだ目で見透かされると、嘘がつけない。
「まあ、お姉様を相手にする男性なんて、いるわけないか」
「どういう意味よ」
「子供らしくて、相手にならない」
「何ですって! 」
ムカッ腹が立って振り返ると、レイモンドは小さく舌を覗かせている。
「未だに、赤ん坊がキャベツ畑で生まれてくるなんて信じてるんでしょ」
「何ですって? あなた、違うって知ってるの? 」
「当たり前だろ。常識じゃないか」
こんな八歳の弟さえ知っていたことに、アリアは密かにショックを受ける。アリアが真実を知ったのは、三日前だ。
「お姉様は、まだまだ子供だな」
言い方が父親そっくり。肩を竦める姿なんて、母を揶揄う父そのもの。
「失礼ね。私はもう大人よ。じきに社交デビューなんだから」
「デビューしたから大人になるとは限らないだろ」
なかなか鋭いところを突いてくる。
だから、今日、アリアは大人になるのだ。
前回とは違って、大人になるにはどうすれば良いのか、もうわかっている。
ラードナーホテルに午後三時。
何をするか疑われたら困るから、友人とチョコレート専門店へ行くと、家族には伝えてある。
「アリアはまだまだ子供だな。そんなに甘いものが好きか? 」
呑気なもので、真昼間から父と酒盛りをしているケイムは、赤ら顔で尋ねてきた。今日はいつもよりピッチが早い。もうボトル半分空けている。
「酔っ払いなんて、嫌いよ」
ふんとアリアが素通りして自室に篭れば、ガハハハハと陽気な笑い声をいただいた。
今日、初恋を終わらせる。
絶対に終わらせてやる。
いつまでも脈のない男にしがみついてやるもんか。
「ジョナサン、お前、今度は舞台女優のミス・ラーナか。飽きないな、全く」
応接間から、これまた酔っ払った父のあけすけな笑い声。
「おお。ようやく返事をいただいたんだ。そろそろ失敬するよ」
ケイムは、懲りずにまたもや舞台女優を口説いて、ようやく良いお返事をもらったらしい。女優だの未亡人だの、彼は年中、闇雲に盛っている。アリアが彼に惚れているとも知らずに。
「ジョナサン男爵も、罪な男だな」
慌しい玄関のざわめきを聞きながら、まだアリアの部屋に留まっているレイモンドが、小さく首を竦めてみせた。
鏡の中のアリアは、眉間に縦皺が入り、可愛らしい顔を台無しにする。
「それ以上、余計なこと喋ると、あんたの口にズロースを突っ込むわよ」
レイモンドが生まれたとき、アリアはそれはそれはうれしかった。姉になれば、うんと弟の頭を撫で回して、抱きしめて、甘やかして、いつでもどこでも離さないと決めた。
あくまで可愛らしい弟を。
八年でこんなに生意気な性格が形成されるなんて。
レイモンドはしっかり父の遺伝子を引き継いでいる。
弟のレイモンドは八歳の子供の割に、目敏い。
真っ赤な髪と瞳をした、父親をそっくりそのまま幼くした将来有望な容姿は、もうどこかの令嬢に目星をつけられているとか。
二つ三つの頃は素っ裸で屋敷中を走り回ってメイドを困らせていたというのに、最近は幼馴染みのガールフレンドが出来たと嘯いて、妙にませている。
「関係ないでしょ。あっちに行って」
レディースメイドに直毛の髪を編み込んでもらいながら、鏡越しに手でシッシッと払う。
「もしかして、デート? 」
「な、何で? 」
「だって、髪型なんか変えて。めかし込んで。いつもは、ひらひらした子供くさいドレスなのに」
「子供に子供くさいって言われる筋合いはないわ」
アリアは、この弟がどうも苦手だ。
誰もが気づかないアリアの初恋に、一人だけ気づいたのも、レイモンドだ。
彼の紅玉のように澄んだ目で見透かされると、嘘がつけない。
「まあ、お姉様を相手にする男性なんて、いるわけないか」
「どういう意味よ」
「子供らしくて、相手にならない」
「何ですって! 」
ムカッ腹が立って振り返ると、レイモンドは小さく舌を覗かせている。
「未だに、赤ん坊がキャベツ畑で生まれてくるなんて信じてるんでしょ」
「何ですって? あなた、違うって知ってるの? 」
「当たり前だろ。常識じゃないか」
こんな八歳の弟さえ知っていたことに、アリアは密かにショックを受ける。アリアが真実を知ったのは、三日前だ。
「お姉様は、まだまだ子供だな」
言い方が父親そっくり。肩を竦める姿なんて、母を揶揄う父そのもの。
「失礼ね。私はもう大人よ。じきに社交デビューなんだから」
「デビューしたから大人になるとは限らないだろ」
なかなか鋭いところを突いてくる。
だから、今日、アリアは大人になるのだ。
前回とは違って、大人になるにはどうすれば良いのか、もうわかっている。
ラードナーホテルに午後三時。
何をするか疑われたら困るから、友人とチョコレート専門店へ行くと、家族には伝えてある。
「アリアはまだまだ子供だな。そんなに甘いものが好きか? 」
呑気なもので、真昼間から父と酒盛りをしているケイムは、赤ら顔で尋ねてきた。今日はいつもよりピッチが早い。もうボトル半分空けている。
「酔っ払いなんて、嫌いよ」
ふんとアリアが素通りして自室に篭れば、ガハハハハと陽気な笑い声をいただいた。
今日、初恋を終わらせる。
絶対に終わらせてやる。
いつまでも脈のない男にしがみついてやるもんか。
「ジョナサン、お前、今度は舞台女優のミス・ラーナか。飽きないな、全く」
応接間から、これまた酔っ払った父のあけすけな笑い声。
「おお。ようやく返事をいただいたんだ。そろそろ失敬するよ」
ケイムは、懲りずにまたもや舞台女優を口説いて、ようやく良いお返事をもらったらしい。女優だの未亡人だの、彼は年中、闇雲に盛っている。アリアが彼に惚れているとも知らずに。
「ジョナサン男爵も、罪な男だな」
慌しい玄関のざわめきを聞きながら、まだアリアの部屋に留まっているレイモンドが、小さく首を竦めてみせた。
鏡の中のアリアは、眉間に縦皺が入り、可愛らしい顔を台無しにする。
「それ以上、余計なこと喋ると、あんたの口にズロースを突っ込むわよ」
レイモンドが生まれたとき、アリアはそれはそれはうれしかった。姉になれば、うんと弟の頭を撫で回して、抱きしめて、甘やかして、いつでもどこでも離さないと決めた。
あくまで可愛らしい弟を。
八年でこんなに生意気な性格が形成されるなんて。
レイモンドはしっかり父の遺伝子を引き継いでいる。
0
お気に入りに追加
72
あなたにおすすめの小説

「君を愛するつもりはない」と言ったら、泣いて喜ばれた
菱田もな
恋愛
完璧令嬢と名高い公爵家の一人娘シャーロットとの婚約が決まった第二皇子オズワルド。しかし、これは政略結婚で、婚約にもシャーロット自身にも全く興味がない。初めての顔合わせの場で「悪いが、君を愛するつもりはない」とはっきり告げたオズワルドに、シャーロットはなぜか歓喜の涙を浮かべて…?
※他サイトでも掲載中しております。
私のドレスを奪った異母妹に、もう大事なものは奪わせない
文野多咲
恋愛
優月(ゆづき)が自宅屋敷に帰ると、異母妹が優月のウェディングドレスを試着していた。その日縫い上がったばかりで、優月もまだ袖を通していなかった。
使用人たちが「まるで、異母妹のためにあつらえたドレスのよう」と褒め称えており、優月の婚約者まで「異母妹の方が似合う」と褒めている。
優月が異母妹に「どうして勝手に着たの?」と訊けば「ちょっと着てみただけよ」と言う。
婚約者は「異母妹なんだから、ちょっとくらいいじゃないか」と言う。
「ちょっとじゃないわ。私はドレスを盗られたも同じよ!」と言えば、父の後妻は「悪気があったわけじゃないのに、心が狭い」と優月の頬をぶった。
優月は父親に婚約解消を願い出た。婚約者は父親が決めた相手で、優月にはもう彼を信頼できない。
父親に事情を説明すると、「大げさだなあ」と取り合わず、「優月は異母妹に嫉妬しているだけだ、婚約者には異母妹を褒めないように言っておく」と言われる。
嫉妬じゃないのに、どうしてわかってくれないの?
優月は父親をも信頼できなくなる。
婚約者は優月を手に入れるために、優月を襲おうとした。絶体絶命の優月の前に現れたのは、叔父だった。

思い出してしまったのです
月樹《つき》
恋愛
同じ姉妹なのに、私だけ愛されない。
妹のルルだけが特別なのはどうして?
婚約者のレオナルド王子も、どうして妹ばかり可愛がるの?
でもある時、鏡を見て思い出してしまったのです。
愛されないのは当然です。
だって私は…。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。

エリート警察官の溺愛は甘く切ない
日下奈緒
恋愛
親が警察官の紗良は、30歳にもなって独身なんてと親に責められる。
両親の勧めで、警察官とお見合いする事になったのだが、それは跡継ぎを産んで欲しいという、政略結婚で⁉
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
とまどいの花嫁は、夫から逃げられない
椎名さえら
恋愛
エラは、親が決めた婚約者からずっと冷淡に扱われ
初夜、夫は愛人の家へと行った。
戦争が起こり、夫は戦地へと赴いた。
「無事に戻ってきたら、お前とは離婚する」
と言い置いて。
やっと戦争が終わった後、エラのもとへ戻ってきた夫に
彼女は強い違和感を感じる。
夫はすっかり改心し、エラとは離婚しないと言い張り
突然彼女を溺愛し始めたからだ
______________________
✴︎舞台のイメージはイギリス近代(ゆるゆる設定)
✴︎誤字脱字は優しくスルーしていただけると幸いです
✴︎なろうさんにも投稿しています
私の勝手なBGMは、懐かしすぎるけど鬼束ちひろ『月光』←名曲すぎ
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる