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地下牢の叫び

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 靴音が反響する。
 燭台の灯りさえ届きにくくなる、深い闇の中へ。まるで引き摺り込まれていくように、歩みは止まらない。
 空っぽの檻を幾つか通り過ぎた後、不意にルパートはある一点で足を止めた。

 眼前には、物凄い形相のアルフレッドがいた。

 通路のど真ん中で、歯を食い縛り、ぶるぶると拳を震わせ、仁王立ちしている。
 いつもの飄然とした様相は、全く見当たらない。
「ルパート!君は何を考えているんだ!」
 アルフレッドが怒鳴る。
「何故、ヒルダを連れてきた!」
 そのあまりの王太子の変わりように、ヒルダは咄嗟に後退り、足がもつれて、あやうく引っくり返りそうになった。
 ルパートは素早くヒルダの体を引き寄せ、胸にその頭を抱く。
 彼の鼓動は極めて正常だった。
 アルフレッドは、直系王族がする態度らしからぬ忌々しい舌打ちの直後、行儀悪く唾を床にぺっと吐いた。
「君は何を守るべきか、わかっているのか!」
「承知している」
「だったら、何故!」
「いづれは、白日の下に晒される。隠し通せない」
「だけど!」
「ヒルダは強い。いや、強さを失わない」
 冷静沈着なルパートを前に、アルフレッドは、とうとう言葉を続けることを諦めた。
 拳を解くと、だらりと力なく垂れる。急激に毒気を抜かれたかのごとくに。
 二人に背を向けて、己の世界に閉じ籠もってしまった。
「ヒルダ。よく見ろ。そして、よく聞け」
 おもむろに、灯りを牢の中に向け、照らした。
 ぼんやりした鈍い光が円状に揺れて、影を浮かび上がらせる。
 黒い影が光を避け逃れようと顔に手を翳した。
 次第に目が闇に慣れてくる。
 地下牢の中にいたのは、髭面の四十半ばくらいの、背の低い、小太りの男だった。
「この方は?」
 全く見覚えのない人物。
 ヒルダは首を傾げる。
「先週から、配膳係として雇っている、元狩人だ」
 淡々と、ルパートが男の正体を明かす。
 狩人と目が合う。男は気まずそうに顔を背けた。
「誰に雇われた。言え」
 ぞっとするほど低い声で、ルパートが詰問する。
「ち、違う!これは俺の独断だ!」
 元狩人は、地下牢の柵を握りしめて、ルパートに唾を飛ばして反論した。
「まだ言うか。何を恐れる?誰を庇う?」
「お、恐れていない!庇ってもいない!」
「確かにお前はヒルダを狙った」
「ああ!俺がやった!」
「それを命じたのは誰だ」
「し、知らない!そんなやつはいない!俺が勝手にしたことだ!」
 必死になって男が叫ぶ。仕舞いに酸欠になり、ゼイゼイと肩で息をしながら、尚、独断だと言い張る。
「ヒルダを見ても、同じことが言えるのか?」
 ビクッと男が跳ねた。
 唐突に自分の名が会話に入り込み、ヒルダは眉を顰める。
「ヒルダは正真正銘、王太子の婚約者・イザベラの実姉だ」
 歯を食い縛り、男は苦しそうに顔を歪める。
「ビリー・デイビス。お前の身元は割れている。年老いた母親と、幼い妹。お前は彼女らを犠牲にするのか?」
 弾かれたように、ビリーが顔を上げる。
 顔面からは血の気が失せ、唇までも蒼白になっていた。
「か、母さんとリアには、手を出さないでくれ!」
「では、言え。命じたのは誰だ」
「そ……それは……」
 またもや、ビリーの語尾が小さくなる。
 彼は頑なに何かを守ろうとしていた。
 それと引き換えに、家族が犠牲になる。葛藤が、余計に彼の声を奪っていく。
 ルパートは、首を横に振った。
「拉致があかないな」
 ルパートは、ヒルダの手首を掴んだ。
 来いと言わんばかりに、引っ張られる。
 手加減はしているが、性急な動きだった。
「やめろ!ルパート!」
 ルパートがヒルダを、通路のさらに先へと引き連れようとしていることに気づいたアルフレッドは、慌てて振り返って叫んだ。
「駄目だ!これ以上は!」
 両手を大きく広げ、行かせないと、ど真ん中に立ち塞がる。
「どけ、アルフレッド」
 体格差と、力で、アルフレッドはルパートには敵わない。
 アルフレッドの肩を押し除け、先へ進もうとする。
「駄目だ!」
 アルフレッドは、諦めない。
 ルパートの服の裾を掴み、行かせまいと思い切り引っ張る。
 上等のシャツが皺だらけになり、伸びて、台無しになった。
「ヒルダの前で、あいつの頬を張り倒してやらなければ。腹の虫が治らない」
「君の怒りはわかる!でも、これ以上は、ヒルダが傷つく!」
 互いにヒルダを慮っての攻防だった。
 アルフレッドは何やらドス黒いものから避けようとし、ルパートは全てを受け入れさせようとしていた。
 いつかの、アルフレッドの言葉が蘇る。
 守ってやる女と、一緒に戦う女。
 ヒルダは間違いなく後者だ。
「アルフレッド様。私は真実を確かめたく思います」
 本心だった。
 アルフレッドはよろめき、小さく首を横に振った。
「ヒルダ、駄目だ」
「何が待ち受けているかは、存じませんが。確かめなければいけない。そんな気がするのです」
「ヒルダ。悲しむのは君だ」
 何がアルフレッドをそこまでさせるのか。
 ヒルダはルパートの手をきつく握る。
 応えて、相手が握り返してくれる。
「アルフレッド。ヒルダは守られるだけの女ではない」
 ルパートは言い切る。
 互いの指が絡み合う。
 絶対に離れない証だ。
「行くぞ、ヒルダ」
 ルパートの呼びかけに、ヒルダは頷いた。



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