【完結】失恋した消防士はそのうち陥落する

晴 菜葉

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 橋本の大きな掌へ、上から下へと細くジェルが垂れ落ちる様を、俺は黙って見ていた。
 でも、このままでは退屈だから、取り敢えず爪先でちょいちょいと橋本の下着の中心を突っついてやる。俺のとは比べ物にならない質量だ。
 本当にこんなの入るのか?まあ、女の穴から赤ん坊の頭が出てくるんだから、余裕なのか?
 って言うか、男は?そんな機能あったっけ?駄目だ。ない知識はない。俺の人生において、男とのセックスは一切の関わりを持たなかったんだから。
 無意味に悪戯する俺に、ジロリと垂れ目が睨んでくる。
 こいつ、学生の頃は絶対やんちゃしてただろ。って疑うくらい、睨みがきつい。
「この小悪魔」
「だから、何なんですか。それ」
 誰が小悪魔だ。
「行くぞ」
「は、はい」
 真顔で気合いなんか入れるから、つい、仕事の調子で答えてしまった。
 それが、やつに何かよくわからない火をつけたらしい。目つきが変わる。
「うっ……何?」
 ジェルまみれの橋本の指が尾てい骨をなぞったかと思えば、つつつーと下がり、割れ目を弄る。
 まさか、そこ?冗談だろ?
 勘弁して。懇願の眼差しを橋本に向ければ、やつは何を勘違いしたのか、熱っぽい息を吐き、何と指を二本に増やした。ずるずると、まるで生き物のように粘膜を擦りながら、どんどん奥に入っていく。
「おい、小悪魔。まさか、初めてか?」
「あ、当たり前だろ」
「よくそんなんで煽ってきたな」
「別に煽ってねーし……あぅ」
 急に指をふやすな。三本の指がさらに狭道をこれでもかと拓いて、さらに先へと進む。ぐちゃぐちゅと卑猥な水音と、時折漏れ出る俺の掠れた声。橋本の息遣い。
「あ……ちょっと……それは……」
 さすがに指四本はきついだろ。苦しくて眉間に縦皺を寄せたら、願いが通じたのか、一気に指が抜かれた。
 あー、死ぬかと思った。でも何か、尻に空洞が出来たままみたいで、エアコンの風が入り込む感じ。
 取り敢えず呼吸を整えようと大きく息を吸って、吐く。そんな俺の耳が、何やらよからぬ音を捉えた。ピッと微かにパッケージを破る音。
 チラリと橋本の方を向けば、二つ目のジェルを掌で受けているところだった。
「嘘だろ」
 まだ、続くの?
 俺の無言の問いかけに、橋本は黙って頷く。
 腸内は得体の知れない異物を受け入れ難く、四本の指が好き勝手にそれぞれ蠢いて、胃が上に押し上げられ、吐き気を催す。
 仰向けの姿勢のせいで、油汗が額からこめかみへと幾筋も伝い、白いシーツに斑点を作った。油汗に混じって、涙と鼻水まで。
 ジェルを足されたせいで、水音がさらに大きい。
 もう、マジで勘弁して。膝から下は曲げられ、ひたすら快楽を煽る指遣い師の肩に乗せられ、丸見えの状態。屈辱だ。
 心なしか、橋本の目元が色づく。
 シュルシュル、と蛇のような動きで指が引いた。
 やっと終わった。全身の気力ごと、橋本の指に持っていかれる。
 ふっと、力が抜ける。
 そのときだった。
「ひいっ!」
 喉がひくつき、体がしなる。
 いきなりは、反則。
 指なんか比じゃない。灼熱の塊が、空洞をこれでもかと埋める。な、何だこれ。熱い。熱くて熱くて堪らない。せっかく広げたのに、まだ足りない。ぎちぎちと、皮膚が引っ張られる。これじゃあ、破れる。
「痛い痛い痛いってば!バカ!」
 痛くて痛くて、闇雲に、手当たり次第、そこいらを拳で殴りつける。
 それなのに、離されるどころか、腰に手を回され、引き寄せられ、繋がりがより深くなる。深淵まで一気に貫かれた。
「息吐くんや、笠置」
 無理。
「い、一旦抜くか?」
 駄目。
 今、抜かれたら、腸ごと持って行かれそう。そんなわけないけど。マジで怖い。
「どうしたらええ?」
 いい年したおっさんが、半泣きになるな。泣きたいのは、こっちだ。
「と、取り敢えず……キス……キス……して下さい」
 息も絶え絶えに、女の子相手のなけなしの知識をひけらかし、俺は目の前のおっさんに命令する。
「お、おう。わかった」
 この、肝心なところでヘタレ野郎が。
 橋本は俺の言いなりに、唇に吸い付いてきた。俺は知識は生かす主義だ。つい今しがたの橋本から受けた舌遣いの通り、舌の先端を尖らせ、相手の舌に絡んでやる。互いの唾液が糸を引き、飲み下し、より絡む。
「やっぱ、小悪魔」
 キスの合間に橋本が呟く。
「だ、誰が……小悪魔っ……あぅ……」
 いきなり、大きさ変えるなよ。きつい。
 ぴちゃぴちゃと跳ねるようなキスの音を繰り返すうち、だんだん強張りが解れてきて、頑なだった体内の力が緩む。
 それを逃さず、橋本が一気に貫く。
「あ、あああ!」
 びりびり、と電気が走る。
「やあ、ちょっと!」
 眼前で星が瞬く。
「ここやな」
 何やら橋本は掴んだようで、ガンガンに攻め入ってきた。
「あ…あ…ああ……待って……」
 幾ら体が慣れてきたからって、いきなり過ぎ。
 まさに、獣の交尾。子孫を残すためだけに、ひたすら腰を振って、雌の理性を奪ってふらふらにする。快楽なんて二の次だ。
 何かに捕まっていないと、振り落とされる。前後、上下、左右。法則なく滅茶苦茶揺すられる。ひっきりなしのベッドの軋み。シーツがずれ落ち、マットレスが剥き出しになる。皮膚のぶつかりあう音。飛び散る汗。雌は雄を取り込み、粘膜を絡み付かせ、締め上げる。
「くっ……。笠置……」
 ひたすらの締め付けに、呻いて、橋本は眉間にきつく皺を寄せる。苦悶の表情。瞼は開かない。歯を食い縛り、隙間から漏れるのは獣の唸り。気持ち良いなんて生温いものじゃない。
 まさに、生きるか死ぬか。
「もう、俺……」
 喉奥で重低音が響く。
「ああ……あ……俺も……」
 体が弓形にしなる。
 そんな俺の唇に、橋本のものが再び重なる。乾燥し、カサカサに荒れた唇は、身形を気にするこいつらしくない。
「笠置……」
 耳元を掠める心地よい響き。
 体内に埋め込まれた杭が、小刻みに震えた。
 同時に俺も欲望を手放した。








 

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