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マチルダ激怒する
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マチルダは激怒している。
これほどまでに怒りを剥き出しにしたことがあっただろうかと言うくらいに。
「覗いているのをわかっていながら、あなたは続けたのね! 」
握り拳をわなわなと震わせ、素っ裸でロイに詰め寄る。
夫婦の営みの最中でないマチルダは、慎み深い淑女となるよう気を遣っているが、今は恥じらいもなくロイに裸体を晒していた。
ロイはマチルダの逆三角形の薄い黄金の和毛に目線を落としながら、降参のポーズで宥めにかかってきた。
「そう、カッカするな。早くドレスを着ないと風邪をひくぞ」
「話を変えようとしても無駄よ! 」
ロイの視線には気づいてはいたものの、マチルダは怒りの方が勝って、羞恥心は二の次だ。
「あの家令だけでなく、警官にも見られていたのね! 」
「警官は声しか聞いてないが」
「同じよ! 」
夫婦の秘密を誰彼構わず曝け出されて怒らない方がどうかしている。
ましてや自分は、社交界で淫乱だの男を乱す悪女などとレッテルを貼られており、レディとしての振る舞いに人の倍は気をつけている。
これでは、全てが水の泡。
噂通りだと主張しているようなものだ。
「あんまりだわ! 」
マチルダは激昂のあまり、ロイの胸板を何度も叩いた。
「君は私以外では満足しない。それを見せしめるためだ」
「だから、仕方なかったと? 」
「そうだ」
「最低! 」
確かに彼以外では満足出来ない。下半身は置いておいて、ロイはマチルダの理想が具現化したと言っても良い男だ。悔しいが、内容はともかく囁く声は低く耳に馴染んで、マチルダをくらくらさせる。
が、今はくらくらしている場合ではない。
これだけは言わなければ、とマチルダは息を吸い込んだ。
「そ、それに! 私が怒っているのは、そんなことではなくて! いえ、勿論、今のことも怒っているけど! 」
弾丸のごとく息継ぎもせず早口で捲し立てる。
「うん? 何だ? 」
ロイは困惑し、眉根を寄せた。
「何故、泣く? 」
マチルダは怒りの余り制御がきかず、目頭が熱くなったかと思えば視界が歪み、気づけば大粒の涙が頬にぼろぼろと零れてしまっていた。
「そんなに、あの家令に裸を見られたのが悲しいのか? 」
確かに、禿げ上がった小太りのジジイから薄気味悪い目で欲情されるのは、気持ちの良いものではない。
「違う! 違わないけど! 違うわ! 」
しかしマチルダは、大きく首を横に振ってロイの考えを否定した。
「マチルダ? 」
必死に手の甲で涙を拭えども何度も何度も涙を零すマチルダに、ロイはおろおろするばかり。抱きしめたら良いものかと、思案の手は宙空を彷徨った。
「あなたが……あなたが……撃たれてしまうんじゃないかと……」
泣きじゃくる間に、マチルダは本音を零す。
「い、幾ら、銃の扱いに慣れているからって……」
マチルダの脳には、家令に銃口を突きつけられたロイの姿が刻まれている。
ロイは思い出したように尋ねた。
「ああ。銃身を掴んだことか? 」
「そうよ! 」
「大袈裟だな」
「どこが大袈裟よ! 」
「私は銃の扱いには慣れている。撃たれるなんてヘマはしない」
「じ、自信満々に話すことじゃないでしょ! 」
布団の隙間から覗いた景色は、マチルダを恐怖に突き落とした。銃口が彼の心臓部に当たった場面が瞼の奥でちらつき、ますますマチルダの涙は流れを速めた。
「もし……もし、あなたに何かあったらと思うと……」
マチルダにとって、彼を亡くしてしまう瀬戸際だった。
「マチルダ」
「ロ、ロイ!? 」
いきなりロイから包み込むように抱きしめられ、マチルダの体が石と化す。
「私は世界一幸せな夫だ」
「な、何? いきなり? 」
「今すぐ君をベッドに引き摺り込みたい」
「ま、また? 」
彼の何が再びの欲望を呼び覚ましたのかは、当事者のマチルダは気づきもしない。
だが、ロイの熱を堪能するには、マチルダの体は準備不足だ。
「も、もう今日はたくさんだわ。あ、あなたが放ったものがまだ溢れていて、未だに下着がつけられないのよ」
「成程。それでまだ素っ裸なんだな」
マチルダの太腿の内側には、白いぬめりがゆっくりと流れている。腹がパンパンになるくらいだから、そう易々と止まることはなさそうだ。
ロイはまたしても彼女の腹を満たしたくなって、人の悪い笑みを口元に浮かべた。
「それに、今日はと言ったな」
「え? 」
「確かに聞いたぞ。今日はと」
「い、言ったかしら? 」
「言った」
ロイが断言する。
「つまり、十七時間後には君は私に抱かれる気があると言うことだな」
また、あの激しい夜が始まるのだ。
「こ、この性欲の怪物」
引き伸ばされた内壁は熱を持ち、擦られ過ぎ腫れてジンジンする。まだ彼を受けているような生々しい名残り。
「それに付き合える君もな」
ロイは見抜いている。
明らかにマチルダの目の輝きが変わったことを。
きっと十七時間後には、彼女自らが熱が恋しくなるはず。
マチルダは彼がそんな確信など持っているとは露とも知らず、遠回しに淫乱扱いされたことに憤慨していた。
「取り敢えず、しばらく眠らせてくれ」
ロイは欠伸をして、フロックコートの袖を抜くなりソファへ放り投げると、またしても欠伸をする。
「警察の事情聴取も、仕事も、オリビアからの小言も、アンドレア侯爵夫人へのご機嫌伺いも、その後だ」
タイを引き抜くと、シャツを着たままシーツに寝転がった。
「マチルダ」
彼は両手を広げて、愛しい妻を呼ぶ。
「君を腕枕しないことには安眠出来ない」
捻りのある愛の言葉に、マチルダはやれやれと肩を竦めてみせた。
シャツもトラウザーも、このままでは皺だらけになる。明日、洗濯メイドがアイロン掛けで困り果てるはずだ。
「仕方ない人ね」
マチルダはメイドへのチップを算段しながら、彼の隣に潜り込んだ。
これほどまでに怒りを剥き出しにしたことがあっただろうかと言うくらいに。
「覗いているのをわかっていながら、あなたは続けたのね! 」
握り拳をわなわなと震わせ、素っ裸でロイに詰め寄る。
夫婦の営みの最中でないマチルダは、慎み深い淑女となるよう気を遣っているが、今は恥じらいもなくロイに裸体を晒していた。
ロイはマチルダの逆三角形の薄い黄金の和毛に目線を落としながら、降参のポーズで宥めにかかってきた。
「そう、カッカするな。早くドレスを着ないと風邪をひくぞ」
「話を変えようとしても無駄よ! 」
ロイの視線には気づいてはいたものの、マチルダは怒りの方が勝って、羞恥心は二の次だ。
「あの家令だけでなく、警官にも見られていたのね! 」
「警官は声しか聞いてないが」
「同じよ! 」
夫婦の秘密を誰彼構わず曝け出されて怒らない方がどうかしている。
ましてや自分は、社交界で淫乱だの男を乱す悪女などとレッテルを貼られており、レディとしての振る舞いに人の倍は気をつけている。
これでは、全てが水の泡。
噂通りだと主張しているようなものだ。
「あんまりだわ! 」
マチルダは激昂のあまり、ロイの胸板を何度も叩いた。
「君は私以外では満足しない。それを見せしめるためだ」
「だから、仕方なかったと? 」
「そうだ」
「最低! 」
確かに彼以外では満足出来ない。下半身は置いておいて、ロイはマチルダの理想が具現化したと言っても良い男だ。悔しいが、内容はともかく囁く声は低く耳に馴染んで、マチルダをくらくらさせる。
が、今はくらくらしている場合ではない。
これだけは言わなければ、とマチルダは息を吸い込んだ。
「そ、それに! 私が怒っているのは、そんなことではなくて! いえ、勿論、今のことも怒っているけど! 」
弾丸のごとく息継ぎもせず早口で捲し立てる。
「うん? 何だ? 」
ロイは困惑し、眉根を寄せた。
「何故、泣く? 」
マチルダは怒りの余り制御がきかず、目頭が熱くなったかと思えば視界が歪み、気づけば大粒の涙が頬にぼろぼろと零れてしまっていた。
「そんなに、あの家令に裸を見られたのが悲しいのか? 」
確かに、禿げ上がった小太りのジジイから薄気味悪い目で欲情されるのは、気持ちの良いものではない。
「違う! 違わないけど! 違うわ! 」
しかしマチルダは、大きく首を横に振ってロイの考えを否定した。
「マチルダ? 」
必死に手の甲で涙を拭えども何度も何度も涙を零すマチルダに、ロイはおろおろするばかり。抱きしめたら良いものかと、思案の手は宙空を彷徨った。
「あなたが……あなたが……撃たれてしまうんじゃないかと……」
泣きじゃくる間に、マチルダは本音を零す。
「い、幾ら、銃の扱いに慣れているからって……」
マチルダの脳には、家令に銃口を突きつけられたロイの姿が刻まれている。
ロイは思い出したように尋ねた。
「ああ。銃身を掴んだことか? 」
「そうよ! 」
「大袈裟だな」
「どこが大袈裟よ! 」
「私は銃の扱いには慣れている。撃たれるなんてヘマはしない」
「じ、自信満々に話すことじゃないでしょ! 」
布団の隙間から覗いた景色は、マチルダを恐怖に突き落とした。銃口が彼の心臓部に当たった場面が瞼の奥でちらつき、ますますマチルダの涙は流れを速めた。
「もし……もし、あなたに何かあったらと思うと……」
マチルダにとって、彼を亡くしてしまう瀬戸際だった。
「マチルダ」
「ロ、ロイ!? 」
いきなりロイから包み込むように抱きしめられ、マチルダの体が石と化す。
「私は世界一幸せな夫だ」
「な、何? いきなり? 」
「今すぐ君をベッドに引き摺り込みたい」
「ま、また? 」
彼の何が再びの欲望を呼び覚ましたのかは、当事者のマチルダは気づきもしない。
だが、ロイの熱を堪能するには、マチルダの体は準備不足だ。
「も、もう今日はたくさんだわ。あ、あなたが放ったものがまだ溢れていて、未だに下着がつけられないのよ」
「成程。それでまだ素っ裸なんだな」
マチルダの太腿の内側には、白いぬめりがゆっくりと流れている。腹がパンパンになるくらいだから、そう易々と止まることはなさそうだ。
ロイはまたしても彼女の腹を満たしたくなって、人の悪い笑みを口元に浮かべた。
「それに、今日はと言ったな」
「え? 」
「確かに聞いたぞ。今日はと」
「い、言ったかしら? 」
「言った」
ロイが断言する。
「つまり、十七時間後には君は私に抱かれる気があると言うことだな」
また、あの激しい夜が始まるのだ。
「こ、この性欲の怪物」
引き伸ばされた内壁は熱を持ち、擦られ過ぎ腫れてジンジンする。まだ彼を受けているような生々しい名残り。
「それに付き合える君もな」
ロイは見抜いている。
明らかにマチルダの目の輝きが変わったことを。
きっと十七時間後には、彼女自らが熱が恋しくなるはず。
マチルダは彼がそんな確信など持っているとは露とも知らず、遠回しに淫乱扱いされたことに憤慨していた。
「取り敢えず、しばらく眠らせてくれ」
ロイは欠伸をして、フロックコートの袖を抜くなりソファへ放り投げると、またしても欠伸をする。
「警察の事情聴取も、仕事も、オリビアからの小言も、アンドレア侯爵夫人へのご機嫌伺いも、その後だ」
タイを引き抜くと、シャツを着たままシーツに寝転がった。
「マチルダ」
彼は両手を広げて、愛しい妻を呼ぶ。
「君を腕枕しないことには安眠出来ない」
捻りのある愛の言葉に、マチルダはやれやれと肩を竦めてみせた。
シャツもトラウザーも、このままでは皺だらけになる。明日、洗濯メイドがアイロン掛けで困り果てるはずだ。
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