【完結】白雪姫の元継母は氷の公爵との結婚を破棄したい

晴 菜葉

文字の大きさ
上 下
20 / 31

救出劇

しおりを挟む
 真上に来た太陽が、ジリジリと肌を焼く。
 ボーデン村の教会の前に、処刑台は組み立てられていた。
 太い梁から垂れた頑丈なロープが、ヒューゴ神父の腰にぐるぐると巻きつき、吊るし上げる。
 吊るされる直前まで酷い暴力を受けていたことは明らかで、神父の両頬は腫れ上がり、目の片方が青痣になり、もう片方は瞼が塞いでしまうくらい変形してしまっている。神職のローブもところどころ引き裂かれ、覗く肌は殴られた痕で黒ずんでいた。
「神に逆らうつもりか?」
 倍近く腫れ上がる唇からくぐもった声を絞り出す神父。
 右側には剣を持つザンター。反対側には屈強な部下が、神父を挟んで直立不動だ。
 神、の単語に俄かにザンターの目元が痙攣する。
「悪く思わんでくれ。我々にも家族がいるんだ」
 ボソボソとザンターが言う。
「人質に取られているのか? 」
「そんなものだ」
 ザンターの頷きに、反対側にいる屈強な部下も小さく首を縦に振った。
「ごちゃごちゃと、何を喋っているんだ! 」
 処刑台の真向かいで、王宮から取り寄せた豪奢な玉座から、国王は声を張り上げる。
 その真後ろにはずらりと守備をする兵士が一列に並び、距離を置いて簡易の柵越しに見物の民衆がごった返している。
 皆、恩人の神父をどうにか出来ないものかと、顔をしかめ、歯噛みする。
「神父よ。何か言い残すことはないか?」
 国王は酷薄に笑う。
 神に身を捧げる男の首を刎ねることで、自分に逆らう輩は誰であろうと許さないと示す。そのためだけに、国王は命を粗末にするのだ。
「私が今ここで死ぬことは、それは神が望んだことならば、本望だ」
 唇が腫れて喋りにくそうにしながらも、神父はキッパリ言い切る。その目は爛々と輝き、堂々としている。
 民衆のどこからか、啜り泣きが聞こえてきた。
「生意気な男だ」
 国王は不機嫌に鼻を鳴らす。
「殺れ」
 国王はザンターに顎で示す。
 ザンターは息を呑んだ。握りしめた剣が戦慄く。
「早く殺れ」
 ザンターの躊躇いを無視し、再度国王は命じた。
 ザンターとて、人間の端くれ。聖職者に手を出せばどんな罰を受けるかと、躊躇する。
 だが、家族の命が。拒否すれば、自分と妻、娘、加えて親類縁者一同が明日、この場所に並ぶこととなる。
「すまない、神父」
 背に腹は変えられない。瞼を閉じ、剣を掲げた。


「待て! 」
 重低音が広場に通る。
 その場にいる全員の目が、その声の持ち主に一斉に向いた。
 まるで縦に海を割る神話のごとく、一人の男の通り道を作るために、民衆が左右に分かれる。
 彼方から近づいてきたのは、ランハートだ。
 銀糸の髪が太陽の光に煌めき、まさに神の使いと言わんばかりの厳かさ。
「兄上。神に使える者にこのようなことはいけません」
 民衆からほうっ、と見惚れる息が漏れる。
 国王は目を眇める。
「ランハート。お前はこのわしに意見する気か」
「兄上。その濁った目を元に戻し、国民を見て、国民の声に耳を傾けてください」
 いつになく辛辣なランハートの言葉。
「何だと? 」
「亡くなった妃に瓜二つのスノウ・ホワイトを溺愛する気持ちはわかります。ですが、スノウ・ホワイトは妃ではありません。正真正銘、あなたの娘です」
「そのようなことは、百も承知だ」
「いいえ。あなたは混同しています。娘の間違いを正しく導くことが、父親としての役目です」
「偉そうに、このわしに意見する気か! 」
 国王の双眸はぎらぎら光り、怒りを隠そうともしない。実の弟を殺しかねない鋭さだ。
 対するランハートに表情はない。いや、その表情こそが、怒りだ。ちりちりと燃える炎を奥底に抑え込んでいる。
「ランハートを捕らえよ! 」
 とうとう、国王は命じた。
「わしの企てを邪魔する者は、皆、敵だ! 」
 弟は別格。白雪姫に次いで国王に意見出来る唯一無二の存在。
 その法則が崩れた瞬間だった。
「いい加減にしろ! この、時代遅れのハゲタカ野郎! 」
 ランハートは、口汚なく罵る。
 いつも上位貴族としての振る舞いに気をつけていた彼の本性が垣間見えた。
「構わん! 殺れ! 」
 最早、ランハートは国王の敵とみなされた。
 だが、今までランハートに従っていた兵士達。ランハートは思いやりある人物。兵士の中で、恩義を受けた者は一人や二人ではない。義理ある関係を易々と翻すことに、気持ちの整理が追いつかない。
「貴様ら! 家族の首を刎ねさせる気か! 」
 兵士らは奥歯を噛み、苦痛に耐える。
 ランハートに恩義がある。
 しかし、愛する家族を犠牲にすることは出来ない。
 しかし。
 堂々巡りする葛藤。
「遠慮するな。私は最早、王国の敵」
 ランハートは剣を抜く。
 兵士らの葛藤がわかるゆえ、無理矢理決断させてやるしかない。
 これも、ランハートの思いやりだ。
「申し訳ありません。オーランド公爵」
 兵士らも剣を抜く。
 皆一様に、その顔は涙で濡れていた。
 勿論、ザンターもだ。彼も歯を食い縛り、涙を流す。
「構わない。来い」
 兵士が助かる道は、これしかない。
 ランハートは目を閉じた。
 その瞳の奥に潜む妻を思い浮かべながら。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

思い出してしまったのです

月樹《つき》
恋愛
同じ姉妹なのに、私だけ愛されない。 妹のルルだけが特別なのはどうして? 婚約者のレオナルド王子も、どうして妹ばかり可愛がるの? でもある時、鏡を見て思い出してしまったのです。 愛されないのは当然です。 だって私は…。

「お前を妻だと思ったことはない」と言ってくる旦那様と離婚した私は、幼馴染の侯爵から溺愛されています。

木山楽斗
恋愛
第二王女のエリームは、かつて王家と敵対していたオルバディオン公爵家に嫁がされた。 因縁を解消するための結婚であったが、現当主であるジグールは彼女のことを冷遇した。長きに渡る因縁は、簡単に解消できるものではなかったのである。 そんな暮らしは、エリームにとって息苦しいものだった。それを重く見た彼女の兄アルベルドと幼馴染カルディアスは、二人の結婚を解消させることを決意する。 彼らの働きかけによって、エリームは苦しい生活から解放されるのだった。 晴れて自由の身になったエリームに、一人の男性が婚約を申し込んできた。 それは、彼女の幼馴染であるカルディアスである。彼は以前からエリームに好意を寄せていたようなのだ。 幼い頃から彼の人となりを知っているエリームは、喜んでその婚約を受け入れた。二人は、晴れて夫婦となったのである。 二度目の結婚を果たしたエリームは、以前とは異なる生活を送っていた。 カルディアスは以前の夫とは違い、彼女のことを愛して尊重してくれたのである。 こうして、エリームは幸せな生活を送るのだった。

義妹が大事だと優先するので私も義兄を優先する事にしました

さこの
恋愛
婚約者のラウロ様は義妹を優先する。 私との約束なんかなかったかのように… それをやんわり注意すると、君は家族を大事にしないのか?冷たい女だな。と言われました。 そうですか…あなたの目にはそのように映るのですね… 分かりました。それでは私も義兄を優先する事にしますね!大事な家族なので!

「君を愛するつもりはない」と言ったら、泣いて喜ばれた

菱田もな
恋愛
完璧令嬢と名高い公爵家の一人娘シャーロットとの婚約が決まった第二皇子オズワルド。しかし、これは政略結婚で、婚約にもシャーロット自身にも全く興味がない。初めての顔合わせの場で「悪いが、君を愛するつもりはない」とはっきり告げたオズワルドに、シャーロットはなぜか歓喜の涙を浮かべて…? ※他サイトでも掲載中しております。

婚約破棄で命拾いした令嬢のお話 ~本当に助かりましたわ~

華音 楓
恋愛
シャルロット・フォン・ヴァーチュレストは婚約披露宴当日、謂れのない咎により結婚破棄を通達された。 突如襲い来る隣国からの8万の侵略軍。 襲撃を受ける元婚約者の領地。 ヴァーチュレスト家もまた存亡の危機に!! そんな数奇な運命をたどる女性の物語。 いざ開幕!!

僕は君を思うと吐き気がする

月山 歩
恋愛
貧乏侯爵家だった私は、お金持ちの夫が亡くなると、次はその弟をあてがわれた。私は、母の生活の支援もしてもらいたいから、拒否できない。今度こそ、新しい夫に愛されてみたいけど、彼は、私を思うと吐き気がするそうです。再び白い結婚が始まった。

この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。

鶯埜 餡
恋愛
 ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。  しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが

【完結】今世も裏切られるのはごめんなので、最愛のあなたはもう要らない

曽根原ツタ
恋愛
隣国との戦時中に国王が病死し、王位継承権を持つ男子がひとりもいなかったため、若い王女エトワールは女王となった。だが── 「俺は彼女を愛している。彼女は俺の子を身篭った」 戦場から帰還した愛する夫の隣には、別の女性が立っていた。さらに彼は、王座を奪うために女王暗殺を企てる。 そして。夫に剣で胸を貫かれて死んだエトワールが次に目が覚めたとき、彼と出会った日に戻っていて……? ──二度目の人生、私を裏切ったあなたを絶対に愛しません。 ★小説家になろうさまでも公開中

処理中です...