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革命前夜
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鏡には、とろんと蕩けた顔をしている自分の顔が映し出されている。
背後から抱きついてくるランハートに、首筋を吸われている。
「は、恥ずかしいわ」
「鏡に見られて? 」
「意地悪ね」
地肌の透けるネグリジェは、すでに足元にくしゃくしゃに丸められている。
一糸纏わぬ姿。
背後のランハートも同じだ。
「立っていられないわ」
「では、鏡に手をついて。私が支える。傷は痛むか? 」
「そう言う意味じゃなくて……」
もう何度目になるかわからない激しい交わりに、体力が保たないのだ。
がっしりした腕に支えられ、足首にかかる負荷が軽減されているため、怪我の負担はない。
「アデリー。そんなに俯いたら、よく顔が見えない」
「ランハート様は、意地悪だわ」
いやいや、とアデリーは首を横に振る。叫び過ぎて、もう声はガラガラだ。二階には誰も立ち入らないようにと人払いしてくれてあったのが救いだ。
「アデリーの様々な表情を知りたいだけだよ」
耳元の囁きは、弾んでいる。
そのときだった。
「旦那様! 旦那様! 」
不躾にロベルトがどんどんと扉を叩き、声を張り上げた。
甘い囁きを中断せざるを得ないランハートは、不機嫌に眉根を寄せた。
「無粋な真似はするな。外まで声が漏れていただろう」
「百も承知です」
「開けるなよ」
「わかっております」
外まで声が漏れていた?
たちまちアデリーから血の気が引く。
二階は誰もいないが、用事のあるロベルトに聞かれたのだ。
「そこで待っていろ、ロベルト」
ランハートは渋々とアデリーを離す。離す間際に、首筋を深く吸った。
解放されたアデリーは、大きくを息を吐き出す。
まだ頭がくらくらしている。
先程までランハートを受け入れていた箇所はジンジンと痺れ、まるで自分の体ではないようだ。
まさに、一から作り替えられてしまったような。
首元のボタンを閉め、支度を整え終えたランハートは、すでに上位貴族の風格となっている。
官能的な言葉で攻め立てる、欲望に忠実な眼差しは、すでにない。
取り残された気分で、アデリーは再度、息を吐く。
だが、ランハートはアデリーを取り残したりはしない。
「続きは夜に」
熱い息でアデリーの鼓膜を震わせたランハートは、アデリーに薄いネグリジェを着せて、上から自分のジャケットを羽織らせた。
「ロベルト、要件を言え。手短に」
すぐさま、ランハートは扉の方を向く。
「兵士の詰め所が燃えております」
一呼吸置き、ロベルトの声。
ハッと、アデリーの顔が強張る。
ランハートは苦々しく唇を噛んだ。
「国王か? スノウ・ホワイトの仕業か? 」
「国王です」
抑揚なくロベルトは答える。
「国王は自暴自棄になっております。全てを灰にし、再び新しい国を作るとか」
「愚かなことを! 」
ランハートが壁を殴りつけた。
アデリーの背筋が伸びた。つい今しがたの、恥ずかしそうに俯く初々しさは、跡形もない。
毅然と前を見据える目。
公爵夫人と呼べる要素が消えた。
「アデリー。君は屋敷に残りたまえ」
「出来ません」
アデリーはキッパリ言い切る。
「君はオーランド公爵夫人だ」
「ラ・ポム・アンポワゾネでもあります」
今や毒りんごとしての重さがアデリーを占めている。
「まだ傷が治りきっていない」
「ですが、民衆は力の源を求めております」
「君がいないと何も出来ない民だと?」
「いいえ。民衆の潜在する力は強い。だからこそ、彼らを奮い立たせる存在が必要です」
「大衆紙があるだろう? フレディ・サンが」
「だからこそ、強い記事になることを」
最早、何を言ってもアデリーは毒りんごになるつもりだ。
ランハートは、イライラと足を踏み鳴らす。
「差し出がましいようですが」
一連のやり取りを聞いていたロベルトが、割って入ってきた。
「奥様はどうあっても、王都へ向かわれるかと」
ロベルトの言葉に、アデリーは頷く。
ランハートは目を眇めた。
「奥様の衣装もアイロンがけし、整えてございます」
「ああ! ロベルト! 」
いきなりアデリーは扉を開けた。
綺麗に畳まれた衣装を持ち、この上なく目を見開いたロベルトが目の前にいる。
薄く透ける裸体のネグリジェのことなどすっかり忘れて、アデリーは目を輝かせて衣装を受け取る。
目のやり場に困り、ロベルトは左右にきょろきょろさせ、咳払いで誤魔化している。ランハートと目が合い、さらに大きく咳払い。
「こうなっては、毒りんごは止められないな」
アデリーを抱きしめ、さりげなく裸体を隠しつつ、しっかりとロベルトを睨みつけて、ランハートは鼻から息を漏らす。
死角になり、ランハートの表情にはちっとも気づかず、アデリーは「ええ」と返す。
すでに気持ちは王都へ向いていた。
背後から抱きついてくるランハートに、首筋を吸われている。
「は、恥ずかしいわ」
「鏡に見られて? 」
「意地悪ね」
地肌の透けるネグリジェは、すでに足元にくしゃくしゃに丸められている。
一糸纏わぬ姿。
背後のランハートも同じだ。
「立っていられないわ」
「では、鏡に手をついて。私が支える。傷は痛むか? 」
「そう言う意味じゃなくて……」
もう何度目になるかわからない激しい交わりに、体力が保たないのだ。
がっしりした腕に支えられ、足首にかかる負荷が軽減されているため、怪我の負担はない。
「アデリー。そんなに俯いたら、よく顔が見えない」
「ランハート様は、意地悪だわ」
いやいや、とアデリーは首を横に振る。叫び過ぎて、もう声はガラガラだ。二階には誰も立ち入らないようにと人払いしてくれてあったのが救いだ。
「アデリーの様々な表情を知りたいだけだよ」
耳元の囁きは、弾んでいる。
そのときだった。
「旦那様! 旦那様! 」
不躾にロベルトがどんどんと扉を叩き、声を張り上げた。
甘い囁きを中断せざるを得ないランハートは、不機嫌に眉根を寄せた。
「無粋な真似はするな。外まで声が漏れていただろう」
「百も承知です」
「開けるなよ」
「わかっております」
外まで声が漏れていた?
たちまちアデリーから血の気が引く。
二階は誰もいないが、用事のあるロベルトに聞かれたのだ。
「そこで待っていろ、ロベルト」
ランハートは渋々とアデリーを離す。離す間際に、首筋を深く吸った。
解放されたアデリーは、大きくを息を吐き出す。
まだ頭がくらくらしている。
先程までランハートを受け入れていた箇所はジンジンと痺れ、まるで自分の体ではないようだ。
まさに、一から作り替えられてしまったような。
首元のボタンを閉め、支度を整え終えたランハートは、すでに上位貴族の風格となっている。
官能的な言葉で攻め立てる、欲望に忠実な眼差しは、すでにない。
取り残された気分で、アデリーは再度、息を吐く。
だが、ランハートはアデリーを取り残したりはしない。
「続きは夜に」
熱い息でアデリーの鼓膜を震わせたランハートは、アデリーに薄いネグリジェを着せて、上から自分のジャケットを羽織らせた。
「ロベルト、要件を言え。手短に」
すぐさま、ランハートは扉の方を向く。
「兵士の詰め所が燃えております」
一呼吸置き、ロベルトの声。
ハッと、アデリーの顔が強張る。
ランハートは苦々しく唇を噛んだ。
「国王か? スノウ・ホワイトの仕業か? 」
「国王です」
抑揚なくロベルトは答える。
「国王は自暴自棄になっております。全てを灰にし、再び新しい国を作るとか」
「愚かなことを! 」
ランハートが壁を殴りつけた。
アデリーの背筋が伸びた。つい今しがたの、恥ずかしそうに俯く初々しさは、跡形もない。
毅然と前を見据える目。
公爵夫人と呼べる要素が消えた。
「アデリー。君は屋敷に残りたまえ」
「出来ません」
アデリーはキッパリ言い切る。
「君はオーランド公爵夫人だ」
「ラ・ポム・アンポワゾネでもあります」
今や毒りんごとしての重さがアデリーを占めている。
「まだ傷が治りきっていない」
「ですが、民衆は力の源を求めております」
「君がいないと何も出来ない民だと?」
「いいえ。民衆の潜在する力は強い。だからこそ、彼らを奮い立たせる存在が必要です」
「大衆紙があるだろう? フレディ・サンが」
「だからこそ、強い記事になることを」
最早、何を言ってもアデリーは毒りんごになるつもりだ。
ランハートは、イライラと足を踏み鳴らす。
「差し出がましいようですが」
一連のやり取りを聞いていたロベルトが、割って入ってきた。
「奥様はどうあっても、王都へ向かわれるかと」
ロベルトの言葉に、アデリーは頷く。
ランハートは目を眇めた。
「奥様の衣装もアイロンがけし、整えてございます」
「ああ! ロベルト! 」
いきなりアデリーは扉を開けた。
綺麗に畳まれた衣装を持ち、この上なく目を見開いたロベルトが目の前にいる。
薄く透ける裸体のネグリジェのことなどすっかり忘れて、アデリーは目を輝かせて衣装を受け取る。
目のやり場に困り、ロベルトは左右にきょろきょろさせ、咳払いで誤魔化している。ランハートと目が合い、さらに大きく咳払い。
「こうなっては、毒りんごは止められないな」
アデリーを抱きしめ、さりげなく裸体を隠しつつ、しっかりとロベルトを睨みつけて、ランハートは鼻から息を漏らす。
死角になり、ランハートの表情にはちっとも気づかず、アデリーは「ええ」と返す。
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