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 その日の夕食は、火が通り過ぎて真っ黒のハンバーグだった。
 家では全く料理をしないらしい橋本は、自炊当番の日は決まってカレーで、凝った料理など出したことがない。当然、惨憺たるものだった。
 何があったのか薄々勘づいているらしい面々は、橋本の腕前を酷評し、いつも通りに和気あいあいと振る舞う。
 そんな残るメンバーの気遣いが逆にいたたまれず、箸が進まなかった。
 下半身の痛みは、橋本からの薬のおかげで、どうにかこうにか落ち着いている。
 日が暮れ、夜間の出場に備えてライト等を点検する日夕点検の後、食堂に再び集まってこの日の当番隊全小隊が集合してミーティングを行う。この日起こった出場やこれから翌朝にかけての特記事項を報告する。それを終えたときには、すでに時計は午後九時を示していた。
「おーい、笠置。客だぞ」
 事務室でその日にあった出場の記録を苦労しながら仕上げていると、隊長が勝手口から大声で呼んだ。
 夜間なので、近所迷惑なほどよく声が通る。
 来訪には随分遅い時間だ。
 首を傾げ、頭の痛い仕事から早々に手を引くと、俺は事務室を出た。
 勝手口には、淡い水色のスプリングコートを身に付けた女性が、菓子折りを下げて立っていた。
「麗子さん」
 そろそろ化粧を落とす時間に入っているものの、相変わらず彼女は化粧崩れなどちっともなく、見事に造作している。
 麗子さんは微笑んだ。
「亜里沙ちゃんを助けてくれたお礼、ちゃんと言ってませんでしたから」
 先日の呼び出しは、先に好奇心が勝つ台詞で始まり、途中で橋本の横槍が入ってうやむやになってしまった。律義に彼女は頭を下げに、わざわざ仕事帰りに大黒谷署に寄ったというのか。
「先生ね、私のお母さんになるのよ」
 唐突に、麗子さんの真後ろから笑顔が覗く。
「亜里沙ちゃん!」
 常に無表情で能面のようだったのに、今夜の亜里沙は酷く上機嫌で、子供特有の無邪気さが全面に溢れている。初対面での陰気さはそこにはない。目をきらきらさせて、彼女は衝撃発言をしたような。
 間違いかと首を捻った。
 麗子さんは、恥ずかしそうに頬を染めた。
「彼がプロポーズしてくれて。それまで散々悩んだけれど、これで決心がつきました」
 病院で見た母子そのものの雰囲気は、どことなく異質だと感じていたが、やはり裏には想像を越えた事情があったのだ。亜里沙は麗子さんの手をしっかり握っている。 
 遠慮がちな仕草など最早、微塵もない。
「パパが仕事だから、先生と一緒にご飯食べに行ってたの。消防士さん、先生に振られて残念ね」
 小学生に下心をすっかり見透かされ、カーッと頬が上気する。麗子さんが夜遅くに寄った理由も同時に判明した。食事のついで、だ。
 亜里沙の父がプロポーズするまで、麗子さんの中で選択肢は幾つもあったのだろう。しかし、最終的に選んだのは俺ではなく亜里沙の父。亜里沙は勝ち誇ったようにくすくすと笑った。
 
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