【完結】白雪姫の元継母は氷の公爵との結婚を破棄したい

晴 菜葉

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乙女達の救出

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 狭い階段を駆け下り、突き当たりの扉のノブを捻る。
 貨物室は、酒樽で室内の三分の一ほど埋められていた。残りの三分の一には、一メートル四方の木箱が三つ、並べられている。どの木箱も南京錠の掛かる鎖でぐるぐる巻きにされ、頑丈に封をされていた。本当に人が入っているのか疑わしいほど、微動だにしない。
 毒りんごは木箱の表面に耳をつける。
「う……うう……」
 微かな呻き声。
「やはり」
 毒りんごは奥歯を噛む。
 三つ全て、中から苦悶の声が漏れている。
「リオ、南京錠を破って」
 鞘に収められた短刀を放り投げると、リオは受け取り、「ハイ! 」と元気よく返事を寄越す。
 粗悪な鋳物製の鎖は、簡単に短刀で砕かれた。
「酷ぇ! 」
 リオの声が引き攣る。
 箱の中には両手首と両足首をそれぞれ紐で縛られて、猿轡を噛まされた少女が、二つ折りの姿勢で窮屈に閉じ込められていたからだ。
 少女は青白く、泣き腫らした瞼がぱんぱんに腫れ、眼差しは虚だ。
 年頃はまだ十五に満たないような、幼い者ばかり。
 身につけるドレスの質や、あまり大振りでない髪飾りから推測するに、中流程度の商家の娘といったところか。
「助けに来た。気をしっかり持って」
 木箱から出して、猿轡を解き、縛っていたロープを切る。
 自由になった少女は、何が起きたのかと、瞬きを繰り返した。
「毒りんご?」
 ようやく状況を飲み込んだらしく、三人同時に啜り泣いた。
「泣いている場合じゃない。逃げるぞ」
 愚図愚図していると、いつ、起き出した船乗りに捕まるかわからない。毒りんごが先頭に立ち、続いて少女達。最後尾にリオ。
 階段を昇り切り、甲板へ出る、といったところで、ピタリと毒りんごの足が止まる。


 丸太と見紛う太い足が、目の前に立ち塞がる。
「ああ! おめえら、何してる! 」
 頭の毛はさっぱりなくせに、顎髭と腕の毛はもじゃもじゃとご立派な男が、野太い声を張り上げる。
 足より太い腕には、青筋が幾つもたち、りんごなど簡単に握り潰してしまいそうな頑強さだ。
「ど、毒りんご! 」
 男は黒ずくめの装束で、対峙する相手が誰かすぐ判別し、驚愕して思わず後退る。
 毒りんごは、その隙を逃さなかった。
 剣を引き抜くや、男の髭に隠れた喉仏に先を突き立てる。
「わああ! 俺たちゃ、何も知らねえんだ! 」
 男はあわてふためき、降参のポーズを取る。
 剣の腕前では右に出る者はいないザンターを、あっさりと打ち負かした毒りんごを知らない者はいない。
 どれほど屈強な身形であろうと、義賊には敵わないと、男はすっかり戦意喪失している。
「嘘つけ。知らないわけないだろ」
 毒りんごは前のめりになる。
「俺たちゃ、スノウ・ホワイト様の機嫌を損ねた娘を売り飛ばせって、命令されただけなんだよ! 」
「スノウ・ホワイトだと」
 またもや、白雪姫の名が出た。
 アデリーを無実の罪で断罪にまで追い込んだ娘。またもや、年端のいかない少女を苦しめる。
 毒りんごは、奥歯が擦り減るくらいに噛み締めた。
「姫の命令は絶対だ! 」
 この男らも、逆らえば死罪は免れない。元々は至って平凡な船乗りだろう。その証拠に、毒りんごへの悪あがきよりも、降参を選択した。見た目は荒くれ者だが、平和主義に違いない。
「命までは取らない。さっさと失せろ」
 毒りんごは剣を鞘に収める。
 他の輩より一足早く目を覚ました髭面の男は、首を何度も何度も縦に振り、何やらぶつぶつと神への救いの言葉を唱えながら、勢いよく船を駆け下りた。


「さあ、行くぞ」
 毒りんごは振り返る。
 控えていた少女らとリオは、早く逃げたがり、うんうんと頷く。
「待て! 」
 不意に、濁声が割った。
 毒りんごは、息を呑んだ。
 視線の先には、会いたくない男が仁王立ちしていたからだ。
「ザンター中隊長。何故、ここに」
 町の治安を守る騎馬兵士が、まさか、港にまで出張ってくるとは。
 ザンターは口髭を引っ張りながら、嫌そうに顔をしかめた。
「スノウ・ホワイト様のご命令だ」
 不本意であることは、声色が語っている。
「船荷を荒らす輩の警護だ」
 白雪姫は、毒りんごがこの件に関わってくると踏んでいたのか。それとも、全くの偶然か。
 どちらにせよ、毒りんごにとって、厄介な状況であることに変わりはない。
「まさか、こんなところで宿敵に遭遇するとはな。私は運がいい」
 狐目は充血して真っ赤になっており、瞳孔はぎらぎらと不気味な光を宿している。
 覚悟の目だ。
 例え相打ちになろうと、このお尋ね者の首を取る。
 失態を犯したザンターには、最早、後がない。
「やめろ! あなたは、この状況をわかってるのか! 少女達は」
「私は、船荷を守れと命じられただけだ」
「この、人でなし! 」
 毒りんごは、右足を踏み鳴らした。
「悪く思わんでくれ。この国は腐っているんだ。どうしようもない」
 ザンターは下唇を噛む。
「変えようとは思わないのか」
「無駄だ。変えられん」
 毒りんごの力強い発声に対して、ザンターの響きはだんだんと弱々しくなっていく。
「国に従うしか、生きる道はない」
 仕舞いには、今にも消え入りそうにか細い返事。
 肩透かしを食らった毒りんごは、わざとらしく首を振って溜め息をついた。
「それでも国を守る兵士か」
「私にも、守るべき家族がいる。妻と娘の命には変えられん」
 妻と娘といった単語で、ザンターの目つきが変わる。毒りんごが民衆を守るのと同じように、ザンターにも守るべき者がいる。
 剣を握るザンターに力が加わる。
「了解した」
 話し合いは決裂だ。
 毒りんごは固く瞼を閉じた。
 すぐに開いた目からは、すでに静穏は失われていた。
 剣を引き抜けば、すかさず火花が散るような金属音。
 先に踏み込んだのは、ザンター。
 咄嗟に剣を受け止めた毒りんごは、先制を取られてしまった。
 毒りんごは露骨に舌打ちする。
 力ではどうあってもザンターには勝てない。だから、繰り出す剣の勢い任せに攻撃を矢継ぎ早に仕掛ける戦法を取っていた。
 受け身の相手が疲れを見せた隙を見て、とどめをさす。
 しかし、戦略は現在の状況下では使えない。
 ザンターは、前の戦いで見破ったのだ。
「やるな」
 毒りんごは、危機的な形勢だと言うのに、急に笑い出したくなって、ニヤリと口端を曲げた。
 もう、どうにでもなれ、という心境だ。
「貴様もな」
 ザンターも、同じように頬を歪めた。
 武術大会で報奨金を手にする己と互角の腕前の何某に対して、純粋な敬意を示した。
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