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チョコレートの味
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教会の真向かいは、宿屋だ。
その宿屋を占拠した兵士らは、二階の左右のバルコニーにそれぞれ三人が配置につき、弓を構えている。
対象は毒りんごとランハート。
難敵を片付けた今、油断している。
ざわめく民衆の渦に入ったリオとマリアーヌがいち早く気づき、指をさす。
屋根の上でラッパを持つ、周りの兵士よりは階級の上らしき男。襟元の階級章は百合が一つ。兵長か。
兵長がラッパを吹けば、攻撃開始だ。
「駄目だ! 止めなくちゃ! 」
リオが焦る。
ラッパを吹かれたら終わりだ。
「皆んな! バルコニーに石を投げて! 」
マリアーヌは足元の石を拾い上げると、すぐさまバルコニーに投げる。
一人なら、難なくかわされてしまう。
だが、この村は一人ではない。
「任せろ! 」
「石じゃなくてもいいだろ! 」
「なんでもいいから、投げろ! 」
めいめいが、とにかく投げて、投げて、投げまくって、バルコニーに命中させる。
石であったり、売り物のりんごであったり、家から持ち出してきた食器であったり、履いている靴を投げる者もいる。
とにかく、攻撃を止めなければ。
その場にいる者に一体感が生まれる。
これは堪らないと、兵士らは一旦室内に引き返したり、バルコニーから落下したり。
最早、攻撃どころではない。
国王はとっくに馬車で王宮へ逃げ帰っていた。
守るものは、ここにはない。
「退却! 一旦、退却! 」
屋根から一部始終を見ていた兵長は、ザンターもその直属の部下も使い物にならなくなっていることは把握していた。指揮出来る者は自分のみ。兵士の命には変えられない。即座に判断する。
それからは、あっという間だった。
気絶したままの上官を抱えて馬に飛び乗り、一斉退却となる。
砂塵が巻き起こる。
やかましい馬の蹄の音。いななき。
それらが彼方へと消えたときには、辺りはシンと静まり返っていた。
残されたのは、滅茶苦茶に壊れた処刑台のみ。
そこには、毒りんごもランハートの姿もない。
忽然と居なくなっていた。
だが、毒りんごがもたらしたものは、とても価値が高いものだ。
今まで諦めていたことを覆したのだ。
勝った。
我々は勝ったのだ。
暴君に。
「ば、万歳」
誰かが言った。
「万歳! 」
誰かが続く。
「万歳! 万歳! 万歳! 」
やがてそれは広場中の大合唱となった。
毒りんごは、人の気配が消えた路地裏にいた。
額の汗はひっきりなしだ。嫌な汗だ。だらだらと雫を垂らす。
がくりと膝が折れ、壁を支えにしないと立っていられない。
やはり足はまだ治り切っていない。
むしろ、悪化してしまっている。
足首がぱんぱんに青白く膨れ上がっていた。やはり、捻挫からの骨折か。
路地裏まで、何とか辿り着いた。
これから、屋敷まで戻らなければならない。
目立つから馬は置いてきた。それも、いけなかった。来るまでは神父様を助けることに一心で走ることなど気にもしなかったが。
ランハートやロベルトよりも先に屋敷に到着し、平然とした顔で彼らを出迎えなければならないのに。
体力が持っていかれ、ついに地面に四つ這いになる。最早、立つ気力さえない。
「大丈夫か! 」
聞き覚えのある低い声。好きな声だ。
朦朧とする毒りんごの視界に、上品な鹿皮のブーツが入る。
次いで、銀色の瞳。垂れ目が心配そうに覗き込んできた。
「全く。無茶をする」
苦々しい声。悲しそうな声は嫌い。
四つ這いの姿勢もきつい。毒りんごは、薄汚れたレンガの地面に横倒しになる。
「旦那様。意識が」
「ああ。もう体はボロボロだ。こんなに辛いだろうに、虚勢を張って」
硬い地面では後頭部が痛む。だけど、起き上がれない。
そう思ったら、大きな手のひらに後頭部を支えられて、張りのある硬い何かの上に乗せられる。
「だ、旦那様。そのような膝枕など」
「呼吸が落ち着くまで、しばらくこうしていよう」
「かしこまりました。私は人払いを」
「頼む」
額の脂汗を大きな手のひらが拭ってくれる。ひんやりと気持ちが良い。先程より息の乱れがマシになる。
「頼むから、これ以上心配させないでくれ」
低い声が震えている。
もやのかかる視界に、薄い唇が入る。
アデリーは、のろのろと指先で輪郭をなぞってみた。
ふと、その唇が近づいてくる。
ゆっくりと重なる。
半開きの中へ、あっさりと舌先の侵入を許してしまった。
いつもは無遠慮に蹂躙するところだが、今回は違った。
緩慢な動きで舌が絡まり合う。口内の粘膜にも歯の裏側にも触れない。ただひたすら、舌先を絡め、互いの熱を感じ合う。
これはこれで、官能的。
アデリーの体温が上昇していく。
まるで熱を分け与えられたかのような。
「まだ、シュガー・アンド・サムの味が残っているな」
悪戯っぽく笑う。
「え? 」
そのチョコレートは、アデリーが食べた。
今、この場にいるのは、毒りんご。
「え? 」
脳が回転しない。疲弊し切っている。
その言葉の真意を確認する前に、アデリーは意識を完全に手放した。
その宿屋を占拠した兵士らは、二階の左右のバルコニーにそれぞれ三人が配置につき、弓を構えている。
対象は毒りんごとランハート。
難敵を片付けた今、油断している。
ざわめく民衆の渦に入ったリオとマリアーヌがいち早く気づき、指をさす。
屋根の上でラッパを持つ、周りの兵士よりは階級の上らしき男。襟元の階級章は百合が一つ。兵長か。
兵長がラッパを吹けば、攻撃開始だ。
「駄目だ! 止めなくちゃ! 」
リオが焦る。
ラッパを吹かれたら終わりだ。
「皆んな! バルコニーに石を投げて! 」
マリアーヌは足元の石を拾い上げると、すぐさまバルコニーに投げる。
一人なら、難なくかわされてしまう。
だが、この村は一人ではない。
「任せろ! 」
「石じゃなくてもいいだろ! 」
「なんでもいいから、投げろ! 」
めいめいが、とにかく投げて、投げて、投げまくって、バルコニーに命中させる。
石であったり、売り物のりんごであったり、家から持ち出してきた食器であったり、履いている靴を投げる者もいる。
とにかく、攻撃を止めなければ。
その場にいる者に一体感が生まれる。
これは堪らないと、兵士らは一旦室内に引き返したり、バルコニーから落下したり。
最早、攻撃どころではない。
国王はとっくに馬車で王宮へ逃げ帰っていた。
守るものは、ここにはない。
「退却! 一旦、退却! 」
屋根から一部始終を見ていた兵長は、ザンターもその直属の部下も使い物にならなくなっていることは把握していた。指揮出来る者は自分のみ。兵士の命には変えられない。即座に判断する。
それからは、あっという間だった。
気絶したままの上官を抱えて馬に飛び乗り、一斉退却となる。
砂塵が巻き起こる。
やかましい馬の蹄の音。いななき。
それらが彼方へと消えたときには、辺りはシンと静まり返っていた。
残されたのは、滅茶苦茶に壊れた処刑台のみ。
そこには、毒りんごもランハートの姿もない。
忽然と居なくなっていた。
だが、毒りんごがもたらしたものは、とても価値が高いものだ。
今まで諦めていたことを覆したのだ。
勝った。
我々は勝ったのだ。
暴君に。
「ば、万歳」
誰かが言った。
「万歳! 」
誰かが続く。
「万歳! 万歳! 万歳! 」
やがてそれは広場中の大合唱となった。
毒りんごは、人の気配が消えた路地裏にいた。
額の汗はひっきりなしだ。嫌な汗だ。だらだらと雫を垂らす。
がくりと膝が折れ、壁を支えにしないと立っていられない。
やはり足はまだ治り切っていない。
むしろ、悪化してしまっている。
足首がぱんぱんに青白く膨れ上がっていた。やはり、捻挫からの骨折か。
路地裏まで、何とか辿り着いた。
これから、屋敷まで戻らなければならない。
目立つから馬は置いてきた。それも、いけなかった。来るまでは神父様を助けることに一心で走ることなど気にもしなかったが。
ランハートやロベルトよりも先に屋敷に到着し、平然とした顔で彼らを出迎えなければならないのに。
体力が持っていかれ、ついに地面に四つ這いになる。最早、立つ気力さえない。
「大丈夫か! 」
聞き覚えのある低い声。好きな声だ。
朦朧とする毒りんごの視界に、上品な鹿皮のブーツが入る。
次いで、銀色の瞳。垂れ目が心配そうに覗き込んできた。
「全く。無茶をする」
苦々しい声。悲しそうな声は嫌い。
四つ這いの姿勢もきつい。毒りんごは、薄汚れたレンガの地面に横倒しになる。
「旦那様。意識が」
「ああ。もう体はボロボロだ。こんなに辛いだろうに、虚勢を張って」
硬い地面では後頭部が痛む。だけど、起き上がれない。
そう思ったら、大きな手のひらに後頭部を支えられて、張りのある硬い何かの上に乗せられる。
「だ、旦那様。そのような膝枕など」
「呼吸が落ち着くまで、しばらくこうしていよう」
「かしこまりました。私は人払いを」
「頼む」
額の脂汗を大きな手のひらが拭ってくれる。ひんやりと気持ちが良い。先程より息の乱れがマシになる。
「頼むから、これ以上心配させないでくれ」
低い声が震えている。
もやのかかる視界に、薄い唇が入る。
アデリーは、のろのろと指先で輪郭をなぞってみた。
ふと、その唇が近づいてくる。
ゆっくりと重なる。
半開きの中へ、あっさりと舌先の侵入を許してしまった。
いつもは無遠慮に蹂躙するところだが、今回は違った。
緩慢な動きで舌が絡まり合う。口内の粘膜にも歯の裏側にも触れない。ただひたすら、舌先を絡め、互いの熱を感じ合う。
これはこれで、官能的。
アデリーの体温が上昇していく。
まるで熱を分け与えられたかのような。
「まだ、シュガー・アンド・サムの味が残っているな」
悪戯っぽく笑う。
「え? 」
そのチョコレートは、アデリーが食べた。
今、この場にいるのは、毒りんご。
「え? 」
脳が回転しない。疲弊し切っている。
その言葉の真意を確認する前に、アデリーは意識を完全に手放した。
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