【完結】失恋した消防士はそのうち陥落する

晴 菜葉

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「救助活動。大黒谷救助。応援命令。中央高速道路、寿老ジャンクション付近。普通車と大型トラック数台が絡む交通事故」
 三度鳴る警報音の直後の放送に、特別救助隊藤田班の全員に緊張が走る。
 それまで、日浦さんからの差し入れの蔦屋の豆大福を賞味する、つい数日前の険悪さなどまるでなかったかのような和気あいあいとした空気が、一気に消し飛んだ。
「事故車両が道路を塞いでおり、通常経路での進入不可。上下二区間の全線通行止めは完了しているので、大黒谷救助は福禄入路を西行きに向かって下さい」
「行くぞ!」
 隊長声を張り上げた。
「はい!」
 同時にその場にいる全員が腹から声を出す。スイッチが切り替わり、気合いが入る。
 けたたましいサイレンの音が響き渡り、車庫から救助工作車が赤色の回転灯を回して出発した。隊長が足元のスイッチを踏みつけ、往来の車に向かって警告のサイレンを轟かせた。
「緊急車両、通過します!」
 堂島がマイク越しに怒鳴る。
 車両が加速する。
「大黒谷救助、福禄入路、西行き、進入」
 指定通りに高速道路の福禄入路まで来ると、隊長が無線で総合指令室に伝えた。
 閉鎖されているだけあって、自動車一台見当たらず、静まり返っている。
 しかし、どんどん進んで本線に合流した途端、びっちりと道幅いっぱいに車が停止し、大渋滞を引き起こしていた。
 藤田隊長がサイレンを鳴らし、堂島がマイクで呼びかければ、何とか車が左右に寄って、一台分の隙間が出来上がる。運転する橋本は注意深く抜けていくが、じわじわとしか動きがなく、なかなか前へ進めない。
「笠置、来い!」
 焦れた隊長が車から降り、隊長の随行員である三番員を手招きした。
 慌てて隊長の背中を追う。大柄な隊長は見かけによらず動きが俊敏で、かなりの速さだ。
 ゼエゼエと肩を上下させて激しく呼吸する俺とは対照的に、息一つ乱れていない。
「大黒谷救助から指揮担当!」
 無線にて現場にいる指揮に指示を仰ぐ。
「要救助者が四。先着の救急隊により重傷者搬送中」
 指揮隊からの言葉通りに、目の前から救急車のサイレンが近づいてくる。現場はまもなくだ。救急車と擦れ違った隊長は、あっと声を引き攣らせた。渋滞の先頭に来たのだ。
 そこは、異様な光景だった。
 大型のトレーラーが横転し、中型のトラックの前方がぐちゃぐちゃに潰れている。
 トラックの脇には、最早、原型を留めていない普通車が、前を走っていたであろうミニバンの後部にぶつかり、ミニバンはその衝撃を受けて中央分離帯にぶつかって、前後が潰れてしまっている。
 ミニバンに挟み込まれた運転席及び助手席の計三名は、先着のレスキュー隊による救出が始まっていた。
 中型トラックの運転席では、男性が頭から血を流してハンドルに身を預けてぐったりしている。運転席に強く挟み込まれているので力ずくでは引っ張り出せない。
 橋本の乗る工作車が、ようやく到着した。
「積み荷に気をつけろ。化学薬品だ」
 指揮隊からの情報を的確に隊長は伝え、厳しい目を向ける。
「引火の可能性がある。あんまり近寄るな」
 ひええ。マジかよ。足が竦む。
「化学車が十分後に到着の予定だ。引火するからカッターは使えない。人力で行くぞ」
 隊長の指示に、小さく頷くしかない。間もなく一年となる経験が嘘のように、毎日がハードに過ぎていく。
 命の危険ぎりぎりに晒され、それでも三番員の体力要員としての任務をこなさなければならない。
「畜生おおおおおおお!」
 ヤケクソで叫ぶと、差し込んだジャッキを顔を真っ赤にさせて上げる。
「猿みてえ」
うるさい、鉄仮面。いつも無口なくせに、こんなときに限って喋るな。
 不謹慎な堂島の呟きにいちいち突っ掛かっていられるほど余裕はない。
「くそおおおお!」
 鉄仮面め、覚えてろ!心の中でこれでもかと呪ってやる。
「よし!そのまま固定!」
 掛け声と共に、運転手がようやく車内から救出される。
 百二十パーセントの力を出し切った俺は、ぐにゃぐにゃとあらゆる筋肉がゼリーのように変化したような感覚で、その場にどすんと尻餅をついた。
 精も根も尽きたとは、まさにこのことだ。
 救急隊との遣り取りをする隊長を横目に、汗まみれの前髪を撫でて払う。
「ん?」
 いやに静かだ。
 見上げた空は澄み渡っているものの、鳥の羽ばたき一つない。
 空気がおかしい。
 何となく路面に染みだした液体に目を向けた。
「やばっ」
 はっと顔を強張らせたときには、爆風に打ちつけられていた。
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