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憎悪の渦
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念の為に警察の警備をつけるよう段取りし、馬車が伯爵邸に到着した、そのときだった。
「お、奥様! 大変です! 」
いつもは冷静沈着で、表情筋など果たして存在するのだろうかというくらい能面顔のレディーズメイドが、スカートの裾を捲りながら駆けつけてきた。
レディーズメイドといえば使用人の中でも上級に位置し、その品性や知識、感性など、あらゆるものを身につけていなければならない。
鼻息荒く顔を真っ赤にし、髪を振り乱すなど、以ての外。
只事でないことが起こっている。
マチルダに緊張が走る。
彼女が馬車から降りることをエスコートしていたロイも、表情を険しくさせた。
「こ、このような手紙が! 」
ゼイハアと息を切らしながら、何とか白い封筒を差し出す。
あの女浮浪者からのものとそっくりなものだが、今回違うのは封筒には入っておらず便箋が剥き出しだった。
便箋には大きくて手振れした文字が。
「ま、まあ! 大変だわ! 」
マチルダは悲鳴を上げた。
「どうした! 」
異常を察してロイが駆け寄ってくる。
「ア、アニストンの屋敷が」
マチルダは、ガタガタと震えが止まらず、便箋はくしゃくしゃに丸まった。
手紙には、アニストンの屋敷に放火してやる、とだけ書かれている。
それ以外の文面はない。
たった一言の中に、この文をしたためた人物の憎悪がどす黒く渦巻いている。
悪戯ではない。
マチルダの悪い予感は当たる。
「い、今すぐ帰らないと! 」
マチルダは我を失っていた。
「駄目だ」
ロイが冷静に遮る。
「罠だ」
「で、でも」
「君を誘き寄せようとしているのだ」
「で、でも。お父様、お母様が」
放っておいて、両親に何かあってからでは遅い。
これまでマチルダは、自分さえしっかりしていれば、魔の手を跳ね除けられるだろうとタカを括っていた。
イメルダの悪意は自分に向いていると。
だが、仮にこの手紙をイメルダが書いたとして。
悪意の矛先はマチルダだろうと、手段はあらゆる方へと向いてきている。
だんだんと視界が歪んで、目頭が熱くなる。マチルダは我慢出来ず、ついにぼろぼろと大粒の涙を零してしまった。
女主人として、凛としていなければならないのに。
あろうことか、屋敷の門前で。
御者やレディーズメイドといった使用人のいる前で。
感情の昂りは抑えられない。
とうとう嗚咽まで。
使用人らは、いつもピシャリとした「女主人の雛形」のような奥様の、人間じみた姿に戸惑いを隠せず、しきりに目線を散らしている。
ロイは下顎を撫でながら、ずっと思案していたが、やがて息を吸うと、ふーっと長めに吐いた。
「すぐに支度しろ、マチルダ」
滑舌よく彼は命じた。
「今からアニストンの屋敷へ行くぞ」
「お、奥様! 大変です! 」
いつもは冷静沈着で、表情筋など果たして存在するのだろうかというくらい能面顔のレディーズメイドが、スカートの裾を捲りながら駆けつけてきた。
レディーズメイドといえば使用人の中でも上級に位置し、その品性や知識、感性など、あらゆるものを身につけていなければならない。
鼻息荒く顔を真っ赤にし、髪を振り乱すなど、以ての外。
只事でないことが起こっている。
マチルダに緊張が走る。
彼女が馬車から降りることをエスコートしていたロイも、表情を険しくさせた。
「こ、このような手紙が! 」
ゼイハアと息を切らしながら、何とか白い封筒を差し出す。
あの女浮浪者からのものとそっくりなものだが、今回違うのは封筒には入っておらず便箋が剥き出しだった。
便箋には大きくて手振れした文字が。
「ま、まあ! 大変だわ! 」
マチルダは悲鳴を上げた。
「どうした! 」
異常を察してロイが駆け寄ってくる。
「ア、アニストンの屋敷が」
マチルダは、ガタガタと震えが止まらず、便箋はくしゃくしゃに丸まった。
手紙には、アニストンの屋敷に放火してやる、とだけ書かれている。
それ以外の文面はない。
たった一言の中に、この文をしたためた人物の憎悪がどす黒く渦巻いている。
悪戯ではない。
マチルダの悪い予感は当たる。
「い、今すぐ帰らないと! 」
マチルダは我を失っていた。
「駄目だ」
ロイが冷静に遮る。
「罠だ」
「で、でも」
「君を誘き寄せようとしているのだ」
「で、でも。お父様、お母様が」
放っておいて、両親に何かあってからでは遅い。
これまでマチルダは、自分さえしっかりしていれば、魔の手を跳ね除けられるだろうとタカを括っていた。
イメルダの悪意は自分に向いていると。
だが、仮にこの手紙をイメルダが書いたとして。
悪意の矛先はマチルダだろうと、手段はあらゆる方へと向いてきている。
だんだんと視界が歪んで、目頭が熱くなる。マチルダは我慢出来ず、ついにぼろぼろと大粒の涙を零してしまった。
女主人として、凛としていなければならないのに。
あろうことか、屋敷の門前で。
御者やレディーズメイドといった使用人のいる前で。
感情の昂りは抑えられない。
とうとう嗚咽まで。
使用人らは、いつもピシャリとした「女主人の雛形」のような奥様の、人間じみた姿に戸惑いを隠せず、しきりに目線を散らしている。
ロイは下顎を撫でながら、ずっと思案していたが、やがて息を吸うと、ふーっと長めに吐いた。
「すぐに支度しろ、マチルダ」
滑舌よく彼は命じた。
「今からアニストンの屋敷へ行くぞ」
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