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救出劇
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真上に来た太陽が、ジリジリと肌を焼く。
ボーデン村の教会の前に、処刑台は組み立てられていた。
太い梁から垂れた頑丈なロープが、ヒューゴ神父の腰にぐるぐると巻きつき、吊るし上げる。
吊るされる直前まで酷い暴力を受けていたことは明らかで、神父の両頬は腫れ上がり、目の片方が青痣になり、もう片方は瞼が塞いでしまうくらい変形してしまっている。神職のローブもところどころ引き裂かれ、覗く肌は殴られた痕で黒ずんでいた。
「神に逆らうつもりか?」
倍近く腫れ上がる唇からくぐもった声を絞り出す神父。
右側には剣を持つザンター。反対側には屈強な部下が、神父を挟んで直立不動だ。
神、の単語に俄かにザンターの目元が痙攣する。
「悪く思わんでくれ。我々にも家族がいるんだ」
ボソボソとザンターが言う。
「人質に取られているのか? 」
「そんなものだ」
ザンターの頷きに、反対側にいる屈強な部下も小さく首を縦に振った。
「ごちゃごちゃと、何を喋っているんだ! 」
処刑台の真向かいで、王宮から取り寄せた豪奢な玉座から、国王は声を張り上げる。
その真後ろにはずらりと守備をする兵士が一列に並び、距離を置いて簡易の柵越しに見物の民衆がごった返している。
皆、恩人の神父をどうにか出来ないものかと、顔をしかめ、歯噛みする。
「神父よ。何か言い残すことはないか?」
国王は酷薄に笑う。
神に身を捧げる男の首を刎ねることで、自分に逆らう輩は誰であろうと許さないと示す。そのためだけに、国王は命を粗末にするのだ。
「私が今ここで死ぬことは、それは神が望んだことならば、本望だ」
唇が腫れて喋りにくそうにしながらも、神父はキッパリ言い切る。その目は爛々と輝き、堂々としている。
民衆のどこからか、啜り泣きが聞こえてきた。
「生意気な男だ」
国王は不機嫌に鼻を鳴らす。
「殺れ」
国王はザンターに顎で示す。
ザンターは息を呑んだ。握りしめた剣が戦慄く。
「早く殺れ」
ザンターの躊躇いを無視し、再度国王は命じた。
ザンターとて、人間の端くれ。聖職者に手を出せばどんな罰を受けるかと、躊躇する。
だが、家族の命が。拒否すれば、自分と妻、娘、加えて親類縁者一同が明日、この場所に並ぶこととなる。
「すまない、神父」
背に腹は変えられない。瞼を閉じ、剣を掲げた。
「待て! 」
重低音が広場に通る。
その場にいる全員の目が、その声の持ち主に一斉に向いた。
まるで縦に海を割る神話のごとく、一人の男の通り道を作るために、民衆が左右に分かれる。
彼方から近づいてきたのは、ランハートだ。
銀糸の髪が太陽の光に煌めき、まさに神の使いと言わんばかりの厳かさ。
「兄上。神に使える者にこのようなことはいけません」
民衆からほうっ、と見惚れる息が漏れる。
国王は目を眇める。
「ランハート。お前はこのわしに意見する気か」
「兄上。その濁った目を元に戻し、国民を見て、国民の声に耳を傾けてください」
いつになく辛辣なランハートの言葉。
「何だと? 」
「亡くなった妃に瓜二つのスノウ・ホワイトを溺愛する気持ちはわかります。ですが、スノウ・ホワイトは妃ではありません。正真正銘、あなたの娘です」
「そのようなことは、百も承知だ」
「いいえ。あなたは混同しています。娘の間違いを正しく導くことが、父親としての役目です」
「偉そうに、このわしに意見する気か! 」
国王の双眸はぎらぎら光り、怒りを隠そうともしない。実の弟を殺しかねない鋭さだ。
対するランハートに表情はない。いや、その表情こそが、怒りだ。ちりちりと燃える炎を奥底に抑え込んでいる。
「ランハートを捕らえよ! 」
とうとう、国王は命じた。
「わしの企てを邪魔する者は、皆、敵だ! 」
弟は別格。白雪姫に次いで国王に意見出来る唯一無二の存在。
その法則が崩れた瞬間だった。
「いい加減にしろ! この、時代遅れのハゲタカ野郎! 」
ランハートは、口汚なく罵る。
いつも上位貴族としての振る舞いに気をつけていた彼の本性が垣間見えた。
「構わん! 殺れ! 」
最早、ランハートは国王の敵とみなされた。
だが、今までランハートに従っていた兵士達。ランハートは思いやりある人物。兵士の中で、恩義を受けた者は一人や二人ではない。義理ある関係を易々と翻すことに、気持ちの整理が追いつかない。
「貴様ら! 家族の首を刎ねさせる気か! 」
兵士らは奥歯を噛み、苦痛に耐える。
ランハートに恩義がある。
しかし、愛する家族を犠牲にすることは出来ない。
しかし。
堂々巡りする葛藤。
「遠慮するな。私は最早、王国の敵」
ランハートは剣を抜く。
兵士らの葛藤がわかるゆえ、無理矢理決断させてやるしかない。
これも、ランハートの思いやりだ。
「申し訳ありません。オーランド公爵」
兵士らも剣を抜く。
皆一様に、その顔は涙で濡れていた。
勿論、ザンターもだ。彼も歯を食い縛り、涙を流す。
「構わない。来い」
兵士が助かる道は、これしかない。
ランハートは目を閉じた。
その瞳の奥に潜む妻を思い浮かべながら。
ボーデン村の教会の前に、処刑台は組み立てられていた。
太い梁から垂れた頑丈なロープが、ヒューゴ神父の腰にぐるぐると巻きつき、吊るし上げる。
吊るされる直前まで酷い暴力を受けていたことは明らかで、神父の両頬は腫れ上がり、目の片方が青痣になり、もう片方は瞼が塞いでしまうくらい変形してしまっている。神職のローブもところどころ引き裂かれ、覗く肌は殴られた痕で黒ずんでいた。
「神に逆らうつもりか?」
倍近く腫れ上がる唇からくぐもった声を絞り出す神父。
右側には剣を持つザンター。反対側には屈強な部下が、神父を挟んで直立不動だ。
神、の単語に俄かにザンターの目元が痙攣する。
「悪く思わんでくれ。我々にも家族がいるんだ」
ボソボソとザンターが言う。
「人質に取られているのか? 」
「そんなものだ」
ザンターの頷きに、反対側にいる屈強な部下も小さく首を縦に振った。
「ごちゃごちゃと、何を喋っているんだ! 」
処刑台の真向かいで、王宮から取り寄せた豪奢な玉座から、国王は声を張り上げる。
その真後ろにはずらりと守備をする兵士が一列に並び、距離を置いて簡易の柵越しに見物の民衆がごった返している。
皆、恩人の神父をどうにか出来ないものかと、顔をしかめ、歯噛みする。
「神父よ。何か言い残すことはないか?」
国王は酷薄に笑う。
神に身を捧げる男の首を刎ねることで、自分に逆らう輩は誰であろうと許さないと示す。そのためだけに、国王は命を粗末にするのだ。
「私が今ここで死ぬことは、それは神が望んだことならば、本望だ」
唇が腫れて喋りにくそうにしながらも、神父はキッパリ言い切る。その目は爛々と輝き、堂々としている。
民衆のどこからか、啜り泣きが聞こえてきた。
「生意気な男だ」
国王は不機嫌に鼻を鳴らす。
「殺れ」
国王はザンターに顎で示す。
ザンターは息を呑んだ。握りしめた剣が戦慄く。
「早く殺れ」
ザンターの躊躇いを無視し、再度国王は命じた。
ザンターとて、人間の端くれ。聖職者に手を出せばどんな罰を受けるかと、躊躇する。
だが、家族の命が。拒否すれば、自分と妻、娘、加えて親類縁者一同が明日、この場所に並ぶこととなる。
「すまない、神父」
背に腹は変えられない。瞼を閉じ、剣を掲げた。
「待て! 」
重低音が広場に通る。
その場にいる全員の目が、その声の持ち主に一斉に向いた。
まるで縦に海を割る神話のごとく、一人の男の通り道を作るために、民衆が左右に分かれる。
彼方から近づいてきたのは、ランハートだ。
銀糸の髪が太陽の光に煌めき、まさに神の使いと言わんばかりの厳かさ。
「兄上。神に使える者にこのようなことはいけません」
民衆からほうっ、と見惚れる息が漏れる。
国王は目を眇める。
「ランハート。お前はこのわしに意見する気か」
「兄上。その濁った目を元に戻し、国民を見て、国民の声に耳を傾けてください」
いつになく辛辣なランハートの言葉。
「何だと? 」
「亡くなった妃に瓜二つのスノウ・ホワイトを溺愛する気持ちはわかります。ですが、スノウ・ホワイトは妃ではありません。正真正銘、あなたの娘です」
「そのようなことは、百も承知だ」
「いいえ。あなたは混同しています。娘の間違いを正しく導くことが、父親としての役目です」
「偉そうに、このわしに意見する気か! 」
国王の双眸はぎらぎら光り、怒りを隠そうともしない。実の弟を殺しかねない鋭さだ。
対するランハートに表情はない。いや、その表情こそが、怒りだ。ちりちりと燃える炎を奥底に抑え込んでいる。
「ランハートを捕らえよ! 」
とうとう、国王は命じた。
「わしの企てを邪魔する者は、皆、敵だ! 」
弟は別格。白雪姫に次いで国王に意見出来る唯一無二の存在。
その法則が崩れた瞬間だった。
「いい加減にしろ! この、時代遅れのハゲタカ野郎! 」
ランハートは、口汚なく罵る。
いつも上位貴族としての振る舞いに気をつけていた彼の本性が垣間見えた。
「構わん! 殺れ! 」
最早、ランハートは国王の敵とみなされた。
だが、今までランハートに従っていた兵士達。ランハートは思いやりある人物。兵士の中で、恩義を受けた者は一人や二人ではない。義理ある関係を易々と翻すことに、気持ちの整理が追いつかない。
「貴様ら! 家族の首を刎ねさせる気か! 」
兵士らは奥歯を噛み、苦痛に耐える。
ランハートに恩義がある。
しかし、愛する家族を犠牲にすることは出来ない。
しかし。
堂々巡りする葛藤。
「遠慮するな。私は最早、王国の敵」
ランハートは剣を抜く。
兵士らの葛藤がわかるゆえ、無理矢理決断させてやるしかない。
これも、ランハートの思いやりだ。
「申し訳ありません。オーランド公爵」
兵士らも剣を抜く。
皆一様に、その顔は涙で濡れていた。
勿論、ザンターもだ。彼も歯を食い縛り、涙を流す。
「構わない。来い」
兵士が助かる道は、これしかない。
ランハートは目を閉じた。
その瞳の奥に潜む妻を思い浮かべながら。
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