85 / 114
間近な裏切り者
しおりを挟む
「ところで、アニストン家の家令。名は? 」
「ヴィスコックです」
機械人形のように抑揚のない喋り方で、ヴィスコックは答える。
こういった折り目正しい男こそ、一旦タガが外れると、どんどん深みに嵌っていくことをロイは知っている。
かつての乱行仲間四人のうちの一人は王都の役人で、謹厳実直を絵に描いたような野郎だが、裏では女の膣にジャムだの蜂蜜だのを詰め込んで遊ぶ変態だった。姉からは自分のことを変態だの何だのと詰られるが、野郎は別次元だ。
ヴィスコックにも、野郎と同じ匂いを感じる。
「成程。ヴィスコック」
ジロジロと不躾なほどロイに観察されているのを知りながらも、この家令は顔色一つ変えない。
「その服の下に隠し持っている銃を直ちに足元に置き、両手を頭の後ろで組め」
あくまで気怠げにロイは命じる。
「な、何のことでございましょうか? 」
機械人形の顔色が変わる。
どうやら見掛け倒しのようだ。
「私も舐められたものだな」
ロイは鼻を鳴らすと、作法を無視して家令の胸元へ人差し指を示した。
「胸の部分に膨らみがあるだろう。それは明らかに銃の形だ」
「ご冗談を」
「悪いがこちらは商売柄、見慣れていてな」
ロイも常に護身用の銃を携帯している身だ。
「やめておけ。銃に触れたことのない素人が」
ヴィスコックの手がモゾモゾ動いて、ロイは指摘した。仮に野郎が銃を抜いたとしても、扱い方を知らないのは一目瞭然だった。胸ポケットに無造作に入れている時点でお見通しだ。
「銃を使い慣れている者特有のタコが見当たらない。使いこなせなければ、凶器も
ただの玩具に過ぎない」
ロイは言うなり、己の手のひらを眼前に掲げた。
リボルバーをダブルアクションで連射する際、グリップの形状から人差し指と親指が擦れる。ロイのその二本の指には、タコが出来ていた。
即ち、ロイは銃の使い手だ。
海運会社を経営していれば、良からぬ輩と渡り合うことも、しばしばある。取引がこじれて命を狙われることも。
一度警護を雇ったことがあったが、その男こそライバル会社からスパイとして潜り込んた野郎だった。
結局のところ、己の命を守るのは己しかいない。
体を鍛えたり、柔術といった格闘技の習得も、防衛手段のうちだ。射撃訓練も毎日欠かしたことはない。
「悪あがきはやめろ」
ギロリとロイが睨みつける。
根拠は他にもあった。
「一晩中、ドアの隙間から我々を見ていただろう? 」
ベッドからマチルダが跳ね起きたが、ロイは敢えて無視を決め込んだ。
マチルダは顔を真っ赤にし、再び布団をすっぽり被って隠れた。
「マチルダの裸体は、目を瞠るものがあるだろう? 」
挑発してやると、ヴィスコックは拳を握り締めてぶるぶると震える。
「気位の高い、高飛車な女ではない。艶然として匂いたつ、至高の女だ」
毅然としてお堅いマチルダが、ベッドでは乱れに乱れ、色気をぷんぷん撒き散らす。それを独り占め出来るのが他ならぬ自分であると、ロイは得意気にニヤニヤと頬を歪めてみせた。
「お前が息を殺してずっと目を奪われ、なかなか覗きをやめないから、見せつけてやったんだ」
ヴィスコックが生唾を飲む。昨夜のマチルダの痴態を思い出しているのだろう。
「わざわざ逆騎乗位にして、豊かな胸を揺らす姿や、私を受け入れたまま蜜を垂らす箇所、喘ぎっぱなしの唇を見せてやったんだ。感謝しろ」
ヴィスコックはロイの挑発に、まんまと嵌ってしまった。
最早、冷静沈着な仮面は剥がれてしまっている。
ヴィスコックは顔面中に血管を浮き上がらせて憤怒した。
「ヴィスコックです」
機械人形のように抑揚のない喋り方で、ヴィスコックは答える。
こういった折り目正しい男こそ、一旦タガが外れると、どんどん深みに嵌っていくことをロイは知っている。
かつての乱行仲間四人のうちの一人は王都の役人で、謹厳実直を絵に描いたような野郎だが、裏では女の膣にジャムだの蜂蜜だのを詰め込んで遊ぶ変態だった。姉からは自分のことを変態だの何だのと詰られるが、野郎は別次元だ。
ヴィスコックにも、野郎と同じ匂いを感じる。
「成程。ヴィスコック」
ジロジロと不躾なほどロイに観察されているのを知りながらも、この家令は顔色一つ変えない。
「その服の下に隠し持っている銃を直ちに足元に置き、両手を頭の後ろで組め」
あくまで気怠げにロイは命じる。
「な、何のことでございましょうか? 」
機械人形の顔色が変わる。
どうやら見掛け倒しのようだ。
「私も舐められたものだな」
ロイは鼻を鳴らすと、作法を無視して家令の胸元へ人差し指を示した。
「胸の部分に膨らみがあるだろう。それは明らかに銃の形だ」
「ご冗談を」
「悪いがこちらは商売柄、見慣れていてな」
ロイも常に護身用の銃を携帯している身だ。
「やめておけ。銃に触れたことのない素人が」
ヴィスコックの手がモゾモゾ動いて、ロイは指摘した。仮に野郎が銃を抜いたとしても、扱い方を知らないのは一目瞭然だった。胸ポケットに無造作に入れている時点でお見通しだ。
「銃を使い慣れている者特有のタコが見当たらない。使いこなせなければ、凶器も
ただの玩具に過ぎない」
ロイは言うなり、己の手のひらを眼前に掲げた。
リボルバーをダブルアクションで連射する際、グリップの形状から人差し指と親指が擦れる。ロイのその二本の指には、タコが出来ていた。
即ち、ロイは銃の使い手だ。
海運会社を経営していれば、良からぬ輩と渡り合うことも、しばしばある。取引がこじれて命を狙われることも。
一度警護を雇ったことがあったが、その男こそライバル会社からスパイとして潜り込んた野郎だった。
結局のところ、己の命を守るのは己しかいない。
体を鍛えたり、柔術といった格闘技の習得も、防衛手段のうちだ。射撃訓練も毎日欠かしたことはない。
「悪あがきはやめろ」
ギロリとロイが睨みつける。
根拠は他にもあった。
「一晩中、ドアの隙間から我々を見ていただろう? 」
ベッドからマチルダが跳ね起きたが、ロイは敢えて無視を決め込んだ。
マチルダは顔を真っ赤にし、再び布団をすっぽり被って隠れた。
「マチルダの裸体は、目を瞠るものがあるだろう? 」
挑発してやると、ヴィスコックは拳を握り締めてぶるぶると震える。
「気位の高い、高飛車な女ではない。艶然として匂いたつ、至高の女だ」
毅然としてお堅いマチルダが、ベッドでは乱れに乱れ、色気をぷんぷん撒き散らす。それを独り占め出来るのが他ならぬ自分であると、ロイは得意気にニヤニヤと頬を歪めてみせた。
「お前が息を殺してずっと目を奪われ、なかなか覗きをやめないから、見せつけてやったんだ」
ヴィスコックが生唾を飲む。昨夜のマチルダの痴態を思い出しているのだろう。
「わざわざ逆騎乗位にして、豊かな胸を揺らす姿や、私を受け入れたまま蜜を垂らす箇所、喘ぎっぱなしの唇を見せてやったんだ。感謝しろ」
ヴィスコックはロイの挑発に、まんまと嵌ってしまった。
最早、冷静沈着な仮面は剥がれてしまっている。
ヴィスコックは顔面中に血管を浮き上がらせて憤怒した。
61
お気に入りに追加
440
あなたにおすすめの小説

家出したとある辺境夫人の話
あゆみノワ@書籍『完全別居の契約婚〜』
恋愛
『突然ではございますが、私はあなたと離縁し、このお屋敷を去ることにいたしました』
これは、一通の置き手紙からはじまった一組の心通わぬ夫婦のお語。
※ちゃんとハッピーエンドです。ただし、主人公にとっては。
※他サイトでも掲載します。

婚約者に毒を飲まされた私から【毒を分解しました】と聞こえてきました。え?
こん
恋愛
成人パーティーに参加した私は言われのない罪で婚約者に問い詰められ、遂には毒殺をしようとしたと疑われる。
「あくまでシラを切るつもりだな。だが、これもお前がこれを飲めばわかる話だ。これを飲め!」
そう言って婚約者は毒の入ったグラスを渡す。渡された私は躊躇なくグラスを一気に煽る。味は普通だ。しかし、飲んでから30秒経ったあたりで苦しくなり初め、もう無理かも知れないと思った時だった。
【毒を検知しました】
「え?」
私から感情のない声がし、しまいには毒を分解してしまった。私が驚いている所に友達の魔法使いが駆けつける。
※なろう様で掲載した作品を少し変えたものです

魅了が解けた貴男から私へ
砂礫レキ
ファンタジー
貴族学園に通う一人の男爵令嬢が第一王子ダレルに魅了の術をかけた。
彼女に操られたダレルは婚約者のコルネリアを憎み罵り続ける。
そして卒業パーティーでとうとう婚約破棄を宣言した。
しかし魅了の術はその場に運良く居た宮廷魔術師に見破られる。
男爵令嬢は処刑されダレルは正気に戻った。
元凶は裁かれコルネリアへの愛を取り戻したダレル。
しかしそんな彼に半年後、今度はコルネリアが婚約破棄を告げた。
三話完結です。
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。
だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。
その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?
アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。
泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。
16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。
マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。
あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に…
もう…我慢しなくても良いですよね?
この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。
前作の登場人物達も多数登場する予定です。
マーテルリアのイラストを変更致しました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる