【完結】華麗なるマチルダの密約

晴 菜葉

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銃口の先

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 ロイの持つ拳銃の先から、煙が細く白く燻らせている。
 イメルダを撃ったのは、ロイだ。
 イメルダは青ざめ、ぐったりし、ピクリとも動かない。じわりじわりと広がる、真っ赤な右肩。
 マチルダは恐怖に顔を引き攣らせた。
「ロイ! 」
 マチルダは立ち上がるや、ロイの胸元へ飛び込む。
 拳銃をホルスターに直したロイは、マチルダを両手で受け止めた。微かな硝煙の匂い。やはり、彼がイメルダを撃ったのだ。
「な、何てことを! 」
 マチルダは声を上擦らせ、ロイの背中に手を回した。
 鼓膜の奥まで、異様に早鐘を打つ彼の心拍が貫く。
「バカよ! な、何故、こんなことを! 」
 見る間に涙が溢れ出て、マチルダの美貌はぐしゃぐしゃに歪んだ。
「あ、あなた、殺人なんて! 」
 彼を犯罪者にしてしまった。
 自分のせいだ。
 自分が油断して、イメルダなぞに拉致されるから。
 彼の名誉も財産も、守り続けた家名も、何もかもがこの一瞬で消し飛んでしまった。
「落ち着け。マチルダ」
 ロイはマチルダをさらに引き寄せ、彼女のつむじの匂いを思い切り吸い込んだ。
「私とて、そこまで考えなしではない」
「え? 」
「弾は肩を掠めただけだ」
 ハッとしてイメルダの方を向けば、姉は「痛い痛い」と呪文のように繰り返している。
 抱きしめたマチルダを一旦離すと、ロイは大股でイメルダに近寄った。
「それより、止血だ」
 彼はテキパキと自分のハンカチでイメルダの傷口を押さえた。見る見るうちにハンカチが染まっていく。
「今すぐ医者に運ぶ」
「ど、どこの? 」
 マチルダは手慣れた彼の動作に追いつかず、それだけ聞くのがやっとだ。
「ブライス家が代々世話になっている医者だ」
 言うなり、渋々といった具合にロイはイメルダをお姫様抱っこさせると、箱馬車の中に彼女を押し込んだ。


「嫌だ! 死にたくないわ! 」
 馬車に乗った途端、イメルダは在らん限りの力を絞って喚いた。
「痛い痛い痛い! 」
 キンキン声が客車内に響き渡る。
 ロイはうんざりしてマチルダを引き寄せると、真向かいのイメルダに冷たい視線を送った。
「静かにしろ。体力を消耗するぞ」
「痛いものは痛いのよ! 」
「自業自得だ」
「仮にも義理の姉に向かって、何て口の利き方よ! 」
「義理の姉がこの私に色目なぞ使うな」
 お姫様抱っこしたとき、うっとりとロイの頬を撫でたことを言っているのだ。
 他の愚か者ならそんな彼女にたちまち腰砕けだろうが、そもそもイメルダはロイの好みと真反対。マチルダこそが理想のど真ん中を突いている。
 故に、イメルダの誘惑は、ロイの怒りの沸点を上げるのに他ならない。
「何よ。私を撃ったくせに」
 誘惑が不発とわかるや、イメルダは本性を見せる。
「そうしなければ、マチルダは殺られていた」
「そうよ。あのまま殺しておけば良かった」
「マチルダの姉でなければ、とうに森に捨てていたぞ」
 ロイは言うなり、マチルダの首筋にキスを落とす。
 イメルダのことは、これっぽっちも余地がないと示している。
 イメルダはキーッと歯を食い縛った。
「回復したら、警察に訴えてやるわ! 」
「そうすると、君も捕まるがな」
 イメルダは肩の痛みも忘れるくらい、地団駄踏んだ。
「マチルダ! あなたの旦那は何てロクデナシなの! 」
 唾を飛ばし、本気で詰る。自分に少しも靡かないことがわかると、容赦ない。
「スマートな紳士って聞いてたのに! とんだ悪党だわ! 」
 ロイは鬱陶しそうにイメルダに向けて鼻を鳴らす。
 マチルダは、くすくすと、うっかり笑ってしまった。
 彼がロクデナシなんて、最初からわかっていたこと。自惚れ屋で、偉そうで、おまけに自己中心的。それを引っくるめて、彼の魅力だ。
「そうね。否定はしないわ」
 それがロイ・オルコットであり、フェルロイ・ラムズという男であるから。
「おい。そこは否定しろ」
 不服として、ロイは舌打ちした。

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