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逃走劇
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劇場は六階建てのコンクリートビルディングで、てっぺんに拵えられた塔の先が天を向いていた。真っ暗闇の中、探照灯が空へ放たれた。照らし出されたその部分に、ちらちらと何やら黒い物が横切った。
「あそこを見ろ!」
見物人の誰かが指をさす。
一斉に人々の目が、塔の柱に向く。
青蜥蜴が柱に凭れかかり、まるで声援を受ける二枚目のように手を振っていたのだ。
「観念しろ、青蜥蜴!」
階段を駆け登った大河原は、屋根の真下にある窓から身を乗り出し、怒鳴った。
本来ならその部屋から屋根へと続く鉄階段があったはずだが、抜け目のない悪党はちゃんとその階段を外し、どこかに片付けていた。出入り口も蓋をして開かないようにしてある。
目と鼻の先にいる悪党に手が届かない大河原は、歯噛みする。
「わざわざ警視庁に予告状を出して、我々をおびき寄せおって。青蜥蜴、貴様、何を考えておるんだ」
大河原を筆頭に警官らが口々に野次を飛ばす。
青蜥蜴はどこ吹く風で、顔を覆っていた布を取り払った。汗びっしょりで、前髪が額に張り付いているものの、覆面から覗く目は爛々としている。
「こそこそと私の居所を捜している事態ではなくなったというわけですね。確かに、ここで私が騒動を起こせば、明日の朝刊は賑わう。青蜥蜴の脱獄をあっさり許した間抜けな警察としてね。面子に関わっている場合ではありませんね」
「やかましい」
大河原はハンカチをくしゃくしゃに握った
「よくも、この間は偽物を掴ませてくれましたね」
「何だと」
「観音像の左手、あれは酷く出来の悪い模造品だ。あんなもので、私の目が欺けると考えていたのですか」
とうとう、くしゃくしゃのハンカチを壁に叩きつける。
「残念でしたが、もうちゃんと本物の所在は掴んでいますよ」
ニタリといやらしく口元が歪んだ。
「わざと罠に引っ掛かって、あなたがた警察を油断させた甲斐があるというものです」
青蜥蜴は手を天に突き出す。
真下の探照灯係がいち早く気付き、そこに光を当てた。
青蜥蜴の手の先には、アドバルーンの垂れ幕がある。
『青蜥蜴、参上!』
まさしく言葉通りだ。
「大河原警部、あれを!」
光に照らされた青蜥蜴が、どんどん上へと昇っていった。
夜空を、丸い風船がゆらめいている。青蜥蜴は塔に括りつけられていたアドバルーンの紐を切り、空へと逃げたのだ。
「あんなアドバルーン、うちは上げた覚えがないぞ」
大河原と行動を共にしていた劇場のオーナーが、頭を抱えた。
月に照らされた銀の玉は、闇に紛れてさらに上昇し、比例して玉がどんどん小さくなっていく。
青蜥蜴の姿は最早、判別しない。
月と同じくらいに、やがて野球ボールのように、見る間に遠く彼方へ。
「おそらく、青蜥蜴が逃走の手段として、あらかじめ用意しておったんですな」
青蜥蜴、参上。悪党は例に漏れず、今回もちゃんと予告をしていた。
大河原は苦虫を噛み潰した顔になる。
しかし、すぐさま思い直したように、ハッと背後に控える大勢の部下に向き直った。
「だが、ガスが抜ければ、否が応でも地上に落ちてくる。あの方向に包囲網を張れ! 所轄に連絡を入れろ!」
散り散りに警官が群衆を押し退け、劇場を出て行く。
いっぺんに押し寄せて来た詰襟の集団にもみくちゃにされた雪森は、咄嗟のことで声すら出せなかった。
あっと思ったときには、大河原も同じように集団の一人として走り去っていた。
違う。あれは青蜥蜴じゃない。
直感したのは、雪森ただ一人だ。
「あそこを見ろ!」
見物人の誰かが指をさす。
一斉に人々の目が、塔の柱に向く。
青蜥蜴が柱に凭れかかり、まるで声援を受ける二枚目のように手を振っていたのだ。
「観念しろ、青蜥蜴!」
階段を駆け登った大河原は、屋根の真下にある窓から身を乗り出し、怒鳴った。
本来ならその部屋から屋根へと続く鉄階段があったはずだが、抜け目のない悪党はちゃんとその階段を外し、どこかに片付けていた。出入り口も蓋をして開かないようにしてある。
目と鼻の先にいる悪党に手が届かない大河原は、歯噛みする。
「わざわざ警視庁に予告状を出して、我々をおびき寄せおって。青蜥蜴、貴様、何を考えておるんだ」
大河原を筆頭に警官らが口々に野次を飛ばす。
青蜥蜴はどこ吹く風で、顔を覆っていた布を取り払った。汗びっしょりで、前髪が額に張り付いているものの、覆面から覗く目は爛々としている。
「こそこそと私の居所を捜している事態ではなくなったというわけですね。確かに、ここで私が騒動を起こせば、明日の朝刊は賑わう。青蜥蜴の脱獄をあっさり許した間抜けな警察としてね。面子に関わっている場合ではありませんね」
「やかましい」
大河原はハンカチをくしゃくしゃに握った
「よくも、この間は偽物を掴ませてくれましたね」
「何だと」
「観音像の左手、あれは酷く出来の悪い模造品だ。あんなもので、私の目が欺けると考えていたのですか」
とうとう、くしゃくしゃのハンカチを壁に叩きつける。
「残念でしたが、もうちゃんと本物の所在は掴んでいますよ」
ニタリといやらしく口元が歪んだ。
「わざと罠に引っ掛かって、あなたがた警察を油断させた甲斐があるというものです」
青蜥蜴は手を天に突き出す。
真下の探照灯係がいち早く気付き、そこに光を当てた。
青蜥蜴の手の先には、アドバルーンの垂れ幕がある。
『青蜥蜴、参上!』
まさしく言葉通りだ。
「大河原警部、あれを!」
光に照らされた青蜥蜴が、どんどん上へと昇っていった。
夜空を、丸い風船がゆらめいている。青蜥蜴は塔に括りつけられていたアドバルーンの紐を切り、空へと逃げたのだ。
「あんなアドバルーン、うちは上げた覚えがないぞ」
大河原と行動を共にしていた劇場のオーナーが、頭を抱えた。
月に照らされた銀の玉は、闇に紛れてさらに上昇し、比例して玉がどんどん小さくなっていく。
青蜥蜴の姿は最早、判別しない。
月と同じくらいに、やがて野球ボールのように、見る間に遠く彼方へ。
「おそらく、青蜥蜴が逃走の手段として、あらかじめ用意しておったんですな」
青蜥蜴、参上。悪党は例に漏れず、今回もちゃんと予告をしていた。
大河原は苦虫を噛み潰した顔になる。
しかし、すぐさま思い直したように、ハッと背後に控える大勢の部下に向き直った。
「だが、ガスが抜ければ、否が応でも地上に落ちてくる。あの方向に包囲網を張れ! 所轄に連絡を入れろ!」
散り散りに警官が群衆を押し退け、劇場を出て行く。
いっぺんに押し寄せて来た詰襟の集団にもみくちゃにされた雪森は、咄嗟のことで声すら出せなかった。
あっと思ったときには、大河原も同じように集団の一人として走り去っていた。
違う。あれは青蜥蜴じゃない。
直感したのは、雪森ただ一人だ。
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