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裏切られた婚約者
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マチルダ達はアンサーが放り込まれている拘置所の鍵を、署長自らが開けるのを黙って見つめている。
ここまで来たなら、アンサーの顔も拝んでやらなければ。
マチルダは目の奥にチリチリと火花を散らせ、ロイはちゃんとそれがわかっていたから反論はしなかった。
拘置所は窓一つないため日の光が差さず、昼間だと忘れるくらいに薄暗い。
手元にあるランプはマチルダの靴先のみを照らすだけで、ぼんやりした薄闇が視界を遮らせた。署長のすぐ後ろを歩くロイは、そんなマチルダを気遣い、彼女の腰に手を回すと己の脇に引き寄せる。
彼の鼓動を右耳に聞いて、マチルダは彼に自分の拍動を重ね合わせた。
やや遅れて歩くカイルが、そんな二人とは明らかに距離を取っていたのは、彼なりの配慮だ。
拘置所には、左右両方に牢が並び、かなりの数が設置されている。少なくとも、もう五つは牢の前を過ぎた。奥にはまだまだ先がある。
牢の前を素通りしていく第三者に、牢に押し込まれている男らは、涎を垂らし、焦点の合わない目で鉄柵をがしゃがしゃと揺すっては、不気味に何やらぶつぶつ呟いたり、ゲヘヘと意味不明な笑いを繰り返している。
牢にぶち込まれているうちの三分の一が、正気ではない。禁止薬物に手を染めているのは明らかだ。
「おい! さっさと出せ! 」
「無視かよ! 」
「姉ちゃん! でかいおっぱいしてるじゃねえか! 」
残り三分のニが、下品に野次を飛ばし、マチルダの豊満な胸や細い腰、ぷるんとした尻のラインを卑猥な視線で追いかけてくる。
マチルダは耳を塞ぎ速足で通り過ぎたから、淫猥な野次をロイが物凄い睨みによって一発で黙らせたことには気づかなかった。
マチルダはハッと息を呑んだ。
ついに牢が行き止まりになる。
モルタルの壁はシンとしており、コツコツと靴音が反響した。
「マチルダ! 」
鉄格子に食いついながら、アンサーはこの場に現れた者の名前をすかさず口にする。
「マチルダだな! そうだろ! 」
アンサーは鉄柵をがしゃがしゃと前後させた。
「イメルダは? イメルダはどこ? 」
彼女の真っ赤なドレスの後ろにあるべき純白のドレスを、アンサーは目を凝らして探す。
「イメルダが言ったんだ! 弁護士を用意するから、何の心配もいらないって! 」
アンサーはその場凌ぎの姉の嘘に、何の疑いも持っていない。
「イメルダに会わせてくれ! 」
マチルダは盲目にイメルダを崇拝するアンサーが、むしろ気の毒でならない。
深呼吸すると、表情筋全てを消してアンサーの真正面に立つ。
「逃げたわ」
「えっ? 」
「イメルダお姉様は逃げたのよ」
「えっ? 」
「若い警官を誘惑して、一緒に逃亡したわ」
これほどゾッとするくらい低くて感情の篭らない声が出るものだと、マチルダは自分ながらに驚いてしまった。
「嘘だ! 」
アンサーが憤怒する。
「嘘ではないわ」
間髪入れずマチルダが否定する。
「違う! 違う! 絶対に違う! 」
アンサーはマチルダを信じない。いや、信じたくないと言った方が正しい。
「イメルダは必ず助けると言ったんだ! 」
何の根拠もない婚約者の言葉を、アンサーは盲目に信じようと必死だ。顔を真っ赤にし、キーッと歯を食い縛り、これでもかと足を踏み鳴らす。
「だから、積荷に薬品を混入したのか? 」
ロイがいやに落ち着きのある声で尋ねた。
それは、マチルダでさえ膝が戦慄くほど恐ろしい響きを持って。
ここまで来たなら、アンサーの顔も拝んでやらなければ。
マチルダは目の奥にチリチリと火花を散らせ、ロイはちゃんとそれがわかっていたから反論はしなかった。
拘置所は窓一つないため日の光が差さず、昼間だと忘れるくらいに薄暗い。
手元にあるランプはマチルダの靴先のみを照らすだけで、ぼんやりした薄闇が視界を遮らせた。署長のすぐ後ろを歩くロイは、そんなマチルダを気遣い、彼女の腰に手を回すと己の脇に引き寄せる。
彼の鼓動を右耳に聞いて、マチルダは彼に自分の拍動を重ね合わせた。
やや遅れて歩くカイルが、そんな二人とは明らかに距離を取っていたのは、彼なりの配慮だ。
拘置所には、左右両方に牢が並び、かなりの数が設置されている。少なくとも、もう五つは牢の前を過ぎた。奥にはまだまだ先がある。
牢の前を素通りしていく第三者に、牢に押し込まれている男らは、涎を垂らし、焦点の合わない目で鉄柵をがしゃがしゃと揺すっては、不気味に何やらぶつぶつ呟いたり、ゲヘヘと意味不明な笑いを繰り返している。
牢にぶち込まれているうちの三分の一が、正気ではない。禁止薬物に手を染めているのは明らかだ。
「おい! さっさと出せ! 」
「無視かよ! 」
「姉ちゃん! でかいおっぱいしてるじゃねえか! 」
残り三分のニが、下品に野次を飛ばし、マチルダの豊満な胸や細い腰、ぷるんとした尻のラインを卑猥な視線で追いかけてくる。
マチルダは耳を塞ぎ速足で通り過ぎたから、淫猥な野次をロイが物凄い睨みによって一発で黙らせたことには気づかなかった。
マチルダはハッと息を呑んだ。
ついに牢が行き止まりになる。
モルタルの壁はシンとしており、コツコツと靴音が反響した。
「マチルダ! 」
鉄格子に食いついながら、アンサーはこの場に現れた者の名前をすかさず口にする。
「マチルダだな! そうだろ! 」
アンサーは鉄柵をがしゃがしゃと前後させた。
「イメルダは? イメルダはどこ? 」
彼女の真っ赤なドレスの後ろにあるべき純白のドレスを、アンサーは目を凝らして探す。
「イメルダが言ったんだ! 弁護士を用意するから、何の心配もいらないって! 」
アンサーはその場凌ぎの姉の嘘に、何の疑いも持っていない。
「イメルダに会わせてくれ! 」
マチルダは盲目にイメルダを崇拝するアンサーが、むしろ気の毒でならない。
深呼吸すると、表情筋全てを消してアンサーの真正面に立つ。
「逃げたわ」
「えっ? 」
「イメルダお姉様は逃げたのよ」
「えっ? 」
「若い警官を誘惑して、一緒に逃亡したわ」
これほどゾッとするくらい低くて感情の篭らない声が出るものだと、マチルダは自分ながらに驚いてしまった。
「嘘だ! 」
アンサーが憤怒する。
「嘘ではないわ」
間髪入れずマチルダが否定する。
「違う! 違う! 絶対に違う! 」
アンサーはマチルダを信じない。いや、信じたくないと言った方が正しい。
「イメルダは必ず助けると言ったんだ! 」
何の根拠もない婚約者の言葉を、アンサーは盲目に信じようと必死だ。顔を真っ赤にし、キーッと歯を食い縛り、これでもかと足を踏み鳴らす。
「だから、積荷に薬品を混入したのか? 」
ロイがいやに落ち着きのある声で尋ねた。
それは、マチルダでさえ膝が戦慄くほど恐ろしい響きを持って。
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