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秘密への扉
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友人の男爵令嬢エマリーヌも、アリアと同じ時期に社交界にデビューが決まっていた。
「ああ。待ち遠しいわ。どんな素敵な出会いがあるのかしら」
彼女はアリアと違って、心が弾んで今にも飛んで行きそうだ。
社交で素晴らしい男性を引っ掴むことが女性の幸せだと疑わない環境で育てられた彼女は、アリアとは真逆だ。
エマリーヌは柿色の髪を編み込みし、背の高いことがコンプレックスなので底の浅い靴を選び、そばかすの目立つ肌を流行の白粉をはたいて隠す、ごく一般的な思春期の乙女。
対するアリアは、ドレスは母の見立てで一応は流行を取り入れているものの、金色の直毛の髪にふんだんにリボンを飾り、化粧一つせず、十歳の頃と何ら変わりないお子様仕様だ。
アリアを友人として屋敷に招待し、庭で茶会の真似事をしながら、エマリーヌは逸る気持ちを誰かと共有したかったらしい。
だが、その相手の選択肢は大失敗だ。
「とんでもないおじいちゃまなら、どうするの? 」
「若い愛人をこっそり作って遊ぶわ」
「もの凄く不潔な人なら? 」
「毎日、湯浴みをさせるだけよ」
「性悪なら? もし浮気するようなどうしようもない男性なら? 」
「アリア。何が言いたいの? 」
「私はデビューなんてしたくない。今のままが良いわ」
すっかり温くなったダージリンをちびちび飲みながら、アリアは深く溜め息をつく。
チョコクッキーに手を伸ばしながら、エマリーヌは「あら」と目だけアリアの方を向けた。
「あなた、まだあのオジサマに恋焦がれているの? 」
「悪い? 」
「いい加減に諦めなさいな。相手にもしてもらえないんでしょ」
「余計なお世話よ」
諦めることが出来たなら、とっくのうちにそうしている。
だけど、彼は父親の友人。今では家族同然のような顔で金曜日の夜に屋敷に泊まる。
避けようにも、避けられない。
毎週顔を合わせるたびに、アリアの萎みかけた心の蝋燭の火が、たちまち山火事になるのだ。
「ジョナサン卿って、確か赤ら顔の小太りだったわよね」
「今は痩せて、鍛えて、とてもハンサムよ」
「まあ! 夜会が楽しみ」
「やめてよ。私の好きな方なのよ」
「別に取らないわよ。私、おじさんには興味ないし」
「ジョナサン卿はおじさんじゃないわ」
「はいはい。わかった、わかった」
面倒臭そうに返事して、エマリーヌはクッキーを齧る。
「だけど、そんな素敵な殿方じゃ、子供のアリアは相手にされないでしょ」
図星をつかれて、アリアは唇を噛む。
「だから、良いものを貸してあげるわ」
エマリーヌは黒の皮表紙に金で花模様が箔押しされた豪華な本を寄越してきた。本は高価でなかなか手が出ないが、その中でも抜群に値が張りそうだ。
「何これ」
「ふふ。『或る愛の軌跡』」
別にタイトルを聞いたわけではなかったが。
エマリーヌは片目を瞑り、意味を含んだ笑みを浮かべる。
「今は読んじゃ駄目よ。皆んなが寝静まってから、自分の寝室でこっそり読むのよ。絶対、誰にも見つからないようにね」
「そんなに、まずい思想の本なの? 」
「まずくはないわ」
「もしかして、お母様が読んでる類? 」
母が庭の片隅でコソコソ読んでいた恋愛小説も、確か似たようなタイトルだった。アリアには一ページも読ませてくれないが。
「あなたのお母様も、なかなか淫らな方ね」
エマリーヌは小さく声を揺する。
「秘密のページには、栞を挟んでいるから」
エマリーヌはそのページを強調するものの、どのようなことが書かれているのか、決して教えようとはしない。
「あなたが大人になる、ほんの少しのきっかけをあげるわ」
なんて、くすくす笑いながら。
「ああ。待ち遠しいわ。どんな素敵な出会いがあるのかしら」
彼女はアリアと違って、心が弾んで今にも飛んで行きそうだ。
社交で素晴らしい男性を引っ掴むことが女性の幸せだと疑わない環境で育てられた彼女は、アリアとは真逆だ。
エマリーヌは柿色の髪を編み込みし、背の高いことがコンプレックスなので底の浅い靴を選び、そばかすの目立つ肌を流行の白粉をはたいて隠す、ごく一般的な思春期の乙女。
対するアリアは、ドレスは母の見立てで一応は流行を取り入れているものの、金色の直毛の髪にふんだんにリボンを飾り、化粧一つせず、十歳の頃と何ら変わりないお子様仕様だ。
アリアを友人として屋敷に招待し、庭で茶会の真似事をしながら、エマリーヌは逸る気持ちを誰かと共有したかったらしい。
だが、その相手の選択肢は大失敗だ。
「とんでもないおじいちゃまなら、どうするの? 」
「若い愛人をこっそり作って遊ぶわ」
「もの凄く不潔な人なら? 」
「毎日、湯浴みをさせるだけよ」
「性悪なら? もし浮気するようなどうしようもない男性なら? 」
「アリア。何が言いたいの? 」
「私はデビューなんてしたくない。今のままが良いわ」
すっかり温くなったダージリンをちびちび飲みながら、アリアは深く溜め息をつく。
チョコクッキーに手を伸ばしながら、エマリーヌは「あら」と目だけアリアの方を向けた。
「あなた、まだあのオジサマに恋焦がれているの? 」
「悪い? 」
「いい加減に諦めなさいな。相手にもしてもらえないんでしょ」
「余計なお世話よ」
諦めることが出来たなら、とっくのうちにそうしている。
だけど、彼は父親の友人。今では家族同然のような顔で金曜日の夜に屋敷に泊まる。
避けようにも、避けられない。
毎週顔を合わせるたびに、アリアの萎みかけた心の蝋燭の火が、たちまち山火事になるのだ。
「ジョナサン卿って、確か赤ら顔の小太りだったわよね」
「今は痩せて、鍛えて、とてもハンサムよ」
「まあ! 夜会が楽しみ」
「やめてよ。私の好きな方なのよ」
「別に取らないわよ。私、おじさんには興味ないし」
「ジョナサン卿はおじさんじゃないわ」
「はいはい。わかった、わかった」
面倒臭そうに返事して、エマリーヌはクッキーを齧る。
「だけど、そんな素敵な殿方じゃ、子供のアリアは相手にされないでしょ」
図星をつかれて、アリアは唇を噛む。
「だから、良いものを貸してあげるわ」
エマリーヌは黒の皮表紙に金で花模様が箔押しされた豪華な本を寄越してきた。本は高価でなかなか手が出ないが、その中でも抜群に値が張りそうだ。
「何これ」
「ふふ。『或る愛の軌跡』」
別にタイトルを聞いたわけではなかったが。
エマリーヌは片目を瞑り、意味を含んだ笑みを浮かべる。
「今は読んじゃ駄目よ。皆んなが寝静まってから、自分の寝室でこっそり読むのよ。絶対、誰にも見つからないようにね」
「そんなに、まずい思想の本なの? 」
「まずくはないわ」
「もしかして、お母様が読んでる類? 」
母が庭の片隅でコソコソ読んでいた恋愛小説も、確か似たようなタイトルだった。アリアには一ページも読ませてくれないが。
「あなたのお母様も、なかなか淫らな方ね」
エマリーヌは小さく声を揺する。
「秘密のページには、栞を挟んでいるから」
エマリーヌはそのページを強調するものの、どのようなことが書かれているのか、決して教えようとはしない。
「あなたが大人になる、ほんの少しのきっかけをあげるわ」
なんて、くすくす笑いながら。
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