【完結】華麗なるマチルダの密約

晴 菜葉

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籠の鳥1※

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「まるで籠の鳥ね」 
 マチルダが零した声は、ロイの唇に拾われていく。
 ロイはマチルダのドレスの背中に並ぶ留め金を手際良く外していく。やがて、緩んだ布地がするっと滑り落ちた。
 彼女の黄金色の髪が腰元で波打つ。
 シュミーズ、コルセット、それからズロースと、幾層も包んでいたマチルダの鎧が取り払われていく。
 ロイはマチルダのうなじを軽く吸いながら、目だけ窓の方へと向けた。
「イメルダと共に逃げた男は警官だ。銃を携帯している」
 アニストン邸の周囲を、物々しく警官が囲っている。
 正午を過ぎたあたりに、警察署からお触れが出た。
 凶悪犯が近辺をうろついている可能性が高い。
 たちまち一帯に包囲網が張られ、付近の住人は一歩も外に出ないように、また、出入りの業者も近づくことが禁止された。
 隣家の主人は、警告が出されてから二階の窓に張り付きっぱなしだ。
「私が狙われているのね」
「万が一だ」
 ロイは素早い手つきでマチルダの靴を片方づつ脱がせると、続けて靴下と靴下留めも剥ぎ取り、絨毯に放り投げる。
 だんだん動作に余裕がなくなっていっている。
「何だか頭がおかしくなりそうだ」
「何故? 」
「まるで御伽話に紛れ込んだような」
 ロイはニヤニヤしながら、彼が初めて目にするマチルダの寝室への感想を述べた。
「悪かったわね。少女趣味で。不釣り合いと言いたいのでしょ」
 ピンクを基調とした部屋には、チッペンデールの家具が設えられている。
 天蓋ベッドに横たわりながら、マチルダは頬を膨らませ、ぷいとそっぽ向いた。
「いや。可愛らしい奥さんだと、褒めているんだ」
「嘘ばっかり」
 マチルダの派手派手しさから、異国情緒溢れるシノワズリなどが好みだと思われがちだが。
 姉とは真逆だ。
 姉が好むのは、シンプルなシノワズリといった、簡素なスタイル。純白のドレスも、マチルダのような派手な装飾などない。彼女こそ、大振りなリボンや華美なレースといった、愛らしいスタイルが似合うのに。
「何故、お姉様はそれほど私を目の敵にするのかしら? 」
 マチルダが持ち得ないものを手にしているイメルダ。
「確かに、ご病気されていたお姉様の実のお母様から、お父様を横取りした女とその娘よ。それでも……」
 マチルダを目の敵にするほどだろうか。実際に姉は、母親を眼中にも入れていない。
「君が魅力的過ぎるからだ」
 ロイは断言する。
「君を一目見たら、どんな男でも狂わされる」
「そんなこと、あるわけないじゃない」
「君は何もわかっていないな」
 いつの間にかフロックコートを脱ぎ、シャツのボタンを全て外していたロイは、荒々しい動作で脱ぎ捨てる。
 たちまち露わになる筋肉質な胸板。割れた腹筋。
 マチルダの喉が上下する。
「どのような境遇でも凛と前を向く力強さ。壁の花だろうと、誰しもが目を奪われる絢爛さ。艶めかしい美貌とその肢体」
「買い被り過ぎだわ」
「いや。君にしかない魅力だ」
 ロイが大真面目に答えるから、マチルダはつい笑ってしまった。
「本気で言っているんだ。君は私の好みの原点そのままだ。まさしく、理想が形を成したといえる」
「ロイったら」
 マチルダは覆い被さってきたロイの首筋に手を回すと、自ら引き寄せて口づけをねだる。
 ほんの数ヶ月前まで、キスをねだることはおろか、指先が触れ合うことさえ、いちいち体をびくつかせていたというのに。
 ロイは満足そうに目を細めると、彼女の要求に応える。
 薄く色づいたマチルダの唇を舌先でロイが開ければ、待ちかねたようにマチルダは侵入してきたものに己の舌を絡める。舌の根本を丹念に這って、呼吸ごと吸えば、ロイが喉奥で声をくぐもらせた。
 マチルダは、ロイのキスをそっくりそのまま真似ているに過ぎない。
 自分が仕掛けた罠に自ら嵌まり込んだロイは、マチルダに翻弄されるまま、彼女の舌の動きに乗った。
 ひとしきりキスを繰り返した後に、どちらからともなく名残惜しげに唇を離す。
 ロイは彼女を潰さないよう気をつけながら覆い被さると、その白く透き通る首筋に顔を埋めた。
「君の姉上は、自分がどうあがいても手に入らないものに、妬ましさから憎悪へと転換させていったのだろうな」
「お姉様の方が、何もかも持っているわ。可愛らしい容貌も、繊細な体つきも、誰もが手を差し伸べたくなる儚さも。社交的な性格も」
「互いにないものねだりか」
 マチルダの耳朶を甘噛みする。
 そんなわけないじゃない。マチルダの反論は、しかし喉から先へは出てこなかった。
 なぜなら、ロイの淫猥な手が彼女の太腿を弄り始め、喘ぎ声に取って変わらせたから。
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