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間近な裏切り者
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「ところで、アニストン家の家令。名は? 」
「ヴィスコックです」
機械人形のように抑揚のない喋り方で、ヴィスコックは答える。
こういった折り目正しい男こそ、一旦タガが外れると、どんどん深みに嵌っていくことをロイは知っている。
かつての乱行仲間四人のうちの一人は王都の役人で、謹厳実直を絵に描いたような野郎だが、裏では女の膣にジャムだの蜂蜜だのを詰め込んで遊ぶ変態だった。姉からは自分のことを変態だの何だのと詰られるが、野郎は別次元だ。
ヴィスコックにも、野郎と同じ匂いを感じる。
「成程。ヴィスコック」
ジロジロと不躾なほどロイに観察されているのを知りながらも、この家令は顔色一つ変えない。
「その服の下に隠し持っている銃を直ちに足元に置き、両手を頭の後ろで組め」
あくまで気怠げにロイは命じる。
「な、何のことでございましょうか? 」
機械人形の顔色が変わる。
どうやら見掛け倒しのようだ。
「私も舐められたものだな」
ロイは鼻を鳴らすと、作法を無視して家令の胸元へ人差し指を示した。
「胸の部分に膨らみがあるだろう。それは明らかに銃の形だ」
「ご冗談を」
「悪いがこちらは商売柄、見慣れていてな」
ロイも常に護身用の銃を携帯している身だ。
「やめておけ。銃に触れたことのない素人が」
ヴィスコックの手がモゾモゾ動いて、ロイは指摘した。仮に野郎が銃を抜いたとしても、扱い方を知らないのは一目瞭然だった。胸ポケットに無造作に入れている時点でお見通しだ。
「銃を使い慣れている者特有のタコが見当たらない。使いこなせなければ、凶器も
ただの玩具に過ぎない」
ロイは言うなり、己の手のひらを眼前に掲げた。
リボルバーをダブルアクションで連射する際、グリップの形状から人差し指と親指が擦れる。ロイのその二本の指には、タコが出来ていた。
即ち、ロイは銃の使い手だ。
海運会社を経営していれば、良からぬ輩と渡り合うことも、しばしばある。取引がこじれて命を狙われることも。
一度警護を雇ったことがあったが、その男こそライバル会社からスパイとして潜り込んた野郎だった。
結局のところ、己の命を守るのは己しかいない。
体を鍛えたり、柔術といった格闘技の習得も、防衛手段のうちだ。射撃訓練も毎日欠かしたことはない。
「悪あがきはやめろ」
ギロリとロイが睨みつける。
根拠は他にもあった。
「一晩中、ドアの隙間から我々を見ていただろう? 」
ベッドからマチルダが跳ね起きたが、ロイは敢えて無視を決め込んだ。
マチルダは顔を真っ赤にし、再び布団をすっぽり被って隠れた。
「マチルダの裸体は、目を瞠るものがあるだろう? 」
挑発してやると、ヴィスコックは拳を握り締めてぶるぶると震える。
「気位の高い、高飛車な女ではない。艶然として匂いたつ、至高の女だ」
毅然としてお堅いマチルダが、ベッドでは乱れに乱れ、色気をぷんぷん撒き散らす。それを独り占め出来るのが他ならぬ自分であると、ロイは得意気にニヤニヤと頬を歪めてみせた。
「お前が息を殺してずっと目を奪われ、なかなか覗きをやめないから、見せつけてやったんだ」
ヴィスコックが生唾を飲む。昨夜のマチルダの痴態を思い出しているのだろう。
「わざわざ逆騎乗位にして、豊かな胸を揺らす姿や、私を受け入れたまま蜜を垂らす箇所、喘ぎっぱなしの唇を見せてやったんだ。感謝しろ」
ヴィスコックはロイの挑発に、まんまと嵌ってしまった。
最早、冷静沈着な仮面は剥がれてしまっている。
ヴィスコックは顔面中に血管を浮き上がらせて憤怒した。
「ヴィスコックです」
機械人形のように抑揚のない喋り方で、ヴィスコックは答える。
こういった折り目正しい男こそ、一旦タガが外れると、どんどん深みに嵌っていくことをロイは知っている。
かつての乱行仲間四人のうちの一人は王都の役人で、謹厳実直を絵に描いたような野郎だが、裏では女の膣にジャムだの蜂蜜だのを詰め込んで遊ぶ変態だった。姉からは自分のことを変態だの何だのと詰られるが、野郎は別次元だ。
ヴィスコックにも、野郎と同じ匂いを感じる。
「成程。ヴィスコック」
ジロジロと不躾なほどロイに観察されているのを知りながらも、この家令は顔色一つ変えない。
「その服の下に隠し持っている銃を直ちに足元に置き、両手を頭の後ろで組め」
あくまで気怠げにロイは命じる。
「な、何のことでございましょうか? 」
機械人形の顔色が変わる。
どうやら見掛け倒しのようだ。
「私も舐められたものだな」
ロイは鼻を鳴らすと、作法を無視して家令の胸元へ人差し指を示した。
「胸の部分に膨らみがあるだろう。それは明らかに銃の形だ」
「ご冗談を」
「悪いがこちらは商売柄、見慣れていてな」
ロイも常に護身用の銃を携帯している身だ。
「やめておけ。銃に触れたことのない素人が」
ヴィスコックの手がモゾモゾ動いて、ロイは指摘した。仮に野郎が銃を抜いたとしても、扱い方を知らないのは一目瞭然だった。胸ポケットに無造作に入れている時点でお見通しだ。
「銃を使い慣れている者特有のタコが見当たらない。使いこなせなければ、凶器も
ただの玩具に過ぎない」
ロイは言うなり、己の手のひらを眼前に掲げた。
リボルバーをダブルアクションで連射する際、グリップの形状から人差し指と親指が擦れる。ロイのその二本の指には、タコが出来ていた。
即ち、ロイは銃の使い手だ。
海運会社を経営していれば、良からぬ輩と渡り合うことも、しばしばある。取引がこじれて命を狙われることも。
一度警護を雇ったことがあったが、その男こそライバル会社からスパイとして潜り込んた野郎だった。
結局のところ、己の命を守るのは己しかいない。
体を鍛えたり、柔術といった格闘技の習得も、防衛手段のうちだ。射撃訓練も毎日欠かしたことはない。
「悪あがきはやめろ」
ギロリとロイが睨みつける。
根拠は他にもあった。
「一晩中、ドアの隙間から我々を見ていただろう? 」
ベッドからマチルダが跳ね起きたが、ロイは敢えて無視を決め込んだ。
マチルダは顔を真っ赤にし、再び布団をすっぽり被って隠れた。
「マチルダの裸体は、目を瞠るものがあるだろう? 」
挑発してやると、ヴィスコックは拳を握り締めてぶるぶると震える。
「気位の高い、高飛車な女ではない。艶然として匂いたつ、至高の女だ」
毅然としてお堅いマチルダが、ベッドでは乱れに乱れ、色気をぷんぷん撒き散らす。それを独り占め出来るのが他ならぬ自分であると、ロイは得意気にニヤニヤと頬を歪めてみせた。
「お前が息を殺してずっと目を奪われ、なかなか覗きをやめないから、見せつけてやったんだ」
ヴィスコックが生唾を飲む。昨夜のマチルダの痴態を思い出しているのだろう。
「わざわざ逆騎乗位にして、豊かな胸を揺らす姿や、私を受け入れたまま蜜を垂らす箇所、喘ぎっぱなしの唇を見せてやったんだ。感謝しろ」
ヴィスコックはロイの挑発に、まんまと嵌ってしまった。
最早、冷静沈着な仮面は剥がれてしまっている。
ヴィスコックは顔面中に血管を浮き上がらせて憤怒した。
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