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カーソン公爵の思惑

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「やめるんだ!レイチェル!」
 突如、透き通るほどの美声が響く。
 ふわりとカールした金髪の短い髪、口元に携えた八字の髭、すらりとした細身の紳士。
 扉を開けて入って来たのは、カーソン公爵だった。
「何故、ここに?」
 先程の勢いが一変して萎んだレイラは、ナイフを取り落とし、呆然と呟く。
「私の別荘を、私が知らないわけがないだろう?」
「そ、そういう意味では」
「私の命令で暇を出されたと、管理人からわざわざ報告が来た。内密にことを運ぶつもりのようだが、無駄だよ」
「も、申し訳ありません」
 レイラは潮らしく頭を下げる。
「レイチェル。乱暴はいけないよ」
 彼女に向けて目を細めるカーソン。
 すぐさま表情を引き締めると、ずかずかととルパートの前まで歩んだ。
「ルパート。君はもう全てを知っているんだね」
 ルパートは無言で頷く。
 以前、カーソンが苦手だと話した際の、アルフレッドの言葉を思い出していた。
 獣の本能。
 あながち、間違ってはいない。
 王族に敵対する組織に属していた叔父に対し、ルパートの本能はしっかり感じ取っていたのだ。
「マルテーゼが話したのかい?」
「俺の妻の命が危ういと知ると、全て白状してくれました」
 手紙には、カーソンが唯一信頼を置くのが妹ただ一人であると、記されていた。
 母はその信頼を覆し、ルパートに付いた。
「そうか。口の固い妹も、嫁殿には形無しだな」
「俺が早く身を固めるようにと、常に気を揉んでいましたからね」
「そうだったな」
 カーソンに、妹に裏切られたショックは見られない。むしろ納得がいったように頷く。変わらず優しい眼差しで甥を見た。
「もう聞き及んでいると思うが。私はかつて、王族の身でありながら、革命派に所属していた」
 カーソン自ら、認めた。
「この国の遣り方に不満があったからね。王族だが、所詮はお飾り。宰相の言いなり。腐敗した、自分達のことしか考えない政治……うんざりだよ」
 小さく首を横に振り、カーソンは肩を竦めてみせた。
「そうしたときに知り合ったのが、グランドマザーだ」
 カーソンは言いながら、レイラの肩に手を回し、引き寄せる。
 かつての城と同じ光景だが、父子と判明した今は、見る目が異なる。
「僕がレイチェルの母親を愛することに、そう時間を費やすことはなかった」
 懐かしそうにカーソンは語る。
 ヒルダの目が潤む。
 カーソンは他家の令嬢と婚約はしたが、すぐに解消し、以降は独身を貫いていると聞く。
 あるときから愛人のレイラを社交の席でひけらかしていたが。
 あれは、公に娘と触れ合っていただけなのだ。
「グランドマザーは、隣国の手先のはずだ」
 ルパートはそんな雰囲気に一切惑わされず、淡々と尋ねた。
「あんた、まだわかっちゃいないね」
 レイラは鼻を鳴らし、舌打ちを付け加える。
「隣国は元々革命派に付いてたんだ。形勢が悪いと知ると、あっさり寝返ったんだよ」
 よくある話だ。
「グランドマザーは、何故、今になって出てきた?」
 十五年もの間、存在自体を消していたというのに。
「確かに不思議に思うだろうね」
 カーソンは落ち着いた仕草で、椅子に腰掛けた。
 守るようにレイラが傍に控える。
「統領である彼女の祖母が、肺の患いで亡くなったときに、組織は完全に解体した」
「だったら、何故だ?」
「不穏な動きを察知したからだよ」
 カーソンの穏やかな目が吊り上がった。
「君は、僕らが君の部下に瀕死の重傷を負わせたと思っているだろう?」
「違うと言いたいのか?」
「そうだよ。あれは、僕らではない」
 チラリ、とレイラに視線を送るカーソン。
 レイラは頷きで答えた。
「君の部下は、を見てしまったために、命を狙われたんだ」
「ヒルダを狙った毒と同じものが使われていたが」
「グランドマザーがよく使っていた毒だ。戦争経験者なら、誰もが知っているし、手を回せばすぐに手に入れることが出来る」
「グランドマザーに罪を被せたということか?」
「ああ、濡れ衣だよ。それがきっかけで、僕らは動いたんだ」
「シュプールは?あの荒くれ者は?」
「彼女は、金で買われた政府の犬だよ。尤も、彼女の夫の借金だって、仕組まれたものだけどね」
「政府に利用されたのか」
「性格はどうであれ、顔の広さは社交界一だからね」
 ルパートは、苦虫を噛み潰した顔になる。
 ルパートも、顔の広さの中に入っている。
「首を射抜かれた男らは?」
 レイラはまたもや鼻を鳴らすと、偉そうに胸を逸らした。
 これ見よがしに、ヒルダに流し目を呉れる。
「私に感謝してほしいくらいだよ。あんたの大事な妻を助けてやったんだから」
「何だと?」
 ルパートの眦が吊り上がる。
 唐突に妻という単語が出て、ヒルダはぎくり、と身を強張らせた。
 彼らの話はまるで御伽話のようで、現実と認識するには、あまりにもかけ離れていたというのに。
 まるで、いきなり首根っこを捕まえられ、現実に向き合わされたようだ。
「シュプールと、男ら二人は、政府から命令が出ていたんだよ」
 カーソンが説明する。
「しかも、勝手にグランドマザーの名を語ってくれちゃって」
 レイラが後を繋いだ。
「戦場の虎の娘を殺れ、とね」
 レイラは、チラリとヒルダを横目する。
「戦場の虎はこの国の英雄だ。言わば、国民の指示を集める身。いつ、祭り上げられて、反逆してくるわからないからね」
「そ、そんな」
 詳しく語るカーソンに、ヒルダは小さく首を横に振った。
 足元から力が抜けていき、ふらふらとバランスが崩れそうになる。
 父が反逆者になりかねないなんて。
 国のために戦ったのに。
 あんまりだ。
「怪しい芽は摘んでおくに限るからね」
 カーソンがトドメをさす。
 ルパートは力の抜けたヒルダを支えると、そっとベッドに腰掛けさせた。
 ヒルダは肩を上下させ、息を整える。
「あ、あの。あの、一番大きい男は?」
 どうにかこうにか、大男の荒くれ者のことを聞いた。
 ヒルダに助けを求めて、森に消えた男。
 雷に打たれたのか。逃げ切ったのか。あれ以来、姿は見ていない。
「ああ、あいつか」
 レイラは、気のない言い方で、肩を竦める。
「助けてやろうってのに。何を勘違いしたのか、暴れ回って。ちょいと押さえ込んだら、逃げてちまって」
「あ、あの男は、何なの?」
「ただの、見てくれだけで雇われたやつさ。強盗を装うだけのね」
 だから、あの男だけ射抜かれなかったのか。
 ヒルダに助けを求めてきたときには、すでに殴られた痕が酷かった。相当暴れたためか、それともレイラの力加減が半端なかったのか。
「この女が茶会に紛れていたのも、政府の思惑か?」
 シュプール主催の茶会について、ルパートが疑問を呈する。
「政府が、グランドマザーだと疑いのある人物を燻り出すためだよ」
「ヒルダも疑われていたというのか?」
「そうだね。戦場の虎の娘だし」
「他の奴等も?」
「元々、政府に何らかの関わりを持っていた女性達だよ」
 茶会の顔ぶれを思い出す。
 話の内容の卑猥さが目立っていたため深く考えなかったが、皆、妙に情報に長けていた。
 まるで、諜報員かと思うくらい。
 政府が脅威に思うのも頷ける。
「ルパート。我々と手を組まないか?」
 カーソンは立ち上がるや、右手を差し出す。
「断る」
「だろうね」
 早々に、差し出した右手を引いた。
「ルパート。敵を見誤ってはいけないよ」
 カーソンは優しい口調で言い聞かせた。
「君の部下は、ある企みを聞いてしまったために、消されかけた」
「政府が敵ではないのか?」
「政府、と言っても、手を引いているのはただ一人だけ。他の者は、企みにも気づかず、自分らの利益を貪っている……ここまで言えば充分だろう?」
「……了解した」
 ルパートは腕を組み、俯いて、何やら考え込んでいた。






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