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狐目のザンター
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梯子の三段目に足を掛けたとき、真後ろからマントの裾を引かれ、毒りんごは危うく足を踏み外すところだった。足の怪我はまだ治りきっていない。
誰だ。邪魔する輩は。
振り返った毒りんごは、思わず眉間に深く皺を刻み込んでしまった。
先日、無遠慮に蹴り上げてしまった男だ。
ザンターは、いらいらとこめかみに青筋を立てて、毒りんごの行動を阻止する。マントを引っ張る腕や手首にも、青い筋を何本も浮き上がらせ、力を緩める素振りはない。
「お元気でしたか。ザンター中隊長」
「貴様のせいで、降格だ」
「では今は」
「役職剥奪だ」
ザンターは忌々しそうにチッと舌打ちする。
「傷は癒えたようですね。泡を吹いていたから、心配したのですが。その様子だと」
「それ以上言うと、貴様の喉首に剣を突き立ててやる」
目が本気だ。
「囚われのご家族は、隣国へ避難したでしょう? 」
「ああ。忌々しい貴様の助力でな」
「奥様と娘様はお元気ですか?」
「ああ。親類宅で家庭菜園なぞに目覚めたらしい」
「幸せそうで何より」
「ああ」
ザンターは呻くように喉を震わせ、頷いた。
家族を監視の目から逃れさせ、ザンターの弱みを払ったのだから、ザンターが国王の言いなりになる理由は最早皆無。だが、ザンターは役目を放棄するどころか、しつこいほど固執している。毒りんごを逃すつもりはない。
「兵舎が燃えています。早く行った方がよろしいのでは?」
「貴様を真正面から斬ってからだ」
ザンターの恨みは根深い。たとえ家族の命を救ってくれた相手だろうと、傷つけられた自尊心を回復する手立ては毒りんごの首でしかないと疑わない。
毒りんごはわざとらしく溜め息をつき、首を横に振った。苛立ちでこめかみが引くつく。
プライドの塊のこの男には、何を言おうと無駄だ。
「いい加減にして」
「喧しい」
「このままでは国王に逃げられる」
「貴様の首が先だ」
毒りんごは逃れようと体を捻るも、がっしりとマントを掴まれており、身動きが取れない。
ヒューゴ神父から譲られたマントだが、仕方ない。毒りんごは早々に諦め、マントを止めていた金具を離そうと手をかけたときだった。
ザンターの手すれすれを風が打った。
小気味よい音が鳴る。
「やめなさい、ザンター殿」
ロベルトの鞭がしなる。
鞭がぴしりぴしり、とザンターの手の脇で踊った。
「あなたはどちらの味方だ」
ロベルトの眼差しは冷ややかだ。戦地を知る者特有の、決断によって命を落としかねない厳しさ。
かつて隊を率いていたザンターでさえ怯むほど。
言い淀むザンターに、さらにロベルトは言葉を重ねた。
「このまま国王の言いなりになるか。新しい世を作り出すのか。今がその節目だ。決断しろ、ザンター」
カッとロベルトの眼が開く。
「……それは……」
モゴモゴとザンターは何やら口中で呟いた。眉毛が中央に寄る。苦しそうに目を眇め、とうとうザンターは毒りんごのマントの裾を手放した。
「だが、毒りんごは私の敵だ。その立ち位置は変わりない」
「この件が片付いたら、いつでもお相手しますよ」
ふっと毒りんごが鼻から息を吐いた。
ますますザンターの顔が怒りで赤くなる。
そんなザンターには構わず、毒りんごの気持ちはすでに屋根の上にいる人物へと向いている。
誰だ。邪魔する輩は。
振り返った毒りんごは、思わず眉間に深く皺を刻み込んでしまった。
先日、無遠慮に蹴り上げてしまった男だ。
ザンターは、いらいらとこめかみに青筋を立てて、毒りんごの行動を阻止する。マントを引っ張る腕や手首にも、青い筋を何本も浮き上がらせ、力を緩める素振りはない。
「お元気でしたか。ザンター中隊長」
「貴様のせいで、降格だ」
「では今は」
「役職剥奪だ」
ザンターは忌々しそうにチッと舌打ちする。
「傷は癒えたようですね。泡を吹いていたから、心配したのですが。その様子だと」
「それ以上言うと、貴様の喉首に剣を突き立ててやる」
目が本気だ。
「囚われのご家族は、隣国へ避難したでしょう? 」
「ああ。忌々しい貴様の助力でな」
「奥様と娘様はお元気ですか?」
「ああ。親類宅で家庭菜園なぞに目覚めたらしい」
「幸せそうで何より」
「ああ」
ザンターは呻くように喉を震わせ、頷いた。
家族を監視の目から逃れさせ、ザンターの弱みを払ったのだから、ザンターが国王の言いなりになる理由は最早皆無。だが、ザンターは役目を放棄するどころか、しつこいほど固執している。毒りんごを逃すつもりはない。
「兵舎が燃えています。早く行った方がよろしいのでは?」
「貴様を真正面から斬ってからだ」
ザンターの恨みは根深い。たとえ家族の命を救ってくれた相手だろうと、傷つけられた自尊心を回復する手立ては毒りんごの首でしかないと疑わない。
毒りんごはわざとらしく溜め息をつき、首を横に振った。苛立ちでこめかみが引くつく。
プライドの塊のこの男には、何を言おうと無駄だ。
「いい加減にして」
「喧しい」
「このままでは国王に逃げられる」
「貴様の首が先だ」
毒りんごは逃れようと体を捻るも、がっしりとマントを掴まれており、身動きが取れない。
ヒューゴ神父から譲られたマントだが、仕方ない。毒りんごは早々に諦め、マントを止めていた金具を離そうと手をかけたときだった。
ザンターの手すれすれを風が打った。
小気味よい音が鳴る。
「やめなさい、ザンター殿」
ロベルトの鞭がしなる。
鞭がぴしりぴしり、とザンターの手の脇で踊った。
「あなたはどちらの味方だ」
ロベルトの眼差しは冷ややかだ。戦地を知る者特有の、決断によって命を落としかねない厳しさ。
かつて隊を率いていたザンターでさえ怯むほど。
言い淀むザンターに、さらにロベルトは言葉を重ねた。
「このまま国王の言いなりになるか。新しい世を作り出すのか。今がその節目だ。決断しろ、ザンター」
カッとロベルトの眼が開く。
「……それは……」
モゴモゴとザンターは何やら口中で呟いた。眉毛が中央に寄る。苦しそうに目を眇め、とうとうザンターは毒りんごのマントの裾を手放した。
「だが、毒りんごは私の敵だ。その立ち位置は変わりない」
「この件が片付いたら、いつでもお相手しますよ」
ふっと毒りんごが鼻から息を吐いた。
ますますザンターの顔が怒りで赤くなる。
そんなザンターには構わず、毒りんごの気持ちはすでに屋根の上にいる人物へと向いている。
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