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小悪魔アリア
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天使だの妖精だのと比喩されるが、実際のアリアは無邪気で強かさを併せ持つ、謂わば、小悪魔だ。
それは彼女の境遇が関連する。
「初めてのキスの相手になってほしいの。ジョナサン卿」
潤んだ唇を半開きにして、アリアは訴える。
勿論、初心な彼女は狙ってしているわけではない。
時折、垣間見せる色っぽさに、彼女自身、気づいていない。
だが、周囲は違う。
少なくともケイムは。
泣き喚いたかと思えば、色気を含んだ大人びた顔。そんな真逆に、ケイムは狼狽する。
「冗談はやめろ」
「私は本気よ」
「よりにもよって、こんなオッサンと」
「もしかしたら、うんと年上のおじいちゃんが結婚相手になるかも知れないでしょ」
「アークライトが選ぶんだから、大体、お前と同じ年くらいじゃねえか? 」
「そんなの、わからないわ」
あの父なら、年齢関係なく家柄、性格、財産を総合的に判断する。それがアリアの望む望まないに関わらず。男性上位の世の中なら、珍しくも何ともない。家長の言いなり。それが当然の習わしだ。
それなら……アリアは一縷の望みに賭ける。
せめて初めてのキスは、好きな人が良い。
「全然知らない人より、昔からよく知ってる男性の方が良いわ」
「だからって、何で俺だよ」
アリアが彼を「男性」として見ているなんて、ケイムは思いもすまい。
相手が少しでも意識しようなら、きっと良心の呵責で、絶対に触れ合うのは断固拒否されていたはず。
それよりは、相手にされていないだけ、望みはある。
どうにか言い含めて、彼からキスを貰わねば。
彼に「イエス」と首を縦に振らせるため、アリアは脳みそをフル稼働させる。
「それじゃあ、お父様に言いつけるわ。ラードナーホテルの一室で、ジョナサン卿と二人きりになったって」
「おい」
「あら。本当のことよ」
「俺はお前を助けるためにだな」
「私は本当のことを言うだけよ」
「脅すのか? 」
「キスしてください」
「あのなあ」
「キス」
脅しとも取れる言い回しだろうが、知ったこっちゃない。
「あのなあ、アリア」
「早く」
アリアは瞼を閉ざして、唇を突き出す。
狼狽する気配。
直後、諦めたような溜め息。
「ったく。頑固なのは、父親似か? 母親似か? どっちだ? 」
「どっちもよ」
それきり、言葉が途切れる。
唇に、柔らかいものが重なった。
それがケイムの唇であると脳が認知したときには、彼の舌はアリアの引き結びを割って、彼女の口内に侵入を果たした後だった。
丁寧に歯列をなぞって、粘膜を舐め回して、アリアの舌に絡みつく。アリアが息を吐き出すたびに、まるでさせまいと言わんばかりに口付けは深くなった。呼吸が上手く出来ずに、口端から唾液が零れ落ちる。
ケイムは舌先を巧みに使ってそれを掬い取ると、やっと唇を離した。
まるで魂まで吸い取られてしまったようだ。
ぼんやりと焦点の合わないアリアに、ケイムは緩く微笑んだ。
「満足したか? 」
「え、ええ。とても」
まだ、頷きはぎこちない。
いつもは気の好いオジサマが、こんな情熱的なキスをするなんて。
「これが大人のキスなのね」
惚けたような呟きを、ケイムは聞き流した。
「これで悪ふざけは仕舞いだ」
ポケットに手を突っ込み、アリアに背を向ける。そわそわして、さっさと部屋を出ていきたそうだ。
「ここの支払いは? 」
「ミス・レイチェルが、来訪する男性が支払うと」
「あんの女狐が! 」
ケイムは振り返らぬまま、忌々しげに舌打ち、怒りを露わにした。
それは彼女の境遇が関連する。
「初めてのキスの相手になってほしいの。ジョナサン卿」
潤んだ唇を半開きにして、アリアは訴える。
勿論、初心な彼女は狙ってしているわけではない。
時折、垣間見せる色っぽさに、彼女自身、気づいていない。
だが、周囲は違う。
少なくともケイムは。
泣き喚いたかと思えば、色気を含んだ大人びた顔。そんな真逆に、ケイムは狼狽する。
「冗談はやめろ」
「私は本気よ」
「よりにもよって、こんなオッサンと」
「もしかしたら、うんと年上のおじいちゃんが結婚相手になるかも知れないでしょ」
「アークライトが選ぶんだから、大体、お前と同じ年くらいじゃねえか? 」
「そんなの、わからないわ」
あの父なら、年齢関係なく家柄、性格、財産を総合的に判断する。それがアリアの望む望まないに関わらず。男性上位の世の中なら、珍しくも何ともない。家長の言いなり。それが当然の習わしだ。
それなら……アリアは一縷の望みに賭ける。
せめて初めてのキスは、好きな人が良い。
「全然知らない人より、昔からよく知ってる男性の方が良いわ」
「だからって、何で俺だよ」
アリアが彼を「男性」として見ているなんて、ケイムは思いもすまい。
相手が少しでも意識しようなら、きっと良心の呵責で、絶対に触れ合うのは断固拒否されていたはず。
それよりは、相手にされていないだけ、望みはある。
どうにか言い含めて、彼からキスを貰わねば。
彼に「イエス」と首を縦に振らせるため、アリアは脳みそをフル稼働させる。
「それじゃあ、お父様に言いつけるわ。ラードナーホテルの一室で、ジョナサン卿と二人きりになったって」
「おい」
「あら。本当のことよ」
「俺はお前を助けるためにだな」
「私は本当のことを言うだけよ」
「脅すのか? 」
「キスしてください」
「あのなあ」
「キス」
脅しとも取れる言い回しだろうが、知ったこっちゃない。
「あのなあ、アリア」
「早く」
アリアは瞼を閉ざして、唇を突き出す。
狼狽する気配。
直後、諦めたような溜め息。
「ったく。頑固なのは、父親似か? 母親似か? どっちだ? 」
「どっちもよ」
それきり、言葉が途切れる。
唇に、柔らかいものが重なった。
それがケイムの唇であると脳が認知したときには、彼の舌はアリアの引き結びを割って、彼女の口内に侵入を果たした後だった。
丁寧に歯列をなぞって、粘膜を舐め回して、アリアの舌に絡みつく。アリアが息を吐き出すたびに、まるでさせまいと言わんばかりに口付けは深くなった。呼吸が上手く出来ずに、口端から唾液が零れ落ちる。
ケイムは舌先を巧みに使ってそれを掬い取ると、やっと唇を離した。
まるで魂まで吸い取られてしまったようだ。
ぼんやりと焦点の合わないアリアに、ケイムは緩く微笑んだ。
「満足したか? 」
「え、ええ。とても」
まだ、頷きはぎこちない。
いつもは気の好いオジサマが、こんな情熱的なキスをするなんて。
「これが大人のキスなのね」
惚けたような呟きを、ケイムは聞き流した。
「これで悪ふざけは仕舞いだ」
ポケットに手を突っ込み、アリアに背を向ける。そわそわして、さっさと部屋を出ていきたそうだ。
「ここの支払いは? 」
「ミス・レイチェルが、来訪する男性が支払うと」
「あんの女狐が! 」
ケイムは振り返らぬまま、忌々しげに舌打ち、怒りを露わにした。
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