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星座鑑賞会
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湖岸にティーテーブルと椅子を設置し、簡易的な星座鑑賞会が始まる。
父と母はテーブルに向かい合って、和やかに談笑していた。
父が冗談を言い、それに対して母がくすくすと可愛らしく笑う。
まるで付き合い始めの恋人同士のような。
父が空を指差し、あれが白鳥座だとか偉そうに母に教えている。そのうちに、その白鳥座に関する神話を語り始め、すっかり甘い雰囲気。とても娘が入る余地などない。
マチルダは気を利かせ、二人から距離を置いた白樺の木々までさりげなく移動すると、その幹に凭れて気配を消した。
そうこうしているうちに両親は見つめ合い、手なぞ握り合っている。
曇りない星空は、ロマンチックな演出には持ってこいだ。
ロイが恋しくなってしまった。
そんなマチルダの背後から、にゅっと腕が伸びて鳩尾をがっしり捕まえられた。
「な、何! 」
不意打ちに反応出来ないうちに真後ろに引かれて体が傾く。
後頭部に触れる筋肉質な硬さ。
「ロ、ロイ!? 」
マチルダは振り返るなり名前を叫んだ。
朝、伯爵邸でマチルダを名残惜しそうに見送ってくれたはずのロイが、そこにいた。
「あ、ああああなた。何故? 」
三日後に迎えに行くなどといった口にしていたはず。
よもや日も越さないうちに、目の前に現れるとは。
「妻の父に挨拶しに来て、何が悪い? 」
ロイは非難めいたマチルダに、機嫌を損ねてしまったようだ。ムスッと眉を寄せる。
「だ、だって。アニストン邸でゆっくりしてこいと。あなた、私を送り出したじゃない」
「私は自分一人、屋敷で留守番をしていると言った覚えはない」
屁理屈まで捏ね出す。
「それとも君は、私がいない隙に何か良からぬことを企んでいたのではないだろうな? 」
「何よ、良からぬことって」
「良からぬことは良からぬことだ」
疑ぐり深く、ジロリと睨みつける。
カッとマチルダは怒りで目元を引き攣らせた。
「ふ、ふざけないで! 」
まさかロイも本気でマチルダが浮気を企んでいるとは思っていない。ただ、マチルダの迷惑そうな態度に気分を損ねた。三時間も馬を飛ばして会いに来たというのに。
ロイの内心はわかっていながらも、マチルダは彼の言い方にカチンときた。
「か、仮にも新婚の妻に対して。失敬だわ! 」
「仮ではない。正真正銘、私の妻だ」
「揚げ足とらないでよ」
「君がよくやることを真似ただけだ」
「わ、私は揚げ足なんてとりません」
「どうだかな」
言いたいことを口にして気が済んだのか、ロイの表情は幾分和らいでいる。
マチルダの上気した頬のラインを温かな手が滑った。そのおかげか、呆気なくマチルダが鎮火する。
「飲み過ぎない方が良い。酔っ払った君は厄介だ」
「子供扱い? 私はこれでも二十歳よ」
「仮面舞踏会の夜に、屋敷を走って飛び出したことを忘れたのか? 」
「あ、あれは。あ、あなたが、オリビア様と閨を共にするかと思うと、耐えられなくて」
「気持ちの悪い想像をさせるな」
心底嫌そうに顔をしかめるロイ。
が、ふと悪い企みを浮かべるや、ギラリと目が不気味に光った。
「だが、そうか。閨という単語を出すと言うことは、遠回しに誘っていると言うことか」
「どう解釈したらそうなるの? 」
都合の良い思考は、むしろ羨ましくさえある。頭が痛くなってきた。
「マチルダ。あそこに見えるのが、アルタイルだ」
ロイが指をさした先で星が瞬いている。
彼の中ではマチルダとの言い合いはすでに幕が引かれて、もう別のことに意識が行っている。
マチルダは肩を竦めると、早々に頭を切り替えた。
「こと座のベガ、白鳥座のデネブで、夏の大三角だ」
「ええ。家庭教師に教わったことがあるわ」
「なら、これは知っているか? わし座のアルタイルは、東の国では牽牛と呼ばれているんだ」
ややムキになったように、ロイの語気が強くなった。
「そうなの? 」
賢いマチルダは、敢えて知らないふりをしてやる。
ロイは得意げに「そうだ」と胸を反らせた。
そして、家庭教師から聞いた通りの七夕の物語をつらつらと語り始める。牽牛と織女の物語。
たった半日しか彼と離れていないのに、マチルダは七夕の物語と自分達を重ね合わせながら、ロイの語りに耳を澄ませた。
「ところで君の姉上はどうした? 姿が見えないが? 」
「イメルダお姉様なら、ご友人とトランプの会に」
「ふん。トランプの会ね。なら、朝方までは帰らないのだな」
「よくわかってるわね」
ご友人がどの類いの友人であるか容易に想像出来て、マチルダは首を竦める。
純潔で繊細な、霞草のイメージとはかなり齟齬のある姉だ。
「君を陥れたとかいう姉の婚約者は? 」
「偏頭痛で寝込んでいるらしいわ」
「成程な」
ロイは何やら含んだような納得の仕方だ。
「何? 」
「いや。こっちのことだ。気にするな」
言うなり、マチルダの額に音を立ててキスする。
未だに彼からのキスは慣れない。
ぽうっと触れた場所に火が灯る。
ロイが難なくマチルダの疑問をかわしたことに、マチルダは気づかない。
父と母はテーブルに向かい合って、和やかに談笑していた。
父が冗談を言い、それに対して母がくすくすと可愛らしく笑う。
まるで付き合い始めの恋人同士のような。
父が空を指差し、あれが白鳥座だとか偉そうに母に教えている。そのうちに、その白鳥座に関する神話を語り始め、すっかり甘い雰囲気。とても娘が入る余地などない。
マチルダは気を利かせ、二人から距離を置いた白樺の木々までさりげなく移動すると、その幹に凭れて気配を消した。
そうこうしているうちに両親は見つめ合い、手なぞ握り合っている。
曇りない星空は、ロマンチックな演出には持ってこいだ。
ロイが恋しくなってしまった。
そんなマチルダの背後から、にゅっと腕が伸びて鳩尾をがっしり捕まえられた。
「な、何! 」
不意打ちに反応出来ないうちに真後ろに引かれて体が傾く。
後頭部に触れる筋肉質な硬さ。
「ロ、ロイ!? 」
マチルダは振り返るなり名前を叫んだ。
朝、伯爵邸でマチルダを名残惜しそうに見送ってくれたはずのロイが、そこにいた。
「あ、ああああなた。何故? 」
三日後に迎えに行くなどといった口にしていたはず。
よもや日も越さないうちに、目の前に現れるとは。
「妻の父に挨拶しに来て、何が悪い? 」
ロイは非難めいたマチルダに、機嫌を損ねてしまったようだ。ムスッと眉を寄せる。
「だ、だって。アニストン邸でゆっくりしてこいと。あなた、私を送り出したじゃない」
「私は自分一人、屋敷で留守番をしていると言った覚えはない」
屁理屈まで捏ね出す。
「それとも君は、私がいない隙に何か良からぬことを企んでいたのではないだろうな? 」
「何よ、良からぬことって」
「良からぬことは良からぬことだ」
疑ぐり深く、ジロリと睨みつける。
カッとマチルダは怒りで目元を引き攣らせた。
「ふ、ふざけないで! 」
まさかロイも本気でマチルダが浮気を企んでいるとは思っていない。ただ、マチルダの迷惑そうな態度に気分を損ねた。三時間も馬を飛ばして会いに来たというのに。
ロイの内心はわかっていながらも、マチルダは彼の言い方にカチンときた。
「か、仮にも新婚の妻に対して。失敬だわ! 」
「仮ではない。正真正銘、私の妻だ」
「揚げ足とらないでよ」
「君がよくやることを真似ただけだ」
「わ、私は揚げ足なんてとりません」
「どうだかな」
言いたいことを口にして気が済んだのか、ロイの表情は幾分和らいでいる。
マチルダの上気した頬のラインを温かな手が滑った。そのおかげか、呆気なくマチルダが鎮火する。
「飲み過ぎない方が良い。酔っ払った君は厄介だ」
「子供扱い? 私はこれでも二十歳よ」
「仮面舞踏会の夜に、屋敷を走って飛び出したことを忘れたのか? 」
「あ、あれは。あ、あなたが、オリビア様と閨を共にするかと思うと、耐えられなくて」
「気持ちの悪い想像をさせるな」
心底嫌そうに顔をしかめるロイ。
が、ふと悪い企みを浮かべるや、ギラリと目が不気味に光った。
「だが、そうか。閨という単語を出すと言うことは、遠回しに誘っていると言うことか」
「どう解釈したらそうなるの? 」
都合の良い思考は、むしろ羨ましくさえある。頭が痛くなってきた。
「マチルダ。あそこに見えるのが、アルタイルだ」
ロイが指をさした先で星が瞬いている。
彼の中ではマチルダとの言い合いはすでに幕が引かれて、もう別のことに意識が行っている。
マチルダは肩を竦めると、早々に頭を切り替えた。
「こと座のベガ、白鳥座のデネブで、夏の大三角だ」
「ええ。家庭教師に教わったことがあるわ」
「なら、これは知っているか? わし座のアルタイルは、東の国では牽牛と呼ばれているんだ」
ややムキになったように、ロイの語気が強くなった。
「そうなの? 」
賢いマチルダは、敢えて知らないふりをしてやる。
ロイは得意げに「そうだ」と胸を反らせた。
そして、家庭教師から聞いた通りの七夕の物語をつらつらと語り始める。牽牛と織女の物語。
たった半日しか彼と離れていないのに、マチルダは七夕の物語と自分達を重ね合わせながら、ロイの語りに耳を澄ませた。
「ところで君の姉上はどうした? 姿が見えないが? 」
「イメルダお姉様なら、ご友人とトランプの会に」
「ふん。トランプの会ね。なら、朝方までは帰らないのだな」
「よくわかってるわね」
ご友人がどの類いの友人であるか容易に想像出来て、マチルダは首を竦める。
純潔で繊細な、霞草のイメージとはかなり齟齬のある姉だ。
「君を陥れたとかいう姉の婚約者は? 」
「偏頭痛で寝込んでいるらしいわ」
「成程な」
ロイは何やら含んだような納得の仕方だ。
「何? 」
「いや。こっちのことだ。気にするな」
言うなり、マチルダの額に音を立ててキスする。
未だに彼からのキスは慣れない。
ぽうっと触れた場所に火が灯る。
ロイが難なくマチルダの疑問をかわしたことに、マチルダは気づかない。
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