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義賊、現る

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 闇を彷彿とさせる装束を纏うその人物は、背は低いが、今時の女のようなしなやかさは皆無。髪は短く、マントのせいで体型は判別しない。
 幅の広いつばの片方が盛り上がったルーベンス・ハット。顔半分が仮面で覆われて、ますます性別を不明にさせる。
ラ・ポム・アンポワゾネ毒りんごだと?」
 隊長は口髭をこの上なく捻じ曲げ、鼻白んだ。
「邪魔するな! 」
「罪のない少女に手をかけることは、許さない」
 毒りんごは、剣を引き抜くとその先端を隊長に向けた。
「おい、そこの少年」
 毒りんごは振り向くことなく、背後にいたハンチング帽の少年を呼ぶ。
 赤毛でそばかすの新聞配達員の少年は、名指しされ、ビクッと飛び上がった。
「その少女を連れて逃げろ。なるべく遠くへ」
 有無を言わさぬ力強い声に、少年は螺子の飛んだ玩具のように、何度も何度も首を縦に振った。
「早く行け」
 少年はマリアーヌをお姫様抱っこすると、駆け出した。
「待て! 」
 隊長の部下が一歩踏み出した。
 すぐさま、剣先が部下の顎元へと突き出す。
「おっと。邪魔はさせない」
 ニヤリ、と濃く赤い唇が斜めに上がる。
「我々とやり合うつもりか! 」
 隊長が怒鳴る。部下の剣を引ったくると、毒りんごに剣先を仕向ける。
「我らは、国王直属の騎馬兵。貴様など、一突きだ! 」
「成程。階級章は睡蓮が二つ。騎士隊の中隊長だな」
「中隊長のザンターだ」
「覚えておこう」
 ニタリ、と毒りんごの口角が上がった。
 それが、開始の合図だ。


 剣と剣がぶつかり合う、激しい金属音。
 毒りんごは剣を繰り出し、前へ前へと押し出す。
 脇腹、胸元、首筋、顎先、右耳、左耳。急所に成り得る部位に狙いをつける。
 毒りんごが振るうたびに、ザンターは受け止め、己の体に傷が入ることを回避する。
「やるな、若造」
「あなたも」
 互いにニタリと笑う。
 しかし、その額には玉の汗が吹き出して、幾筋も線となって頬を伝い、肩や脇をぐっしょりと濡らした。
 余裕のなさを相手に悟らせないためだ。怯めば隙が生まれ、抜け目なくそこを突かれれば、勝敗は決まったも同然。
 ザンターの灰色の目がギラリと光る。
 毒りんごが息苦しさで、大きく肩を上下させたことを見逃さなかった。
 繰り出す剣先が、僅かに乱れた瞬間だった。
 ザンターが押し返し、次々に剣を振るう。
「きゃああああ! 危ない! 」
 どこぞの令嬢が悲鳴を上げた。
 鍛錬の賜物で体格は引き締まっているものの、白髪混じりの中年で、腹に一物ありそうな狐目のザンター。
 片や、黒ずくめの、すっきりした体躯の青年風。
 彼女の中での比重は、得体の知れない男に傾いている。
「頑張って! 毒りんご! 」
 それをきっかけに、路地にいた者が口々に声援を送る。
「負けるな! 」
「やれ! 」
「毒りんご! 」
 横に広がるように、ざわざわした声は次第に大きくなっていく。
 ザンターは、舌打ちする。
 毒りんごは、ザンターの脛を蹴飛ばすと、持ち主不在の箱馬車の天井にひょいひょいと昇り、頭上で剣を掲げる。
 太陽の光を受け、剣先が瞬いた。
 正義の味方の誕生だった。


 ザンターは、ぐぬぬ、と歯を食い縛った。
「降りてこい! 毒りんご! 」
 見上げて、怒鳴りつける。
 毒りんごは不敵に口角を吊り上げた。
「後悔するなよ」
 やや高めの澄んだ声。
 毒りんごは箱馬車の天井板を蹴り、宙に飛んだ。
 太陽の光のせいで、ザンターは眩しくて目を眇める。
 ヒュッと、彼の頬を風が切る。あっと小さく上がった声が喉奥に留まった。
 毒りんごの剣先が、ザンターの喉仏すれすれに突き立てられていたからだ。
 毒りんごが少しでも前のめりになれば、否応なく血が吹き出し、路地はたちまち真っ赤な海と化す。
「勝負あったな」
 ニタリ、と毒りんごは笑みを作る。
 続いて、硬直したままのザンターの部下らをぐるりと見渡した。皆、一様に青ざめ、棒立ちになっている。
 毒りんごはザンターの鳩尾に蹴りを一発入れた。
「ぐおっ」
 潰れた声を出して、ザンターは真後ろに吹っ飛び、どすんと尻餅をついた。
「さっさと連れて行け」
 毒りんごは部下らにザンターを連れて去るように命じた。
 ザンターは不意打ちを食らって動けない。
 部下らは慌てて彼を両脇から抱えると、馬に飛び乗り、くるりと身を翻した。
 馬のいななき。
 一塵の風が起こる。
 あっという間に、ザンターら一団が町から逃げ去った。
「万歳! 」
「正義の味方に、万歳! 」
 人々は口々に言う。
 国王に虐げられていた人々は、日々の鬱憤を晴らす術を待ち望んでいた。
 そして、今、その希望の光が現れたのだ。
 民衆の歓喜は留まることなく、町中に拍手と口笛、そして笑顔となって湧き立った。


「ふざけるな! 」
 国王は、その日の大衆記事を握り潰した。
「正義の味方、毒りんごだと?」
 新聞を床に叩きつける。
「この、わけのわからんらやつを取り逃した役人は、誰だ! 」
 国王は宰相を、物凄い目で睨みつける。
「このような不甲斐ないやつ。即刻、首を刎ねよ! 」
「お、お待ち下さい」
「わしに意見する気か」
 濃い皺のある顔に影が落ち、不気味な昏さとなる。
 宰相はぶるぶる震えながら、脂汗を垂らす。
「今一度、あの男に機会を与えてやって下さい」
「何だと」
「あの男は、数々の武術大会で賞を取る腕前。次こそは、必ず仕留めます」
「確かだな」
「はい!」
 ふん、と国王はつまらなさそうに鼻を鳴らす。
「それにしても、気に食わん内容だ」
 靴の底で新聞記事を踏みつけた。
 活版印刷のその新聞の名は、フレディ・サン。
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