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兄の正体
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「そこまでよ」
不意に背後から甲高い一声。
振り向いた雪森の目に映ったのは、こちらを向く銃口だった。
忽然と世間から姿を消していたはずの美登理が、引き金に指を掛け、仁王立ちで睨みつけてきた。
彼女の背後には、肩幅の広い強靭な肉体の男四人が従者のように控えている。先程、亜季彦が殴り倒した奴も含まれていた。
「いつまでふざけているつもり?」
いらいらした台詞は、雪森へ発したものではない。
「何のことですかねえ?」
亜季彦は挑発するかのように、大袈裟に肩を竦める。
「いい加減になさい!」
喉を震わせ、美登理は一喝する。桂木邸での上品ぶった態度が嘘のような憤怒の表情だ。下膨れがはち切れんばかりに真っ赤になっている。
「あなた、私達を裏切るつもりじゃなくて?」
「誤解ですよ」
「あなたの心はお見通しよ」
ジロリと睨みつけられても、亜季彦は相変わらずニタニタと口元をひん曲げただけだ。
その笑い方に、雪森は既視感を起こす。
「兄さん?」
嫌な予感が膨れ上がっていく。
おずおずと雪森は問いかけた。
「あなた、まだこの男が兄だって信じているの?」
鼻に縦皺を入れ、美登理は元々の細目をさらに糸のようにさせた。その目を保ったまま、侮蔑そのものにフンと鼻を鳴らす。
「桂木亜季彦なんて人間はね、とっくに存在していないのよ」
「何?」
雪森の顔色が変わった。元からの色素の薄い肌から、ザアッと引くように血の気がなくなる。
彼の内心を正しく読んだ美登理は、おかしくて堪らないと、声高に笑いを室内に轟かせた。
「ああ。言い方が悪かったわね。桂木亜季彦は、もう十年も昔に亡くなっているのよ」
では、この十年を共に過ごしていたのは、何者であったのか。
とっくに答えは出ていた。
青蜥蜴は変装の名人だ。
「ずっと兄さんの振りをして、僕を騙していたのか」
雪森は亜季彦の恰好をする男に非難をぶつける。
亜季彦は困ったように目線をずらす。
「見守っていたと言ってほしいですね」
声はすでに青蜥蜴のものだ。
兄の顔で声だけは全くの別人。妙な具合だ。
そんなふうに違和感を生じさせている雪森には構わず、美登理は今度は銃口を青蜥蜴に向けた。
「あなた、とことん私のやり口に反対するつもりのようね?」
内輪揉めだ。
「歯向かう気?」
「あの人達の意志を無駄にするおつもりですか? 」
「仕方ないと許してくれるわ」
「どうでしょうかね」
青蜥蜴は降参するように両方の手を挙げた。
「単なる金儲けに使うなんて、どこかの腹黒と大差ないですよ」
後ずさりながらも、抜け目なくぎらぎらと瞳を光らせ、青蜥蜴は姉の隙を諮っている。
「同志を集めるのが、本来の目的のはずよ。そのための資金が必要なの」
「だからといって」
「綺麗事なんて聞きたくないわ」
美登理はいらいらと踵を踏み鳴らす。キッと目を吊り上げ、前髪の下から鋭く睨みつけた。
「その腹黒い金で家やらアパートメントやらを買い漁って、アジトにしてるでしょう。あなたも同罪よ」
「しかし」
「そもそも、あなただってどうなの?こんな子供に手を出しておいて。陰で見守る? よく言えたものね。結局、自分の欲には勝てなかったじゃないの」
「それは」
「人のこと言えて?」
青蜥蜴が口籠ったことで、形勢逆転だ。
美登理はふふんと鼻で笑うと、ようやく溜飲を下したのか、得意満面となった。
大股で雪森に近づき、おもむろに顎を掴んで上向かせる。
蛇を彷彿とさせる目で射抜かれ、雪森は身が竦んだ。
「確かに可愛い顔してるけど。私から言わせれば、青臭い、世間知らずのお坊ちゃんよ」
忌々しく舌を一つ打ち、ドンと胸を突き飛ばす。
弾みでよろけ、雪森は二、三歩退いた。
いつか屋敷で停電になったとき、背後から物凄い力で引かれたことがあったが、あれは美登理であったと、今になって確信を持つ。
「牢にぶちこんでおきなさい」
吐き捨てられた命令に従ったのは、青蜥蜴に殴りつけられた男だ。頷くなり素早い動作で雪森の首を背後から締めつけた。青蜥蜴に劣らず物凄い力だ。思わず咳込んでしまう。
「この恋狂いも一緒よ。絆されて、鍵でも開けられちゃ堪らないわ。頭が冷えるまで、放り込んでおくのよ」
その一言で、美登理に付き従っていた残る三人が、青蜥蜴の背後に回るなり羽がい締めにした。男らは、申し訳なさそうに青蜥蜴の顔色をいちいち伺っている。
そんな青蜥蜴は一切の抵抗を見せず、大人しくさせるがままになっていた。
不意に背後から甲高い一声。
振り向いた雪森の目に映ったのは、こちらを向く銃口だった。
忽然と世間から姿を消していたはずの美登理が、引き金に指を掛け、仁王立ちで睨みつけてきた。
彼女の背後には、肩幅の広い強靭な肉体の男四人が従者のように控えている。先程、亜季彦が殴り倒した奴も含まれていた。
「いつまでふざけているつもり?」
いらいらした台詞は、雪森へ発したものではない。
「何のことですかねえ?」
亜季彦は挑発するかのように、大袈裟に肩を竦める。
「いい加減になさい!」
喉を震わせ、美登理は一喝する。桂木邸での上品ぶった態度が嘘のような憤怒の表情だ。下膨れがはち切れんばかりに真っ赤になっている。
「あなた、私達を裏切るつもりじゃなくて?」
「誤解ですよ」
「あなたの心はお見通しよ」
ジロリと睨みつけられても、亜季彦は相変わらずニタニタと口元をひん曲げただけだ。
その笑い方に、雪森は既視感を起こす。
「兄さん?」
嫌な予感が膨れ上がっていく。
おずおずと雪森は問いかけた。
「あなた、まだこの男が兄だって信じているの?」
鼻に縦皺を入れ、美登理は元々の細目をさらに糸のようにさせた。その目を保ったまま、侮蔑そのものにフンと鼻を鳴らす。
「桂木亜季彦なんて人間はね、とっくに存在していないのよ」
「何?」
雪森の顔色が変わった。元からの色素の薄い肌から、ザアッと引くように血の気がなくなる。
彼の内心を正しく読んだ美登理は、おかしくて堪らないと、声高に笑いを室内に轟かせた。
「ああ。言い方が悪かったわね。桂木亜季彦は、もう十年も昔に亡くなっているのよ」
では、この十年を共に過ごしていたのは、何者であったのか。
とっくに答えは出ていた。
青蜥蜴は変装の名人だ。
「ずっと兄さんの振りをして、僕を騙していたのか」
雪森は亜季彦の恰好をする男に非難をぶつける。
亜季彦は困ったように目線をずらす。
「見守っていたと言ってほしいですね」
声はすでに青蜥蜴のものだ。
兄の顔で声だけは全くの別人。妙な具合だ。
そんなふうに違和感を生じさせている雪森には構わず、美登理は今度は銃口を青蜥蜴に向けた。
「あなた、とことん私のやり口に反対するつもりのようね?」
内輪揉めだ。
「歯向かう気?」
「あの人達の意志を無駄にするおつもりですか? 」
「仕方ないと許してくれるわ」
「どうでしょうかね」
青蜥蜴は降参するように両方の手を挙げた。
「単なる金儲けに使うなんて、どこかの腹黒と大差ないですよ」
後ずさりながらも、抜け目なくぎらぎらと瞳を光らせ、青蜥蜴は姉の隙を諮っている。
「同志を集めるのが、本来の目的のはずよ。そのための資金が必要なの」
「だからといって」
「綺麗事なんて聞きたくないわ」
美登理はいらいらと踵を踏み鳴らす。キッと目を吊り上げ、前髪の下から鋭く睨みつけた。
「その腹黒い金で家やらアパートメントやらを買い漁って、アジトにしてるでしょう。あなたも同罪よ」
「しかし」
「そもそも、あなただってどうなの?こんな子供に手を出しておいて。陰で見守る? よく言えたものね。結局、自分の欲には勝てなかったじゃないの」
「それは」
「人のこと言えて?」
青蜥蜴が口籠ったことで、形勢逆転だ。
美登理はふふんと鼻で笑うと、ようやく溜飲を下したのか、得意満面となった。
大股で雪森に近づき、おもむろに顎を掴んで上向かせる。
蛇を彷彿とさせる目で射抜かれ、雪森は身が竦んだ。
「確かに可愛い顔してるけど。私から言わせれば、青臭い、世間知らずのお坊ちゃんよ」
忌々しく舌を一つ打ち、ドンと胸を突き飛ばす。
弾みでよろけ、雪森は二、三歩退いた。
いつか屋敷で停電になったとき、背後から物凄い力で引かれたことがあったが、あれは美登理であったと、今になって確信を持つ。
「牢にぶちこんでおきなさい」
吐き捨てられた命令に従ったのは、青蜥蜴に殴りつけられた男だ。頷くなり素早い動作で雪森の首を背後から締めつけた。青蜥蜴に劣らず物凄い力だ。思わず咳込んでしまう。
「この恋狂いも一緒よ。絆されて、鍵でも開けられちゃ堪らないわ。頭が冷えるまで、放り込んでおくのよ」
その一言で、美登理に付き従っていた残る三人が、青蜥蜴の背後に回るなり羽がい締めにした。男らは、申し訳なさそうに青蜥蜴の顔色をいちいち伺っている。
そんな青蜥蜴は一切の抵抗を見せず、大人しくさせるがままになっていた。
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