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罪と罰2
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「辺境地? 幽閉ですって? 」
イメルダが怒りで顔を真っ赤にさせ、シーツをくしゃくしゃに握り締めた。
「冗談じゃないわ。仕立て屋もチョコレートも宝石もない場所なんて。ありえない! 」
「命があるだけマシだろ」
「死んだ方がマシよ! 」
キンキン声でイメルダが喚く。
「動物みたいに檻に閉じ込められるなんて、まっぴらよ」
幾ら見世物のように注目を浴びることが好きな姉でも、寂しい檻の中にただ閉じ込められるのは、不愉快極まりない。彼女はチヤホヤされてこそ、磨かれるのだ。
「言っておくが、お得意の色仕掛けは通用しないぞ」
手厳しくロイが言葉を放つ。
「おそらく幽閉地にいる役人どもは、皆んな、女に興味ないやつらばかりだろうからな」
「何ですって? 」
「男色家ばかり、寄り集まっているってことだ」
たちまちイメルダは蒼白となり、奇声を上げた。
「ひ、酷いわ! 恋も出来ないじゃない! 」
「するな。二度と」
「こ、この人でなし! 」
またもや枕が宙空を飛ぶ。
たが、そのときすでにマチルダ夫妻の姿は部屋にはなかった。
虚しく、枕が閉まった扉にぶち当たって、ごろんと床に転がった。
イメルダの悔し紛れの金切り声は、部屋の扉を通り抜け、廊下にまで響いた。
執務室の椅子にどかりと座り込んだロイは、机を挟んで佇むマチルダに封筒を差し出してきた。
封筒の宛名はロイ。差出人は、マチルダの父だ。
「義理の父上が実質的な跡取りとも呼ぶべき君を、あっさりと私に差し出した理由がわかった」
「え? 」
「三ヶ月先に、跡取りが出来るらしい」
読んでみろと促され、便箋に目を落とす。
アニストン子爵に、新たに子供が誕生予定であることが記されていた。
「それって」
「二十歳年の差の兄弟だと」
「まあ! 」
つまり、あの星座鑑賞会のときには、すでに母の腹にはマチルダの弟か妹がいたことになる。
またしてもロイは予測を外した。
来年ではなく、今年中に、マチルダに兄弟が出来るのだ。
「やはり君の父上とは気が合うわけだ」
ロイは椅子から立ち上がると、机を回り込み、マチルダの背後に立った。
怪しい手が尻の辺りをもぞもぞ撫でる。
ニヤリと笑うロイの脇腹を肘鉄してやった。
うっと呻いて、ロイはそれでも笑みを崩さない。
「実は君の父上には申し訳なさも感じていたんだ」
スカートを捲ることを諦めたロイは、再度、手紙に目を落とした。
「跡取りのいない貴族は廃嫡するしかない。君の実家を潰してしまうと」
マチルダを娶り、イメルダは辺境地で幽閉。養子を迎えるにしても、跡を取れる男子はそうそういない。
「家を潰してしまう危機は、我が家が一番良く知っているからな」
曽祖母の代で消滅の危機に見舞われたブライス伯爵家。今やその筆頭となったロイは、マチルダの生家が気掛かりだった。
「私達の子供は、どちらに似るだろうな? 」
色々なことを巡らせるうちに、ロイはその思いに到達したようだ。
脈略のない話に、マチルダは驚き過ぎて返事が遅れた。
彼との子供を考えないことはない。
折に触れそういったことを繰り返したならば、いづれはそうなるはず。
だが、ハッキリ言葉にされて、マチルダはそれが夢物語ではなく、現実的なことであると自覚した。
「君に似たら黄金色の髪が美しい、迫力ある美貌。私に似たら誰しもの目を惹きつける怜悧なハンサム。いや、美女か」
「相変わらず、物凄い自惚れね」
楽しそうに未来の話をする彼に、つい、マチルダも乗ってしまった。
ロイは真後ろから手を伸ばして、マチルダの臍辺りを円く描いた。
「早く会いたい」
「まだ早過ぎるわ。空っぽよ」
「それなら早速、子種を詰め込んでやる」
「ロイったら」
くすくすとマチルダが笑う。
その夜、彼から受ける愛がいつもの五割り増しになることなど知る由もなく。
イメルダが怒りで顔を真っ赤にさせ、シーツをくしゃくしゃに握り締めた。
「冗談じゃないわ。仕立て屋もチョコレートも宝石もない場所なんて。ありえない! 」
「命があるだけマシだろ」
「死んだ方がマシよ! 」
キンキン声でイメルダが喚く。
「動物みたいに檻に閉じ込められるなんて、まっぴらよ」
幾ら見世物のように注目を浴びることが好きな姉でも、寂しい檻の中にただ閉じ込められるのは、不愉快極まりない。彼女はチヤホヤされてこそ、磨かれるのだ。
「言っておくが、お得意の色仕掛けは通用しないぞ」
手厳しくロイが言葉を放つ。
「おそらく幽閉地にいる役人どもは、皆んな、女に興味ないやつらばかりだろうからな」
「何ですって? 」
「男色家ばかり、寄り集まっているってことだ」
たちまちイメルダは蒼白となり、奇声を上げた。
「ひ、酷いわ! 恋も出来ないじゃない! 」
「するな。二度と」
「こ、この人でなし! 」
またもや枕が宙空を飛ぶ。
たが、そのときすでにマチルダ夫妻の姿は部屋にはなかった。
虚しく、枕が閉まった扉にぶち当たって、ごろんと床に転がった。
イメルダの悔し紛れの金切り声は、部屋の扉を通り抜け、廊下にまで響いた。
執務室の椅子にどかりと座り込んだロイは、机を挟んで佇むマチルダに封筒を差し出してきた。
封筒の宛名はロイ。差出人は、マチルダの父だ。
「義理の父上が実質的な跡取りとも呼ぶべき君を、あっさりと私に差し出した理由がわかった」
「え? 」
「三ヶ月先に、跡取りが出来るらしい」
読んでみろと促され、便箋に目を落とす。
アニストン子爵に、新たに子供が誕生予定であることが記されていた。
「それって」
「二十歳年の差の兄弟だと」
「まあ! 」
つまり、あの星座鑑賞会のときには、すでに母の腹にはマチルダの弟か妹がいたことになる。
またしてもロイは予測を外した。
来年ではなく、今年中に、マチルダに兄弟が出来るのだ。
「やはり君の父上とは気が合うわけだ」
ロイは椅子から立ち上がると、机を回り込み、マチルダの背後に立った。
怪しい手が尻の辺りをもぞもぞ撫でる。
ニヤリと笑うロイの脇腹を肘鉄してやった。
うっと呻いて、ロイはそれでも笑みを崩さない。
「実は君の父上には申し訳なさも感じていたんだ」
スカートを捲ることを諦めたロイは、再度、手紙に目を落とした。
「跡取りのいない貴族は廃嫡するしかない。君の実家を潰してしまうと」
マチルダを娶り、イメルダは辺境地で幽閉。養子を迎えるにしても、跡を取れる男子はそうそういない。
「家を潰してしまう危機は、我が家が一番良く知っているからな」
曽祖母の代で消滅の危機に見舞われたブライス伯爵家。今やその筆頭となったロイは、マチルダの生家が気掛かりだった。
「私達の子供は、どちらに似るだろうな? 」
色々なことを巡らせるうちに、ロイはその思いに到達したようだ。
脈略のない話に、マチルダは驚き過ぎて返事が遅れた。
彼との子供を考えないことはない。
折に触れそういったことを繰り返したならば、いづれはそうなるはず。
だが、ハッキリ言葉にされて、マチルダはそれが夢物語ではなく、現実的なことであると自覚した。
「君に似たら黄金色の髪が美しい、迫力ある美貌。私に似たら誰しもの目を惹きつける怜悧なハンサム。いや、美女か」
「相変わらず、物凄い自惚れね」
楽しそうに未来の話をする彼に、つい、マチルダも乗ってしまった。
ロイは真後ろから手を伸ばして、マチルダの臍辺りを円く描いた。
「早く会いたい」
「まだ早過ぎるわ。空っぽよ」
「それなら早速、子種を詰め込んでやる」
「ロイったら」
くすくすとマチルダが笑う。
その夜、彼から受ける愛がいつもの五割り増しになることなど知る由もなく。
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