13 / 123
秘密への扉
しおりを挟む
友人の男爵令嬢エマリーヌも、アリアと同じ時期に社交界にデビューが決まっていた。
「ああ。待ち遠しいわ。どんな素敵な出会いがあるのかしら」
彼女はアリアと違って、心が弾んで今にも飛んで行きそうだ。
社交で素晴らしい男性を引っ掴むことが女性の幸せだと疑わない環境で育てられた彼女は、アリアとは真逆だ。
エマリーヌは柿色の髪を編み込みし、背の高いことがコンプレックスなので底の浅い靴を選び、そばかすの目立つ肌を流行の白粉をはたいて隠す、ごく一般的な思春期の乙女。
対するアリアは、ドレスは母の見立てで一応は流行を取り入れているものの、金色の直毛の髪にふんだんにリボンを飾り、化粧一つせず、十歳の頃と何ら変わりないお子様仕様だ。
アリアを友人として屋敷に招待し、庭で茶会の真似事をしながら、エマリーヌは逸る気持ちを誰かと共有したかったらしい。
だが、その相手の選択肢は大失敗だ。
「とんでもないおじいちゃまなら、どうするの? 」
「若い愛人をこっそり作って遊ぶわ」
「もの凄く不潔な人なら? 」
「毎日、湯浴みをさせるだけよ」
「性悪なら? もし浮気するようなどうしようもない男性なら? 」
「アリア。何が言いたいの? 」
「私はデビューなんてしたくない。今のままが良いわ」
すっかり温くなったダージリンをちびちび飲みながら、アリアは深く溜め息をつく。
チョコクッキーに手を伸ばしながら、エマリーヌは「あら」と目だけアリアの方を向けた。
「あなた、まだあのオジサマに恋焦がれているの? 」
「悪い? 」
「いい加減に諦めなさいな。相手にもしてもらえないんでしょ」
「余計なお世話よ」
諦めることが出来たなら、とっくのうちにそうしている。
だけど、彼は父親の友人。今では家族同然のような顔で金曜日の夜に屋敷に泊まる。
避けようにも、避けられない。
毎週顔を合わせるたびに、アリアの萎みかけた心の蝋燭の火が、たちまち山火事になるのだ。
「ジョナサン卿って、確か赤ら顔の小太りだったわよね」
「今は痩せて、鍛えて、とてもハンサムよ」
「まあ! 夜会が楽しみ」
「やめてよ。私の好きな方なのよ」
「別に取らないわよ。私、おじさんには興味ないし」
「ジョナサン卿はおじさんじゃないわ」
「はいはい。わかった、わかった」
面倒臭そうに返事して、エマリーヌはクッキーを齧る。
「だけど、そんな素敵な殿方じゃ、子供のアリアは相手にされないでしょ」
図星をつかれて、アリアは唇を噛む。
「だから、良いものを貸してあげるわ」
エマリーヌは黒の皮表紙に金で花模様が箔押しされた豪華な本を寄越してきた。本は高価でなかなか手が出ないが、その中でも抜群に値が張りそうだ。
「何これ」
「ふふ。『或る愛の軌跡』」
別にタイトルを聞いたわけではなかったが。
エマリーヌは片目を瞑り、意味を含んだ笑みを浮かべる。
「今は読んじゃ駄目よ。皆んなが寝静まってから、自分の寝室でこっそり読むのよ。絶対、誰にも見つからないようにね」
「そんなに、まずい思想の本なの? 」
「まずくはないわ」
「もしかして、お母様が読んでる類? 」
母が庭の片隅でコソコソ読んでいた恋愛小説も、確か似たようなタイトルだった。アリアには一ページも読ませてくれないが。
「あなたのお母様も、なかなか淫らな方ね」
エマリーヌは小さく声を揺する。
「秘密のページには、栞を挟んでいるから」
エマリーヌはそのページを強調するものの、どのようなことが書かれているのか、決して教えようとはしない。
「あなたが大人になる、ほんの少しのきっかけをあげるわ」
なんて、くすくす笑いながら。
「ああ。待ち遠しいわ。どんな素敵な出会いがあるのかしら」
彼女はアリアと違って、心が弾んで今にも飛んで行きそうだ。
社交で素晴らしい男性を引っ掴むことが女性の幸せだと疑わない環境で育てられた彼女は、アリアとは真逆だ。
エマリーヌは柿色の髪を編み込みし、背の高いことがコンプレックスなので底の浅い靴を選び、そばかすの目立つ肌を流行の白粉をはたいて隠す、ごく一般的な思春期の乙女。
対するアリアは、ドレスは母の見立てで一応は流行を取り入れているものの、金色の直毛の髪にふんだんにリボンを飾り、化粧一つせず、十歳の頃と何ら変わりないお子様仕様だ。
アリアを友人として屋敷に招待し、庭で茶会の真似事をしながら、エマリーヌは逸る気持ちを誰かと共有したかったらしい。
だが、その相手の選択肢は大失敗だ。
「とんでもないおじいちゃまなら、どうするの? 」
「若い愛人をこっそり作って遊ぶわ」
「もの凄く不潔な人なら? 」
「毎日、湯浴みをさせるだけよ」
「性悪なら? もし浮気するようなどうしようもない男性なら? 」
「アリア。何が言いたいの? 」
「私はデビューなんてしたくない。今のままが良いわ」
すっかり温くなったダージリンをちびちび飲みながら、アリアは深く溜め息をつく。
チョコクッキーに手を伸ばしながら、エマリーヌは「あら」と目だけアリアの方を向けた。
「あなた、まだあのオジサマに恋焦がれているの? 」
「悪い? 」
「いい加減に諦めなさいな。相手にもしてもらえないんでしょ」
「余計なお世話よ」
諦めることが出来たなら、とっくのうちにそうしている。
だけど、彼は父親の友人。今では家族同然のような顔で金曜日の夜に屋敷に泊まる。
避けようにも、避けられない。
毎週顔を合わせるたびに、アリアの萎みかけた心の蝋燭の火が、たちまち山火事になるのだ。
「ジョナサン卿って、確か赤ら顔の小太りだったわよね」
「今は痩せて、鍛えて、とてもハンサムよ」
「まあ! 夜会が楽しみ」
「やめてよ。私の好きな方なのよ」
「別に取らないわよ。私、おじさんには興味ないし」
「ジョナサン卿はおじさんじゃないわ」
「はいはい。わかった、わかった」
面倒臭そうに返事して、エマリーヌはクッキーを齧る。
「だけど、そんな素敵な殿方じゃ、子供のアリアは相手にされないでしょ」
図星をつかれて、アリアは唇を噛む。
「だから、良いものを貸してあげるわ」
エマリーヌは黒の皮表紙に金で花模様が箔押しされた豪華な本を寄越してきた。本は高価でなかなか手が出ないが、その中でも抜群に値が張りそうだ。
「何これ」
「ふふ。『或る愛の軌跡』」
別にタイトルを聞いたわけではなかったが。
エマリーヌは片目を瞑り、意味を含んだ笑みを浮かべる。
「今は読んじゃ駄目よ。皆んなが寝静まってから、自分の寝室でこっそり読むのよ。絶対、誰にも見つからないようにね」
「そんなに、まずい思想の本なの? 」
「まずくはないわ」
「もしかして、お母様が読んでる類? 」
母が庭の片隅でコソコソ読んでいた恋愛小説も、確か似たようなタイトルだった。アリアには一ページも読ませてくれないが。
「あなたのお母様も、なかなか淫らな方ね」
エマリーヌは小さく声を揺する。
「秘密のページには、栞を挟んでいるから」
エマリーヌはそのページを強調するものの、どのようなことが書かれているのか、決して教えようとはしない。
「あなたが大人になる、ほんの少しのきっかけをあげるわ」
なんて、くすくす笑いながら。
1
お気に入りに追加
72
あなたにおすすめの小説

甘すぎるドクターへ。どうか手加減して下さい。
海咲雪
恋愛
その日、新幹線の隣の席に疲れて寝ている男性がいた。
ただそれだけのはずだったのに……その日、私の世界に甘さが加わった。
「案外、本当に君以外いないかも」
「いいの? こんな可愛いことされたら、本当にもう逃してあげられないけど」
「もう奏葉の許可なしに近づいたりしない。だから……近づく前に奏葉に聞くから、ちゃんと許可を出してね」
そのドクターの甘さは手加減を知らない。
【登場人物】
末永 奏葉[すえなが かなは]・・・25歳。普通の会社員。気を遣い過ぎてしまう性格。
恩田 時哉[おんだ ときや]・・・27歳。医者。奏葉をからかう時もあるのに、甘すぎる?
田代 有我[たしろ ゆうが]・・・25歳。奏葉の同期。テキトーな性格だが、奏葉の変化には鋭い?
【作者に医療知識はありません。恋愛小説として楽しんで頂ければ幸いです!】
若奥様は緑の手 ~ お世話した花壇が聖域化してました。嫁入り先でめいっぱい役立てます!
古森真朝
恋愛
意地悪な遠縁のおばの邸で暮らすユーフェミアは、ある日いきなり『明後日に輿入れが決まったから荷物をまとめろ』と言い渡される。いろいろ思うところはありつつ、これは邸から出て自立するチャンス!と大急ぎで支度して出立することに。嫁入り道具兼手土産として、唯一の財産でもある裏庭の花壇(四畳サイズ)を『持参』したのだが――実はこのプチ庭園、長年手塩にかけた彼女の魔力によって、神域霊域レベルのレア植物生息地となっていた。
そうとは知らないまま、輿入れ初日にボロボロになって帰ってきた結婚相手・クライヴを救ったのを皮切りに、彼の実家エヴァンス邸、勤め先である王城、さらにお世話になっている賢者様が司る大神殿と、次々に起こる事件を『あ、それならありますよ!』とプチ庭園でしれっと解決していくユーフェミア。果たして嫁ぎ先で平穏を手に入れられるのか。そして根っから世話好きで、何くれとなく構ってくれるクライヴVS自立したい甘えベタの若奥様の勝負の行方は?
*カクヨム様で先行掲載しております
廃妃の再婚
束原ミヤコ
恋愛
伯爵家の令嬢としてうまれたフィアナは、母を亡くしてからというもの
父にも第二夫人にも、そして腹違いの妹にも邪険に扱われていた。
ある日フィアナは、川で倒れている青年を助ける。
それから四年後、フィアナの元に国王から結婚の申し込みがくる。
身分差を気にしながらも断ることができず、フィアナは王妃となった。
あの時助けた青年は、国王になっていたのである。
「君を永遠に愛する」と約束をした国王カトル・エスタニアは
結婚してすぐに辺境にて部族の反乱が起こり、平定戦に向かう。
帰還したカトルは、族長の娘であり『精霊の愛し子』と呼ばれている美しい女性イルサナを連れていた。
カトルはイルサナを寵愛しはじめる。
王城にて居場所を失ったフィアナは、聖騎士ユリシアスに下賜されることになる。
ユリシアスは先の戦いで怪我を負い、顔の半分を包帯で覆っている寡黙な男だった。
引け目を感じながらフィアナはユリシアスと過ごすことになる。
ユリシアスと過ごすうち、フィアナは彼と惹かれ合っていく。
だがユリシアスは何かを隠しているようだ。
それはカトルの抱える、真実だった──。
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
身代わり婚~暴君と呼ばれる辺境伯に拒絶された仮初の花嫁
結城芙由奈@2/28コミカライズ発売
恋愛
【決してご迷惑はお掛けしません。どうか私をここに置いて頂けませんか?】
妾腹の娘として厄介者扱いを受けていたアリアドネは姉の身代わりとして暴君として名高い辺境伯に嫁がされる。結婚すれば幸せになれるかもしれないと淡い期待を抱いていたのも束の間。望まぬ花嫁を押し付けられたとして夫となるべく辺境伯に初対面で冷たい言葉を投げつけらた。さらに城から追い出されそうになるものの、ある人物に救われて下働きとして置いてもらえる事になるのだった―。

皇太子夫妻の歪んだ結婚
夕鈴
恋愛
皇太子妃リーンは夫の秘密に気付いてしまった。
その秘密はリーンにとって許せないものだった。結婚1日目にして離縁を決意したリーンの夫婦生活の始まりだった。
本編完結してます。
番外編を更新中です。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
【完結】冷酷眼鏡とウワサされる副騎士団長様が、一直線に溺愛してきますっ!
楠結衣
恋愛
触ると人の心の声が聞こえてしまう聖女リリアンは、冷酷と噂の副騎士団長のアルバート様に触ってしまう。
(リリアン嬢、かわいい……。耳も小さくて、かわいい。リリアン嬢の耳、舐めたら甘そうだな……いや寧ろ齧りたい……)
遠くで見かけるだけだったアルバート様の思わぬ声にリリアンは激しく動揺してしまう。きっと聞き間違えだったと結論付けた筈が、聖女の試験で必須な魔物についてアルバート様から勉強を教わることに──!
(かわいい、好きです、愛してます)
(誰にも見せたくない。執務室から出さなくてもいいですよね?)
二人きりの勉強会。アルバート様に触らないように気をつけているのに、リリアンのうっかりで毎回触れられてしまう。甘すぎる声にリリアンのドキドキが止まらない!
ところが、ある日、リリアンはアルバート様の声にうっかり反応してしまう。
(まさか。もしかして、心の声が聞こえている?)
リリアンの秘密を知ったアルバート様はどうなる?
二人の恋の結末はどうなっちゃうの?!
心の声が聞こえる聖女リリアンと変態あまあまな声がダダ漏れなアルバート様の、甘すぎるハッピーエンドラブストーリー。
✳︎表紙イラストは、さらさらしるな。様の作品です。
✳︎小説家になろうにも投稿しています♪
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる