109 / 114
銃口の先
しおりを挟む
ロイの持つ拳銃の先から、煙が細く白く燻らせている。
イメルダを撃ったのは、ロイだ。
イメルダは青ざめ、ぐったりし、ピクリとも動かない。じわりじわりと広がる、真っ赤な右肩。
マチルダは恐怖に顔を引き攣らせた。
「ロイ! 」
マチルダは立ち上がるや、ロイの胸元へ飛び込む。
拳銃をホルスターに直したロイは、マチルダを両手で受け止めた。微かな硝煙の匂い。やはり、彼がイメルダを撃ったのだ。
「な、何てことを! 」
マチルダは声を上擦らせ、ロイの背中に手を回した。
鼓膜の奥まで、異様に早鐘を打つ彼の心拍が貫く。
「バカよ! な、何故、こんなことを! 」
見る間に涙が溢れ出て、マチルダの美貌はぐしゃぐしゃに歪んだ。
「あ、あなた、殺人なんて! 」
彼を犯罪者にしてしまった。
自分のせいだ。
自分が油断して、イメルダなぞに拉致されるから。
彼の名誉も財産も、守り続けた家名も、何もかもがこの一瞬で消し飛んでしまった。
「落ち着け。マチルダ」
ロイはマチルダをさらに引き寄せ、彼女のつむじの匂いを思い切り吸い込んだ。
「私とて、そこまで考えなしではない」
「え? 」
「弾は肩を掠めただけだ」
ハッとしてイメルダの方を向けば、姉は「痛い痛い」と呪文のように繰り返している。
抱きしめたマチルダを一旦離すと、ロイは大股でイメルダに近寄った。
「それより、止血だ」
彼はテキパキと自分のハンカチでイメルダの傷口を押さえた。見る見るうちにハンカチが染まっていく。
「今すぐ医者に運ぶ」
「ど、どこの? 」
マチルダは手慣れた彼の動作に追いつかず、それだけ聞くのがやっとだ。
「ブライス家が代々世話になっている医者だ」
言うなり、渋々といった具合にロイはイメルダをお姫様抱っこさせると、箱馬車の中に彼女を押し込んだ。
「嫌だ! 死にたくないわ! 」
馬車に乗った途端、イメルダは在らん限りの力を絞って喚いた。
「痛い痛い痛い! 」
キンキン声が客車内に響き渡る。
ロイはうんざりしてマチルダを引き寄せると、真向かいのイメルダに冷たい視線を送った。
「静かにしろ。体力を消耗するぞ」
「痛いものは痛いのよ! 」
「自業自得だ」
「仮にも義理の姉に向かって、何て口の利き方よ! 」
「義理の姉がこの私に色目なぞ使うな」
お姫様抱っこしたとき、うっとりとロイの頬を撫でたことを言っているのだ。
他の愚か者ならそんな彼女にたちまち腰砕けだろうが、そもそもイメルダはロイの好みと真反対。マチルダこそが理想のど真ん中を突いている。
故に、イメルダの誘惑は、ロイの怒りの沸点を上げるのに他ならない。
「何よ。私を撃ったくせに」
誘惑が不発とわかるや、イメルダは本性を見せる。
「そうしなければ、マチルダは殺られていた」
「そうよ。あのまま殺しておけば良かった」
「マチルダの姉でなければ、とうに森に捨てていたぞ」
ロイは言うなり、マチルダの首筋にキスを落とす。
イメルダのことは、これっぽっちも余地がないと示している。
イメルダはキーッと歯を食い縛った。
「回復したら、警察に訴えてやるわ! 」
「そうすると、君も捕まるがな」
イメルダは肩の痛みも忘れるくらい、地団駄踏んだ。
「マチルダ! あなたの旦那は何てロクデナシなの! 」
唾を飛ばし、本気で詰る。自分に少しも靡かないことがわかると、容赦ない。
「スマートな紳士って聞いてたのに! とんだ悪党だわ! 」
ロイは鬱陶しそうにイメルダに向けて鼻を鳴らす。
マチルダは、くすくすと、うっかり笑ってしまった。
彼がロクデナシなんて、最初からわかっていたこと。自惚れ屋で、偉そうで、おまけに自己中心的。それを引っくるめて、彼の魅力だ。
「そうね。否定はしないわ」
それがロイ・オルコットであり、フェルロイ・ラムズという男であるから。
「おい。そこは否定しろ」
不服として、ロイは舌打ちした。
イメルダを撃ったのは、ロイだ。
イメルダは青ざめ、ぐったりし、ピクリとも動かない。じわりじわりと広がる、真っ赤な右肩。
マチルダは恐怖に顔を引き攣らせた。
「ロイ! 」
マチルダは立ち上がるや、ロイの胸元へ飛び込む。
拳銃をホルスターに直したロイは、マチルダを両手で受け止めた。微かな硝煙の匂い。やはり、彼がイメルダを撃ったのだ。
「な、何てことを! 」
マチルダは声を上擦らせ、ロイの背中に手を回した。
鼓膜の奥まで、異様に早鐘を打つ彼の心拍が貫く。
「バカよ! な、何故、こんなことを! 」
見る間に涙が溢れ出て、マチルダの美貌はぐしゃぐしゃに歪んだ。
「あ、あなた、殺人なんて! 」
彼を犯罪者にしてしまった。
自分のせいだ。
自分が油断して、イメルダなぞに拉致されるから。
彼の名誉も財産も、守り続けた家名も、何もかもがこの一瞬で消し飛んでしまった。
「落ち着け。マチルダ」
ロイはマチルダをさらに引き寄せ、彼女のつむじの匂いを思い切り吸い込んだ。
「私とて、そこまで考えなしではない」
「え? 」
「弾は肩を掠めただけだ」
ハッとしてイメルダの方を向けば、姉は「痛い痛い」と呪文のように繰り返している。
抱きしめたマチルダを一旦離すと、ロイは大股でイメルダに近寄った。
「それより、止血だ」
彼はテキパキと自分のハンカチでイメルダの傷口を押さえた。見る見るうちにハンカチが染まっていく。
「今すぐ医者に運ぶ」
「ど、どこの? 」
マチルダは手慣れた彼の動作に追いつかず、それだけ聞くのがやっとだ。
「ブライス家が代々世話になっている医者だ」
言うなり、渋々といった具合にロイはイメルダをお姫様抱っこさせると、箱馬車の中に彼女を押し込んだ。
「嫌だ! 死にたくないわ! 」
馬車に乗った途端、イメルダは在らん限りの力を絞って喚いた。
「痛い痛い痛い! 」
キンキン声が客車内に響き渡る。
ロイはうんざりしてマチルダを引き寄せると、真向かいのイメルダに冷たい視線を送った。
「静かにしろ。体力を消耗するぞ」
「痛いものは痛いのよ! 」
「自業自得だ」
「仮にも義理の姉に向かって、何て口の利き方よ! 」
「義理の姉がこの私に色目なぞ使うな」
お姫様抱っこしたとき、うっとりとロイの頬を撫でたことを言っているのだ。
他の愚か者ならそんな彼女にたちまち腰砕けだろうが、そもそもイメルダはロイの好みと真反対。マチルダこそが理想のど真ん中を突いている。
故に、イメルダの誘惑は、ロイの怒りの沸点を上げるのに他ならない。
「何よ。私を撃ったくせに」
誘惑が不発とわかるや、イメルダは本性を見せる。
「そうしなければ、マチルダは殺られていた」
「そうよ。あのまま殺しておけば良かった」
「マチルダの姉でなければ、とうに森に捨てていたぞ」
ロイは言うなり、マチルダの首筋にキスを落とす。
イメルダのことは、これっぽっちも余地がないと示している。
イメルダはキーッと歯を食い縛った。
「回復したら、警察に訴えてやるわ! 」
「そうすると、君も捕まるがな」
イメルダは肩の痛みも忘れるくらい、地団駄踏んだ。
「マチルダ! あなたの旦那は何てロクデナシなの! 」
唾を飛ばし、本気で詰る。自分に少しも靡かないことがわかると、容赦ない。
「スマートな紳士って聞いてたのに! とんだ悪党だわ! 」
ロイは鬱陶しそうにイメルダに向けて鼻を鳴らす。
マチルダは、くすくすと、うっかり笑ってしまった。
彼がロクデナシなんて、最初からわかっていたこと。自惚れ屋で、偉そうで、おまけに自己中心的。それを引っくるめて、彼の魅力だ。
「そうね。否定はしないわ」
それがロイ・オルコットであり、フェルロイ・ラムズという男であるから。
「おい。そこは否定しろ」
不服として、ロイは舌打ちした。
53
お気に入りに追加
442
あなたにおすすめの小説


だってお義姉様が
砂月ちゃん
恋愛
『だってお義姉様が…… 』『いつもお屋敷でお義姉様にいじめられているの!』と言って、高位貴族令息達に助けを求めて来た可憐な伯爵令嬢。
ところが正義感あふれる彼らが、その意地悪な義姉に会いに行ってみると……
他サイトでも掲載中。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。

【R18】深層のご令嬢は、婚約破棄して愛しのお兄様に花弁を散らされる
奏音 美都
恋愛
バトワール財閥の令嬢であるクリスティーナは血の繋がらない兄、ウィンストンを密かに慕っていた。だが、貴族院議員であり、ノルウェールズ侯爵家の三男であるコンラッドとの婚姻話が持ち上がり、バトワール財閥、ひいては会社の経営に携わる兄のために、お見合いを受ける覚悟をする。
だが、今目の前では兄のウィンストンに迫られていた。
「ノルウェールズ侯爵の御曹司とのお見合いが決まったって聞いたんだが、本当なのか?」」
どう尋ねる兄の真意は……

淫らな蜜に狂わされ
歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。
全体的に性的表現・性行為あり。
他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。
全3話完結済みです。

悪役令嬢が美形すぎるせいで話が進まない
陽炎氷柱
恋愛
「傾国の美女になってしまったんだが」
デブス系悪役令嬢に生まれた私は、とにかく美しい悪の華になろうとがんばった。賢くて美しい令嬢なら、だとえ断罪されてもまだ未来がある。
そう思って、前世の知識を活用してダイエットに励んだのだが。
いつの間にかパトロンが大量発生していた。
ところでヒロインさん、そんなにハンカチを強く嚙んだら歯並びが悪くなりますよ?
私に告白してきたはずの先輩が、私の友人とキスをしてました。黙って退散して食事をしていたら、ハイスペックなイケメン彼氏ができちゃったのですが。
石河 翠
恋愛
飲み会の最中に席を立った主人公。化粧室に向かった彼女は、自分に告白してきた先輩と自分の友人がキスをしている現場を目撃する。
自分への告白は、何だったのか。あまりの出来事に衝撃を受けた彼女は、そのまま行きつけの喫茶店に退散する。
そこでやけ食いをする予定が、美味しいものに満足してご機嫌に。ちょっとしてネタとして先ほどのできごとを話したところ、ずっと片想いをしていた相手に押し倒されて……。
好きなひとは高嶺の花だからと諦めつつそばにいたい主人公と、アピールし過ぎているせいで冗談だと思われている愛が重たいヒーローの恋物語。
この作品は、小説家になろう及びエブリスタでも投稿しております。
扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される
奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。
けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。
そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。
2人の出会いを描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630
2人の誓約の儀を描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」
https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる