【完結】失恋した消防士はそのうち陥落する

晴 菜葉

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「あの……。笠置さんって、上司の方とお付き合いされてるんですか?」
 前振れもなく何なの!
 いきなり核心をついた質問に、珈琲が気管に入って噎せ返った。
 苦しそうに何度も咳をする俺の言葉の続きを、桜庭麗子先生は真剣な目で待っている。
 ひとしきり咳込み、何とか落ち着いた。はあっと大きく息を吐いて、手の甲で唾液を拭う。
「な、ななななな何のことですか?」
 突拍子もない質問に目が白黒となる。
 どこからそんな話が出た。
 水の入ったコップを一息に煽った。
「私、見ちゃったんです」
 麗子さんが顔を突き出してくる。近い、近い。俺にだけ聞こえるようにひそめた。
「あなた方が神社でキスしているところを」
 見られてたの、あれ!
 危うく口の中にあった水を吹きかけた。
 げほげほげほと大きく咳込む。
 まさか目撃されているとは思わなかった。
「や、やだなあ。あれはあの人の悪ふざけですよ。ああいう冗談が好きな人なんです。あはははは」
「そうかしら?」
「そうです、そうです。もう、麗子さんは。やだなあ」
 あはははははは。乾いた笑いしか出てこない。
 せっかくの呼び出しの内容がこれかよ。
 昨日からの疲れが思い切り肩に重く沈んだ。食事の誘いに浮かれていた自分が馬鹿に思えてくる。
 昼間のカフェは休憩時間にはまだ早く、店内の客といえば買い物帰りの主婦や営業の合間に寄ったらしいサラリーマンのみで、日曜日と比較すると随分静かだ。
 古民家を改築したような内装は和風で、桐箪笥や革張りのソファや一枚板のテーブルが品よく配置されている。
 オレンジの薄暗い照明が、麗子さんの物憂げな顔に影を落とす。彼女はテーブルの上で両手を組むと、小刻みに震わせた。
「笠置さん。実は今日は相談が……」
 思い切ったように、彼女が顔を上げた。
「はい、そこまで」
 いきなり、顔面にバンと何かがぶつかる。
 だから、何なの!
 ひりひりする鼻面を擦りながら、テーブルの前で顔を真っ赤にしてぶるぶる震える橋本と目が合った。
 かなり機嫌斜めで、俺に叩きつけた伝票ホルダーを、今度はテーブルの端にバンバン当てている。
「非番やからって、気い緩め過ぎ」
「な、何なんだよ。あんた」
 せっかくの麗子さんとの逢瀬を邪魔される謂れはない。
 文句を垂れると、再び伝票の一撃を顔面に食らった。
「ちょお、来い」
 おもむろに掴まれた腕を思い切り引っ張られ、そのままずんずんと出口まで連行される。有無を言わせぬ力は桁外れで、肩が脱臼しそうになる。
「ちょ、痛い。痛いって」
 呆気にとられたその場の店員及び客一同には一切目もくれず、橋本はレジ係に向かって片手で器用に財布を開けると、中からカード一枚取り出す。
「ちょっと、橋本さん。麗子さんがまだ向こうに」
「あそこの席の分も、払っとくから」
 麗子さんのいる席を顎でさす。俺の不満などハナから無視だ。
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