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生意気な弟
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「お姉様、どこかへ出掛けるの? 」
弟のレイモンドは八歳の子供の割に、目敏い。
真っ赤な髪と瞳をした、父親をそっくりそのまま幼くした将来有望な容姿は、もうどこかの令嬢に目星をつけられているとか。
二つ三つの頃は素っ裸で屋敷中を走り回ってメイドを困らせていたというのに、最近は幼馴染みのガールフレンドが出来たと嘯いて、妙にませている。
「関係ないでしょ。あっちに行って」
レディースメイドに直毛の髪を編み込んでもらいながら、鏡越しに手でシッシッと払う。
「もしかして、デート? 」
「な、何で? 」
「だって、髪型なんか変えて。めかし込んで。いつもは、ひらひらした子供くさいドレスなのに」
「子供に子供くさいって言われる筋合いはないわ」
アリアは、この弟がどうも苦手だ。
誰もが気づかないアリアの初恋に、一人だけ気づいたのも、レイモンドだ。
彼の紅玉のように澄んだ目で見透かされると、嘘がつけない。
「まあ、お姉様を相手にする男性なんて、いるわけないか」
「どういう意味よ」
「子供らしくて、相手にならない」
「何ですって! 」
ムカッ腹が立って振り返ると、レイモンドは小さく舌を覗かせている。
「未だに、赤ん坊がキャベツ畑で生まれてくるなんて信じてるんでしょ」
「何ですって? あなた、違うって知ってるの? 」
「当たり前だろ。常識じゃないか」
こんな八歳の弟さえ知っていたことに、アリアは密かにショックを受ける。アリアが真実を知ったのは、三日前だ。
「お姉様は、まだまだ子供だな」
言い方が父親そっくり。肩を竦める姿なんて、母を揶揄う父そのもの。
「失礼ね。私はもう大人よ。じきに社交デビューなんだから」
「デビューしたから大人になるとは限らないだろ」
なかなか鋭いところを突いてくる。
だから、今日、アリアは大人になるのだ。
前回とは違って、大人になるにはどうすれば良いのか、もうわかっている。
ラードナーホテルに午後三時。
何をするか疑われたら困るから、友人とチョコレート専門店へ行くと、家族には伝えてある。
「アリアはまだまだ子供だな。そんなに甘いものが好きか? 」
呑気なもので、真昼間から父と酒盛りをしているケイムは、赤ら顔で尋ねてきた。今日はいつもよりピッチが早い。もうボトル半分空けている。
「酔っ払いなんて、嫌いよ」
ふんとアリアが素通りして自室に篭れば、ガハハハハと陽気な笑い声をいただいた。
今日、初恋を終わらせる。
絶対に終わらせてやる。
いつまでも脈のない男にしがみついてやるもんか。
「ジョナサン、お前、今度は舞台女優のミス・ラーナか。飽きないな、全く」
応接間から、これまた酔っ払った父のあけすけな笑い声。
「おお。ようやく返事をいただいたんだ。そろそろ失敬するよ」
ケイムは、懲りずにまたもや舞台女優を口説いて、ようやく良いお返事をもらったらしい。女優だの未亡人だの、彼は年中、闇雲に盛っている。アリアが彼に惚れているとも知らずに。
「ジョナサン男爵も、罪な男だな」
慌しい玄関のざわめきを聞きながら、まだアリアの部屋に留まっているレイモンドが、小さく首を竦めてみせた。
鏡の中のアリアは、眉間に縦皺が入り、可愛らしい顔を台無しにする。
「それ以上、余計なこと喋ると、あんたの口にズロースを突っ込むわよ」
レイモンドが生まれたとき、アリアはそれはそれはうれしかった。姉になれば、うんと弟の頭を撫で回して、抱きしめて、甘やかして、いつでもどこでも離さないと決めた。
あくまで可愛らしい弟を。
八年でこんなに生意気な性格が形成されるなんて。
レイモンドはしっかり父の遺伝子を引き継いでいる。
弟のレイモンドは八歳の子供の割に、目敏い。
真っ赤な髪と瞳をした、父親をそっくりそのまま幼くした将来有望な容姿は、もうどこかの令嬢に目星をつけられているとか。
二つ三つの頃は素っ裸で屋敷中を走り回ってメイドを困らせていたというのに、最近は幼馴染みのガールフレンドが出来たと嘯いて、妙にませている。
「関係ないでしょ。あっちに行って」
レディースメイドに直毛の髪を編み込んでもらいながら、鏡越しに手でシッシッと払う。
「もしかして、デート? 」
「な、何で? 」
「だって、髪型なんか変えて。めかし込んで。いつもは、ひらひらした子供くさいドレスなのに」
「子供に子供くさいって言われる筋合いはないわ」
アリアは、この弟がどうも苦手だ。
誰もが気づかないアリアの初恋に、一人だけ気づいたのも、レイモンドだ。
彼の紅玉のように澄んだ目で見透かされると、嘘がつけない。
「まあ、お姉様を相手にする男性なんて、いるわけないか」
「どういう意味よ」
「子供らしくて、相手にならない」
「何ですって! 」
ムカッ腹が立って振り返ると、レイモンドは小さく舌を覗かせている。
「未だに、赤ん坊がキャベツ畑で生まれてくるなんて信じてるんでしょ」
「何ですって? あなた、違うって知ってるの? 」
「当たり前だろ。常識じゃないか」
こんな八歳の弟さえ知っていたことに、アリアは密かにショックを受ける。アリアが真実を知ったのは、三日前だ。
「お姉様は、まだまだ子供だな」
言い方が父親そっくり。肩を竦める姿なんて、母を揶揄う父そのもの。
「失礼ね。私はもう大人よ。じきに社交デビューなんだから」
「デビューしたから大人になるとは限らないだろ」
なかなか鋭いところを突いてくる。
だから、今日、アリアは大人になるのだ。
前回とは違って、大人になるにはどうすれば良いのか、もうわかっている。
ラードナーホテルに午後三時。
何をするか疑われたら困るから、友人とチョコレート専門店へ行くと、家族には伝えてある。
「アリアはまだまだ子供だな。そんなに甘いものが好きか? 」
呑気なもので、真昼間から父と酒盛りをしているケイムは、赤ら顔で尋ねてきた。今日はいつもよりピッチが早い。もうボトル半分空けている。
「酔っ払いなんて、嫌いよ」
ふんとアリアが素通りして自室に篭れば、ガハハハハと陽気な笑い声をいただいた。
今日、初恋を終わらせる。
絶対に終わらせてやる。
いつまでも脈のない男にしがみついてやるもんか。
「ジョナサン、お前、今度は舞台女優のミス・ラーナか。飽きないな、全く」
応接間から、これまた酔っ払った父のあけすけな笑い声。
「おお。ようやく返事をいただいたんだ。そろそろ失敬するよ」
ケイムは、懲りずにまたもや舞台女優を口説いて、ようやく良いお返事をもらったらしい。女優だの未亡人だの、彼は年中、闇雲に盛っている。アリアが彼に惚れているとも知らずに。
「ジョナサン男爵も、罪な男だな」
慌しい玄関のざわめきを聞きながら、まだアリアの部屋に留まっているレイモンドが、小さく首を竦めてみせた。
鏡の中のアリアは、眉間に縦皺が入り、可愛らしい顔を台無しにする。
「それ以上、余計なこと喋ると、あんたの口にズロースを突っ込むわよ」
レイモンドが生まれたとき、アリアはそれはそれはうれしかった。姉になれば、うんと弟の頭を撫で回して、抱きしめて、甘やかして、いつでもどこでも離さないと決めた。
あくまで可愛らしい弟を。
八年でこんなに生意気な性格が形成されるなんて。
レイモンドはしっかり父の遺伝子を引き継いでいる。
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