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そして、夜会へ
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ついに、夜会当日となった。
「まあまあ、奥様!」
エレナが歓喜する。
「なんて、お綺麗な!」
率直な感想に恥ずかしくなり、ヒルダは頬を染めて俯く。
エレナの隣では、最終確認と称して駆けつけてくれたマダムと、彼女自ら指名の化粧係が満足そうに目配せしている。
マダムがデザインしてくれたドレスは、淡い水色で、大胆に胸元が開いていた。豊満な胸やヒルダの腰の細さや尻の形を品よく見せる細身のデザイン。極上の絹生地には、ふんだんにダイヤモンドが散りばめられている。
マダム指名の化粧係の腕前は確かで、ヒルダの切れ長の瞳の琥珀色を生かしきったアイシャドウは、元来の睫毛の長さが際立つ。濃いめの唇は艶かしく、漆黒の髪は高い位置で結われ、首筋の色っぽさをやけに強調していた。
首元を彩るサファイアのネックレスや、同じデザインのイヤリングが、さらにヒルダを蠱惑的にさせる。
山猿などと悪様に例えられた姿は、最早どこにもない。
「素材がよろしいから、磨きがいがありましたわ」
マダムはエレナの反応に満足そうに微笑む。
そんなヒルダを前にしたルパートの感情は、一切読めない。相変わらずの怜悧さを保っている。
「あ、あの」
綺麗ですか?
ルパート様の伴侶として、恥ずかしくないですか?
ヒルダはルパートの無反応さに心配になる。だが、上目遣いの問いかけは、ルパートには届いていないようだ。
「旦那様、奥様に何か言って差し上げて」
エレナが助け船を出してくれた。
さすがにマダムらの手前、坊ちゃまと呼ぶのは憚る。
「何を」
ルパートの声は心なしか掠れていた。
「旦那様」
ルパートは咳払いを一つし、何やら逡巡しているようだ。
「マダムの腕前は、なかなかなのものだな」
エレナと、マダムら二人、そしてロバート、さらに御者までもが、やれやれと仕方なさそうに小さく首を横に振った。
「まったく、素直じゃないんだから」
エレナの呟きに、皆、一様に頷いたのだった。
春先の天候は移ろいやすいといわれているものの、今夜は穏やかな夜だった。
空には燦然と星が瞬き、神々を形成している。澄み切った群青色の下、馬車はひたすら王宮を目指す。
気持ちの良い外の空気に反して、客車に流れているのはそれらを帳消しにするものだった。
真向かいに座るルパートは、先程から窓に凭れて目線を合わせようともしない。
いつになく不機嫌そうではあるが、ヒルダと揃いの生地のスーツに身を包んだ姿は、きっちりと髪を整えている分、美丈夫さが倍以上だ。
「どうした?」
窓の外を向いたまま、ルパートは気怠そうに問いかけてきた。
見惚れていたことを見抜かれたかと、ぎくりとする。
「今から緊張してどうする」
手厳しい。
が、ルパートの容姿に我を忘れてしまったことが露呈しなかったため、よしとする。
「今夜は各地の貴族が一斉に集まる上、各国からの招待客も多い」
独白のように淡々と続ける。
「俺は男らから情報を引き出す。お前は女達の懐に入り込んで、何か探れ」
ヒルダの唇が戦慄く。
薬指をぎゅっともう片方の手で握り込む。
簡単なことではない。
たった一度の夜会は、終日、壁の花として過ごした。
貴族や各国要人の奥方との会話なんて、難易度が高い。
エラなら、誰彼構わずにこやかに会話を楽しんだだろうが。
「いつもの威勢はどうした」
小刻みな震えが、ルパートに伝わったらしい。
ようやくこちらに向いた表情は、片眉を上げ、呆れていることが顕著だ。
「風呂場で、俺に技を仕掛けてきた元気はどうした」
いきなり蒸し返された。
「あ、あれは!強盗かと思って!」
「蹴りはなかなか痛かったぞ」
「や、やだ!も、申し訳ありません!」
何も言わないものだから、ちっともダメージを受けていないものだとばかり。
「腹に喰らいそうになった蹴りも、危なかったな」
「もう!あのときのことは、忘れてください!」
素っ裸で強盗退治、しかも、相手がルパートであるとは、考えにも及ばなかった。
ヒルダ最大の忘れたい過去だ。
顔面が火を吹く。ファンデーションでは隠し切れない。両手で顔を隠し、いやいやと首を横に振った。
あははははは、と楽しそうにルパートが笑う。
今夜、初めて見せた笑顔は、一段と男前に拍車をかける。
「もう。笑い過ぎですよ」
咎めつつ、もう少しこの笑顔を堪能したいと思う。
が、ルパートはすぐさま真顔に戻った。
「ヒルダ」
「!」
はっと、ヒルダが顔を上げる。
ヒルデカルドではなく、ルパートから確かに、愛称で名を呼ばれた。
そこには、一定の距離を保つよそよそしさが皆無だ。
「お前は俺の妻だ。堂々としていろ」
言いながら、節のある大きな手のひらが、ヒルダの青ざめたり赤らんだりと忙しい片頬をすっぽりと包み込む。長い指先が目頭や瞼を弄び、やがて目の端を定位置に落ち着く。
あたたかな指先の、薬指に光る証。
もう彼は、夫婦を演じにかかっている。
罪作りな男。
目の前に座る女の本心なんて、ちっとも気づかない。
片頬だけ体温が重なり異常な熱を発する。ヒルダは恨みがましく思いつつ、瞼を閉じ、相手から伝わる熱にしばし浸った。
「まあまあ、奥様!」
エレナが歓喜する。
「なんて、お綺麗な!」
率直な感想に恥ずかしくなり、ヒルダは頬を染めて俯く。
エレナの隣では、最終確認と称して駆けつけてくれたマダムと、彼女自ら指名の化粧係が満足そうに目配せしている。
マダムがデザインしてくれたドレスは、淡い水色で、大胆に胸元が開いていた。豊満な胸やヒルダの腰の細さや尻の形を品よく見せる細身のデザイン。極上の絹生地には、ふんだんにダイヤモンドが散りばめられている。
マダム指名の化粧係の腕前は確かで、ヒルダの切れ長の瞳の琥珀色を生かしきったアイシャドウは、元来の睫毛の長さが際立つ。濃いめの唇は艶かしく、漆黒の髪は高い位置で結われ、首筋の色っぽさをやけに強調していた。
首元を彩るサファイアのネックレスや、同じデザインのイヤリングが、さらにヒルダを蠱惑的にさせる。
山猿などと悪様に例えられた姿は、最早どこにもない。
「素材がよろしいから、磨きがいがありましたわ」
マダムはエレナの反応に満足そうに微笑む。
そんなヒルダを前にしたルパートの感情は、一切読めない。相変わらずの怜悧さを保っている。
「あ、あの」
綺麗ですか?
ルパート様の伴侶として、恥ずかしくないですか?
ヒルダはルパートの無反応さに心配になる。だが、上目遣いの問いかけは、ルパートには届いていないようだ。
「旦那様、奥様に何か言って差し上げて」
エレナが助け船を出してくれた。
さすがにマダムらの手前、坊ちゃまと呼ぶのは憚る。
「何を」
ルパートの声は心なしか掠れていた。
「旦那様」
ルパートは咳払いを一つし、何やら逡巡しているようだ。
「マダムの腕前は、なかなかなのものだな」
エレナと、マダムら二人、そしてロバート、さらに御者までもが、やれやれと仕方なさそうに小さく首を横に振った。
「まったく、素直じゃないんだから」
エレナの呟きに、皆、一様に頷いたのだった。
春先の天候は移ろいやすいといわれているものの、今夜は穏やかな夜だった。
空には燦然と星が瞬き、神々を形成している。澄み切った群青色の下、馬車はひたすら王宮を目指す。
気持ちの良い外の空気に反して、客車に流れているのはそれらを帳消しにするものだった。
真向かいに座るルパートは、先程から窓に凭れて目線を合わせようともしない。
いつになく不機嫌そうではあるが、ヒルダと揃いの生地のスーツに身を包んだ姿は、きっちりと髪を整えている分、美丈夫さが倍以上だ。
「どうした?」
窓の外を向いたまま、ルパートは気怠そうに問いかけてきた。
見惚れていたことを見抜かれたかと、ぎくりとする。
「今から緊張してどうする」
手厳しい。
が、ルパートの容姿に我を忘れてしまったことが露呈しなかったため、よしとする。
「今夜は各地の貴族が一斉に集まる上、各国からの招待客も多い」
独白のように淡々と続ける。
「俺は男らから情報を引き出す。お前は女達の懐に入り込んで、何か探れ」
ヒルダの唇が戦慄く。
薬指をぎゅっともう片方の手で握り込む。
簡単なことではない。
たった一度の夜会は、終日、壁の花として過ごした。
貴族や各国要人の奥方との会話なんて、難易度が高い。
エラなら、誰彼構わずにこやかに会話を楽しんだだろうが。
「いつもの威勢はどうした」
小刻みな震えが、ルパートに伝わったらしい。
ようやくこちらに向いた表情は、片眉を上げ、呆れていることが顕著だ。
「風呂場で、俺に技を仕掛けてきた元気はどうした」
いきなり蒸し返された。
「あ、あれは!強盗かと思って!」
「蹴りはなかなか痛かったぞ」
「や、やだ!も、申し訳ありません!」
何も言わないものだから、ちっともダメージを受けていないものだとばかり。
「腹に喰らいそうになった蹴りも、危なかったな」
「もう!あのときのことは、忘れてください!」
素っ裸で強盗退治、しかも、相手がルパートであるとは、考えにも及ばなかった。
ヒルダ最大の忘れたい過去だ。
顔面が火を吹く。ファンデーションでは隠し切れない。両手で顔を隠し、いやいやと首を横に振った。
あははははは、と楽しそうにルパートが笑う。
今夜、初めて見せた笑顔は、一段と男前に拍車をかける。
「もう。笑い過ぎですよ」
咎めつつ、もう少しこの笑顔を堪能したいと思う。
が、ルパートはすぐさま真顔に戻った。
「ヒルダ」
「!」
はっと、ヒルダが顔を上げる。
ヒルデカルドではなく、ルパートから確かに、愛称で名を呼ばれた。
そこには、一定の距離を保つよそよそしさが皆無だ。
「お前は俺の妻だ。堂々としていろ」
言いながら、節のある大きな手のひらが、ヒルダの青ざめたり赤らんだりと忙しい片頬をすっぽりと包み込む。長い指先が目頭や瞼を弄び、やがて目の端を定位置に落ち着く。
あたたかな指先の、薬指に光る証。
もう彼は、夫婦を演じにかかっている。
罪作りな男。
目の前に座る女の本心なんて、ちっとも気づかない。
片頬だけ体温が重なり異常な熱を発する。ヒルダは恨みがましく思いつつ、瞼を閉じ、相手から伝わる熱にしばし浸った。
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