上 下
37 / 42

誘惑の夜 ※R18

しおりを挟む
 時計の長針と短針が重なる時刻。
 ヒルダは、金色のドアノブを捻ると、音を立てずに室内に滑り込んだ。
 暗がりの中、規則的な呼吸音と、秒針の微かな音がいやに大きい。
 初めて見るルパートの寝室は、高級なマホガニーの、二人並んで寝ても確実に余地のある大きなベッドが中央に、傍らにサイドテーブルが配置されていた。特注品なのか、デラクール家の紋章の睡蓮が象られている。
 絨毯やカーテン、壁紙に至るまで、青を基調に統一されている。
 ヒルダはそれらを素早く観察しつつ、足音に気遣いながら中央を目指した。
 ベッド間際まで来たとき、ヒルダは羽織っていたローブの紐を解き、肩からするりと足元へ滑り落とした。
 エレナが買い付けた、際どいデザインの下着姿が剥き出しになる。
 ヒルダはそのまま、息を殺してベッド脇まで向かった。

 睫毛が長い。
 髪と同じ、青みがかっている。
 いつもは髪を整えているが、今は無造作に崩れ、少年らしい若々しささえ残っていた。
 薄い唇は、相変わらず凛々しく引き締まっている。
 ヒルダは無性に、その日焼けした頬を輪郭に沿って撫でてみたい衝動に駆られたが、ぐっと堪え、美しい寝顔を堪能するにとどめた。
 更に、彼をよく見ようと、覗き込んだときだった。

「……!」

 殺気を感じ、咄嗟に後ろへ飛び退いた。
 その判断は、正解だった。
 ヒルダの喉元すれすれに、短刀の刃先が突きつけられていたからだ。
 もし、あのまま察知せず、ぼんやりしていたなら、今頃は喉首を掻き切られていたことだろう。
「何者だ」
 仰臥し、瞼を伏せたまま、極めて冷静にルパートが尋ねた。
「俺の寝首を取ろうとしたようだが。甘かったな」
 さらに刃先が立ち、ヒルダの喉に細く赤い筋を引いた。
 ヒルダは唾を飲み下した。
「誰の命令だ」
 ルパートは語気を強める。
「言え」
 ぞっとするほど冷たい声。
 特務師団団長は、伊達ではない。
「ち、違うんです」
 ルパートにとって、予想外の声であったことは確かだ。
 たちまち、カッと目を見開くや、飛び起きる。バサバサと髪が乱れていた。
 喉元の短刀を戻すその様は、いつになく動揺を隠そうともしない。
「ヒルダ、何故ここに?」
「そ、それは」
 まさか、夜這いに来たなどと易々口に出来るわけもなく、ヒルダは首まで真っ赤になって俯く。 
「その格好は、どうした?」
 さらにルパートが畳み掛ける。
 ますますヒルダは俯くしかなかった。
「……成程な」
 そんなヒルダに、ルパートは何かを察したらしく、ニタリと口元を吊り、人の悪い笑みを作った。
「さては、エレナの入れ知恵だな」
 ルパートには、ヒルダの心の内は筒抜けだった。
 ヒルダは羞恥の極みで、ますます顔は熱を持ち、眦から溢れる涙を堪え切れなかった。俯いたきり、両方で拳を握り込んで、ぶるぶる肩を震わせる。
「来い」
「きゃっ」
 いきなり手を引かれたかと思えば、ベッドに仰向けに倒されていた。
 後背に、スプリングのよく効いた、柔らかな感触。
 ルパートはヒルダの顔を挟むかのようにベッドに手をつき、真上から覗き込んだ。
 まともに視線がぶつかり、ヒルダは顔を背ける。
「叔父上の愛人に嫉妬したのか?」
「……あれほど美しい方を前に、冷静でいられるわけありません」
「穿った見方をするな」
 不適な笑みを浮かべたまま、薄い布切れ一枚の胸元に目線を落とす。
「しかし、かなり刺激の強い姿だな」
「町では、これが流行っていると」
「まったく。今時の若い娘には困ったものだな」
 作戦は失敗だ。
 情緒もへったくれもない。
 ルパートを誘惑どころか、危うく喉を切られそうになり、その後は冷静に状況を分析されて。
 あまりにも居た堪れなくなり、ヒルダは一刻も早くこの場を去りたかった。
「では、その健気な企みに乗ってみるか」
 ルパートの目つきが変わった。
 つい今しがたまで、呆れたような、慈しむような、妙に生ぬるい眼差しだったというのに。
 明らかに、雄の顔つきになった。
「ひっ」
 ヒルダの喉がひくつく。
 本能が、危険だと訴えていた。
 目の前にいるのは、獲物に齧りつこうと牙を剥き出しにする獣だ。
「や、やめて」
 夜這いに来たくせに、怖気づいて逃げようとするヒルダ。
 勿論、ルパートは許さない。
「今更、逃げるつもりか?」
 いつもなら見下すようにニタリと笑う彼だが、今夜は違う。
 身じろぎするヒルダを逃すまいと、手首を押さえつけ、足を絡めて、がっちりと拘束する。
 いやいや、と首を横に振るヒルダを、批難がましく見下ろす。
 ヒルダは息を呑んだ。
 改めて、ルパートの蠱惑を認識する。
 カーテンの隙間から差し込む月の光に横顔を照らされ、いつも以上に色気が増幅され、柑橘系の匂いが鼻腔を刺激する。
 たちまちヒルダの全身を震えが駆け抜ける。
「あっ……」
 太腿を節張った指が行き来したかと思えば、臍の下を弄り、ショーツの中へ入り、前触れなく深淵を割って体内に侵入した。
「い、いや……あっ」
 小さな抵抗は、すぐに誘いの甘さへ変わる。
 ルパートの双眸の虜にされたヒルダの体は、性急な進入を嫌がるどころか、むしろ、待ち構えてさえいた。
 快感を取り込もうと、粘膜が蠢いて、ルパートの指を締め付ける。
 すっかり慣らされた太腿の間からは、すでにぬらぬらと光る糸が滴り、ショーツの生地越しに、シーツをぐっしょりと濡らす。
 指が二本、三本と増やされるうち、ヒルダは喉を鳴らし、睫毛を瞬かせる。
「この下着は、今宵限りで勘弁してくれ」
 言いながら、ルパートは片方の手で薄い生地を取り払い、ヒルダの乳房を露にする。
「俺の忍耐が保たない」
 ずるり、と指が引き抜かれた。指先が糸を引く。
 器用に片手でショーツの紐を解く。
 ぐっしょりとした滴り。深淵の奥を弄られ過ぎて、ぷっくりとした膨らみが、今か今かと打ち震えている。
 子宮が収縮するたびに、深淵も同じ動きで疼く。
「ルパート様、早く」
 初めての刺激が蘇る。
 全身が欲していた。
 ルパートは目元を赤らめ、口中で何事か呟くと、いきなり灼熱の塊を蜜まみれの深みに押し入った。
「あっ…あ……」
 火傷しそうに熱い、熱くて堪らない。
 ずっと待ち焦がれた灼熱をもっと奥へ取り込もうと壁がうねり、喰んで、締め付ける。
「くそっ。ヒルダ」
 苦しそうに名を呼ばれ、続いた呻き。
 子宮口まで届いた塊は、律動をどんどん速め、内壁を激しく擦る。
 律動のたびにベッドが軋んだ音を上げ、上下に跳ねた。
 そのたびに、嬌声が散る。
 ヒルダは振り落とされまいと、必死にルパートにしがみつく。
 ルパートも、ヒルダを離すまいと、強く抱きしめた。
 密着した二人は、そのまま空が白く色が変わるまで離れることはなかった。

 扉の隙間から伺っていたその人物は、激しい情事にこの上ない罵りを吐き、舌打ちすると、素早くその場から離れた。




しおりを挟む
感想 10

あなたにおすすめの小説

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~

真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

身分差婚~あなたの妻になれないはずだった~

椿蛍
恋愛
「息子と別れていただけないかしら?」 私を脅して、別れを決断させた彼の両親。 彼は高級住宅地『都久山』で王子様と呼ばれる存在。 私とは住む世界が違った…… 別れを命じられ、私の恋が終わった。 叶わない身分差の恋だったはずが―― ※R-15くらいなので※マークはありません。 ※視点切り替えあり。 ※2日間は1日3回更新、3日目から1日2回更新となります。

王様とお妃様は今日も蜜月中~一目惚れから始まる溺愛生活~

花乃 なたね
恋愛
貴族令嬢のエリーズは幼いうちに両親を亡くし、新たな家族からは使用人扱いを受け孤独に過ごしていた。 しかし彼女はとあるきっかけで、優れた政の手腕、更には人間離れした美貌を持つ若き国王ヴィオルの誕生日を祝う夜会に出席することになる。 エリーズは初めて見るヴィオルの姿に魅せられるが、叶わぬ恋として想いを胸に秘めたままにしておこうとした。 …が、エリーズのもとに舞い降りたのはヴィオルからのダンスの誘い、そしてまさかの求婚。なんとヴィオルも彼女に一目惚れをしたのだという。 とんとん拍子に話は進み、ヴィオルの元へ嫁ぎ晴れて王妃となったエリーズ。彼女を待っていたのは砂糖菓子よりも甘い溺愛生活だった。 可愛い妻をとにかくベタベタに可愛がりたい王様と、夫につり合う女性になりたいと頑張る健気な王妃様の、好感度最大から始まる物語。 ※1色々と都合の良いファンタジー世界が舞台です。 ※2直接的な性描写はありませんが、情事を匂わせる表現が多々出てきますためご注意ください。

【書籍化確定、完結】私だけが知らない

綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
ファンタジー
書籍化確定です。詳細はしばらくお待ちください(o´-ω-)o)ペコッ 目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2024/12/26……書籍化確定、公表 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

【完】皇太子殿下の夜の指南役になったら、見初められました。

112
恋愛
 皇太子に閨房術を授けよとの陛下の依頼により、マリア・ライトは王宮入りした。  齢18になるという皇太子。将来、妃を迎えるにあたって、床での作法を学びたいと、わざわざマリアを召し上げた。  マリアは30歳。関係の冷え切った旦那もいる。なぜ呼ばれたのか。それは自分が子を孕めない石女だからだと思っていたのだが───

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

処理中です...