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最後のチャンス
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アリアは早速、小説を加筆修正した。
エマリーヌから借りた本の知識だが、見よう見真似だ。果たして正しいかどうかなんて、確かめようがない。
アリアはウェストクリス社の社長室前で、行ったり来たりを繰り返していた。
加筆修正した原稿をミス・レイチェルに渡すためだ。
これまでとは違って、覚えたての性描写を盛り込んだ。
「何を迷っているの? さっさとお見せなさいな」
いきなり扉が開いたかと思えば、呆れたようなミス・レイチェルの顔。
真正面で、ばっちり目が合って。
アリアは逃げる術を失った。
「どういった心境の変化で、こうなったの? どこから得た知識? 」
原稿を読み終えるや、抑揚のない声で詰問され、アリアは竦み上がった。
「あ、あの。友人が本を貸してくれて」
しどろもどろに、上目遣いで女社長を見つめる。
「ああ。『或る愛の軌跡』ね」
「な、何で知ってるの? 」
「表現が全く同じじゃない」
ミス・レイチェルはそのままアリアの原稿を屑籠に突っ込む。
「これは駄目よ」
「どうして! 」
全く迷いのない行為に、アリアは憤慨し、カッと目を開く。
「当たり前でしょ。模倣以外の何ものでもないでしょ」
仰る通り。アリアは反論すら出来ず、奥歯を噛んだ。
「だからって。どうしたら良いのか。確かめてくれる相手なんて、いるわけないし」
経験なんてないのだ。書けるわけがない。想像すらつかない。
「仕方ないわね。協力者にお願いするわ」
「え? 」
「知識はあるんだから。実践してみたら? 」
「い、嫌よ! 」
実践ということは、つまり、赤の他人に体を差し出すということだ。男女がベッドで何をするのかハッキリ知ってしまった以上、承諾するわけがない。
「私は最初は好きな人と! 」
「どうせ、好きでもない人と結婚して、初めては好きでもない人になるじゃない」
「だ、だけど! 」
アリアとミス・レイチェルは根本的に考え方が違う。
「婚姻前にこんな、ふしだらなこと! 」
「あら。ジョナサン卿に夜這いを仕掛けたくせに」
「あ、あれは! 夜這いが何かも知らなかったから! 」
「おしべとめしべをくっつけることでしょ」
あっさりとミス・レイチェルが言ってのけた。
それは、隠語である。
つまり、おしべはアレで、めしべは……たちまちアリアが悲鳴を上げた。顔中に全身の血液が集中して、燃え上がる。沸騰して、湯気が耳の穴から吹き出す。
「もう、やめて! 」
両手で顔を覆い、いやいやと首を横に振った。
「私はジョナサン卿に何てことを! 」
よくも、平然と聞いたものだ。
ケイムの困り果てた顔が脳みそにこびりついて離れない。
「アリア。最後のチャンスをあなたにあげる」
淑女とは程遠い取り乱し方を冷静に眺めていたミス・レイチェルは、やけに落ち着きある声で最後通牒を出した。
「小説家になるか、やめるか。これが最後よ」
結婚後も小説を書き続ける夫人は、いるにはいる。
それは、才能があってこそ。
結婚するかしないかに拘らず、アリアが小説を書き続けることが出来るか、出来ないか。次に持ってくる原稿次第だ。
「想像が膨らまない限り、経験なくして、良い作品は書けないわ」
それがミス・レイチェルの持論。
「とびっきりの男性を派遣してあげるから。騙されたと思って、この場所でお待ちなさいな」
金色の万年筆が、すらすらと動く。
そこには、ラードナーホテルの名と部屋番号、時間が記されていた。
エマリーヌから借りた本の知識だが、見よう見真似だ。果たして正しいかどうかなんて、確かめようがない。
アリアはウェストクリス社の社長室前で、行ったり来たりを繰り返していた。
加筆修正した原稿をミス・レイチェルに渡すためだ。
これまでとは違って、覚えたての性描写を盛り込んだ。
「何を迷っているの? さっさとお見せなさいな」
いきなり扉が開いたかと思えば、呆れたようなミス・レイチェルの顔。
真正面で、ばっちり目が合って。
アリアは逃げる術を失った。
「どういった心境の変化で、こうなったの? どこから得た知識? 」
原稿を読み終えるや、抑揚のない声で詰問され、アリアは竦み上がった。
「あ、あの。友人が本を貸してくれて」
しどろもどろに、上目遣いで女社長を見つめる。
「ああ。『或る愛の軌跡』ね」
「な、何で知ってるの? 」
「表現が全く同じじゃない」
ミス・レイチェルはそのままアリアの原稿を屑籠に突っ込む。
「これは駄目よ」
「どうして! 」
全く迷いのない行為に、アリアは憤慨し、カッと目を開く。
「当たり前でしょ。模倣以外の何ものでもないでしょ」
仰る通り。アリアは反論すら出来ず、奥歯を噛んだ。
「だからって。どうしたら良いのか。確かめてくれる相手なんて、いるわけないし」
経験なんてないのだ。書けるわけがない。想像すらつかない。
「仕方ないわね。協力者にお願いするわ」
「え? 」
「知識はあるんだから。実践してみたら? 」
「い、嫌よ! 」
実践ということは、つまり、赤の他人に体を差し出すということだ。男女がベッドで何をするのかハッキリ知ってしまった以上、承諾するわけがない。
「私は最初は好きな人と! 」
「どうせ、好きでもない人と結婚して、初めては好きでもない人になるじゃない」
「だ、だけど! 」
アリアとミス・レイチェルは根本的に考え方が違う。
「婚姻前にこんな、ふしだらなこと! 」
「あら。ジョナサン卿に夜這いを仕掛けたくせに」
「あ、あれは! 夜這いが何かも知らなかったから! 」
「おしべとめしべをくっつけることでしょ」
あっさりとミス・レイチェルが言ってのけた。
それは、隠語である。
つまり、おしべはアレで、めしべは……たちまちアリアが悲鳴を上げた。顔中に全身の血液が集中して、燃え上がる。沸騰して、湯気が耳の穴から吹き出す。
「もう、やめて! 」
両手で顔を覆い、いやいやと首を横に振った。
「私はジョナサン卿に何てことを! 」
よくも、平然と聞いたものだ。
ケイムの困り果てた顔が脳みそにこびりついて離れない。
「アリア。最後のチャンスをあなたにあげる」
淑女とは程遠い取り乱し方を冷静に眺めていたミス・レイチェルは、やけに落ち着きある声で最後通牒を出した。
「小説家になるか、やめるか。これが最後よ」
結婚後も小説を書き続ける夫人は、いるにはいる。
それは、才能があってこそ。
結婚するかしないかに拘らず、アリアが小説を書き続けることが出来るか、出来ないか。次に持ってくる原稿次第だ。
「想像が膨らまない限り、経験なくして、良い作品は書けないわ」
それがミス・レイチェルの持論。
「とびっきりの男性を派遣してあげるから。騙されたと思って、この場所でお待ちなさいな」
金色の万年筆が、すらすらと動く。
そこには、ラードナーホテルの名と部屋番号、時間が記されていた。
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