【完結】華麗なるマチルダの密約

晴 菜葉

文字の大きさ
上 下
70 / 114

星の神話1※

しおりを挟む
 マチルダの体はロイのあたたかな胸の中にすっぽりと収められてしまった。
 やはり、ロイの体はしっくりとくる。
 男らしい喉仏が視界に入る。その目線は、背の高いマチルダにとって丁度良い。
「マチルダ」
「嫌よ。しない」
 冷え冷えした低いトーンで、ロイの熱を含んだ誘いを一蹴する。
「淑女としての最後の砦が崩れてしまうわ」
 凛と前を向く琥珀の双眸には、穢れなど無関係に澄み渡っている。
「オリビアはともかく、アークライト夫人もジョナサン夫人も素晴らしい淑女だが」
「あの方達はね。私は違うわ」
「自分を見失いかねないと? 」
「そうよ」
「どのようなときも己を律するんだな」
 マチルダは品行方正を重んじ、淑女たるべき振る舞いに気を遣う。
 ロイに出会ってその振る舞いがガラガラと崩れつつある今、これ以上、欲望の沼に引き摺り込まれてはならない。
「それなら尚更、火が点く」
 ロイはそんなマチルダを沼に引き摺り込むことに意欲を見せる。
「君のその氷の鎧をはいで、本能に忠実なケダモノの面を引っ張り出してやる」
 不意にマチルダの体がくるりと反転させられた。
 すぐさま、スカートの裾を腰までたくし上げられてしまう。
 ロイの目にズロースが晒されてしまう。
 背後にいるため彼の表情はわからないが、ニタニタと締まりなく口元を歪めているのは安直に想像出来た。
 マチルダはつい油断したことに歯噛みする。
「この、恥知らず」
「口さがない貴婦人だ」
「お陰で頭が冷えたでしょ」
「いや。余計に燃える」
 ロイの声は昏く掠れている。
 ぞくり、とマチルダの背筋に震えが走る。
 恐ろしいライオンが涎を垂らすイメージが過る。ライオンは生物界で果てしない性欲の持ち主だと聞いたことがある。十五分に一度、もしくは五分に一度の頻度で、一日五十回ほど交尾を繰り返す。
 まさしく、この男はライオン。
 このまま言いなりになったら、間違いなく魂まで吸い取られてしまう。
 マチルダは腰を捻り、何とか体勢を変えようと試みる。
 が、ロイの手が腰回りをがっしり掴んでいるため、びくともしない。
「後ろを向いたまま。幹にしがみついていろ」
「嫌だってば」
「などと言いながら、もう蜜が垂れてるぞ」
 ズロースがしっとりと湿り、太腿の内側からふくらはぎへ、透明の液が滑っていく。
 心と体は最早、別個体だ。
 ロイが半日かけて交尾を仕掛けてくる雄ならば、マチルダはそれを最後の一滴まで受け止める耐性を備えた雌ライオン。所詮は同類だ。
 マチルダは張り詰めていた力が抜けていくのを感じ、がっくりと幹に額を擦り付けた。
 彼女が抵抗を見せないことを悟ったロイは、耳元に唇を寄せる。
「かつてバビロニアでは、わし座を飛び立ち上昇する鷲に。こと座を翼を畳み下降する鷲に見立てたんだ」
 己の知識を如何なく発揮する。
「初めて聞いたわ」
「アルタイル、ベガの名も、古代アラビア語の『飛び立つ鷲』『降下する鷲』からきているんだよ。ギリシア神話で、降下する鷲がこと座に置き変えられたが」
「博識なのね」
 ロイの口説き文句。マチルダはそれに浸る。
「こと座の神話は知ってるか? 」
「オルフェウスの竪琴ね」
「ああ。冥府へ妻を取り戻しに行ったオルフェウスだが」
「振り向いたら駄目と言われたのに、あと少しで振り向くのね」
「そして、永遠に妻を失ってしまう」
 ズロースが膝下までずらされる。
 あっと振り向いたらマチルダは、悪戯めいたロイのウインクを受けた。
「駄目だよ、マチルダ。オルフェウスは振り向いたらいけないんだからな」
 お仕置きだと言わんばかりに、蜜で濡れた空洞に彼の中指が潜り込む。
「あ、ああ! 」
「君は前を向いていろ」
 ぐちゅぐちゅと卑猥な音が湖面に反響した。
「男女が逆よ。オルフェウスは男性なんだから。あなたは私の前に立つべきじゃないの? 」
 マチルダは息を切らしつつ、何とか抗議する。そうしないと、意識が飛びかねない。
 外という背徳感が、マチルダを余計に昂らせている。
「細かいことは気にするな」 
 ロイはマチルダから理性を奪うため、さらに指を増やす。
 彼女の内部がもうびくびくと小刻みに振動している。
「君は官能に浸っていろ」
「だ、誰かに見られたら」
「湖畔には誰もいない」
 だが、万が一、領民に見られたら。
 マチルダ達が星座鑑賞をするのだから、ロマンチックな領民だってそう考えないとは限らない。
 羞恥に囚われるマチルダは、さらにびくびくと全身を痙攣させる。三本目に侵入した指が、マチルダの官能の壺を刺激したのだ。
「ロ、ロイ。やめて。あ、いや! 」
「振り向いたら駄目だと言ったはずだ。マチルダ」
「あ、あ、ああ! 駄目なの! 」
 覚えのある感覚が神経を刺激する。ムズムズと下腹が揺れた。少しでも気が緩めば、またしても繰り返してしまう。二度目は何としても避けなければ。
「マチルダ」
「あ、ああ! ん、ん! 」
「マチルダ。愛してる」
「……! 」
 こんなときに狡い。
 マチルダの張り詰めた神経が一遍に緩んでしまった。
「あああああ! 」
 白樺の幹に向けて、潮が放物線を描いた。





しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

だってお義姉様が

砂月ちゃん
恋愛
『だってお義姉様が…… 』『いつもお屋敷でお義姉様にいじめられているの!』と言って、高位貴族令息達に助けを求めて来た可憐な伯爵令嬢。 ところが正義感あふれる彼らが、その意地悪な義姉に会いに行ってみると…… 他サイトでも掲載中。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

【R18】深層のご令嬢は、婚約破棄して愛しのお兄様に花弁を散らされる

奏音 美都
恋愛
バトワール財閥の令嬢であるクリスティーナは血の繋がらない兄、ウィンストンを密かに慕っていた。だが、貴族院議員であり、ノルウェールズ侯爵家の三男であるコンラッドとの婚姻話が持ち上がり、バトワール財閥、ひいては会社の経営に携わる兄のために、お見合いを受ける覚悟をする。 だが、今目の前では兄のウィンストンに迫られていた。 「ノルウェールズ侯爵の御曹司とのお見合いが決まったって聞いたんだが、本当なのか?」」  どう尋ねる兄の真意は……

淫らな蜜に狂わされ

歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。 全体的に性的表現・性行為あり。 他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。 全3話完結済みです。

悪役令嬢が美形すぎるせいで話が進まない

陽炎氷柱
恋愛
「傾国の美女になってしまったんだが」 デブス系悪役令嬢に生まれた私は、とにかく美しい悪の華になろうとがんばった。賢くて美しい令嬢なら、だとえ断罪されてもまだ未来がある。 そう思って、前世の知識を活用してダイエットに励んだのだが。 いつの間にかパトロンが大量発生していた。 ところでヒロインさん、そんなにハンカチを強く嚙んだら歯並びが悪くなりますよ?

私に告白してきたはずの先輩が、私の友人とキスをしてました。黙って退散して食事をしていたら、ハイスペックなイケメン彼氏ができちゃったのですが。

石河 翠
恋愛
飲み会の最中に席を立った主人公。化粧室に向かった彼女は、自分に告白してきた先輩と自分の友人がキスをしている現場を目撃する。 自分への告白は、何だったのか。あまりの出来事に衝撃を受けた彼女は、そのまま行きつけの喫茶店に退散する。 そこでやけ食いをする予定が、美味しいものに満足してご機嫌に。ちょっとしてネタとして先ほどのできごとを話したところ、ずっと片想いをしていた相手に押し倒されて……。 好きなひとは高嶺の花だからと諦めつつそばにいたい主人公と、アピールし過ぎているせいで冗談だと思われている愛が重たいヒーローの恋物語。 この作品は、小説家になろう及びエブリスタでも投稿しております。 扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される

奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。 けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。 そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。 2人の出会いを描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630 2人の誓約の儀を描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

処理中です...