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秘められていた嫉妬心
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「ああ、そうだ。忘れるところだった」
去りかけたロイは、ふと、思い出したように足を止めた。
署長の耳元で何事かを囁く。
署長は渋い顔をしたものの、マチルダをチラリと見やると、頷いた。
「……? 」
男同士での何やら密談。
マチルダが首を捻っていると、署長はアンサーの入る牢に掛けられた鍵を解いた。
「ロ、ロイ? 」
マチルダは驚きのあまり、切れ長な目をまん丸にする。
ロイ自らがアンサーのいる牢の中に大股で入って行ったからだ。
ロイは四つ這いになっていたアンサーの襟首を掴んで立ち上がらせるや、不意打ちでその頬に拳を打ち込む。
骨が砕けたかと思えるほどの鈍い音が牢屋中に反響した。
「うわっ! 」
渾身の力で殴られたアンサーは、勢い任せに真後ろに吹っ飛び、床に尾てい骨を打ちつける。
殴られた頬はもう赤く腫れ上がっていた。
「よくもマチルダに手を出したな」
ロイは顔に昏い影を落として、アンサーを見下ろす。
「な、何が」
「幾らイメルダに命じられたといえど。アニストン邸のマチルダの寝室に入って、押し倒そうとしたらしいな」
マチルダがローレンスを訪ねるきっかけとなった不祥事のことを言っている。
殴られて目の前がチカチカしているアンサーの反応といえば、キョトンとするばかり。彼にとっては、何てことない一日の、すっかり忘れてしまった出来事だ。
ロイは舌打ちすると、牢を出た。
すぐさま施錠した署長は、マチルダに苦笑いだ。
マチルダは今しがたの出来事に理解力が追いつかず、目を瞬かせるばかり。
「この私ですら、彼女の寝室にはまだ入っていないんだぞ」
「ロ、ロイ」
彼女はロイの胸にするりと入り込むと、宥めるように彼の心臓辺りを撫でた。
どうやら、自分より先にマチルダの寝室に入ったアンサーに、激しい妬みを持っているらしい。
「今夜はアニストン邸に泊まるからな」
ロイはマチルダの腰に手を回すや引き寄せ、さらに密着させた。
「そして、寝室での出来事を上書きしてやる」
「ロイ。あなた、寝不足ではなくて? 」
「君を腕枕しないことには、眠れそうにない」
嫉妬に狂う男には、話しが通じない。
「何を言おうと無駄ですよ、奥さん。私も新婚だから、伯爵の気持ちは良くわかる」
署長はやれやれ、と呆れたように肩を竦めてみせた。
「では早速、屋敷に帰るぞ」
「ま、まだティータイムにもならない時間よ」
「そんなもの、部屋に運ばせたら良いんだ。ついでに夕食も。翌日の朝食もだ」
「……眠る気なんてないじゃない」
マチルダはがっくりと肩を落とすと、この後の展開を思い、もうズクズクと下腹部が疼き始めていた。
彼女も今夜は眠るつもりはない。
「……僕の存在をすっかり忘れてるね」
彼らとは距離を置いたところでやり取りを見守っていたカイルが、ポツリと呟いた。
去りかけたロイは、ふと、思い出したように足を止めた。
署長の耳元で何事かを囁く。
署長は渋い顔をしたものの、マチルダをチラリと見やると、頷いた。
「……? 」
男同士での何やら密談。
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ロイ自らがアンサーのいる牢の中に大股で入って行ったからだ。
ロイは四つ這いになっていたアンサーの襟首を掴んで立ち上がらせるや、不意打ちでその頬に拳を打ち込む。
骨が砕けたかと思えるほどの鈍い音が牢屋中に反響した。
「うわっ! 」
渾身の力で殴られたアンサーは、勢い任せに真後ろに吹っ飛び、床に尾てい骨を打ちつける。
殴られた頬はもう赤く腫れ上がっていた。
「よくもマチルダに手を出したな」
ロイは顔に昏い影を落として、アンサーを見下ろす。
「な、何が」
「幾らイメルダに命じられたといえど。アニストン邸のマチルダの寝室に入って、押し倒そうとしたらしいな」
マチルダがローレンスを訪ねるきっかけとなった不祥事のことを言っている。
殴られて目の前がチカチカしているアンサーの反応といえば、キョトンとするばかり。彼にとっては、何てことない一日の、すっかり忘れてしまった出来事だ。
ロイは舌打ちすると、牢を出た。
すぐさま施錠した署長は、マチルダに苦笑いだ。
マチルダは今しがたの出来事に理解力が追いつかず、目を瞬かせるばかり。
「この私ですら、彼女の寝室にはまだ入っていないんだぞ」
「ロ、ロイ」
彼女はロイの胸にするりと入り込むと、宥めるように彼の心臓辺りを撫でた。
どうやら、自分より先にマチルダの寝室に入ったアンサーに、激しい妬みを持っているらしい。
「今夜はアニストン邸に泊まるからな」
ロイはマチルダの腰に手を回すや引き寄せ、さらに密着させた。
「そして、寝室での出来事を上書きしてやる」
「ロイ。あなた、寝不足ではなくて? 」
「君を腕枕しないことには、眠れそうにない」
嫉妬に狂う男には、話しが通じない。
「何を言おうと無駄ですよ、奥さん。私も新婚だから、伯爵の気持ちは良くわかる」
署長はやれやれ、と呆れたように肩を竦めてみせた。
「では早速、屋敷に帰るぞ」
「ま、まだティータイムにもならない時間よ」
「そんなもの、部屋に運ばせたら良いんだ。ついでに夕食も。翌日の朝食もだ」
「……眠る気なんてないじゃない」
マチルダはがっくりと肩を落とすと、この後の展開を思い、もうズクズクと下腹部が疼き始めていた。
彼女も今夜は眠るつもりはない。
「……僕の存在をすっかり忘れてるね」
彼らとは距離を置いたところでやり取りを見守っていたカイルが、ポツリと呟いた。
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