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王宮でのシンデレラ
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二週間後に開かれる国王主催の夜会に向けて、いよいよ準備が始まった。
「ドレスの仕立ての手配を。それから、宝飾品。デラクール公爵の伴侶として、上品且つ威厳に満ちた、一際輝いて、誰しもが跪くほどのデザインを」
ルパートの一見滅茶苦茶な要望に応えるかのごとく、王都から派遣されてきたのは、何年先まで予約の取れない、オートクチュールのマダムだった。
「マダム・ジュリアスです」
六十を過ぎるか過ぎないか、見事な白髪を高い位置で結い上げ、ほっそりしたスタイルと鼈甲の眼鏡が印象的なマダム。
「王都では噂で持ちきりですよ。あの独身を貫いていらっしゃたデラクール公爵が、ついにご結婚なさったと」
やや甲高い声で捲し立てられる。
「どのようなご令嬢が抜け駆けしたのかと、若い娘がもう喧しくて喧しくて」
値踏みするかのように、不躾にヒルダの頭のてっぺんから爪先まで、何度も何度も視線を行き来させる。
「艶やかな黒い髪、切れ長の琥珀色の瞳、潤んだ赤い唇、長い手足、細い腰、すらっとした体つき」
ふむ、とマダムはヒルダを回転させる。
「豊満な胸、引き締まったお尻」
「きゃっ」
真後ろから胸を揉まれ、尻をぺちんと叩かれる。
「ドレスの作りがいがありますわ」
満足げにマダムは大きな唇を弧に描いた。
「公爵が若い奥様を誰の目にも晒さず、隠し通したいお気持ち、理解出来ましてよ」
何だかマダムの中で話が勝手に進み、盛り上がってしまっている。
「夜会で子憎たらしい貴族の令嬢が歯噛みするほど、素晴らしいドレスをご用意いたします」
お任せくださいと、どんと胸を叩いた。
「あら、それでは奥様は、あの王太子様の婚約者の姉君でいらっしゃるの」
採寸の最中、マダムは素っ頓狂な声を上げる。
「あら、お噂とは大違いで。あら、失礼」
「どんな噂かは、だいたい想像つくわ」
どうせ、エラがないことないこと吹聴しているのだ。
自分の立場を盤石にしようと、周りを貶めて同情をかう、エラのやりそうなこと。
「どうせ、継母と継姉にいじめぬかれて、かわいそうに思った親切な方が夜会に行くためのドレスや宝石を調達してくれて、そこで王子様に見初められた……違いますか?」
「まあ、まったく、その通りですわ」
ヒルダのこめかみが疼いた。
妃教育を受けて少しはマシになっているかと期待していたのに。
「どのような母親と姉かと、気になってましたのよ。ちょっと脇を上げてくださいな」
メジャーがぐるりと胸元を一周する。
「あれは妹が好き勝手言いふらしているだけで」
「承知していますとも。次、右腕の長さを測りますわね。あら、やはりすらっと長い」
「あんな調子で、うまく王宮に溶け込むことが出来るんだか」
頭の捻子が一つ二つ弾け飛んでいそうな王太子が、エラの手綱を上手に握れるとは思えない。
「あら、妹君の現況はお聞きになっておりませんの?」
「ええ。何も」
「あら、まあ。そうですか……はい、次、左」
矢継ぎ早に喋っていたマダムが、そのときになって初めて言葉を詰まらせたことを、ヒルダは見逃さなかった。
「エラに何かあったのですか?」
「わたくしも、人伝手ですから。はっきりとは」
目を逸らされた。
嫌な予感が胸にポツンと斑点を作る。
「マダム、何かご存知なら教えてください」
マダムはそれでも言葉に窮している。
斑点がじわりじわりと蝕んでいく。
「妹は幸せに暮らしているのではないのですか?」
最後に見たのは、馬車から身を乗り出して、うれしそうに両手を振る姿。
夢物語がこれから現実になると、期待感で満ちていた。
待ち望んだ幸せ通りの結末だったというのに。
嫌な予感はいよいよ大きなうねりとなる。
「お答えください、マダム」
「私からは、ちょっと」
「お願いします」
「気分を害されたとしても知りませんよ」
誤魔化しはきかないと、マダムは観念した。
「かなり苦しいお立場らしいですよ、妹君は」
「それは、どういう意味で」
「身分の低さを上位貴族から毛嫌いされて。王宮の侍従からは、陰口を叩かれ。王太子様はあのように飄々とされた方なので、上手く庇いだてしてあげられず。妃教育も、まったく捗っていないようで」
ヒルダの目の前が次第に暗くなっていく。
マダムの声が脳内で反響する。まるで、脳みそに直にシンバルが叩かれたような気分で、ぐわんぐわんする。
「誰からも相手にされずに、部屋に閉じこもって、今は城に昔から伝わる鏡に何やらぶつぶつ妄言しているとか」
マダムの内容は過酷だ。
「鏡よ鏡、世界で一番美しいのは、誰?それは、イザベラ様です、などと、毎日毎日、繰り返して」
心なしか、エラの声音に似せている。それが却って現実味を帯びた。
「わたくしも、初めの頃はよくドレスの採寸に城に上がらせていただきましたが。今では、さっぱり」
言いながら、肩を竦める。
「随分、容貌もお変わりなられたらしいですよ」
「そんな」
言葉が続かない。
人一倍、美貌に気を使っていた、あのエラが。化粧品だのシャンプーだの香水だの、自分が一番輝く品種に拘りをもつ、あのエラが。
今はぶつぶつと鏡の世界に取り込まれているなんて。
「ドレスの仕立ての手配を。それから、宝飾品。デラクール公爵の伴侶として、上品且つ威厳に満ちた、一際輝いて、誰しもが跪くほどのデザインを」
ルパートの一見滅茶苦茶な要望に応えるかのごとく、王都から派遣されてきたのは、何年先まで予約の取れない、オートクチュールのマダムだった。
「マダム・ジュリアスです」
六十を過ぎるか過ぎないか、見事な白髪を高い位置で結い上げ、ほっそりしたスタイルと鼈甲の眼鏡が印象的なマダム。
「王都では噂で持ちきりですよ。あの独身を貫いていらっしゃたデラクール公爵が、ついにご結婚なさったと」
やや甲高い声で捲し立てられる。
「どのようなご令嬢が抜け駆けしたのかと、若い娘がもう喧しくて喧しくて」
値踏みするかのように、不躾にヒルダの頭のてっぺんから爪先まで、何度も何度も視線を行き来させる。
「艶やかな黒い髪、切れ長の琥珀色の瞳、潤んだ赤い唇、長い手足、細い腰、すらっとした体つき」
ふむ、とマダムはヒルダを回転させる。
「豊満な胸、引き締まったお尻」
「きゃっ」
真後ろから胸を揉まれ、尻をぺちんと叩かれる。
「ドレスの作りがいがありますわ」
満足げにマダムは大きな唇を弧に描いた。
「公爵が若い奥様を誰の目にも晒さず、隠し通したいお気持ち、理解出来ましてよ」
何だかマダムの中で話が勝手に進み、盛り上がってしまっている。
「夜会で子憎たらしい貴族の令嬢が歯噛みするほど、素晴らしいドレスをご用意いたします」
お任せくださいと、どんと胸を叩いた。
「あら、それでは奥様は、あの王太子様の婚約者の姉君でいらっしゃるの」
採寸の最中、マダムは素っ頓狂な声を上げる。
「あら、お噂とは大違いで。あら、失礼」
「どんな噂かは、だいたい想像つくわ」
どうせ、エラがないことないこと吹聴しているのだ。
自分の立場を盤石にしようと、周りを貶めて同情をかう、エラのやりそうなこと。
「どうせ、継母と継姉にいじめぬかれて、かわいそうに思った親切な方が夜会に行くためのドレスや宝石を調達してくれて、そこで王子様に見初められた……違いますか?」
「まあ、まったく、その通りですわ」
ヒルダのこめかみが疼いた。
妃教育を受けて少しはマシになっているかと期待していたのに。
「どのような母親と姉かと、気になってましたのよ。ちょっと脇を上げてくださいな」
メジャーがぐるりと胸元を一周する。
「あれは妹が好き勝手言いふらしているだけで」
「承知していますとも。次、右腕の長さを測りますわね。あら、やはりすらっと長い」
「あんな調子で、うまく王宮に溶け込むことが出来るんだか」
頭の捻子が一つ二つ弾け飛んでいそうな王太子が、エラの手綱を上手に握れるとは思えない。
「あら、妹君の現況はお聞きになっておりませんの?」
「ええ。何も」
「あら、まあ。そうですか……はい、次、左」
矢継ぎ早に喋っていたマダムが、そのときになって初めて言葉を詰まらせたことを、ヒルダは見逃さなかった。
「エラに何かあったのですか?」
「わたくしも、人伝手ですから。はっきりとは」
目を逸らされた。
嫌な予感が胸にポツンと斑点を作る。
「マダム、何かご存知なら教えてください」
マダムはそれでも言葉に窮している。
斑点がじわりじわりと蝕んでいく。
「妹は幸せに暮らしているのではないのですか?」
最後に見たのは、馬車から身を乗り出して、うれしそうに両手を振る姿。
夢物語がこれから現実になると、期待感で満ちていた。
待ち望んだ幸せ通りの結末だったというのに。
嫌な予感はいよいよ大きなうねりとなる。
「お答えください、マダム」
「私からは、ちょっと」
「お願いします」
「気分を害されたとしても知りませんよ」
誤魔化しはきかないと、マダムは観念した。
「かなり苦しいお立場らしいですよ、妹君は」
「それは、どういう意味で」
「身分の低さを上位貴族から毛嫌いされて。王宮の侍従からは、陰口を叩かれ。王太子様はあのように飄々とされた方なので、上手く庇いだてしてあげられず。妃教育も、まったく捗っていないようで」
ヒルダの目の前が次第に暗くなっていく。
マダムの声が脳内で反響する。まるで、脳みそに直にシンバルが叩かれたような気分で、ぐわんぐわんする。
「誰からも相手にされずに、部屋に閉じこもって、今は城に昔から伝わる鏡に何やらぶつぶつ妄言しているとか」
マダムの内容は過酷だ。
「鏡よ鏡、世界で一番美しいのは、誰?それは、イザベラ様です、などと、毎日毎日、繰り返して」
心なしか、エラの声音に似せている。それが却って現実味を帯びた。
「わたくしも、初めの頃はよくドレスの採寸に城に上がらせていただきましたが。今では、さっぱり」
言いながら、肩を竦める。
「随分、容貌もお変わりなられたらしいですよ」
「そんな」
言葉が続かない。
人一倍、美貌に気を使っていた、あのエラが。化粧品だのシャンプーだの香水だの、自分が一番輝く品種に拘りをもつ、あのエラが。
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