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対峙
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「マリアーヌを離せ! 」
三階建ての宿屋の屋根にいる男に向かい、階下のリオが怒鳴った。
先程の狩人がマリアーヌを羽交締めにし、鋭く真下を睨みつけている。
「い、いや! 」
ぎりぎりと締め付けられ、アリアーヌの右側の爪先が宙に浮いた。彼女はぐったりと傾き、抗う気力さえない。呼吸は見る間に荒くなっていく。
「このままでは締め殺されてしまう」
リオが涙目で呟く。
「これを使え」
通りすがりに状況を知った大工が、仕事道具の梯子を抱えて近寄って来た。
リオは頷き、壁に梯子を立てかける。
「おっと。近づくな」
狩人はもじゃもじゃの髭の中から覗かせた唇を、思い切り斜めに吊り上げ、くっと喉を鳴らした。
「この娘が、フレディ・サンに関わっていることは承知している」
狩人の眼差しは、ゾッとするほど冷たい。
「宰相の差し金だな。神父も加担している」
淀みなく言い当てる狩人は、さらに視線を厳しくさせる。視線の先にいるのは、ランハートだ。
「ランハート、お前もだな」
階下のランハートは、ぎりぎりと奥歯を噛んだ。
「やはり、あの狩人は兄上か」
傍らの毒りんごが、ランハートの腕を掴む。その指先が戦慄いた。
すっかり見た目に騙されてしまった。髭面のぼろぼろの衣服の男と、豪華絢爛な宝石をふんだんに使った絹地の服を着た支配者が同一人物とは。
しかも、自尊心の高い国王が情けなく命乞いするとは、考えにも及ばない。
全ては国王の計略。
「私がもっと気を張っていれば」
毒りんごは俯いて、ぶるぶる肩を震わせる。怒りは己に対してだ。浮ついた気持ちが油断を生んだ。今はアデリーではない。黒装束の青年、毒りんごなのだ。
「君のせいではない。追手の目を誤魔化す国王の方が長けていただけだ」
ランハートは毒りんごの手を握ってキッパリ言い切る。
「兄上」
ランハートは国王を睨みつけた。
「あなたはこの国には相応しくない」
「ほう」
国王の片眉が上がる。
「今まで欲などかいたことのないお前だからこそ、特別視してきたが」
「必要とあらば、私があなたと取って変わる」
「私に歯向かうか」
「もうあなたの暴虐は見過ごせない」
「では、お前は敵だな」
「それはこちらの台詞です」
「いい度胸だ」
ニタリ、と国王が頬を吊った。
「後悔するな」
いきなり、国王はマリアーヌを屋根から放り投げた。
まるで物でも放るかのように、いとも容易く。
マリアーヌは一旦跳ね上がり、宙空で半回転すると、そのまま落下した。
群衆の悲鳴がつんざく。
このままではマリアーヌが地面に叩きつけられる。
「誰か! 布団を! 」
毒りんごの一言に、町の者らが慌てて家屋から布団を引きずり出して来た。
「早く! 」
どこからともなく布団が次々投げられる。
「あああああ! 」
リオが両手で顔を塞ぐ。
どさっと鈍い音が響き渡った。
間一髪、マリアーヌが布団の束に落下し、沈み込んだ。
たちまち拍手が起こる。
「運のいい娘だ」
舌打ちすると、国王は身を翻し、屋根伝いに走り去っていく。
「待て! 」
皆が安堵の中、いち早く毒りんごは国王の行末に気付き、急いで建てかけてあった梯子に足をかけた。まるで小動物を彷彿さするかのように、ひょいひょいとよじ登っていく。屋根に乗る国王の背は遥か彼方だ。
「逃すか! 」
毒りんごは走った。
三階建ての宿屋の屋根にいる男に向かい、階下のリオが怒鳴った。
先程の狩人がマリアーヌを羽交締めにし、鋭く真下を睨みつけている。
「い、いや! 」
ぎりぎりと締め付けられ、アリアーヌの右側の爪先が宙に浮いた。彼女はぐったりと傾き、抗う気力さえない。呼吸は見る間に荒くなっていく。
「このままでは締め殺されてしまう」
リオが涙目で呟く。
「これを使え」
通りすがりに状況を知った大工が、仕事道具の梯子を抱えて近寄って来た。
リオは頷き、壁に梯子を立てかける。
「おっと。近づくな」
狩人はもじゃもじゃの髭の中から覗かせた唇を、思い切り斜めに吊り上げ、くっと喉を鳴らした。
「この娘が、フレディ・サンに関わっていることは承知している」
狩人の眼差しは、ゾッとするほど冷たい。
「宰相の差し金だな。神父も加担している」
淀みなく言い当てる狩人は、さらに視線を厳しくさせる。視線の先にいるのは、ランハートだ。
「ランハート、お前もだな」
階下のランハートは、ぎりぎりと奥歯を噛んだ。
「やはり、あの狩人は兄上か」
傍らの毒りんごが、ランハートの腕を掴む。その指先が戦慄いた。
すっかり見た目に騙されてしまった。髭面のぼろぼろの衣服の男と、豪華絢爛な宝石をふんだんに使った絹地の服を着た支配者が同一人物とは。
しかも、自尊心の高い国王が情けなく命乞いするとは、考えにも及ばない。
全ては国王の計略。
「私がもっと気を張っていれば」
毒りんごは俯いて、ぶるぶる肩を震わせる。怒りは己に対してだ。浮ついた気持ちが油断を生んだ。今はアデリーではない。黒装束の青年、毒りんごなのだ。
「君のせいではない。追手の目を誤魔化す国王の方が長けていただけだ」
ランハートは毒りんごの手を握ってキッパリ言い切る。
「兄上」
ランハートは国王を睨みつけた。
「あなたはこの国には相応しくない」
「ほう」
国王の片眉が上がる。
「今まで欲などかいたことのないお前だからこそ、特別視してきたが」
「必要とあらば、私があなたと取って変わる」
「私に歯向かうか」
「もうあなたの暴虐は見過ごせない」
「では、お前は敵だな」
「それはこちらの台詞です」
「いい度胸だ」
ニタリ、と国王が頬を吊った。
「後悔するな」
いきなり、国王はマリアーヌを屋根から放り投げた。
まるで物でも放るかのように、いとも容易く。
マリアーヌは一旦跳ね上がり、宙空で半回転すると、そのまま落下した。
群衆の悲鳴がつんざく。
このままではマリアーヌが地面に叩きつけられる。
「誰か! 布団を! 」
毒りんごの一言に、町の者らが慌てて家屋から布団を引きずり出して来た。
「早く! 」
どこからともなく布団が次々投げられる。
「あああああ! 」
リオが両手で顔を塞ぐ。
どさっと鈍い音が響き渡った。
間一髪、マリアーヌが布団の束に落下し、沈み込んだ。
たちまち拍手が起こる。
「運のいい娘だ」
舌打ちすると、国王は身を翻し、屋根伝いに走り去っていく。
「待て! 」
皆が安堵の中、いち早く毒りんごは国王の行末に気付き、急いで建てかけてあった梯子に足をかけた。まるで小動物を彷彿さするかのように、ひょいひょいとよじ登っていく。屋根に乗る国王の背は遥か彼方だ。
「逃すか! 」
毒りんごは走った。
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