【完結】失恋した消防士はそのうち陥落する

晴 菜葉

文字の大きさ
上 下
13 / 56

13

しおりを挟む
 蕎麦屋九庵の前まで来ると、喉を焼く程の熱風が全身に吹き掛かる。思わず顔を歪め足を止めた俺とは対照的に、煙の彼方にいる他の隊員は物怖じせず破壊斧を振り回している。
「畜生おおおお!」
 拳で己の胸をドンと叩いて気合いを一発。
「そこ、気をつけろ!天井が崩れる!」
 珍しく鉄仮面が、遅れて入ってきた俺に向かって声を張り上げる。男臭い、野太い声だ。
 直後、剥がれ落ちた天井が、足先ギリギリ十センチ手前で轟音を上げた。
 危なかった。
 もし鉄仮面の声がなければ、確実に瓦礫の下にあっただろう。
 炎の手は今にも天井板を取り込まんばかりに広がりをみせ、剥き出しの梁は黒く焦げている。隊長らは奥へ奥へと進み、その先にある扉のノブを慎重に捻る。
 扉が開いた場合を想定して、死角になる部分に慌てて身を隠した。日浦さんと鉄仮面も同じように屈んで、来るであろう爆発の衝撃に備えた。
「行くぞ!」
 隊長の掛け声と共に開いた扉から、炎の塊が外にけたたましい音を上げて一気に爆風共々噴き出す。風圧で、体がよろめいた。直撃は避けたが、灼熱と化した煙が燻り、体力を奪う。熱くて堪らない。
「よし!」
 ある程度の様相を鑑みて、隊長を筆頭に中に入る。扉の先は住居となっており、四畳半の和室の中央に卓袱台が置かれ、その上には蛍光灯が今にも落下しそうに大きく左右に揺れている。
「誰かいるか、返事しろ!」
 日浦さんが緊迫した声を通らせ、しきりに辺りを注意深く睨みつけては、まだ見ぬ要救助者の姿を捜す。
 誰かに呼ばれた気がしてふと顔を上げた。
 喉奥で息が詰まる。
 天井板が僅かにずれ、そこから白い煙が細く漏れていた。子供一人分なら通り抜けられる隙間。第六感が働いた。
 卓袱台に飛び乗った俺は、背伸びして天井の板を外す。ベニヤの薄さで、簡単に板が剥がれた。白い手首が垂れ下がった。
「いた!」
 手首を掴むや、一気に引き摺り落とす。 
 途端、急激に重みが掛かって、足元がぐらつき、卓袱台に乗った踵が滑って、尾てい骨を畳に打ち付けた。
「要救助者、発見!」
 叫ぶ俺の言葉に、隊員らが一斉に駆け寄ってきた。
 胸の中の重みは、まだ小学生の少女だ。 
 逃げる際に煙をたっぷりと吸いこんだため、意識がない。
「何だって、こんなところに」
「おそらく、気が動転して、とにかく煙のないところへと思ったのかも」
 俺の疑問に日浦さんが憶測を重ねる。
「もう大丈夫だ。俺達が来たからな」
 隊長は意識のない少女の頭をぐしゃぐしゃに撫で回すと、俺の胸から少女の体を奪い、ひょいと軽々抱え上げる。
「頑張れ、もうすぐだ」
 混濁する意識と戦う少女を励ましながら、隊長は出口を目指す。
 ポンプ隊が作りあげた進入路は、なおも勢いを増す炎によって行く手を阻み、救出者を閉じ込めようとする。
「大丈夫ですか!」
 キャフスを抱えた橋本さんが飛び込んできた。
「俺達は大丈夫だ。こいつを援護してくれ」
 隊長から指示を受けた橋本は、震えの止まらない俺に大きく舌打ちを投げつける。
「面倒かけんなよ」
 燃え盛る炎の轟く空間の中、鼓膜がミシミシという音を捉えた。
 あっと目を見開く俺の腕を凄まじい力で引いた橋本のお陰で、間一髪で天井の下敷きになる災難を逃れた。
 今にも触手を伸ばして体を呑み込まんとする炎に、橋本が筒先を構える。
 泡と水の混じる柱が、またもや崩れ落ちる天井に向いた。
 瞬間、炎の塊となる。
「うわあっ!」
 悲鳴を上げるなり、俺のは一足飛びで崩れ落ちる天井から退いた。
 先程と同じ光景だ。水を掛けて発火する。火種になるようなものは見当たらない。たかだか天井の板だ。
「死にたいんか、ボケ!」
 口をあんぐりと開いたままその場に突っ立ってしまった俺に罵声を浴びせると、橋本は拳骨を一発脳天にぶちかましてきた。容赦ないな。出口へと走り出す。
「くそーっ、馬鹿力が」
 手加減なしに殴りつけられて、あまりの痛みで目がちかちかした。
「早よ来い!」
「は、はい!」
 すぐさま、ぶるぶると首を横に振ると、意識を退避することのみに集中させた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】運命さんこんにちは、さようなら

ハリネズミ
BL
Ωである神楽 咲(かぐら さき)は『運命』と出会ったが、知らない間に番になっていたのは別の人物、影山 燐(かげやま りん)だった。 とある誤解から思うように優しくできない燐と、番=家族だと考え、家族が欲しかったことから簡単に受け入れてしまったマイペースな咲とのちぐはぐでピュアなラブストーリー。 ========== 完結しました。ありがとうございました。

専属【ガイド】になりませんか?!〜異世界で溺愛されました

sora
BL
会社員の佐久間 秋都(さくま あきと)は、気がつくと異世界憑依転生していた。名前はアルフィ。その世界には【エスパー】という能力を持った者たちが魔物と戦い、世界を守っていた。エスパーを癒し助けるのが【ガイド】。アルフィにもガイド能力が…!?

フローブルー

とぎクロム
BL
——好きだなんて、一生、言えないままだと思ってたから…。 高二の夏。ある出来事をきっかけに、フェロモン発達障害と診断された雨笠 紺(あまがさ こん)は、自分には一生、パートナーも、子供も望めないのだと絶望するも、その後も前向きであろうと、日々を重ね、無事大学を出て、就職を果たす。ところが、そんな新社会人になった紺の前に、高校の同級生、日浦 竜慈(ひうら りゅうじ)が現れ、紺に自分の息子、青磁(せいじ)を預け(押し付け)ていく。——これは、始まり。ひとりと、ひとりの人間が、ゆっくりと、激しく、家族になっていくための…。

幸せの温度

本郷アキ
BL
※ラブ度高めです。直接的な表現もありますので、苦手な方はご注意ください。 まだ産まれたばかりの葉月を置いて、両親は天国の門を叩いた。 俺がしっかりしなきゃ──そう思っていた兄、睦月《むつき》17歳の前に表れたのは、両親の親友だという浅黄陽《あさぎよう》33歳。 陽は本当の家族のように接してくれるけれど、血の繋がりのない偽物の家族は終わりにしなければならない、だってずっと家族じゃいられないでしょ? そんなのただの言い訳。 俺にあんまり触らないで。 俺の気持ちに気付かないで。 ……陽の手で触れられるとおかしくなってしまうから。 俺のこと好きでもないのに、どうしてあんなことをしたの? 少しずつ育っていった恋心は、告白前に失恋決定。 家事に育児に翻弄されながら、少しずつ家族の形が出来上がっていく。 そんな中、睦月をストーキングする男が現れて──!?

学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語

紅林
BL
『桜田門学院高等学校』 日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する野球ドーム五個分の土地が学院としてなる巨大学園だ しかし生徒数は300人程の少人数の学院だ そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語である

仕事ができる子は騎乗位も上手い

冲令子
BL
うっかりマッチングしてしまった会社の先輩後輩が、付き合うまでの話です。 後輩×先輩。

溺愛彼氏は消防士!?

すずなり。
恋愛
彼氏から突然言われた言葉。 「別れよう。」 その言葉はちゃんと受け取ったけど、飲み込むことができない私は友達を呼び出してやけ酒を飲んだ。 飲み過ぎた帰り、イケメン消防士さんに助けられて・・・新しい恋が始まっていく。 「男ならキスの先をは期待させないとな。」 「俺とこの先・・・してみない?」 「もっと・・・甘い声を聞かせて・・?」 私の身は持つの!? ※お話は全て想像の世界になります。現実世界と何ら関係はありません。 ※コメントや乾燥を受け付けることはできません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。

悩める文官のひとりごと

きりか
BL
幼い頃から憧れていた騎士団に入りたくても、小柄でひ弱なリュカ・アルマンは、学校を卒業と同時に、文官として騎士団に入団する。方向音痴なリュカは、マルーン副団長の部屋と間違え、イザーク団長の部屋に入り込む。 そこでは、惚れ薬を口にした団長がいて…。 エチシーンが書けなくて、朝チュンとなりました。 ムーンライト様にも掲載しております。 

処理中です...