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「ふうん。桜庭、結婚すんのか」
単純な俺は、早速、仮眠時間に入ると橋本に報告した。
衝撃を誰かと共有したくて仕方なかった。
しかし、返ってきたのは素っ気ない反応。
仮眠室の薄っぺらい煎餅蒲団にごろんと横になると、橋本は興味なさそうに瞼を閉じる。
挫けず俺は続けるぞ。
「亜里沙ちゃんのお父さん、結婚資金溜めるのに頑張ってるらしくて。ほぼ二十四時間サイクルで仕事入れてるらしいですよ」
「あ、そう」
「コンビニでしょ。それからファミレス。それからガードマンやって、その後で新聞配達。で、帰ってから掃除屋のバイト」
「そのうち過労死するんちゃうか」
会話を続けるうちに、気まずかった雰囲気が払拭されていくのを肌で感じた。
元通りにいけるかも知れない。
「新聞配達……」
「橋本さん?」
いきなり橋本が跳ね起きた。かと思えば、ロッカーの前に無造作に放り投げてあったスポーツバッグをごそごそ漁る。そんな橋本の背中を訝しむ俺に、住宅地図を突き出してきた。
「これ、見てみろ」
地図を広げながら、点在する×印を一つ一つ指で差す。
「不審火の起こった現場や」
主に七福市の北側のエリアに集中している。
「一見すると法則性もなく広範囲に渡ってるように見えるけど、どれも毎朝新聞七福北営業所の配達エリアや」
「何であんたがそんなこと知ってるんですか」
「高校んとき、バイトしてたからな」
「そうですか。仰る通り、不審火は地元の住人しか知らないような生活路で、ゴミ捨て場とか空き地とか人のいない目立たない場所が多いですね」
「蕎麦屋九庵を除いてな」
しばらくじっと地図を睨んでいた橋本だったが、ふと思いついたようにスマホをいじり始める。どこに電話を掛けるつもりだ。時間は深夜二時三十分。一般的には非常識な時間帯だぞ、おい。
「あの、何を?」
なかなか出ない電話にいらつき出した橋本に、恐る恐る問いかけてみる。
「営業所に配達員全員の情報回してもらうよう頼むんや」
面倒臭そうな早口の答えがきた。
「無理ですよ。守秘義務とか何とかあるんだから」
眉をひそめる俺を遮り、ようやく電話に出た相手に橋本は溌剌と話始めた。
「ああ。辰雄?俺や、俺、俺」
「全く、もう」
オレオレ詐欺だよ、その言い方は。
相手も迷惑しているに違いない。営業所は現在、新聞配達の準備に追われて、てんてこ舞いしているだろう。誰が厚かましい頼みに耳を傾けるか。幾ら営業所に関係者が勤めているとしても。そもそも、個人情報流したら駄目だから。
しかし橋本は仮眠室を出ると事務室に直行する。交替で仮眠を終えたばかりの他の隊員が、いきなり入ってきた橋本にどうしたどうしたと目を丸くした。日浦さんに至っては、また俺に何かやらかしたのかと大っぴらに口に出した。
それに対しあっさり一言「何も」と返した橋本は、送られてきたパソコンデータに目を通す。
「嘘だろ」
束になったプリントアウトの内容に頭を抱えた。
「また何か脅したんですか」
そこには、さすがに個人情報が黒塗りされたものが、びっしりと書き込まれている。橋本の交友関係がわからない。
「おい、戻んぞ」
俺の尻を平手で一発叩くと、強引に事務室から連れ出す。呆気にとられる隊員を置き去りにして
だから、まだ傷が治ってないから。今は薬で抑えてるだけだから。
単純な俺は、早速、仮眠時間に入ると橋本に報告した。
衝撃を誰かと共有したくて仕方なかった。
しかし、返ってきたのは素っ気ない反応。
仮眠室の薄っぺらい煎餅蒲団にごろんと横になると、橋本は興味なさそうに瞼を閉じる。
挫けず俺は続けるぞ。
「亜里沙ちゃんのお父さん、結婚資金溜めるのに頑張ってるらしくて。ほぼ二十四時間サイクルで仕事入れてるらしいですよ」
「あ、そう」
「コンビニでしょ。それからファミレス。それからガードマンやって、その後で新聞配達。で、帰ってから掃除屋のバイト」
「そのうち過労死するんちゃうか」
会話を続けるうちに、気まずかった雰囲気が払拭されていくのを肌で感じた。
元通りにいけるかも知れない。
「新聞配達……」
「橋本さん?」
いきなり橋本が跳ね起きた。かと思えば、ロッカーの前に無造作に放り投げてあったスポーツバッグをごそごそ漁る。そんな橋本の背中を訝しむ俺に、住宅地図を突き出してきた。
「これ、見てみろ」
地図を広げながら、点在する×印を一つ一つ指で差す。
「不審火の起こった現場や」
主に七福市の北側のエリアに集中している。
「一見すると法則性もなく広範囲に渡ってるように見えるけど、どれも毎朝新聞七福北営業所の配達エリアや」
「何であんたがそんなこと知ってるんですか」
「高校んとき、バイトしてたからな」
「そうですか。仰る通り、不審火は地元の住人しか知らないような生活路で、ゴミ捨て場とか空き地とか人のいない目立たない場所が多いですね」
「蕎麦屋九庵を除いてな」
しばらくじっと地図を睨んでいた橋本だったが、ふと思いついたようにスマホをいじり始める。どこに電話を掛けるつもりだ。時間は深夜二時三十分。一般的には非常識な時間帯だぞ、おい。
「あの、何を?」
なかなか出ない電話にいらつき出した橋本に、恐る恐る問いかけてみる。
「営業所に配達員全員の情報回してもらうよう頼むんや」
面倒臭そうな早口の答えがきた。
「無理ですよ。守秘義務とか何とかあるんだから」
眉をひそめる俺を遮り、ようやく電話に出た相手に橋本は溌剌と話始めた。
「ああ。辰雄?俺や、俺、俺」
「全く、もう」
オレオレ詐欺だよ、その言い方は。
相手も迷惑しているに違いない。営業所は現在、新聞配達の準備に追われて、てんてこ舞いしているだろう。誰が厚かましい頼みに耳を傾けるか。幾ら営業所に関係者が勤めているとしても。そもそも、個人情報流したら駄目だから。
しかし橋本は仮眠室を出ると事務室に直行する。交替で仮眠を終えたばかりの他の隊員が、いきなり入ってきた橋本にどうしたどうしたと目を丸くした。日浦さんに至っては、また俺に何かやらかしたのかと大っぴらに口に出した。
それに対しあっさり一言「何も」と返した橋本は、送られてきたパソコンデータに目を通す。
「嘘だろ」
束になったプリントアウトの内容に頭を抱えた。
「また何か脅したんですか」
そこには、さすがに個人情報が黒塗りされたものが、びっしりと書き込まれている。橋本の交友関係がわからない。
「おい、戻んぞ」
俺の尻を平手で一発叩くと、強引に事務室から連れ出す。呆気にとられる隊員を置き去りにして
だから、まだ傷が治ってないから。今は薬で抑えてるだけだから。
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