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束の間の甘ったるさ1※
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躊躇いがちなノックに、マチルダはふと重い瞼を押し上げた。
何だか胸が息苦しい。
間近な規則正しい寝息は、自分のものではない。
その正体を見極めたとき、たちまちマチルダは赤面した。
ロイがマチルダの片方の乳首を咥えながら、気持ち良さそうに眠っていたからだ。
「な、ななななな! 」
マチルダは言葉を失い、パクパクと金魚のごとく口を開いたり閉じたりしか出来ない。
早朝の騒動の後、疲労感がずしりと肩にのしかかり、マチルダはロイに体を添わせて一つのベッドで再びの眠りについた。
彼と夫婦になり、ようやく訪れた甘い時間。
彼と肌をくっつけるときは、なかなかにハードな展開となるため、穏やかな微睡にマチルダは幸せいっぱいだった。
それが、目を覚ました途端、これだ。
一度目覚めて悪戯を仕掛けたのか。それとも寝惚けて無意識のうちなのか。当の本人は深い眠りの住人となっているのでわからない。
体をにじりながらどうにかこうにか重い頭がずれて解放される。
微かにロイの長い睫毛が揺れたが、彼が目を開ける気配はない。
マチルダはここぞとばかりに彼の顔を覗き込んだ。
寝顔はとても三十路には見えない。まだ十代の少年といっても充分通る幼さ。いつもはさっぱりと髭を剃っているのに、今はうっすらと細かく伸びている。これはこれで野生味があってマチルダは好ましく思えるが、清潔感を信条にする彼のことだから意に反するのだろう。
目尻の皺に指を這わしてみる。それから唇の輪郭をなぞる。彼が起きそうにないのを良いことに、マチルダは彼の顔の部位一つ一つを確かめた。くすぐったそうに眉をしかめるのが、何だか可愛らしくて。
「伯爵様」
ふと、遠慮がちに廊下からメイドが呼びかけて来た。
マチルダはほんの少し前にドアをノックされていたことを思い出す。
「伯爵はまだお眠りよ」
「失礼しました。伯爵夫人様。朝食をお持ちしました」
元はマチルダ様だとか、お嬢様だとか呼んでいたのに。
子爵家のメイドは、もう状況に対応している。
当のマチルダは、未だに「伯爵夫人」の呼び名が何だかむず痒い。
「もう、そんな時間? 」
眠りに入ったのは、まだ掃除メイドすら活動していなかったというのに。
「はい。奥様が部屋へお持ちするようにと」
「そう。お母様が」
実母の妙な気の回しように、マチルダの頬が赤く染まる。
実の母に閨の事情を悟られるのは、何とも言えない気恥ずかしさ。
「どうなさいましょう? 」
「お願いするわ」
配膳のメイドが事務的にワゴンを押して来たが、マチルダは見逃さなかった。
チラリとベッドに横たわるロイを見た彼女が、息を呑み、すぐに俯いたことを。俯いて隠したつもりだが、彼女の目はうっとりと潤み、耳まで赤くなっている。
メイドが手早く部屋を去ってすぐに、マチルダは辛抱していた溜め息を漏らしてしまった。
罪作りな男。
彼自身が大いに自覚しているその容貌で、一体どれほどの娘が誑かされたのだろう。
またしても溜め息をついたときだった。
何だか胸が息苦しい。
間近な規則正しい寝息は、自分のものではない。
その正体を見極めたとき、たちまちマチルダは赤面した。
ロイがマチルダの片方の乳首を咥えながら、気持ち良さそうに眠っていたからだ。
「な、ななななな! 」
マチルダは言葉を失い、パクパクと金魚のごとく口を開いたり閉じたりしか出来ない。
早朝の騒動の後、疲労感がずしりと肩にのしかかり、マチルダはロイに体を添わせて一つのベッドで再びの眠りについた。
彼と夫婦になり、ようやく訪れた甘い時間。
彼と肌をくっつけるときは、なかなかにハードな展開となるため、穏やかな微睡にマチルダは幸せいっぱいだった。
それが、目を覚ました途端、これだ。
一度目覚めて悪戯を仕掛けたのか。それとも寝惚けて無意識のうちなのか。当の本人は深い眠りの住人となっているのでわからない。
体をにじりながらどうにかこうにか重い頭がずれて解放される。
微かにロイの長い睫毛が揺れたが、彼が目を開ける気配はない。
マチルダはここぞとばかりに彼の顔を覗き込んだ。
寝顔はとても三十路には見えない。まだ十代の少年といっても充分通る幼さ。いつもはさっぱりと髭を剃っているのに、今はうっすらと細かく伸びている。これはこれで野生味があってマチルダは好ましく思えるが、清潔感を信条にする彼のことだから意に反するのだろう。
目尻の皺に指を這わしてみる。それから唇の輪郭をなぞる。彼が起きそうにないのを良いことに、マチルダは彼の顔の部位一つ一つを確かめた。くすぐったそうに眉をしかめるのが、何だか可愛らしくて。
「伯爵様」
ふと、遠慮がちに廊下からメイドが呼びかけて来た。
マチルダはほんの少し前にドアをノックされていたことを思い出す。
「伯爵はまだお眠りよ」
「失礼しました。伯爵夫人様。朝食をお持ちしました」
元はマチルダ様だとか、お嬢様だとか呼んでいたのに。
子爵家のメイドは、もう状況に対応している。
当のマチルダは、未だに「伯爵夫人」の呼び名が何だかむず痒い。
「もう、そんな時間? 」
眠りに入ったのは、まだ掃除メイドすら活動していなかったというのに。
「はい。奥様が部屋へお持ちするようにと」
「そう。お母様が」
実母の妙な気の回しように、マチルダの頬が赤く染まる。
実の母に閨の事情を悟られるのは、何とも言えない気恥ずかしさ。
「どうなさいましょう? 」
「お願いするわ」
配膳のメイドが事務的にワゴンを押して来たが、マチルダは見逃さなかった。
チラリとベッドに横たわるロイを見た彼女が、息を呑み、すぐに俯いたことを。俯いて隠したつもりだが、彼女の目はうっとりと潤み、耳まで赤くなっている。
メイドが手早く部屋を去ってすぐに、マチルダは辛抱していた溜め息を漏らしてしまった。
罪作りな男。
彼自身が大いに自覚しているその容貌で、一体どれほどの娘が誑かされたのだろう。
またしても溜め息をついたときだった。
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