【完結】恋愛小説家アリアの大好きな彼

晴 菜葉

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大人達の会話

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 アリアが心臓を口から吐き出すんじゃないかと心配になるくらい動悸が激しくて、背中に冷たい汗がべったり張り付いているというのに、ケイムは何事もなかったかのように応接間で葉巻に火を点け、グラスにワインを注いでいる。
 ソファに浅く腰掛け、脚を投げ出し、時々面倒臭そうに欠伸をする。
 彼は何にも変わらない。
 アリアの顔を見ても、あくまで「気の好いオジサマ」を崩さず、片手をヒョイと上げるのだ。
 あんなに情熱的なキスを交わしたというのに。
 彼にとってあれは、単なる挨拶の延長線だったのかも。
「まあ、アリア。どうしたの? 」
 母のイザベラは、目を丸くして問いかけてきた。
「いつもジョナサン卿の馬車の蹄が聞こえた途端、目を輝かせて玄関に駆け出していたのに」
 今日のアリアときたら、ケイムが気軽に挨拶しても、ぷりぷり怒ってふんとそっぽ向いて、さっと柱の陰に隠れてしまった。
「奥さん。女性は月に一度、特有の、不機嫌な日があるでしょう? 」
 ニヤニヤと訳知り顔でケイムが口走る。
「失礼ね! 生理はこの間終わりました! 」
 柱の陰から、思い切り歯を剥いてやった。
「こら、アリア。男の前で何てことを言うんだ! 」
 すかさず父が顔を曇らせる。
「何よ。お父様だって、先週お母様に『生理はもう終わったか? 』って、寝室に行く途中、聞いていたじゃない」
「なっ! 」
 絶句する両親。
 たちまち父の額からダラダラと汗が流れ落ちる。母は真っ赤になって戦慄き、スカートの布地をきつく握りしめた。
「大丈夫だ。アリアは意味がわかってねえから」
 ケイムはニタニタ笑いながら、二杯目をグラスに注ぐ。
 確かに、何故両親がそのようなことを確かめ合うのか、その台詞にどのような必要性があるのか、アリアにはわからない。
 おそらく同い年の娘ならピンときただろうが、箱入り娘はそういった話には疎い。
「アリア。生理って単語は人前で言っちゃ駄目だ」
 ケイムは、自分の顔の前で人差し指を左右に振った。
「でないと、お前の両親は銅像みたいに固まっちまって動かなくなるから、飯の時間が遅れるぞ。腹が減るのは嫌だろ」
「嫌」
「なら、わかるな? 」
「ええ」
 素直に頷く。
 結局、理由は聞けず仕舞い。何だか大人に上手く丸め込まれてしまった。
「よし、良い子だ。こっちにおいで」
 ケイムが両手を大きく広げ、アリアを呼ぶ。
 鍛え抜かれた胸板が空いている。
 アリアは迷わずその特等席に飛び込んだ。
 すぐさまケイムがアリアの背中に手を回す。大きな手のひらが、背中を優しく上下した。
 ミス・レイチェルは、この場面は恋愛シーンによくあるパターンだと、以前アドバイスをくれた。
 でも、何かが違う。
「もうすぐ社交デビューデビュタントか。こんなこと出来るのも、今のうちか」
 しみじみとケイムが呟く。
「そのうち、もっと別嬪になって、むさ苦しいオジサンのことは忘れられるな」
「どうして? 私はいつもジョナサン卿のこと考えてるわよ」
「その場凌ぎでも、うれしいよ」
 丸きり、保護者と被保護者の会話だ。
 アリアのことなんて、恋愛以前にしか思われていない。
 アリアが一生懸命に「女」をアピールしても、「小娘」に変換されてしまう。
 恋愛シーンにすらならない。
 両親ときたら、アリア達を微笑ましく眺めて、ケイムのことは悪い虫どころか、問題にすらしていない。
 これは早々に作戦を練らなければ。
 ケイムの胸にピッタリと耳をつけて規則的な心音を聞きながら、アリアは小悪魔的発想を巡らせていた。
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